巻ノ百弐拾九 馬、嫌いだもの…… の巻
見るべきほどのことは見つ。ということで大作たち一行は久見崎を後にした。
棟梁っぽい男と船大工が二人ほど同行するらしい。おかげで高瀬舟の上には十四人もの男女がひしめき合う。
例に寄ってお園たちから順に舟に乗る。船大工たちはその様子を物珍しそうに見ていたが空気を読んで何も言わなかった。
「それにしても遠かったよな。山ヶ野から直線で十里もあるんだもん。船を見るためだけに東京から横須賀まで行くようなもんだろ」
「とうきょうもよこすかも知らないけど本当に遠かったわよ。あんまりしょっちゅうはこれないわね」
疲れ果てた顔でぼやく大作にお園も不機嫌そうに相槌を打つ。
それを聞いた重朝が宥めるように声を掛けた。
「大佐殿。此度は遠路、大儀であったのう。夕餉には馳走を振る舞わせる故、巫女も機嫌を直されよ」
重朝が舟の後ろの方には置いてある盥を指差す。その中を覗くと五十センチくらいの平べったい魚が入っていた。
とりあえず夕飯は鯰では無さそうだ。大作はほっと胸を撫で下ろす。
「左ヒラメに右カレイでしたかな? さすれば、これは鮃にござりましょうや?」
「いやいや、大口カレイにござります。採れたてですぞ。夕餉にて刺身に致します」
千手丸がドヤ顔で答える。でも、どう見たって鮃なんだけど。大作は心の中で呟く。
それはそうと、こういうのはサプライズにした方が盛り上がったのに。とは言え、お園のストレスもマッハだったからしょうがないか。
「拙僧の国にもこの魚がおります。もっとも、より優雅に鮃と呼んでいるがね」
「平べったいから鮃って言うのかしら。どんな魚なの? 美味しいの?」
目の色を変えてお園が盥を覗き込む。怯えたような顔の未唯とは対照的だ。
「お前なぁ。その食いしん坊キャラ丸出しの反応はどうなんだ? まあ、可愛いから良いけど」
「キャラが立って無いとダメなんでしょう? これが私の個性なんだからしょうがないわ。それで、これはどんな魚なの?」
開き直りかよ! 潔くてお園らしいな。そんで何だっけ? 大作は鮃に関する記憶を辿る。
「左ヒラメに右カレイだけど例外は結構あるらしいな。ヌマガレイって奴は左らしい。アメリカ西海岸で採れるカレイも半分くらいは左なんだとさ」
「じゃあ、どうやって見分けるの?」
「目とか歯の形が違うから見分けるのは簡単だ。ぶっちゃけどっちもカレイ目カレイ亜目なんだ。ヒラメはヒラメ科、カレイはカレイ科。似た者同士さ。でも、刺身にするなら鮃だな。なんたって高級魚だし」
昔はカレイのほうが高級魚だったらしいけどな。大作は心の中で付け加えた。
そうだ、ちゃんと礼を言っとかなければ。千住丸に向き直ると精一杯の真面目な表情を作って頭を下げる。
「これは有難きことにござりまする。ところで刺身と申されましたかな? 醤油はござりまするか?」
「漿醤がご所望にござりまするか。かしこまりました。台所に申し付けておきまする」
どんな醤油が出てくるか分からんが酢や塩で食べるよりはマシなんじゃなかろうか。
ちょっと待て。寄生虫は大丈夫なのか? 大作はスマホを起動すると情報を探す。
何だと! クドア・セプテンプンクタータが寄生したヒラメを食べると数時間で下痢やおう吐だと!
