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巻ノ百参拾弐 不確定性の殿様 の巻

 大作が目を覚ますとお園と未唯が心配そうな顔で枕元に座っていた。外はもうすっかり明るいようだ。


「良く眠れたみたいね。気分はどう?」

「分かんないけど気持ち悪いのは治まったみたいだ。もう大丈夫なんじゃないかな」

「そう、良かったわね」


 少し伸びかけた大作のスキンヘッドをそっと撫でながらお園が優しく微笑む。

 もう、今日はこのまま寝て過ごそうかな。いやいや、そうのんびりもしていられん。

 月曜の幹部会には山ヶ野に戻らねばならない。だからと言って東郷の目の前を素通りして帰るわけにも行かないのだ。


「ところで今、何時ごろかな?」


 お園はスマホの時計にちらりと目をやる。


「十三時過ぎよ。起きられるんなら岩見守様にお目通りして拝謝申し上げましょう。大佐が寝ている間に何遍もお見えになったのよ。随分と憂いておられたわ」


 それは恥ずかしいぞ。お園に膝枕してもらってるところを見られていたとは。まあ、病気の時はしょうがないか。

 大作は起き上がると軽く体を動かしてみる。


「変な物を出し尽くしたのかな。スッキリ爽やかで前より快調かも知れんぞ」

「ふぅ~ん。じゃあ、岩見守様のとこ……」


 その瞬間、お園の言葉を遮るように背後の引き戸が勢い良く開かれた。


「目を覚まされたようじゃな、大佐殿。もう大事は無いか?」

「うわらば!」


 慌てて振り返ると心配そうな顔の重朝が目に入る。

 ノックくらいしろよ! 大作は心の中で悪態を付くが決して顔には出さない。

 電光石火の早業でその場に土下座した。


「此度は大変なご心配をお掛け致しました。申し訳次第もござりませぬ」

「いやいや、儂の馳走で腹を下されたのじゃ。こちらこそ詫びのしようもないぞ。されど儂も巫女も同じ物を食ろうた筈じゃ。何故、大佐殿だけ障りがあったのじゃろうな?」


 そう言うと重朝が怪訝そうな顔をした。

 聞きたいのはこっちだよ。大作は心の中で突っ込むが決して顔には出さない。

 こいつらは原始人みたいな生活をしているから耐性が出来てるんだろう。衛生環境が違い過ぎて現代人には辛いぞ。


「お気に召されますな。拙僧の胃腸は生まれつきデリケートにできておるようで。慣れない物を食べるといつもこうなのでございます」

「左様であったか。ならば飽きるほど食らうが良いぞ」

「いやいや、クドア・セプテンプンクタータの食中毒は夏場に増えるそうな。皆さま方もなるべく生食は避け、中心温度七十五度で五分以上加熱して下さりませ」

「ごふんじゃな、相分かった」


 口ではそんなことを言っているが本当に分かったんだろうか。

 とは言え、仮にも国人領主だ。夏場の食中毒で死ぬような間抜けじゃ無いだろう。大作は考えるのを止めた。


「さて、長居をし過ぎたようにござりますな。拙僧らはこの後、東郷様にも顔を出さねばなりませぬ。お名残惜しゅうござりますが、これにてお暇させて頂きます」

「なんじゃと! もう参られるのか? まだ鉄砲を撃っておらぬぞ。あれが戦で使い物になるか見極めずしてどうするのじゃ?」

「いやいや、散々申しておりましょう。鉄砲など戦では何の役にも立ちませぬ。古い奴こそ新しい物を欲しがるとか何とか申しますぞ。次の戦の勝敗を分けるのは船と焼夷兵器。これに尽きまする」


