巻ノ百参拾四 タタタタタ の巻
「では、夕餉といたそうか。膳をこれへ」
重治が声をかけると音も無く引き戸が開いて料理が運ばれてきた。
ようやく大作たち、と言うか主にお園が待ちに待った夕餉が始まる。
生ものを避けてくれという大作の切なる願いはちゃんと台所に通っていたようだ。
いや、良く見るとみんなの料理には生ものも入っている。どうやら一人だけ特別メニューを用意してくれたらしい。
「さて、大佐殿。電気を生み出すことは首尾良く叶うたようじゃな。次は如何なされるおつもりじゃ?」
杯を傾けながら重治が上機嫌で口を開く。飯を食いながら仕事の話をするつもりなんだろうか。食事くらいゆっくりさせて欲しいぞ。
もしかして、ディナーミーティングってことなのか? 大作は『七割以上の人はランチミーティングが嫌い』とかいうネットの記事を思い出す。
この時間は労働時間に入ってるんだろうか? そうじゃなきゃ労働基準法第三十四条違反じゃね? もしかして専門業務型裁量労働制だと残業手当は支払われないのか?
いやいや、そもそも俺は東郷の社員じゃ無いし。ってことは、これってボランティア扱いなんだろうか。なんだか急にやる気が削がれたぞ。
実のところ大作は東郷の無線開発にまったく期待していなかった。って言うか、ぶっちゃけ忘れていたのだ。
次に何するかなんて言われてもさぱ~り分からん。だけど、こいつらはたった一月で発電機を作った。上手いこと煽てれば成果を期待できるかも知れん。
大作は口の中に入っていた焼き魚を咀嚼すると重治の顔を真正面から見据えて口を開く。
「大和守様。以前にも申し上げました通り、美味しい料理には時間が掛かります。一つひとつ手順を踏まねば大きなことは叶いませぬ」
「左様じゃったな。して、次は何じゃ。何をすれば良い? 早う教えて進ぜよ」
「ここからの作業は非常に多岐に渡っており、高度な工程管理が必要となりまする」
このおっさんのせっかちな性格はたぶん一生直らん。だったら適度な距離を保ちつつ上手いことコントロールしていくしかないだろう。
大作はバックパックから紙とペンを取り出した。お園の顔を横目で伺うが食事に夢中らしい。今は声を掛けない方が良さげだ。
「初期励磁の件は鉄心に残留磁束があります故、次からは何とかなりましょう。されど今後のこともありますれば、あれを直流発電機に改造して永久磁石を作りましょう。どちらにせよバッテリーを充電するためには直流発電機が入用となります。それと、バッテリーを作るためには希硫酸も作らねばなりませぬ」
「きりゅうさんじゃな。余一郎、手配り致せ」
「御意」
フランスのガストン・プランテが鉛蓄電池を発明するのは三百年以上も先の安政六年(1859)だ。とは言え、原理自体はそこまで複雑な物では無い。硫酸さえ手に入れば何とでもなるだろう。
「硫黄と硝石を湯気を通しながら燃やしてやるだけで簡単に作ることが叶いまする。ただし、硫酸は毒物及び劇物取締法に指定される非常に危険な薬品にござります。本当に危険なのでくれぐれも取り扱いにはお気を付け下さりませ」
「相、分かった。みなも、よう気を付けるのじゃぞ」
「御意」
本当に分かってんだろうか。まあ、注意喚起はしたんだ。あとは自己責任でやってもらおう。
「他には変圧器、水銀コヒーラ、空中線…… お園、まだ食べてんのか? ちょっと手伝ってくれないかな」
大作は上目遣いで顔色を窺う。お園は勿体ぶった様子で振り向くと遠い目をして独り言のように呟いた。
「ものを頂く折はね。誰にも妨げられることなく、自在で。なんていうか助け給われていなきゃあいけないのよ。つくねんと安らかで豊かで……」
「そ、そうか…… 邪魔したな。ゆっくり食べてくれ」
こりゃあ、手伝って貰うのは無理っぽいな。それに無理強いしたらアームロックを掛けられるかも知れん。お園が食べ終わるまで適当な話題で時間を潰そう。
「時に大和守様。恐竜と鳥の境界はどこにあるとお思いにござりましょう。羽毛? 嘴? 歯の有無? 翼? 恒温性? さりながら、恐竜が恒温動物だったかどうかすら分かっておらぬのでござります」
「大佐殿。実を申さば儂はきょうりゅうとやらを存じておらぬ。竜の如き物なのであろうか?」
が~んだな! 出鼻をくじかれたぞ。大作は頭をフル回転させて記憶を辿る。
確かDianosauriaって言葉は恐ろしい(deinos)+トカゲ(sauros)って意味でイギリスの生物学者リチャード・オーウェンが作ったんだっけ。
大作はリチャード・オーウェンも大嫌いだ。進化論を否定したのは時代を考えれば無理も無い。だが、人の研究を猫ババして学会追放はアレだろう。
そう言えばダーティハリーが言ってたっけ。白人、黒人、東洋人、みんな嫌いだ。メキシコ人は? 一番嫌いだ!