でも、症状は一過性で軽度。危険な時期は夏の八月から十月。冬から春は安心とのことだ。
まあ、養殖魚じゃ無いから危険性は低いか。それに命の危険も無いらしいし。気にしてもしょうがないか。
そんなことを大作が考えていると不意に重朝から声が掛かる。
「時に大佐殿、平佐城には湯が沸いておるぞ。巫女らも湯浴みいたすが良かろう」
「温泉ですと! 有難き幸せにござります。お園、未唯、一緒に入ろうな」
「え~~~!」
大袈裟に驚く未唯を放置して大作は平佐城温泉に関して調べる。泉質は弱アルカリ性単純温泉で神経痛や冷え症に効果があるんだそうな。
って言うか、何で驚いてるんだろう。この時代って混浴が普通なんじゃ無かったっけ? そもそも江戸時代より前は裸で入浴する習慣が無く、湯帷子とかを着てたはずなんだけど。
温泉に入れると分かったせいだろうか。目に見えてお園の機嫌が急回復する。平佐城まで十キロほど川内川を上る間も待ちきれない様子でソワソワと落ち着かない。
「それにしても途中でトイレに行きたくならなくて良かったな。そう言えば、先ほどの船。あだて船でしたっけ? あれのトイレ…… 厠? 雪隠? そういった物はどうなっておるのでしょうな」
大作はふと浮かんだ疑問を棟梁っぽい男にぶつけてみる。だが、帰ってきたのは小馬鹿にしたような視線だった。
「船に厠を作れと申されるまするか? これはまた驚かしきことを。舵を仕舞うため艫櫓に隙間がござりまする。用足しなれば皆そこから致しておりますぞ」
「いやいや、今や海自の護衛艦にも女性艦長がおる時代ですぞ。女性にもそこで用を足せと申されまするか? それに海洋汚染防止法とか水質汚濁防止法とかISO 14000とかグリーン経営認証、エトセトラエトセトラ。汚水処理もせずにそれをすてるなんてとんでもない! あと、帆船って基本的に追い風で走ることが多うござりましょう。艦尾にトイレを作ると船全体が臭くて堪りませぬぞ。故に南蛮船では船首にトイレを作りまする。それでヘッドがトイレの隠語になったそうな」
まあ、この時代の南蛮船にもマトモなトイレは無かったらしいけど。サスケハナ号の時代になっても司令官と艦長それぞれ専用のトイレしか無かったらしい。恐らく一般の水兵は艫の隅に開いた穴にでも用を足していたんだろう。
って言うか、Uボートにもトイレが一つしか無かったそうな。正確には二つあったんだけど片方を食糧庫にしたんだとか。しかも手動ポンプで排出する仕掛けなので潜望鏡深度を超えると使えない。なのでバケツに貯めていたんだとか。これが引っ繰り返ると実に悲惨なことになったそうな。
その点、伊号潜水艦は汚水タンク装備の水洗式和式トイレを二つも持っていたんだから素晴らしい。ともかく、清潔なトイレは絶対に必要だ。絶対にだ!
そんな無駄話で時間を潰している間にも舟は平佐川との分岐を越える。一キロほど遡った河岸の船着場に舟が泊まった。
この辺りは川内川を利用した水運の集散地となっているようだ。川内川と平佐川に挟まれた三角地帯には川下に商家や倉、川上に武家屋敷っぽい家が立ち並んでいた。
またもやお園を先頭に陸に上がる。もうすっかり入来院にもレディーファーストが定着したようだ。みんなそれが当たり前って顔をしている。
川岸には口取りが馬を連れて待っていた。排色の陣羽織を着て紺色のたっつけ袴を穿いた若い男は脇差を帯に差している。ただの馬子というわけでは無さそうだ。
重朝は手綱を受け取ると鐙に足を載せ、ひらりと馬に飛び乗った。
その仕草に大作は何とも言えない奇妙な違和感を覚える。どこが変なんだろう。もし自分が馬に乗るとしたら…… 分かった!
「岩見守様。馬に乗る折、何故に右からお乗りになったのでござりましょうや? 左からじゃあ駄目なんでしょうか?」
「何じゃと? 左から馬に乗れとな? そのようなことを致せば刀が邪魔になるであろう」
「然れども、世界標準は左ですぞ。拙僧はこどもの国でポニーに乗ったことがございます。それに自転車やバイクだって左から乗りますぞ。だからチェーンは右側にありまする」
「いやいや、如何に和尚が申されようと馬に乗るのは右からと決まっておろう。そも、左から乗るなぞ縁起が悪いであろう」
大作の提案を重朝がけんもほろろに却下する。まあ、どっちから乗ろうが死ぬほどどうでも良いか。大作は考えるのを止めた。