 重朝はまだ納得がいかないといった顔をしている。だが『僕にはもう時間が無い』のだ。


「で、あるか。名残惜しいが止む終えぬな。次に参られるのを待ちわびておるぞ。されば、斧淵まで舟でお送り致そう」

「有り難き幸せにござりまする」


 ラッキー! 大作は心の中で小躍りするが決して顔には出さない。しおらしい顔で深々と頭を下げた。


 一行はきた時の道を逆に通って川岸まで戻る。例に寄って重朝は馬に乗っていた。

 昨日と同じ馬みたいだけど妙に毛並みが良く見える。やはりこいつも温泉に入ったんだろうか。

 大作は気になって仕方がない。だが、何となく聞かない方が良さそうな気がしたので遠慮しておいた。


 船大工たちはすでに久見崎へ帰ったらしい。高瀬舟には昨日の十一人が乗り込んで……


「あれ? 十人しか乗っていないぞ! 一人足りない!」

「何を阿呆なことを言ってるの、大佐。もしかして自分を数え忘れてたのかしら」


 お園に思いっきり冷たい目で睨まれてしまった。阿呆になる魔法はいまだに猛威を振るっているようだ。


「あはは…… さすがはお園、引っ掛からなかったか」


 大作は精一杯のはったりをかます。だが、全然通じていないようだ。お園は勿論、未唯や千住丸までもが鼻で笑っていた。




 川内川の流れは今日も穏やかだ。船頭が艪を漕ぎ、高瀬舟は歩くより少し早いくらいの速さで川を遡る。

 さすがの大作も昨日に散々喋ったので話題のストックが欠乏気味だ。仕方が無いので時間潰しにお園に歌って貰う。

 舟子からAmazing Graceまで舟関連の歌をメドレーで歌っている間に斧淵が見えてきた。

 地図で見ると大体七キロくらいだろうか。時計を見ると一時間ほど経っていた。


 高瀬舟が斧淵に差し掛かった。なるべく人目を避けたいので樋渡川との合流箇所を通りすぎる。敢えて人気の無い辺りで岸に着けた。

 入来院と東郷は友好関係にある。とは言え、国人領主がアポ無しでやってきたら地元民はパニックだろう。

 大作たちは飛び降りるように岸に下りる。


「然らば此にて失礼仕りまする」

「へるめっと鍋を心待にしておるぞ。早う顔を見せるのじゃぞ」


 あんなその場凌ぎの適当な話、まだ覚えてたのかよ! 大作は頭を抱えたくなる。

 まあ、一月もすればすっかり忘れているだろう。って言うか、俺の方が覚えている自信が無いんだけど。


 舟は逃げるように川を遡って行く。川のカーブで舟が見えなくなるまで三人は川岸で見送った。

 お園が悪戯っぽい笑みを浮かべて大作の目を覗き込む。


「大佐、鉄砲はどうしたの?」

「え~~~! また忘れてきちゃったのかよ~! もう舟が見えないぞ……」

「戯れよ。私が持ってきてるわ」


 そう言いながら未唯が油紙の包みを差し出す。何だか知らんけど満面の笑みを浮かべて嬉しそうな顔だ。

 大作は鉄砲を受けとると未唯の頬を人差し指で突っつく。


「勘弁してくれよ。心臓がきゅ~っとなったぞ」


 一同は一頻(ひとしき)り大笑いすると鶴ヶ岡城を目指して北に向かって歩きだした。




 五分ほど歩くと山の麓にある門が見えてきた。未唯がそれを指差して首を傾げる。


「あれが鶴ヶ岡城なの?」

「手前にあるのは山崎城よ」


 お園が素っ気なく答えた。だが、それを切っ掛けに三人がお互いの動きを牽制し始める。

 最初に動いたのはお園だった。だが、その瞬間を捕らえ大作と未唯もほとんど同時に声を上げる。


「「「フン、半年前と同じだ。なんの補強工事もしておらん!」」」


 大作は勝ったような気がするが他の二人も負けた気はしていないらしい。中でも未唯の勝ち誇ったようなドヤ顔は見物だ。

 お前はここに来るの初めてやろ~! 大作は心の中で激しく突っ込むが顔には出さない。


「何だか知らんけどこのセリフ、本来の使い方とかけ離れてきてるんじゃね? もう、封じ手? 禁じ手? 封印にしないか?」

「使っちゃいけないってこと?」


 未唯が不満そうに口を尖らせる。さっきのドヤ顔と打って変わって物凄く残念そうだ。


「とりあえず初めて来るところに使うのはやめておこうよ。意味が通らんだろ?」

「しょうがないわね~」

「未唯、覚えた……」


 二人とも不承不承といった顔だがとりあえず納得してくれたらしい。

 沈んだ空気を入れ替えようとでも思ったのだろうか。急にお園が明るい口調で声を上げる。


「ところで今日は大和守様はこちらにいらっしゃるのかしら」

「そ、それはアレだな。不確定性原理って知ってるか? どこにいるか正確に知ろうとすると運動量は不確かになる。逆もまた然りだ。ヴェルナー・ハイゼンベルクは……」

「あのお方にお伺いすれば分かるんじゃないかしら?」


 大作とっておきの無駄蘊蓄を未唯が何の遠慮もせずに遮る。その視線の先には門番らしき男が立っていた。

 そう言えば前に来た時にもそんなのがいたっけ。同じ人かどうかは例に寄って良く覚えていない。


「そ、そうだな。お訪ねしてみようか。それよりハイゼンベルクの話を聞きたくないか? ナチスの原爆開発で主導的役割を果たしたお方だぞ。もっとも、わざとサボってたって説もあるんだけどな」

「さぼって?」

不奉公(ぶほうこう)ってことよ。フランスっていうお国では木の靴をサボって言うんだって」

「ふぅ~ん。何で木の靴を履くと不奉公なの? 何で? どうして?」


 うわ~! とうとう未唯がどちて坊やになってしまった~! って言うか、みんなナチスの原爆には興味無いのかよ。

 まあ、重水炉なんて作るつもりはさらさら無いからどうでも良いか。やるならチェルノブイリみたいな黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉の一択だ。

 Wikipediaによれば人形峠のウラン鉱床の品位は0.052%だから一トンから五百グラムってことだ。三十トンの天然ウランを得るためには六万トンの鉱石を処理しなければならない。