「Dianosauriaと申す英語を東京帝大の小藤文次郎教授が魚竜とか蛇竜と訳されたそうな。それを同じ東京帝大の横山又次郎教授が恐竜と訳したと聞き及んでおりまする」
大作はスマホから恐竜に関する情報を必死になって探す。やっとのことで動物進化の系統樹を見付けると表示させた。
「学術的な定義では鳥とトリケラトプスの最も近い共通祖先から分岐した子孫全部にござりまする。とは申せ、この定義では雀や燕といったすべての鳥までもが恐竜になってしまいますな。ところが鰐や蜥蜴、首長竜類や翼竜も恐竜では無いのです」
「儂にはわけが分からぬぞ。余一郎、どうじゃ?」
「恐れながら某にも……」
一同が揃って首を傾げる。お園だけは相変らず食べるのに夢中のようだ。
「それではちょっと頭を切り替えてみましょう。皆様方は砂山のパラドックスをご存知にありましょうや? ソリテス・パラドックスとも申しますな」
「そりてす?」
重治が呆けた顔で鸚鵡返しする。ちなみにソリテスとはギリシア語で堆積物のことだ。
「ここに大きな砂山があるといたしましょう。そこから砂を一粒取り除くと後には何が残ると思われますか?」
「すなやま?」
「砂は分かりますか? sand? 砂?」
一同がさぱ~り分からんといった顔をしている。もっと親しみ易い題材に置き換えた方が良さげだ。
「またまた話は変わりますが尾張国の織田信長と申す者が兵に三間半の長槍を持たせたそうな。東郷様でお使いの槍は如何ほどの長さにござりましょうや?」
「余一郎、如何じゃ?」
「我らは十三尺の槍を用いております」
間髪を入れずに余一郎から答えが返ってきた。四メートルくらいだろうか。大作にはこれでも十分に長い気がする。
「二間一尺にござりまするな」
「何を言ってるの大佐。十三尺は二間よ。そんな容易い算用もできないの?」
食べ物を頬張ったまま、お園がちょっと馬鹿にしたような顔で口を挟む。
しまった~! この時代の一間って六尺五寸だっけ。それが秀吉の時代に六尺三寸になり、江戸時代には六尺になったんだとか。
何で昔の人は十進数に喧嘩を売るような阿呆な単位系を作ったんだろう。掛け算すらマトモにできないくせに。大作は心の中でぼやく。
「ありがとう、お園は賢いなぁ。でも、六尺五寸なんて中途半端なのが諸悪の根源だぞ。まあ、割り切れるだけガロンなんかよりマシか」
「割り切れないなんてことがあるのかしら?」
「例えば米国乾量ガロンはウィンチェスターブッシェルの八分の一だぞ。ウィンチェスターブッシェルは直径十八インチ半、深さ八インチの筒の容量なんだ。ところが筒の容量ってことは円周率が出てくるだろ。だけど円周率は無理数じゃん。しょうがないから約2150.420171382213立方インチにしたんだと。だから八分の一は約268.802521422777立方インチになるんだ」
「南蛮の人たちってみんな阿呆なのかしら」
ようやくご飯を飲み込んだお園が呆れ果てたといった顔で溜息をつく。だが、大作から見れば十進法じゃないって点では戦国時代だって似たような物にしか見えない。
「それに比べりゃ液量ガロンはちょっとだけマシだな。直径七インチ、高さ六インチの円柱の体積なんだけど二百三十一立方インチと定義されてる。何でだと思う? 実は円周率を近似値の七分の二十二で計算しちゃうっていうインチキをやってるんだ」
「七分の二十二と円周率だと…… 違いは二千四百八十四分の一くらいしかないわ。違いは考えなくても大事無いわね」
「そりゃそうなんだけど、どう考えても半端だろ。そもそも完全に整った円筒形なんて当時の技術で作れたのかよって話だ」
「ふぅ~ん」
お園は今一つ納得が行かないといった顔をしている。だが、退屈そうにしている重治の方が喫緊の課題だ。