それはそうとこのおっさん、ちょっとは歩かないと運動不足になるんじゃなかろうか。と思いきや、乗馬のカロリー消費量は十分で四十六キロカロリーにもなるって書いてある。これって軽いジョギングに匹敵するとかしないとか。歩くよりよっぽど良い運動になるのだ。
「馬っていくらくらいするのかな。今後は荷物を運ぶ機会も増えるから自前で馬を用意した方が安上がりかも知れんぞ。山内一豊は金十両で名馬を買ったんだっけ?」
「金十両と申さば銭三十貫文じゃぞ! それはまた止む事無き馬じゃのう」
重朝がちょっと興奮気味に食い付く。その口調はなんだか羨ましそうだ。
まあ、あのエピソードは大河では天正九年(1581)信長の馬揃え数ヶ月前って設定だったっけ。だとすると銭十五貫文くらいになるんだろうか。
その言葉を引き継ぐように口取りが相槌を打つ。
「殿の仰せの通りにござりまする。されど、お坊様。並みの馬はもっと安うござりますぞ。銭二、三貫文。駄馬なら銭一貫文もいたしませぬ。とは申せ、世話に大層な手間が掛かりますな」
「左様にござりまするか。そう申さば、蹄鉄が無いので蹄のケアに随分と気を使うそうですな。それに、去勢していないのでとっても気性が荒いんでしたっけ? ルイス・フロイスからイザベラ・バードまで、みんなびっくりしておりますぞ」
海外では紀元前から馬、牛、豚なんかを去勢していたらしい。日本にもその知識や技術が伝わっていた可能性はある。ただ、気性の荒い馬を乗りこなしてこそ本当の武士みたいな風潮あったようだ。
って言うか、男の立場としては去勢って何だかアレだな。それに麻酔も無しなんて痛そうだし。術後の感染症とかも心配だ。
牝馬ならワンチャンあるのか? いやいや、発情期ってのがあったっけ。
そもそも馬ってとってもデリケートな動物なのだ。小さな音を怖がったり、自分の影を怖がったりする臆病者までいるそうな。
とてもじゃないけど付き合ってられん。大作は考えるのを止めた。
「やはり生き物は生半可な気持ちで手を出すのは止めておいた方が良さそうですな。う~ん、残念! まあ、馬借からレンタルすれば済む話ですか。ところで、お園は馬に乗ったことあるのかな?」
退屈そうにしているお園が気になった大作は話を振ってみる。だが、返ってきたのは不機嫌そう表情だった。
「私は女よ。馬になんて乗るわけ無いでしょう」
「いやいや、巴御前や坂額御前とかだって乗ってたじゃん。男女共同参画社会を目指すには馬くらい乗れなきゃ。Let's try together!」
「私、乗らない。馬、嫌いだもの」
お園がぼそっと呟く。そうきたか~! 大作は心の中で絶叫する。これで夕餉のメニューが鱶鰭チャーシュー、大盛りだったら凄いんだけど。
南に数百メートル進むと小川が流れ、小さな木の橋が架かっていた。それを渡ると小川に沿うように土塁が築かれている。
土塁が途切れたところに建っているのはそこそこ立派な茅葺の門だ。その脇に短い槍を持った足軽みたいな門番が一人立っている。若い男は重朝の姿に気付くや否や深々と頭を下げた。
「ここが三の丸じゃ。左にあるのが二の丸。あちらに見える山に本丸が建っておるぞ」
聞いてもいないのに重朝が得意気に教えてくれる。
「立派なお城にございますな。このような城を幾つもお持ちとは。固定資産税とか大変にござりましょう」
大作には城の良し悪しなどさっぱり分からない。とりあえず無難な言葉で褒めておく。重朝も満更でも無いように見える。
指差す方を見るとなだらかな丘の上に建物群が並んでいた。高さはせいぜい十メートルくらいだろうか。山登りしないで済みそうな予感に大作は胸を撫で下ろす。
カテゴリーとしては平山城に分類されるんだろう。清色城や竜ヶ城に比べるとそれほど守りの堅固な城には見えない。
だが、この城では後に結構な激戦が行われることになる。天正十五年(1587)四月二十八日に小西行長、脇坂安治、九鬼嘉隆らが率いる七、八千の軍勢がこの城を攻めたのだ。
守るは桂忠詮に率いられた武士八十人と雑兵二、三百人。彼らは八時間に渡る猛攻を見事に凌ぎ切る。
良く分からないのはその後だ。Wikipediaの桂忠詮の項目には秀吉側から大田講代坊という使者が遣わされたと書いてある。一方で九州平定の項目にはこの日の夕刻、島津義久から降伏を指示する書状が届いたと書いてある。
ところがネットで見かけた情報はそのどちらとも異なっている。平佐城責之事という史料には国分からきた大田講代坊は戦闘の前から平佐城に籠っていたと書いてあるそうな。だとすると桂忠昉から和平を提案したってことになる。
