巻ノ百弐拾八 翼よあれが久見崎だ! の巻
永遠に続くかと思われた大作たちの川下り。その旅にも遂に終わりの時が訪れようとしていた。
川幅は五百メートルを超え、流れも随分と緩やかになる。川が右に大きくカーブすると遥か彼方にぼんやりと薄靄に霞んだ水平線が見えてきた。
「このまま海に出て西に三十キロ…… 七、八里ほど行くと上甑島っていうのがあるらしい。最高峰の遠目木山は四百二十三メートルだから千四百尺くらいだ。天気が良ければ見えたのにな」
「その島に人は住んでいるの?」
「下甑島と合わせても石高は三千石足らずって書いてあるから三千人くらいじゃね? 一万石当たりの動員兵力が二百五十人だとすると動員兵力は七十五人くらいかな。島津さえ始末すれば自動的に手に入りそうだ。もし逆らったとしても瞬殺できるさ」
三年後の対島津戦に勝利したら天草や長崎方面への侵攻も考えなければならない。そうなると制海権確保のために上甑島と下甑島は是が非でも手に入れたいところだ。
下甑島には標高六百四メートルの尾岳もある。天気が良ければ九十キロ先まで見渡せるので監視所を作るのにも良さそうだ。
左岸に広がっていた田畑が途切れていきなり険しい山が聳える。山裾には小さな神社が建っていた。
「あの山の向こう側には川内原子力発電所があるんだぞ。いやいや、今は無いけどな。二十世紀に九十万キロワットの加圧水型軽水炉が二基作られるんだ。ちなみに核兵器を開発しようと思ったら重水炉か黒鉛炉が必要になるな。軽水炉を使った核開発は不可能とまでは言わんけど効率が悪すぎて非現実的だ」
「じゅうすいろかこくえんろね。覚えたわ。それも青左衛門様に作って頂くの?」
未唯が首を傾げながら相槌を打つ。
「いやいや、なんぼなんでもそりゃあ無理だろ。そもそも天然ウランが三十トンくらい要るんだったかな? まずは尼子に伝を作るところから始めなきゃ」
「ふぅ~ん。早く作れるようになったら良いわね」
お園も義理で相槌を打ってくれた。だが、やはり何の関心も持って貰えなかったようだ。
左岸に聳える山々の先に猫の額みたいに狭い平野が見えてくる。大作は腰に左手を当てて姿勢を正す。そして人差し指を勢い良く立てて指し示した。
「翼よあれが久見崎だ! って言いたくなるほどの長旅だったな。ちなみに三十三時間三十分の長距離飛行の末、パリに辿り着いたリンドバーグの第一声は『トイレはどこですか?』だったって説もあるぞ。まあ、途中でトイレに行きたくならずに済んで何よりだ」
「舟は良いわね。リリンの生み出した文化の極みだわ。もし歩いてたらきっとまだ斧淵の辺りよ。舟っていくらくらいで買えるのかしら」
「買うんだったら破れ奉行で萬屋錦之介が乗っていた鯨船みたいなのが欲しいな。あの船はどういう仕掛けか知らんけど深川から離れた内陸の屋敷でも突っ込んで行けるんだぞ」
「何じゃと? 大佐殿は舟を所望か? 宜しければ鉄砲の礼に一艘、寄進致そう」
またもや重朝から不意に声が掛かる。だが、さすがの大作もいい加減に慣れっこだ。慌てず騒がずゆっくり振り返ると余裕の笑みを浮かべた。
欲しいか欲しくないかで言えば欲しい。とは言え、大量の荷物を運ぶわけじゃない。それに大きい舟は漕ぐのが大変そうだ。足漕ぎのプロペラカヤックくらいが良いんじゃなかろうか。
でも、あの手の舟は引っ繰り返ったら怖いんだよな。大作はローハイドでフェイバーさんを演じていたエリック・フレミングのことを思い出す。彼はペルーで映画ロケ中にカヌーが転覆して溺死したのだ。
まあ、アウトリガーカヌーにすれば転覆の危険はかなり抑えられるだろう。大作は考えるのを止めた。
「真に勿体無きお言葉。されど拙僧は艪を漕げませぬ故、此度は遠慮させて頂きまする。それよりも岩見守様、シェアリングエコノミーをご存じにありましょうや? 遊休資産の貸し借りをネットで仲介することにより需給をマッチングさせる仕掛けにござりまする。これよりは入来院様においては軍船や鉄砲の大量生産が始まりましょう。今までにも増して各種リソースの経済的効率性を追求せねばなりませぬ」
