巻ノ百弐拾弐 砲弾爆発しろ! の巻
大作が政治生命を掛けた押し麦プレゼンテーションは盛大な不発に終わった。
一同は黙々と麦飯を食べる。話をする者もいないのでとっても寂しげだ。その沈黙に耐えかねたようにお園が口を開く。
「何かおかずが欲しかったわね」
「これは気が付きませなんだ」
青左衛門が慌てて立ち上がりかける。大作は咄嗟に着物の裾を掴んで引き留めた。
「いやいや、お気遣い無く。お邪魔しておるのは我らの方。贅沢を申せた立場では無いのは重々承知にございます」
「ご容赦下さりませ」
大作は深々と頭を下げる。お園も空気を読んで大人の対応をした。
何なんだ、この変てこな流れは。どげんかしてこっちのペースを取り戻さねば。大作は気合を入れ直す。
オノ・ヨーコも『やりたいことだけで食ってけるほど世の中甘くない』みたいなことを言ってたような言って無かったような。
クールになれ、生須賀大作。背に腹は代えられん。ここは例に寄って知識の大盤振る舞いで逃げ切ろう。
大作は小さく溜息を付くと慎之介や青左衛門に向き直る。切れかけた集中力に鞭を打って真剣な表情を作った。
「青左衛門殿には先 大作が政治生命を掛けた押し麦プレゼンテーションは盛大な不発に終わった。
一同は黙々と麦飯を食べる。話をする者もいないのでとっても寂しげだ。その沈黙に耐えかねたようにお園が口を開く。
「何かおかずが欲しかったわね」
「これは気が付きませなんだ」
青左衛門が慌てて立ち上がりかける。大作は咄嗟に着物の裾を掴んで引き留めた。
「いやいや、お気遣い無く。お邪魔しておるのは我らの方。贅沢を申せた立場では無いのは重々承知にございます」
「ご容赦下さりませ」
大作は深々と頭を下げる。お園も空気を読んで大人の対応をした。
何なんだ、この変てこな流れは。どげんかしてこっちのペースを取り戻さねば。大作は気合を入れ直す。
オノ・ヨーコも『やりたいことだけで食ってけるほど世の中甘くない』みたいなことを言ってたような言って無かったような。
クールになれ、生須賀大作。背に腹は代えられん。ここは例に寄って知識の大盤振る舞いで逃げ切ろう。
大作は小さく溜息を付くと慎之介や青左衛門に向き直る。切れかけた集中力に鞭を打って真剣な表情を作った。
「青左衛門殿には先ほど大筒の話を致しましたな。実はあの話にはまだ続きがございまする。大筒はただ鉄砲を大きくした物に非ず。大きな違いがございます。お二人にはそれがお分かりになりましょうや?」
「いやいや、某はつい先ほどまで大筒という名前すら存じませんでした。分かろう筈もござりませぬ」
ですよね~! またもやアホなことを聞いてしまった。大作は心の中で激しく後悔するが顔には出さない。必死で余裕の笑みを作る。
「先ほどお見せした仏郎機砲や芝辻砲の弾は鉄や鉛の塊。鉄砲の弾を大きくしたに過ぎませぬ。この種の物を運動エネルギー弾と申します。戦車砲のAPFSDS弾、SM-3やPAC-3のキネティック弾頭などもこれに当たりますな。運動エネルギーとは速度と質量の積。これによって命中した物体を破壊いたします」
「違うわ、大佐。運動エネルギーは速度の二乗と質量の積よ。物を落とした時、落下速度を倍にしようと思ったら四倍高い所から落とさないといけないでしょう?」
お園がすかさず口を挟む。こいつ、こういう細かいことは絶対に見逃さないよな。大作は感心を通り越してちょっと呆れた。
「良く気が付いたぞ。お園はかしこいなぁ。それはそうと、この運動エネルギー弾にもう一手間を加えれば焼玉式焼夷弾となりまする。鉄の弾を真っ赤になるまで火で焼いて下さりませ。これを城や砦に撃ち込めば火事になること間違い無し。ナポレオン戦争の映画で見たことがございますぞ。綾瀬はるかも濡れた布団で消しておりましたな」