そもそもこの戦闘が行われていた時に秀吉は出水にいたって情報もある。義久が国分にいたのかも良く分からんらしい。
だいたい、前線部隊の指揮官が一存で和平交渉なんてするだろうか? 事前に指示があったのかも知れん。一戦交えた後に降伏しろとか何とか。
ともかく、この戦闘において島津方の損害は二十人以上。豊臣方も三百人以上が戦死したそうな。どうせ降伏するんならさっさとすれば良かったのに。無駄死にも良いところだ。大作はこういう話になると基本的に無駄死にした人たちに感情移入してしまうのだ
これはアレか? 昭和天皇の一撃和平論みたいな物なのか? ちょっとでも有利な降伏条件を引き出したいのは分からんでも無い。だけど、そんなことのために捨て石にされた奴らはどんな気持ちだったんだろうか。さぱ~り分からん。分かりたくも無い。
それとも、スターリングラード攻防戦のパウルス元帥みたいな感じだったんだろうか? いやいや、どう考えても青作戦その物が無謀だったんだ。
だいたい1942年の夏スタートでドイツ軍なんてどうやったって勝てる気がしない。せめて1940年スタートなら何とかなるかも知らんけど。
そう言えば昔、AHの第三帝国の第何版だったか忘れたけど、とんでもない荒業を読んだことがあるな。1939年スタートでフランスはおろかポーランドすら攻めていない段階でいきなり英本土上陸作戦を敢行するとかいう代物だ。まだ貧弱な海軍と空軍を全力で投入し、ロンドンに空挺部隊を降下させちゃうのだ。失敗すれば再起不能のギャンブルも良いところだが、あのゲームでは成功率は六分の一だったっけ。
やっぱ戦争ってのはこうでなくちゃ。三年掛けてチマチマと対島津戦の準備なんて真っ平御免の助三郎だ。そうだ! 奇襲効果が三倍付くんだから兵は千人も要らんぞ。三百人もいれば十分だろう。
「って言うか、木崎原の戦いとか島津の退き口とか奴らっていつも三百人だよな。何か縛りでもあるのか?」
妄想世界に没頭するあまり大作は思わず口に出してしまった。
「三百人? いったい何の話かしら?」
お園が興味津々で目を輝かせながら首を傾げた。馬上の重朝も興味深げに振り返る。その視線を意識しつつ大作は言葉を選んだ。
「三百人で大軍と戦うっていうのは神話の時代から現代ラノベまで定番の展開なんだ。三百人で五千の魔物を包囲殲滅するとか。元祖は旧約聖書の士師記かな? 十三万五千人のミディアン軍を相手にたったの三百人で戦い、十二万人を殺したギデオンって奴らが出てくるぞ」
「一人が四百人も殺めたの? ちゃんと数えてたのかしら。随分と骨折りだったでしょうね」
「何でもラッパを吹き鳴らした通信妨害で同士討ちさせたらしいぞ。そもそも、イスラエル軍って阿呆みたいに強いだろ。パレスチナ人が一方的な虐殺対象になるって現代と変わらんな」
大作は忌々し気に吐き捨てる。判官贔屓にとっては甚だ面白く無い。敵だろうと味方だろうと圧倒的な戦力差の戦いは見ていて不快だ。マリアナの七面鳥撃ちとかムカついてしょうがない。
「そんな勝ち方、まやかしじゃないかしら。ちゃんと戦っていたらそうは行かなかったんでしょうね」
お園も顰め面をしながら忌々し気に吐き捨てる。もしかして考えに賛同してくれたんだろうか。嬉しさのあまり大作は得意気に話を続ける。
「そうそう、三百人で大人数と戦うって話だったらもっと大物がいるぞ。300って映画にもなったテルモピュライの戦いってのがあるんだ。その映画ではペルシア軍は百万人ってことになってる。でも、ヘロドトスの『歴史』第七巻によると水軍を含んだペルシア軍は総勢二百六十四万人。非戦闘員も同じくらいいたから全部で五百三十万人もいたんだと。当時の世界人口は一億人くらいだったんだ。その二十分の一が一か所に集まったんだから凄いよな。コミケ会場の比じゃないぞ。もしタイムスリップすることがあったら見てみたいだろ」
「ふぅ~ん。でも、どうしていつも三百人なの。何かわけはあるのかしら?」
こいつ、やけに人数にこだわるな。適当に誤魔化すか? 大作は何でも良いから蘊蓄の絨毯爆撃で切り抜けることにする。