「しぇありんぐえこのみ~じゃと?」
「レンタカーの乗り捨ての如く川上で借りた舟を川下で返すことができれば便利…… 便便たれ? 重宝いたしますぞ。是非とも川舟のレンタルビジネスをご検討下さりませ」
「さ、左様な物かのう……」
そんな無駄話で時間を潰している間にも舟は河口に近付く。川岸の一部がスロープ状になっていて斜面の上に建造中らしき大小数隻の船が並んでいた。
船底が平らだとこんな作り方ができるのも大きなメリットだ。とは言え、将来もっと大きな船を作ろうと思ったらドライドックがあった方が便利なのは間違い無い。
すでに1495年にはイングランドのポーツマスにドライドックがあったんだそうな。嘘か本当か知らんけど九世紀ごろの中国にもあったとか無かったとか。
干満の潮位差を上手く利用すれば注排水を省力化できるかも知れん。でも、凄い大がかりな施設になりそうだ。
まあ、伊達政宗が作らせたサン・ファン・バウティスタ号は五百トンもあったけどドライドックなんて使わなかったはずだ。努力と熱意さえあれば無くても何とかなるんだろう。
船頭が竿で舟を反転させて川岸に寄せる。艫綱が…… いや、あれは舫い綱か? 良く分からん。
いやいや、艫って言うのは船尾のことだ。ってことはアレは舫い綱だな。そんなことを大作が考えている間に舟は川岸に綱で係留された。
「れでぃ~ふぁ~すとじゃったな。巫女から降りるが良いぞ」
重朝が鷹揚な口調で許可を下す。お園と未唯は深々と頭を下げると遠慮がちに陸に上がる。それに重朝と千手丸が続く。護衛か御付きの三人も舟を下りた。
「船頭の皆さま方もどうぞお先に」
大作は揉み手をしながら卑屈な笑みを浮かべる。
「いやいや、我らは舟の備品みたいな物にござりまする。お坊様こそお先に降りて下さりませ」
年配の船頭も大作に負けず劣らずの薄ら笑いを浮かべた。深々と頭を下げながら手振りで先に下りるよう勧める。だが、その口調には少し棘があるような気がしないでも無い。
こいつら、いい年こいていつまで根に持ってるんだよ~! 大作は心の中で絶叫する。まあ、完全に自分で蒔いた種なのだが。
言葉通りに受け取って良いんだろうか。これ以上、臍を曲げられたら厄介だぞ。
こうなったらいつもの手だ。どうせ俺の道具箱にはハンマーしか入っていないんだからしょうが無い。大作は懐から小粒の金塊を取り出す。
「これは僅かですが心ばかりのお礼にござります。とっておいて下さりませ」
「いやいや、我らが舟を漕ぎたるはお殿様の命にござります。お坊様からこのような物を頂く道理がござりませぬ」
思った通り船頭は受け取ろうとしない。だが、僅かに表情が綻んだような気がしないでも無い。
まあ、これで人事は尽くした。あとは天命を待つのみだ。ここからなら最悪でも歩いて帰れんことは無い。大作は深々と頭を下げるとお園たちを小走りで追い掛けた。
先に上陸したみんなは建造作業中らしき大きな船の横に集まって話をしていた。
船の全長は二十メートルくらいだろうか。さっきまで乗っていたシャープな高瀬舟にくらべるで随分とずんぐりむっくりに見える。
二本のマストに張られたバミューダ帆装が格好良い。下側のブームで固定されているからガフセイルより操帆が容易なはずだ。
船首から長く伸びたバウスプリットにはジブも張られている。
全体的な外観は幕末に戸田村で建造された戸田号に似ていなくもない。取り合えず見た目に関しては合格点だろうか。
重朝は船大工っぽい男たちから出迎えを受けているようだ。
薄茶色の筒袖を着て灰色の括袴を穿いた初老の男が一番偉い奴らしい。大作が近付いて行くと男が向き直って軽く頭を下げた。
「お久しゅうござりまする、大佐様」
「ご無沙汰しております」
相槌を打ちながら大作も頭を下げる。だけどこいつ誰だっけ? まったく見覚えが無い。恐らくは船大工の棟梁とかそんなのだろう。たぶん。
棟梁っぽい男は重朝に向き直ると満面の笑顔を浮かべた。その屈託の無い笑顔はまるでITのペニーワイズみたいでちょっと怖いくらいだ。
って言うか、ここまで過剰に愛想を振り撒かんでも良いのに。中古車のセールスマンみたいな下心を感じるぞ。まあ、中古車なんて買ったこと無いんだけど。