「そのような物を筒に込めて大事ありませぬか? 火薬に火が着きそうですぞ」
「濡らした布とか粘土で断熱するって書いてありますな」
「へ、へぇ……」
二人は真面目に話を聞いているようだ。だが、さぱ~り分からんと顔に書いてある。
まあ良いや。これは前振りに過ぎん。本命はこれからなのだ。大作は居住まいを正す。
「されどヨーロッパにはすでに中に火薬を詰めた弾がございます。西瓜のような弾が足元に落ちたと思うた途端に破裂するのです。恐ろしゅうございましょう?」
「弾が破裂するとは驚かしきこと。どういった絡繰りにござりますか」
「導火線と申しまして、ゆっくり燃えるように調合した火薬を詰めた木の栓をするそうな。放つ前に火を点けて、急いで筒に込めまする。『サハラ 死の砂漠を脱出せよ』と申すB級アクション映画でマシュー・マコノヒーがやっておりましたぞ。されど、こんな危なっかしい真似は筒が長いとやっておれませぬ。ですから、臼砲などの短い砲身でしか使えませぬな」
「ほ、ほぅ……」
二人とも驚いているのか呆れているのか分からんような反応だ。砲弾が爆発するって軍事上の大革命なんだけどな。物凄いことなんだけど分かって貰えんのだろうか。
ちなみに1868年のサンクトペテルブルク宣言では四百グラム以下の弾丸に火薬や焼夷剤を詰めることを禁止している。百匁玉の大筒は駄目だってことか?
いやいや、40ミリグレネードや20ミリ機関砲弾だって炸薬入ってるやん。気にせんでええのんか? さぱ~り分からん…… 話を戻そう。
「これを改良したのがペクサン砲にございます。あの、サスケハナ号にも搭載されていたそうですな。サボットという装弾筒を使うことで着発信管が前を向くように…… あれ、おかしいな? 発射時の衝撃で時限信管が作動するって書いてあるじゃん。どっちが本当なんだ?」
「サボットって木靴ね。そう言えば投石器を作った時にも足半を使ったわね」
お園が丸っきりピントの外れたことを言いながら一人で納得している。とりあえず完全放置だ。
それにしても初っ端からいきなり躓いたぞ。大作は目を血走らせてWikipediaの記述をむさぼり読む。
そもそもペクサン砲の定義って何なんだ? 発射時に遅延信管が自動で作動するってのがポイントらしい。やっぱり着発信管では無さそうだ。
1823年に実用化されたとか1824年に実験を行ったって書いてある。
別の資料によるとスプリンガルド信管っていうのがベルギーで1830年代に作られたらしい。そうなると、いよいよ遅延信管で確定か?
1859年にフランスでデマレー信管っていう着発信管が発明されたって情報もある。でも、一次資料が確認できない。
アームストロング砲に着発信管が使われるようになったのは1867年のF型からとのことだ。薩英戦争には間に合わなかったってことか。
この話題を引っ張っても意味が無いな。大作は素早く話題の転換を図る。
「ペクサン砲のことは一度忘れて下され。ともかく今や鉄砲のコモディティ化は避けようがありませぬ。されど大砲は鉄砲と違うて易々と真似できますまい。なれば一気に強力な大砲を開発して業界トップを独走しましょう。ブルー・オーシャン戦略をご存じですか? 競合他社がいない市場を開拓するのでござります」
「さすれば鋳物で大砲を作ると申されますか?」
「いやいや、鋳鉄砲なんて江戸時代みたいな前世紀の遺物に用はござりませぬ。何故に砲身をバレルと申すかご存じですか? 樽を作るが如く鉄板を張り合わせ、箍を嵌めて作ったがためにござりますぞ」