 とは言え、当時の岩見銀山では年に三十八トンもの銀を精錬していたとかいないとか。人・物・金を潤沢につぎ込めば何とでもなるだろう。

 そっから先はGo for broke! 当たって砕けるしかない。オクロの天然原子炉じゃないけど中性子さえ減速できれば核分裂なんて勝手に起きるのだ。

 大作は考えるのを止めた。


「頼もう! 拙僧は大佐と申します。岩見守様にお目通り願い奉りまする」

「これはこれは、大佐様。お久しゅうござります。殿はつい先ほど、お屋敷の方に参られました」


 門番と思しき男が愛想よく答えてくれる。

 たぶん、前と同じ人だったんだろう。三人は見事にシンクロして深々と頭を下げた。


 前回にも訪れたそこそこ立派な屋敷は西に五百メートルくらいだったろうか。

 道順はうろ覚えだが一本道なので迷う心配は無いだろう。適当に歩いて行くとそれなりに立派な茅葺の門が見えてきた。

 大作は未唯の瞳を見詰めて顎をしゃくる。そして、これ以上は無いと言うほどのドヤ顔を決めた。


「フン、半年前と同じだ。なんの補強工事もしておらん!」

「え~~~! それは封じるんじゃ無かったの!」


 未唯がこれまで聞いたことも無いようなハイトーンで大ブーイングを上げる。

 だが、大作にとっては完全に計算通りの反応だ。余裕の笑みを浮かべて切り返す。


「こう言ったはずだぞ。『初めて行くところには』ってな。俺は一月前にも来たんだ」

「そんなのずるい! 酷いわ、騙したのね……」

「騙される奴が悪いんだ。次からはもっと用心深く振る舞うんだな」


 大作はここぞとばかりに上から目線でアドバイスっぽい言葉を掛ける。最近、威厳を失いっぱなしだ。ここいらで汚名を挽回せねば。

 半泣きの未唯は心の底から恨めしそうな顔だ。大きな丸い目に涙を浮かべながら震える手でお園の袖を掴む。

 お園はその手を優しく押さえながら大作の目を真正面から見据える。


「子供相手に大人気ないわ、大佐。未唯はまだ十四なのよ」

「子供だろうと。いや、子供だからこそ勝負の厳しさを教えてやらねばならんのだ。俺は心を鬼にしてるんだぞ」

「だったら私は未唯の味方になるわ。未唯、困ったことがあったら何でも頼って良いわよ」


 お園が未唯の肩を抱くように引き寄せた。もしかして未唯を取られそうになってるんじゃね? やっとこさっとこ連絡将校として使い物になりそうだと言うのに。

 大作は内心の焦りを必死に隠して笑顔を作る。


「いやいや、俺は未唯を虐めてたんじゃ無いんだぞ。アレだよアレ。ライオンは我が子を千尋(ちひろ)…… じゃなかった、千尋(せんじん)の谷に突き落とすって言うだろ」

「らいおんって何なの? そんな阿呆な話は聞いたことも無いわよ」

「そんな高いところから落ちたら死んじゃわないかしら」


 例に寄って二人が呆れたような顔をしているが大作にとっては願ったり叶ったりだ。無事に話をはぐらかせた予感に胸を撫で下ろす。