って言うか、何でこんな話になってんだ? 大作は記憶を遡りながら重治に向き直る。
「これは失礼。とんだ脱線を致しました。三間半の長槍の話にございましたな。その計算で行くと。え~っと……」
「二十二尺七寸五分よ」
「それに30.030を掛けてくれるか」
「689.3933ね」
お園が澄ました顔で即答する。お前は人間コンピュータかよ! 大作は心の中で突っ込むが顔には出さない。
「ありがとう、お園は賢いなぁ。古代マケドニアのファランクスも七メートルの長槍を使ったとネットに書いてありますな。この辺りが人間に扱える限界なのかも知れませぬ」
「そうであろう。それより長いと重さで曲がってしまうじゃろう。さりとて曲がらぬよう頑丈に作らば重すぎて扱えぬぞ」
「それはトラス構造の支持架を付けるとか、上からワイヤーで吊るとか工夫しだいでしょう。Wikipediaによると五間もの長槍を使うた大名もおったそうな。問題は敵が左右に避けた場合、追うことができぬことにござります。逆の立場に立った場合、槍先を押さえ込むだけで無力化できまする」
大作は槍の穂先を手で抑え込むジェスチャーをした。だが、重治は納得が行かないといった顔で首を傾げる。
「槍の先を押さえるじゃと? 言うは易しじゃが、左様なことが叶うなら誰も苦労はせぬぞ。剣の達人でも難しいじゃろうて」
「それは槍が短い場合の話にござりましょう。細長い一様な棒の慣性モーメントはML^2/12となりまする。長さが倍なら慣性モーメントは四倍、長さが三倍なら九倍もの力が……」
「違うわ大佐。重心が原点の場合はそうだけど、槍は端を持って扱う物じゃないの? だったらML^2/3だと思うわよ」
お園から豪快な突っ込みが入る。そういや『話の骨を折る』って言い間違いがあったっけ。って言うか、これはもはや『話の肉を切らせて骨を絶つ』ってレベルだな。大作は心の中で深い溜息をついた。
「ちょっと待ってくれよ。三間半もある槍を端っこで支えられるわけが無いだろ。どんだけ力がいるか計算してみ? そうだ! トローリングで釣竿を支えるみたいにキドニーハーネスとロッドベルトを使えば良いかも知れんな。ついでにショルダーハーネスで中間点くらいを吊ってやれば随分と楽になるぞ。って言うか、長槍は突くんじゃなく、振り下ろして叩いたらしいな。いやいや、問題はそこじゃ無いんだよ」
「さっきから何を憂いているのかしら。私にはちっとも分からないわ」
「槍の剛性だよ。曲げ弾性係数? 槍って樫や桜で作られてるらしいけどデータが見つからないな。でも、硬いチーク材でもヤング率はせいぜい十二くらいだ。手元をいくら動かしても慣性モーメントが邪魔して思うようには動く筈が無い。炭化ケイ素とか炭化タングステンでも使う気か?」
なかなか話を分かって貰えないせいで大作の語気が思わず荒くなる。
ふと、視線を感じて重治の様子を伺うと怪訝な顔で首を傾げていた。これは不味いぞ。大作は無理矢理に笑顔を作る。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し。そう申さば、野中少佐も特攻兵器『桜花』の使い勝手の悪さを『この槍、使い難し』と嘆かれたそうにございますぞ」
「つまるところ、和尚は三間半の槍が丁度良い長さだと申されるのじゃな?」
ようやく話の方向性が見えてきた予感に重治の顔がぱっと綻ぶ。だが、大作はその希望を無慈悲に叩き潰す。
「ではここで、三間半の槍の柄を一寸だけ切り詰めたと致します。三間二尺九寸ですな」
「違うわ大佐、三間三尺一寸五分よ。さっき、一間は六尺五寸だって言ったわよね。もう忘れちゃったの?」
出来の悪い子を見るようなお園の生暖かい視線が痛い。大作は努めてそれを無視した。