本当を言うと二十一世紀にだって鋳造砲は普通にある。『空から日本○見てみよう+』でも遠心鋳造法で土管を作っていたっけ。不純物が内側に集まるから削り取れば一丁上がりだ。とは言え、あれを戦国時代にやるのは不可能に近い。
って言うか、普通に鋳造するだけならやってやれんことは無いだろう。でも、溶けた鉄を鋳型にチョロチョロ流し込むのって見た目が超地味すぎる。
真っ赤に輝く鉄を蒸気ハンマーが轟音を立てながら成型して行く方が絶対に格好良い。こういうのは見た目が重要なのだ。
「時代は鍛造砲にござります。熱間鍛造にて大雑把な形状を作りし後に旋盤加工。ガンドリルで中心に穴を開け申す。この際、必要な穴より一回り小さく開けます。その後に自緊と申しまして水圧…… は無理ですな。プラグを無理矢理押し込んでスエージング加工で内径を広げてやりましょう。さらに外側に熱して膨らませた筒を被せるとか、鋼線を強く巻き付けるとかして締め付けてやるのです」
「鉄砲とは比べ物にならぬほどの手間暇が掛かりそうですな」
青左衛門が眉間に皺を寄せて呟く。気になるのはそこなんだ。いやいや、しっかりとコスト意識を持ってくれているのはありがたい。
「その代わりに単価が段違いですぞ。家康はカルバリン砲四門とセーカー砲一門を千四百両で買ったと書いてあります。一両って銭一貫文だっけ?」
「まだそんな阿呆なこと言ってるの、大佐! ついこの前、替銭屋に行ったんでしょう?」
「そうだっけ? そうだった! 金四匁二分で金一両って言ってたな。確か銭三貫文くらいだっけ。つまり銭四千貫文くらいか?」
「銭四千二百貫文だわ。大砲五門がその値段だから一門が八百四十貫文になるわね」
「セーカー砲はカルバリン砲より小口径だけど長砲身だよな。どっちが高いか知らんけど、似たような物かな?」
驚きのあまり慎之介が目を剥く。それとは対照的に青左衛門が頬を緩ませる。やっぱこいつは欲望に正直だな。
青左衛門のハートをゲットだぜ! 大作は心の中で宣言した。
夕餉を食べ終わった大作たちは率先して食器を洗った。ちょっとでも恩を売っておきたい一心で必死なのだ。青左衛門はしきりに恐縮しているように見えなくも無い。
その後、居間に戻って麦湯を飲みながら麦焦がしを食べる。大作は心の中で第二ラウンドのゴングを鳴らした。
「時に青左衛門殿。東郷様では水軍を作られるそうな。軍船には大筒を載せることでしょう。仮に十隻の軍船に十門ずつ大筒を載せるとすれば百門の需要が見込めまするぞ」
「大佐、水軍を作られるのは入来院様よ。東郷様が作るのは無線だわ」
間髪を入れずにお園が口を挟む。本当に細かいことに拘る奴だな。大作は心の中で舌打ちするが決して顔には出さない。
「そ、そうだっけ? まあ、それは今はどうでも良い話だ。ともかく、これより三年ほどの間に百門ほどの大筒が入用になりまする。無論、カルバリン砲やセーカー砲ほど大きな物は要りませぬ。七十五ミリくらいで宜しゅうござりましょう。二寸半ですな」
「二寸半の鉄の玉と申さば五百匁くらいになりましょうか?」
「丸い弾は使いませぬ。ミニエー弾のような椎実型砲弾なので二貫目ほどになりましょうな。一年掛けて試作品を完成。二年目にテストと並行して量産体制の確立。三年目に三日に一門のペースで作れば間に合いましょう。一門が銭百貫文として百門で銭一万貫文の注文をお約束しますぞ」
何の根拠も無いのに大作は自信満々に言い切る。入来院がどうなろうと知ったこっちゃ無い。金山労働者が千人態勢で操業を始めれば銭一万貫文なんて端金だ。
「まずは横須賀のベルニー記念館にあるみたいな蒸気ハンマーが入用ですな。直径二尺ほどのシリンダーを使えば負圧式でも三トンくらいは何とかなりましょう。ワットの蒸気機関はジョン・ウィルキンソンの中ぐり盤があったればこそ。その加工精度は五十インチ径で旧シリング硬貨の厚みより小さかったそうですな。青左衛門殿の旋盤は如何な塩梅にござりまするか?」