大作は激しく頭を振って脳内から中古車セールスするペニーワイズを追い払う。
「如何にござりましょう。とても船下しから十二年も過ぎたる中年船には見えますまい」
棟梁っぽい男は揉み手をしながら上目遣いに重朝の顔色を伺う。満面の笑みなのに目だけ笑っていない。って言うか、欲望でギラギラ輝いているように見える。
もしかして、いつもの俺も回りからはこう見えてるんだろうか。大作は想像してちょっと悲しくなった。
それはそうと、本当に中古なのかよ! この船を重朝はいったいいくらで買ったんだろう。
「失火にて焼亡せし屋倉もほれ、この通り作り直してござります」
よりによって事故物件かよ! 大作は心の中で突っ込む。死人とか出なかったんだろうか。重朝の顔を横目で伺うが特に気にしているようには見えない。
まあ、今は戦国時代だし、これは軍船だ。戦になれば死人なんて普通に出る。いちいち気にしたってしょうが無いんだろう。
ぶっちゃけ、この船に重朝がいくら払おうが知ったこっちゃ無い。とは言え、そのうち大作も船を量産するつもりだ。
もし今回の建造費が次回以降の基準価格になるとしたら値切った方が良いんじゃなかろうか。だけど、発注者でも無い人間が値切るのも変な話だな。
考えてもしょうが無い。大作は適当に探りを入れることにする。
「これは弁才船という物にござりまするな。大きさは如何程にござりましょうや?」
「我らは『あだて船』と呼んでおりまする。二百五十石積みは使い勝手が良うございますぞ。大方のあだて船は斯様な大きさにござりましょう」
大作は和船に関する記憶を辿る。所謂、千石船は百五十トンほど積むことができて、排水量で言うと二百トンほどだったらしい。
その四分の一ってことは積載量が四十トン足らず。単純計算すると排水量は五十トンくらいなんだろうか。
大作がそんなことを考えていると棟梁っぽい男と目が合った。相変わらず満面の愛想笑いを浮かべている。
もしかして馬鹿にされてるのか? 大作の胸中に不意に不安感が募った。
こいつはどげんかせんといかん。『ちょろいもんだぜ、そのニヤケた顔を吹っ飛ばしてやる!!』と大作は心の中で呟く。
「先ほど屋倉を作り直したと申されましたな。他にも帆柱や舵も作り直しにござりましょう。さらには水密甲板や船底の左右にツインキールまで付けて頂きました。ややもすれば元になった船は半分も残ってはおらぬのではありませぬか?」
棟梁っぽい男の顔から急に表情が消える。大作は心の中で『おまえは何を言っているんだ』というモノローグをアテレコした。
ちなみにアフレコはアフター・レコーディングの略で撮影済み映像に後から音声を収録すること。アテレコは外画やアニメなど演技者以外のキャラクターに声を割り当てるという意味の造語らしい。まあ、今時の若い声優はアテレコなんて古臭い言葉はあんまり使わないんだけれど。
『俺のターン! テセウスの船を攻撃表示で召喚』と大作は心の中で絶叫する。
「岩見守様。もし、こうやって船の部材を置き換えて行けばいずれは元になった船は無くなってしまうのではありませぬでしょうか? また、船から外した古い部材を集めて別の船を作ったとしたらその船は何なのでしょう?」
「いきなりどうなされた、大佐殿。また禅問答か?」
不安気に歪む重朝の顔を見て大作は心の中でほくそ笑む。
「このような哲学的命題をテセウスの船と申します。斯様な事態を避けるため、国際海事機関(IMO)はIMO番号を船に割り当てることに致しました。大事なることは船の名前。これに尽きまする」
ちなみにWikipediaのIMO番号の項目にはIMO9176187の『エヴァンゲリア』という船の写真が載っている。どんな船か知らんけど一度乗ってみたいもんだ。
「何じゃと? この船に名を付けよと申されるか。儂は船には詳しゅう無い。和尚が何ぞ有り難い名を付けては下さらぬか?」
「せ、拙僧に名付けよと申されまするか? え~っと、コバヤシ丸とか?」
まさか自分に跳ね返ってくると予想していなかった大作は焦る。