「さて、その三間三尺一寸五分? その槍は長槍でしょうか?」
「それは長槍じゃろう。三間より長ければ長槍と称して飽き足るに相違なかろう」
「では、その槍の柄をもう一寸ばかり切り詰めましょう。三間三尺五分? これは長槍でしょうか?」
「如何なされた、大佐殿。三間より長ければ長槍だと申しておろう」
重治の顔に馬鹿にしたような薄笑いが浮かんだ。砂山の例えが分からんお前らが悪いんだろ~! 大作は心の中で絶叫する。
「いやいや、JIS規格か何かで決まっておるわけではありますまい。この話の肝は長槍か否かの境界が曖昧だという点にございます。そのように基準をはっきり決められては……」
「では、儂が決めて進ぜよう。東郷においては三間より長き物を長槍と称す。それより一分でも短ければ長槍に非ずじゃ」
「御意」
駄目だこりゃ。いったい全体、どういうわけで東郷における長槍の規格制定に立ち会わされなきゃらなんのだ。
ちょっと待てよ。話を脱線させたのはお園が食べ終わるまでの時間潰しだったんじゃね? 我に返った大作は上目遣いでお園の様子を伺う。
「お園、夕餉は食べ終わったかな?」
「ええ、とっても美味しかったわよ。大佐はどうしたの? ちっとも食べていないわね」
「大和守様と大事なお話をしていたからな。悪いけどバトンタッチをお願いしても良いか?」
美味しい物でお腹一杯のお園はとっても機嫌が良さそうに見える。頼み事をするならベストなタイミングだろう。
大作が手のひらを上げるとお園もそれに合わせて平手打ちした。いやいや、これはハイタッチだろ! 大作は心の中で突っ込む。
「それはかまわないけど、私には長槍のことなんてちっとも分からないわよ」
「大丈夫。恐竜…… じゃなかった、変圧器とか水銀コヒーラとか空中線の話だよ。スマホにある情報をかいつまんで説明してくれれば十分だ」
「私、電気のことも良く分からないわ」
ちょっと不安そうにお園が答える。何か知らんけどいつになく気弱だな。いや、きっと面倒臭いんだろう。大作にはその気持ちが痛いほど良く理解できた。
とは言え、こっちも集中力がもう続かん。それにご飯も食べなきゃいけないし。
「平気平気。本当言うと俺だって良く分からないんだ。だったら誰がやっても同じだろ」
「しょうがないわね~ 分かったわ。私に任せてゆっくり食べてて良いわよ」
がっくり肩を落としながらもお園が苦笑いを浮かべる。そう言ってるんだから任せても大丈夫だろう。
何だか安心した途端にお腹が空いてきぞ。さっさと食べちゃおう。大作は小さくため息をつくと、すっかり冷えきった焼き魚を口に運んだ。
居並ぶ重治や職人たちを相手にお園が無線開発計画の説明している。スマホ画面を見せたりタカラ○ミーのせ○せいに絵を描きながらの説明は概ね好評のようだ。
この様子なら放って置いても大丈夫だろうか。大丈夫だったら良いな。って言うか、大丈夫じゃ無いと困る。
そんなことを考えながら大作がご飯を頬張っていると未唯が遠慮がちに声を掛けてきた。
「ねえ、大佐。むせんって何なの?」
「そう言えば未唯は初めてだったっけ。線が無いってことだよ」
「せん?」
「糸偏に泉って書くな。糸みたいに細長い物だよ」
タカラ○ミーのせ○せいはお園が使っている。しかたないので大作は床板に人差し指で字を書いた。
「何で泉って書くの? もしかして、それって綫じゃないのかしら」
「そ、そうかも知れんな」
この件には深く関わらん方が良さそうな気がする。下手すると字が読めん奴だと思われかねん。大作は素早く方針転換を図る。
「文字のことは置いといて、無線っていうのは電線を使わずに遠くの相手と信号や音声をやり取りする仕掛けだよ」
「しんごうやおんせいね。遠くってどれくらいなの?」