「五十インチって四尺二寸くらいよね。旧シリング硬貨ってどんなのかしら?」
お園が解説役を買って出る。だが、さすがに旧シリング硬貨のことは分からないようだ。って言うか、大作にも良く分からない。慌ててスマホで情報を探す。
「一シリングは二十分の一ポンドだな。十二ペンスにあたるぞ。大工の日当が十二ペンスって資料があるから銭五十文くらいじゃね?」
「値打ちはどうでも良いわよ。そんなことより硬貨の厚みはどれくらいなの?」
「知らん! きっと一文銭くらいだろ。青左衛門殿、何とかなりましょうか?」
「此度作りし旋盤は鉄砲作りのために用意したる物。二尺もある大筒を回すことはできませぬ。まずはそこから始めねば。そのように大きな筒の隙間を詰めるのも難しゅうござりますな」
若い鍛冶屋が眉間に皺を寄せて考え込む。三トンもの力が掛かるのにシリンダとピストンがスカスカだとどうなるんだろう。大作は想像して吹き出しそうになったが関係無いことを考えて我慢する。
「No Problem! 初期の蒸気機関では蒸気漏れを防ぐためピストンに皮やロープを巻いたそうな。されど、皮やロープを使う理由は何かあるんでしょうか? ピストンリングじゃダメなんでしょうか?」
ワットやウィルキンソンがシリンダとピストンの隙間で苦労していた時代から八十年ほど経った1854年。ジョン・ラムズボトムがピストンリングを発明するのだ。
「ぴすとんりんぐ?」
「ピストンリングと言えばリケンだな。なんと国内シェアはトップの五十パーセント。世界シェアでも第三位の二十パーセントだ」
「りけんとは何でも作っておられるのですな」
さも関心したような顔で藤吉郎が相槌を打つ。お前は本当に意味が分かってんのかよ。大作は内心で突っ込むが口には出さない。
「青左衛門殿に所長をお願いする研究所もリケンに負けぬくらい様々な物を作ってもらわねばなりませぬ。宜しくお願い致しまする」
大作は額を床板に擦り付けるようにして大袈裟に土下座する。それを見たお園たちも慌ててシンクロした。
大砲の大量発注と研究所長のポストに目が眩んだのだろうか。その後、青左衛門の態度が露骨に豹変した。おかげで話し合いは拍子抜けするほど順調に進んだ。
大作は調子に乗って様々な開発計画を依頼する。新任の研究所長が内心でどう思っているのかはさっぱり分からない。しかし、嫌な顔の一つもしないで引き受けてくれた。
右から左に全部聞き流されてたら嫌だなあ。大作は心の中が不安で一杯になる。でも、今さら心配してもどうしようも無い。頭を振ってその考えを追い払った。
ふと気付くと慎之介の姿が見えない。暇を持て余して帰っちゃったんだろうか。何か用があるから顔を出したんだろうに悪いことをした。今度会ったらフォローしなければ。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。
「それでは拙僧らはこれにてお暇させていただきます。あれこれとお頼みしましたが、プライオリティを考えて人・物・金を割り当てて下さりませ」
「よう心得ております。お任せ下さりませ。まずは大きな筒を削れるよう旋盤の『すけ~るあっぷ』でござりますな」
「折を見て拙僧や使いの者が顔を出しまする。困りごとがあらば何なりとご相談下さりませ」
鍛冶屋をお暇すると外はもう真っ暗だった。材木屋ハウス(虎居)への道を大作たちは歩く。
青左衛門の姿が見えなくなるのを待ちかねたかのように藤吉郎が口を開いた。