この時代でも船の名前と言えばナントカ丸が相場だろう。歴史的には十世紀ごろすでに丸の付く船名は珍しく無かったんだそうな。
Wikipediaによれば記録に残る最古の丸は1187年に書かれた仁和寺の古文書に登場する紀伊国住人源末利の坂東丸って書いてある。
遥かに時代は下って明治制定の船舶法取扱手続きにも『船舶ノ名称ニハ成ルベク其ノ末尾ニ丸ノ字ヲ附セシムベシ』との記述がある。
とは言え、軍艦の名前にナントカ丸ってちょっと格好悪いかも知れん。
「やはり、丸は止めておきましょう。そもそも船は女でござりましたな」
「え~! 船って女なの?」
お園の突っ込みを受けた大作は急に不安に駆られる。必死に記憶を辿ってみるが、確か英語圏では船は女性だったはずだ。フランス語では男性。スペイン語だと男女両方ある。ドイツ語だと中性だったような。ローマ時代に既に船名は女性名だったとか何とか。
だが、船大工の棟梁っぽい男が訝しげに眉を顰める。
「船が女と申されましたか? そのような話は聞いたこともござりませぬぞ。船の名に丸が付きまするは麻呂の意にて、男ではござりませぬか?」
「いやいや、船魂様は女神様にござりまする。女性が一人で船に乗ると焼きもちを妬くと申しますぞ」
「船が男であるが故に船魂様が女神様なのではござりませぬか?」
「大綿津見神様は男じゃぞ。それは間違いなかろう」
横から若い船大工が口を挟み、それに別の船大工が反論する。重朝もピントの外れた相槌を打つ。
これってそんなに重要なことなんだろうか? 大作は自分が言い出しっぺだったことも忘れてすでに飽き飽きしていた。
何でも良いから話を脱線させなければ。不意に沸き上がった妙な義務感に突き動かされて口を開く。
「山の神も女神様なるが故にトンネル工事現場は平成十九年まで女人禁制だったそうですな。相撲の土俵など未だに女人禁制ですぞ。欧米ではジェンダー的に中立な単数形の代名詞としてTheyを使うケースが増えているとのこと。観音菩薩様も男でも女でもござりませぬ。ここは一つ、人の名前を付けるのは止めておきましょう」
「それって新劇場版:破で赤○博士が言っていた『人を超えた神に近い存在』ってことかしら?」
お園の小さな呟きを大作は華麗にスルーする。
ちなみに明治以降、旧日本海軍や海上自衛隊の艦艇に人名が付いた物は無い。その理由は明治天皇が『人名はおもしろからず』って言ったからだそうな。もし沈んだら忍びないからってことらしい。
じゃあ、砕氷艦しらせは人名じゃ無いのかって? アレは白瀬氷河という地名から取ったんだそうな。まあ、白瀬氷河という地名の由来は白瀬矗陸軍中尉に因んでいるんだけれど。
「船が男女か否かは高度に政治的な問題となります故、一旦ペンディングと致しましょう。とは申せ、名無しの権兵衛もあんまりと言うもの。此度は地名を付けておきましょう。貨物船寧波で如何にござりますかな? 007は二度死ぬに出てきた船の名前にござりまする。忍法みたいで格好良うござりますぞ」
「にんぽうじゃと。これは良き名を頂戴致した。礼を申すぞ」
重朝が上機嫌で頷くのを見て大作は胸を撫で下ろした。
棟梁っぽい男の案内で梯子を使って船に上る。先頭はお園と未唯だ。巫女だし二人だから船に乗っても問題無いんだそうな。
それはそうと重朝はレディーファーストをとことん貫くつもりらしい。大作は阿呆なことを言うんじゃなかったと反省するが時すでに遅しだ。
船の中は隔壁構造で前後に十くらいの区画に分割されている。一区画が二メートルほどしか無いので見た感じでも圧迫感が半端無い。閉所恐怖症な人には辛そうな環境だ。
まあ、そんな豆腐メンタルな奴は船乗りになんてならないんだろうけど。とは言え、ウォルフガング・ペーターゼン監督のUボートでは狭い潜水艦内で神経を病んでしまった船員もいたような。
もちろん隔壁にはハッチなんて付いて無いので隣の区画に移動しようとしたらいちいち甲板に昇り降りしなければならない。不便なことこの上ないが客船じゃ無いんだから仕方がない。
「中は随分と狭苦しいようじゃな」