「どれくらいって言われてもなあ。ボイジャー一号は地球から二百億キロも離れたところから信号を送ってきてるぞ。ここから山ヶ野が三十キロくらいだ。その七億倍も離れてるんだぞ。これって凄くね?」
「ふ、ふぅ~ん」
未唯がさぱ~り分からんという顔をしている。だが、この機会に無線に関して説明しておくのも悪くない。大作はスマホを起動して画面を見せた。
「日本における無線電信の研究は明治ニ十九年の逓信省電気試験所で始まったそうな。翌年には早くも試作機が完成。二年後には三キロ…… っていうから三十町ほど離れた通信実験に成功。五年後の明治三十四年には七十海里ってどれくらいだっけ? 三十里くらいの通信距離を持つ三四式無線電信機が完成に漕ぎつけた。そして明治三十六年に百五十海里っていうと七十里くらいかな? そんな通信距離を持つ三六式無線電信機が満を持して登場したんだ。『敵艦見ユ』で有名なアレだな」
「敵の船を見つけたってことね。それを遠くに知らせることができるなんて不可思議なことね」
「だけど、初期の無線機は性能も信頼性も低かったんだ。とてもじゃないけど長い文章なんて打ってられん。だから暗号化の意味も含め、あらかじめ割り当てておいた一文字のカナを連打したんだと。『敵ノ第二艦隊見ユ』にあたる『タ』をひたすら連打したそうだ。タタタタタ…… ってな」
大作はおどけた顔で電鍵を打つ仕草を真似る。
「敵の船を目の前にして『たたたたた』なんて随分と戯れたことね」
未唯も嬉しそう微笑むと手をひらひらと上下させた。電鍵を打っているつもりらしい。
それを見たお園の表情がちょっとだけ曇る。
べ、別に俺は未唯と遊んでるわけじゃ無いぞ。無線について教育していたんだ。大作は心の中で必死に弁解する。
だが、そんな大作の思いは未唯に届かないらしい。頬をくっ付けるように寄り添うとスマホを除き込む。
「でも、めいじの方々はむせんを作るのに七年も掛かったんでしょう。東郷様でもそれくらい掛かるのかしら」
「俺の持っている知識はそれより百年以上も進んでるんだぞ。できれば三年後の対島津戦に間に合わせたいな。戦場は東西南北に五十キロくらいだろ。本気で、って言うか死ぬ気で頑張れば実用に耐える無線機が間に合うかも知れん。間に合わんかも知らんけどな」
「どっちなの? 間に合わないからといって待って貰うわけには行かないわよ」
「まあ、ダメもとでやってみるさ。仮に失敗しても酸っぱい匍匐…… じゃなかった、葡萄だ。いや? 匍匐? 分からん。さぱ~り分からん」
大作は考えるのを止めた。と思いきや、未唯の反対側からお園がすり寄ってくる。
「それは葡萄よ。酒石酸カリウムナトリウムでクリスタルイヤホンやクリスタルマイクを作れるんでしょう。ガラスを銀メッキする還元剤にもなるって言ってたわね」
「そ、そうだな。やっぱ葡萄だ。それはともかく、三年後に無線機の実戦配備を目指すぞ。大和守様、無線機開発プロジェクトの件。この、大佐が全面的にバックアップ致します。必ずや立派な無線機を作り上げましょうぞ」
「うむ。頼りにしておるぞ、大佐殿」
今までになく真剣な顔で重治が頷く。
頼りにしてるのはこっちなんだけど。大作はそんな本音をおくびにも出さない。
無線さえ実用化できればちょっとした用事で何十キロを行き来することも減るかも知れん。
虎居に世界初の通販サイトを作れば山ヶ野からの注文を無線で受けて貰えるだろう。
何としてでも早期の実用化を図らねばならん。絶対にだ!
俺は将来に楽をするためならばどんな苦労も厭わない奴なのだ。大作は心の中のメモ帳と予定表とto do listに極太明朝体で書き込む。
さらに、念には念を入れてお園と未唯にも声を掛けて覚えて貰った。