「大砲が百門とは心ときめきまするな。破裂する砲弾とやらを撃ち込めば島津などあっと言う間に打ち破れましょうぞ」
「お前、ちゃんと話を聞いてたのか? 大砲はそんな便利グッズじゃ無いぞ」
「何故にございますか? 百の弾が破裂すれば一時に何百の兵が倒れましょう。敵は手も足も出ませんぞ」
藤吉郎が不思議そうに首を傾げている。現物を見たこと無い奴に言葉だけで伝わるわけないか。大作は小さく溜息をつく。
「甘いな、藤吉郎。甘々だ。砲撃のみで要塞を攻略するのは基本的に不可能と思った方が良いぞ。だって砲撃に堪えるように要塞を作ってあるんだからな。会津城は一月に四斤山砲を二千八百発も撃ち込まれて落城した。でもあれは補給も援軍も無い状況で籠城側の士気が崩壊したケースだ。砲撃のみで要塞を攻略したとは言えん。第一次大戦におけるヴェルダンの戦いでは十か月間に両軍合わせて二千六百万発もの砲弾が消費された。三尺四方に五発の割合だ。死者三十万、負傷者四十万という膨大な犠牲は返って要塞の再評価に繋がった。そしてマジノ線が建設されたんだ。レベル10の要塞線は無敵だぞ」
「固定要塞は人類の愚かさの記念碑じゃ無かったのかしら?」
ちょっと遠慮がちにお園が口を挟む。完全記憶能力者って始末に困るよな。とは言え、誤魔化すのは簡単だ。
「パットン将軍はそう申された。だが、俺の考えは違う。見解の相違だな。ドイツ軍はマジノ線を避けてアルデンヌの森を突破した。それにフランス軍が対応出来なかったことが敗因だ。要塞その物が無用だったわけじゃ無い。そもそも大砲は阿呆みたいに重いんだ。戊辰戦争や西南戦争で活躍した四斤山砲でも二百二十キロ、六十貫目にもなるんだ。分解して馬二頭で運んだらしいな。ちゃんとした大砲なら一トン以上だから三百貫目にはなる。馬が六頭とか八頭で曳かなきゃならん。当たり前だけど弾だって重たいぞ。サイズにもよるけど仮に馬一頭で十発とすると山砲百門と弾二千発で馬が四百頭ほど入用になる。馬子だけで四百人だ」
大作が顰め面をしながら忌々し気に言い捨てる。あまりの剣幕に藤吉郎が首を竦めて黙り込む。空気を察したのだろうか。お園が話を引き継ぐ。
「大砲を扱う兵はどれくらい入用なのかしら?」
「この時代の大砲を運用するのに砲兵が何人必要なのかは俺にもさぱ~り分からん。とあるナポレオン時代の資料には大砲八門を装備した砲兵中隊が八十三人って書いてあるな。仮に一門十人として百門だと千人もの兵が入用になる。しかも砲兵は砲を運用するための兵だ。敵が目の前に現れたら自分達の身を守ることすらできん。だから前面に歩兵部隊を展開しなけりゃならん。同じくらいだとして千人だな。さらには、そいつらの食い物も運ばにゃならんぞ」
畳み掛けるような大作の熱弁に一同がドン引きしている。しかし、お園だけは普段と変わらぬ落ち着いた様子だ。
「どうどう、大佐。気を平らかにして。それは大事だわね。でも、大砲が無くても数多の兵を動かせば荷駄に労するのは致し方の無いことよ」
「そもそも黒色火薬の威力からして大したこと無いんだ。図体はボーリング玉みたいに大きくても威力は手榴弾くらいが精々。そんな物が役に立つかってんだよ。あと、忘れちゃならんのは発射速度だな。鉄砲よりずっと大きいから凄い手間暇が掛かる。この時代の大砲の装填時間に関する資料なんて見たこと無いけど、トラファルガー海戦のころのスペイン海軍で三分に一発。対するイギリス海軍で一分半に一発って書いてあるぞ」
「さんぷんってどれくらいなのかしら?」
小首を傾げた未唯が遠慮がちに口を挟む。真面目に答えてもつまんないな。突如として大作の悪戯心に火が付く。
「ウルトラマ○の活動限界だな。企画段階で成田亨はウルトラマ○を究極生命体として設定したそうな。でも作劇上の都合で弱点が要るだろうってことになってカラータイマーを渋々付けたんだとさ」