 そんな無駄話をしている間に屋敷に辿り着いた。門番がいないので玄関先まで勝手に進む。チャイムも無いので大声を掛けるしか無さそうだ。

 こんなんでセキュリティーとか大丈夫なんだろうか。まあ、知ったこっちゃないけど。


「頼もう! 拙僧は大佐と申します。岩見守様にお目通り願い奉りまする」


 すぐに奥から若い侍が姿を見せた。やはりセキュリティーは万全らしい。それはそうとこいつには見覚えがあるぞ。大作は必死に記憶を探る。


「お久しゅうございます、弥一郎様」

「いやいや、余一郎にござります」


 さっきまでのニコニコ顔が急に険しくなる。お前は瞬間湯沸かし器(死語)かよ。って言うか、モブキャラの名前なんていちいち覚えてられん! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。


「いやいや、ちゃんと余一郎様と申し上げましたぞ。生憎と口内炎が出来て舌が良う回りませぬ。お聞き苦しゅうて申し訳ござりませぬ」


 大作は慌ててモゴモゴと滑舌の悪い喋り方をする。それを真に受けたのだろうか。弥一郎、じゃなかった余一郎の表情が心配そうに曇った。


「それは難儀なことにござりますな。後ほど薬師に薬草を煎じさせましょう。それより、殿が首を長うしてお待ちですぞ。まずはこちらへ」


 やっぱり昨日に川を下るところを誰かに目撃されていたらしい。まあ、言い訳なら前回のモンティホール問題で納得してもらえるだろう。


「時に弥一郎様。夕餉のメニューでお願いがござります。実は拙僧、昨晩は腹を下して難儀いたしました。できますれば当分の間、生魚は遠慮したいのでございます」

「余一郎にございます! 夕餉のことは台所に申し付けておきまする故、ご安堵下さりませ」


 弥一郎様、もとい余一郎の顔がまたもや険しくなる。面倒臭いやっちゃな~! 大作は心の中で愚痴る。弥だろうと余だろうと大した違いじゃ無いじゃん。

 そうだ! お前は今日から一郎だ! 大作は考えるのを止めた。




 一郎の案内で通されたのは前回訪問時に宴を行った広間だった。

 東郷重治大和守は上座に一枚だけ敷かれた畳の上に座っている。派手な素襖を着て相変らずの髭達摩みたいな風貌だ。

 って言うか、またもや殿様を待たせてしまった。大作はジャンピング土下座気味に平伏す。


「大和守様。本日はご尊顔拝し奉り恐悦至極に存じまする」

「うむ。久しいのう、大佐殿。息災か?」

「入来院様のところで夕餉に(ひらめ)…… 大口カレイ? を頂いたのですが何故か拙僧だけが腹を下して死ぬ思いにござりました」

「で、あるか。それは災難じゃったな」


 重治が鷹揚に右手を上げる。それを合図にいろんな身なりの男が十人ほど部屋に入ってきた。

 何だこいつら? 大作は予想外の成り行きに面食らう。

 いやいや、何だか見覚えがあるような無いような…… その中で職人っぽい格好をした若い男が茶色いワイヤーの束を抱えている。これってもしかして電線じゃね?