「一説によると指揮官が兵を直接管理できるのは声が届く範囲だとか何とか。マケドニア式ファランクスも十六人が十六列並んだ二百五十六人なんだ。そう言えば、ロビン・ダンバー教授ってイギリスの人類学者はこんな仮説を提唱してるぞ。人の認知能力には限界があるから密接な人間関係を構築できるのは百五十人までだってな。ゴアテックスを創ったウィルバート・ゴアは一部門の従業員が百五十人を超えないよう組織を構築したんだとさ。水滸伝だって百八人だろ」
「すいこでんは知らぬが儂にも水火も辞さぬ三百余騎の忠義の臣がおるぞ。我が入来院は宝治合戦の折、定心様が相模国より地頭として下向されたのが始まりじゃ。以来、三百年もの長きにわたり良く仕えてくれておる。みな、儂には過ぎたる家臣じゃ」
勝手に話に割り込んだ重朝がドヤ顔で千手丸や御付きの侍を見回す。その視線を向けられた侍たちの顔がぱっと綻んだ。
譜代の家臣なんて羨ましい話だな。そんな物を持っていない大作は嫉妬の炎を燃やす。いくら金を積んでも忠誠心だけは買うことができない。
服従は強制できるが忠誠は主君が自ら勝ち取るしか無い。マッカーサーがそんなことを言ってたような言ってなかったような。
強いて上げれば巫女軍団か。身寄りのない奴らを家族同然に扱えば情が移って忠誠心を持ってくれるかも知れん。でも、それってこっちも情が移るから消耗品みたいに扱うのは気が引けるな。って言うか、そもそも巫女軍団は実戦部隊じゃ無いし。
そうだ、チャウシェスク大統領の親衛隊みたいに男の孤児を集めるつもりだったんだ。今は難しいけど対島津戦では大量の死人が出るだろう。そうなれば男の孤児だって市場にダブつくんじゃね? いやいや、俺たちが親を殺しておいて、その子供から忠誠心を得るなんて難易度高すぎだろ。だったら……
「でも、どうやったらそんな強者に勝てるのかしら?」
妄想世界に嵌り込んでいた大作がお園の声で現実に引き戻される。
「え~~~! こっちが多数派の立場で考えろってか? まあ、島津っていつも三百人だしな。それはそれで面白いかも知れん。どうやったら少数精鋭のハイテク部隊に勝てると思う?」
「こっちも更なる『はいてくぶたい』を作れば良いのかしら?」
急に話しを振られた未唯がちょっと不安そうに答える。さすがに無茶振りだっただろうか。
「普通に考えたらそれが正解だな。でも、そんな当たり前の解決策は面白くも何とも無いだろ。非対称戦争って聞いたことあるか?」
「ひたいしょうせんそう? ちっとも分からないわ」
「どうやっても勝てそうも無いほど力に差がある戦ってことだな。そんな相手とどうやって戦うか? それは相手の土俵に乗らないことだ」
「どひょう?」
例に寄って話が脱線して行く予感に駆られながらも大作は手で円を作って…… 違う違う、土俵が丸くなったのは江戸時代の延宝年間だっけ。
Wikipediaによればそもそも昔の相撲には土俵なんて無かったそうな。鎌倉時代には観客が輪のように取り囲んでいたんだとか。それが江戸時代の寛文年間には四角い紐で囲んだリングみたいな土俵になる。そして延宝年間に直径十三尺の円になり、昭和六年には十五尺に拡大された。
でも、土俵が円である理由は何があるんでしょうか? 四角じゃダメなんでしょうか? いやいや、岡山県勝央町には今でも四角い土俵があるそうな。
「土俵が丸いとコーナーに追い詰められる心配が無いっていうメリットがあるんだ。とは言え、俺はあんな女性蔑視のスポーツは大嫌いだけどな。山ヶ野では男女共同参画社会を目指しているんだ。男女の体力差に関係無く楽しめるスポーツって何かないかな?」
「たいりょくさ? すぽ~つ? 男と女で相撲をするつもりなのかしら」
「相撲は嫌いだって言っただろ。アフガン航空相撲は別だけどな。それはともかく、男に比べて女の最大酸素摂取量は八割くらいしか無いそうだ。それに女の方が体脂肪率が一割くらい多い。つまり筋肉が少ない。フィジカルではどうやったって勝負にならん。だったらそれを逆手に取ったらどうじゃろう? たとえば冷たい冬の海で丸一日飲まず食わずで泳ぎ続けるとか。たくさんの脂肪は体温を保つのに役立つしエネルギー源にもなる。きっと女の方が有利なはずだぞ」
「私、冬の海に入るなんて真っ平御免よ」
ちょっと怖い顔をしたお園がきっぱりと言い切る。未唯も禿同と言った顔で激しく頷いていた。
まあ、俺も寒中遠泳なんて死んでも勘弁だ。大作も心の中でガッテンボタンを連打した。
「そ、そうだな。冬は炬燵《こたつ》に入って蜜柑でも食ってるのが一番だ」
大作は心の中の予定表に炬燵の製造と蜜柑の入手を書き込んだ。