「それはしょうがないわ。エ○ァだってフルで一分、ゲインを使って五分なのよ」
すかさずお園がフォローを入れる。何て適格な返しだろう。大作は黙ったまま目線で謝意を表明した。
「そのエ○ァもウルトラマ○を意識したってフィルムブックに書いてあったような気がするぞ。三分だと何とかなりそうだから五分にしたとか。まあ、真面目に答えると一、二、三、四って具合に百八十まで数えるくらいの間だな」
「ふぅ~ん。随分と手間が掛かるのね」
「結局のところコストパフォーマンス。費用に見合った効果があるかどうかの問題なんだ。大砲は重すぎるから機動性に難がある。散々苦労して戦場まで運んでも敵に迂回されたら無駄骨だろ。存在を完全に秘匿すれば待ち伏せに使えるかも知れん。あとは城攻めくらいしか使いどころが無いな。大砲は絶対に役に立たん。絶対にだ!」
ギラギラと目を輝かせた大作は大袈裟に手を振り回し、口から唾を飛ばしながら絶叫する。気分は地下壕のヒトラーだ。
みんなが肩を落として黙り込む。またもやお通夜かよ! 俺が変な話題を振ったのが原因なんだけどな。大作は自分で自分に突っ込む。
沈黙に耐えかねたのだろうか。渋々といった顔で藤吉郎が口を開いた。
「それでは大佐は何故に大砲作りを青左衛門殿にお願いしたのでござりましょうや? 何千貫目もの鉄が入用になりまするぞ」
「しまった~! な~んてな。冗談だよ。さっきの話でも何遍も言っただろ。船に載せるんだよ。対水上戦闘の主兵装にするんだ。南蛮には大きな大砲を何十門も載せたガレオン船があるそうな。でも有効射程は百間かそこらだ。我々が射程と命中精度を極めれば圧倒できるだろう。木造船は水上部分をいくら破壊しても簡単には沈まん。でも黄燐焼夷弾で火災を起こせば簡単に戦闘能力を奪えるはずだ」
「大佐はすでに南蛮との戦を考えておられるのですな。感服仕りました」
藤吉郎が大げさに驚いた振りをした。その作り物のようなわざとらしい笑顔が大作の癇に障る。
「お前は何でそんな太鼓の達人みたいな口の利き方をするんだ? 俺たちはファミリーだろ。もっと本音で話して…… しまった~!」
「今度はいったい何なの、大佐?」
「青左衛門にスティールパンを作ってくれって頼むのを忘れてたぞ。スネアドラム作りに黄信号が灯ってるだろ。予備計画として並行開発を頼むつもりだったんだ」
「連絡将校の私がちゃんと覚えておくわ。大佐は安堵して忘れて良いわよ」
未唯が憐みの籠った視線で見つめてくる。何でこいつにまで馬鹿にされなきゃらならんのだ! 大作は大砲のことなんて心の底からどうでも良くなってきた。
そうだ! 魚雷を作ろう。内燃機関や電池は難しいけどロケット魚雷なら作れんことも無いだろう。
いやいや、ジャイロが無いと真っ直ぐ進まんぞ。でも大型船が相手なら適当に作っても二百メートルくらいなら当たるかも知れん。喫水線下に穴が開けば巨船だってイチコロだ。
問題は深度調節か。Pendulum and hydrostat controlって何だろう? 水圧と振り子で水平舵を制御して設定深度を維持すりゃ良いのか。
材木屋ハウス(虎居)に着くまでの間、大作は魚雷開発計画の妄想にのめり込む。その脳裏からは大砲のことは綺麗さっぱり消え去っていた。
ほど大筒の話を致しましたな。実はあの話にはまだ続きがござりまする。大筒はただ鉄砲を大きくした物に非ず。大きな違いがございます。お二人にはそれがお分かりになりましょうや?」
「いやいや、某はつい先ほどまで大筒という名前すら存じませんでした。分かろう筈もござりませぬ」