「大佐殿が申された銅線が仕上がっております。仰せの通り柿渋を塗ってありますれば、ご検分のほどを」


 そう言いながら男はちょっと心配そうな顔で茶色い塊を差し出す。

 慌てて受け取るが電線は凄い重量感だ。しかし、検分って何をすれば良いんだろう。さぱ~り分からん。まあ、格好だけ適当にやっとけば良いか。


「とりあえず電気抵抗でも計っておきましょう。軟銅の抵抗は摂氏二十度で1.72×10^-8(Ω.m)と申しますな。長さは如何ほどにございますか?」

「百間にございます」

「百八十メートルですな。とすると、1.72×180×……」


 太さが分からん! ノギスは青左衛門にやっちゃったしな。見た感じ一ミリくらいか? それが分からんとどうにもならんぞ。

 仮に直径一ミリだとすると4Ωくらいになるはず。でも、そんなアバウトじゃ品質なんて判断のしようが無い。

 ソーラーバッテリー式デジタルテスターを銅線の両端に当ててみると結果は5Ωを少し超えるくらいだった。


「悪くありませんな。いやいや、結構良い出来かも知れませぬ。そうだったら良いですな」

「左様にございますか。それを聞いて安堵いたしました」


 職人が満面の笑みを浮かべた。一同の間からも緊張感が消え、穏やかな空気が広がって行く。


 それにしても一ヶ月で銅線を完成させるとは思ってもいなかった。中古船の改修に手間取っている船大工とは偉い違いだ。

 まあ、ダイスを通して引っ張るって針金製造方法は紀元前六世紀にペルシャで発明されていたらしい。ヨーロッパでも十世紀には作られていたとかいないとか。この時代には水車を動力にしたり、自動的にワイヤー状に編む機械も発明されていたんだとか。


 日本人の手先が器用なのには定評がある。優秀な職人が揃って一ヶ月頑張ったんだ。原理さえ理解できればこれくらい出来て当たり前かも知れん。

 それはともかく、この調子だと計画を前倒しできるんじゃね? 安心したせいだろうか。大作は急にお腹が空いてきた。


「あとはパルスのファルシのルシがパージでコクーンするだけでございますな。まあ、詳しい話は夕餉を頂いてからに致しましょう」


 とりあえず夕飯が先だ。朝からお粥しか食っていない。腹が減って死にそうだ。

 だが、職人の口から予想もしていなかった言葉が飛び出す。


「お待ち下され大佐様。そう慌てずとも夕餉は逃げは致しませぬ。それより先にグラム発電機をご覧頂けませぬか?」

「は、発電機?」


 大作は職人の視線の先を追って振り返る。そこに鎮座ましましていたのは紛れもなく発電機だ。回転式脱穀機くらいの大きさだろうか。

 がっしりした木の台の上には銅線がグルグル巻きになった電機子コイルがしっかり固定されている。その内側の回転界磁にも銅線がこれでもかというほど巻き付けてある。

 巨大な弾み車とか平滑回路らしい鉄心入りのコイルなんかもちゃんと付いているようだ。


 何だかサイバーパンクSFみたいな外見だな。って言うか、中世の拷問器具に似ていなくも無い。

 イベント・ホライゾンっていうゴシックホラーSFがあったっけ。監督はダメなほうのアンダーソンだ。


 それはそうと、たったの一ヶ月でこれを作っただと! もしかしてアレか? アレなのか? 話の展開が遅すぎてスカッドから巻きが入ったんじゃなかろうか。

 まあ、どうでも良いや。とりあえず褒めておこう。


「素晴らしゅうございます! 皆さま方は英雄なりや。大変な功績にござりまする!」

「それが、思うた通りに電気とやらが起こりませぬ。頂いた絵図面の通り、寸分違わぬ筈なのですが」


 若い職人の顔がどんよりと沈み込む。

 そうだよな~ そう簡単に発電機が作れて堪るかよ。大作は何故だかちょっとだけ安心した。


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