全員の意見を代表するように重朝が口を開く。大作は『ですよね~!』と心の中で相槌を打つ。
「されども、この板のお陰で船体構造を強固な物とすることが叶いまする。それに、もし上棚や中棚から水が漏れ入るようなことがあれども一つや二つの区画なら沈むことはござりませぬ。これをダメージコントロールと申します。まあ、タイタニックのように十六区画のうち五つも浸水するようなことがあらば沈んでしまいまするが」
「沈まぬための工夫ならば多少の不便は止むを得ぬか」
「これくらいは不便のうちに入りませぬぞ。戦艦大和など千百四十七もの区画に別れておりまする。似たような構造の空母信濃では艦内で乗組員が半日も迷子になったそうですな」
「船の中を千に区切るじゃと! その船には一寸法師でも乗っておるのか?」
重朝はそう言うと豪快に笑った。つられて船大工たちも控え目に愛想笑いする。大作は『その発想は無かったわ』と心の中で称賛するしか無かった。
そこそこ大きいとは言え、全長二十メートルの船だ。重朝の艦内巡検はあっという間に終わってしまった。
ぶっちゃけ大作は和船の造船なんて専門外も良いところだ。襤褸を出す前に話題を反らそうと頭をフル回転させる。
「時に岩見守様。陶の水軍は大小合わせて六百艘もの船を持っておるそうにございますな。第二次木津川口の戦いにおける毛利水軍もそれくらいおったそうな」
「ろ、ろ、六百艘じゃと! 俄には信じがたい話じゃな」
「拙僧も我が目で見たわけではござりませぬがWikipediaにはそう書いてありますな。無論、全てが大船ではござりませぬ。安宅船や関船は僅かな数に過ぎず、ほとんどは小早にござりましょう」
「安宅船や関船とはどのような船じゃ?」
大作はスマホに肥前名護屋城図屏風の安宅船を表示させる。巨大な楼閣を載っけた姿がなんだかとってもユーモラスだ。
「安宅船は小さい物でも五百石ほど。大きい物は三千石もあって二百丁の大櫓を四百人の水手が漕ぐそうにござります。分厚い板で作られた箱形の矢倉を乗せております故、トップヘビーでとっても不安定そうですな。きっと船底に重いバラストでも載せておるのでしょう」
「水手が四百人じゃと! 飯炊きだけでも大事じゃな。夜はどうしておるのじゃろう」
重朝がとっても疑わし気な顔をしている。まあ、目の前にある船でもそこそこの大きさだ。その十倍以上もある船なんて想像すらできないんだろう。
「関船は形は似たような物ですが一回り小さく、より細長うなっております。防御力を犠牲にしつつも機動性を重視しておるそうな。それでも鉄砲弾くらいなら防ぐことが叶いまする。八十丁から四十丁ほどの櫓を備えておったそうですぞ。どちらも帆を備えておりますが戦の折には櫓を漕ぎまする」
「戦を風まかせでやるわけにも参らぬか。難儀なことじゃな」
「そう申さば、ベン・ハーのガレー船も奴隷が漕いでおりましたぞ。地中海は風が弱く向きも定まりませぬ故、南蛮人の軍船も手漕ぎにござります。1571年のレパントの海戦でもガレー船同士の壮大な海戦が繰り広げられたそうな」
帆船が軍艦の主力となるのは十七世紀を待たねばならない。海運の増加に伴う人手不足と人件費の高騰。それに大量の火砲を搭載するためには大きなスペースが必要となるのだ。漕ぎ手がずらりと並んでいては大砲の置き場所が無い。
結局は大砲の発達が接舷切り込み戦法を駆逐したってことなんだろうか。そう言えば1588年のアルマダ海戦ではイギリス艦隊は砲撃や操艦によってスペイン艦隊の接舷を許さなかったそうな。
よし、今回はこのネタで行こう。大作は満を持して決め台詞を口にする。
「手で漕ぐ理由は何かあるんでしょうか? 帆船じゃ駄目なんでしょうか?」
「いやいや、風まかせで戦はできぬと申しておろう」
重朝の瞳が不安気に揺れる。それを見た大作は内心でほくそ笑む。だが、決して顔には出さない。
俺のターン! トラファルガーの海戦を攻撃表示で召喚! 大作は心の中で絶……
「まあ良い。積もる話は夕餉を食らいながら致すとしようぞ」
大作の召喚獣は重朝の特殊召喚によって無効化された。