ですよね~! またもやアホなことを聞いてしまった。大作は心の中で激しく後悔するが顔には出さない。必死で余裕の笑みを作る。
「先ほどお見せした仏郎機砲や芝辻砲の弾は鉄や鉛の塊。鉄砲の弾を大きくしたに過ぎませぬ。この種の物を運動エネルギー弾と申します。戦車砲のAPFSDS弾、SM-3やPAC-3のキネティック弾頭などもこれに当たりますな。運動エネルギーとは速度と質量の積。これによって命中した物体を破壊いたします」
「違うわ、大佐。運動エネルギーは速度の二乗と質量の積よ。物を落とした時、落下速度を倍にしようと思ったら四倍高い所から落とさないといけないでしょう?」
お園がすかさず口を挟む。こいつ、こういう細かいことは絶対に見逃さないよな。大作は感心を通り越してちょっと呆れた。
「良く気が付いたぞ。お園はかしこいなぁ。それはそうと、この運動エネルギー弾にもう一手間を加えれば焼玉式焼夷弾となりまする。鉄の弾を真っ赤になるまで火で焼いて下さりませ。これを城や砦に撃ち込めば火事になること間違い無し。ナポレオン戦争の映画で見たことがございますぞ。綾瀬はるかも濡れた布団で消しておりましたな」
「そのような物を筒に込めて大事ありませぬか? 火薬に火が着きそうですぞ」
「濡らした布とか粘土で断熱するって書いてありますな」
「へ、へぇ……」
二人は真面目に話を聞いているようだ。だが、さぱ~り分からんと顔に書いてある。
まあ良いや。これは前振りに過ぎん。本命はこれからなのだ。大作は居住まいを正す。
「されどヨーロッパにはすでに中に火薬を詰めた弾がござります。西瓜のような弾が足元に落ちたと思うた途端に破裂するのです。恐ろしゅうございましょう?」
「弾が破裂するとは驚かしきこと。どういった絡繰りにござりますか」
「導火線と申しまして、ゆっくり燃えるように調合した火薬を詰めた木の栓をするそうな。放つ前に火を点けて、急いで筒に込めまする。『サハラ 死の砂漠を脱出せよ』と申すB級アクション映画でマシュー・マコノヒーがやっておりましたぞ。されど、こんな危なっかしい真似は筒が長いとやっておれませぬ。ですから、臼砲などの短い砲身でしか使えませぬな」
「ほ、ほぅ……」
二人とも驚いているのか呆れているのか分からんような反応だ。砲弾が爆発するって軍事上の大革命なんだけどな。物凄いことなんだけど分かって貰えんのだろうか。
ちなみに1868年のサンクトペテルブルク宣言では四百グラム以下の弾丸に火薬や焼夷剤を詰めることを禁止している。百匁玉の大筒は駄目だってことか?
いやいや、40ミリグレネードや20ミリ機関砲弾だって炸薬入ってるやん。気にせんでええのんか? さぱ~り分からん…… 話を戻そう。
「これを改良したのがペクサン砲にございます。あの、サスケハナ号にも搭載されていたそうですな。サボットという装弾筒を使うことで着発信管が前を向くように…… あれ、おかしいな? 発射時の衝撃で時限信管が作動するって書いてあるじゃん。どっちが本当なんだ?」
「サボットって木靴ね。そう言えば投石器を作った時にも足半を使ったわね」
お園が丸っきりピントの外れたことを言いながら一人で納得している。とりあえず完全放置だ。
それにしても初っ端からいきなり躓いたぞ。大作は目を血走らせてWikipediaの記述をむさぼり読む。
そもそもペクサン砲の定義って何なんだ? 発射時に遅延信管が自動で作動するってのがポイントらしい。やっぱり着発信管では無さそうだ。
1823年に実用化されたとか1824年に実験を行ったって書いてある。
別の資料によるとスプリンガルド信管っていうのがベルギーで1830年代に作られたらしい。そうなると、いよいよ遅延信管で確定か?
1859年にフランスでデマレー信管っていう着発信管が発明されたって情報もある。でも、一次資料が確認できない。
アームストロング砲に着発信管が使われるようになったのは1867年のF型からとのことだ。薩英戦争には間に合わなかったってことか。
この話題を引っ張っても意味が無いな。大作は素早く話題の転換を図る。
「ペクサン砲のことは一度忘れて下され。ともかく今や鉄砲のコモディティ化は避けようがありませぬ。されど大砲は鉄砲と違うて易々と真似できますまい。なれば一気に強力な大砲を開発して業界トップを独走しましょう。ブルー・オーシャン戦略をご存じですか? 競合他社がいない市場を開拓するのでござります」
「さすれば鋳物で大砲を作ると申されますか?」
「いやいや、鋳鉄砲なんて江戸時代みたいな前世紀の遺物に用はござりませぬ。何故に砲身をバレルと申すかご存じですか? 樽を作るが如く鉄板を張り合わせ、箍を嵌めて作ったがためにござりますぞ」
本当を言うと二十一世紀にだって鋳造砲は普通にある。『空から日本○見てみよう+』でも遠心鋳造法で土管を作っていたっけ。不純物が内側に集まるから削り取れば一丁上がりだ。とは言え、あれを戦国時代にやるのは不可能に近い。
って言うか、普通に鋳造するだけならやってやれんことは無いだろう。でも、溶けた鉄を鋳型にチョロチョロ流し込むのって見た目が超地味すぎる。
真っ赤に輝く鉄を蒸気ハンマーが轟音を立てながら成型して行く方が絶対に格好良い。こういうのは見た目が重要なのだ。
「時代は鍛造砲にござります。熱間鍛造にて大雑把な形状を作りし後に旋盤加工。ガンドリルで中心に穴を開け申す。この際、必要な穴より一回り小さく開けます。その後に自緊と申しまして水圧…… は無理ですな。プラグを無理矢理押し込んでスエージング加工で内径を広げてやりましょう。さらに外側に熱して膨らませた筒を被せるとか、鋼線を強く巻き付けるとかして締め付けてやるのです」
「鉄砲とは比べ物にならぬほどの手間暇が掛かりそうですな」
青左衛門が眉間に皺を寄せて呟く。気になるのはそこなんだ。いやいや、しっかりとコスト意識を持ってくれているのはありがたい。
「その代わりに単価が段違いですぞ。家康はカルバリン砲四門とセーカー砲一門を千四百両で買ったと書いてあります。一両って銭一貫文だっけ?」
「まだそんな阿呆なこと言ってるの、大佐! ついこの前、替銭屋に行ったんでしょう?」
「そうだっけ? そうだった! 金四匁二分で金一両って言ってたな。確か銭三貫文くらいだっけ。つまり銭四千貫文くらいか?」
「銭四千二百貫文だわ。大砲五門がその値段だから一門が八百四十貫文になるわね」
「セーカー砲はカルバリン砲より小口径だけど長砲身だよな。どっちが高いか知らんけど、似たような物かな?」
驚きのあまり慎之介が目を剥く。それとは対照的に青左衛門が頬を緩ませる。やっぱこいつは欲望に正直だな。
青左衛門のハートをゲットだぜ! 大作は心の中で宣言した。
夕餉を食べ終わった大作たちは率先して食器を洗った。ちょっとでも恩を売っておきたい一心で必死なのだ。青左衛門はしきりに恐縮しているように見えなくも無い。
その後、居間に戻って麦湯を飲みながら麦焦がしを食べる。大作は心の中で第二ラウンドのゴングを鳴らした。
「時に青左衛門殿。東郷様では水軍を作られるそうな。軍船には大筒を載せることでしょう。仮に十隻の軍船に十門ずつ大筒を載せるとすれば百門の需要が見込めまするぞ」
「大佐、水軍を作られるのは入来院様よ。東郷様が作るのは無線だわ」
間髪を入れずにお園が口を挟む。本当に細かいことに拘る奴だな。大作は心の中で舌打ちするが決して顔には出さない。
「そ、そうだっけ? まあ、それは今はどうでも良い話だ。ともかく、これより三年ほどの間に百門ほどの大筒が入用になりまする。無論、カルバリン砲やセーカー砲ほど大きな物は要りませぬ。七十五ミリくらいで宜しゅうござりましょう。二寸半ですな」
「二寸半の鉄の玉と申さば五百匁くらいになりましょうか?」
「丸い弾は使いませぬ。ミニエー弾のような椎実型砲弾なので二貫目ほどになりましょうな。一年掛けて試作品を完成。二年目にテストと並行して量産体制の確立。三年目に三日に一門のペースで作れば間に合いましょう。一門が銭百貫文として百門で銭一万貫文の注文をお約束しますぞ」
何の根拠も無いのに大作は自信満々に言い切る。入来院がどうなろうと知ったこっちゃ無い。金山労働者が千人態勢で操業を始めれば銭一万貫文なんて端金だ。
「まずは横須賀のベルニー記念館にあるみたいな蒸気ハンマーが入用ですな。直径二尺ほどのシリンダーを使えば負圧式でも三トンくらいは何とかなりましょう。ワットの蒸気機関はジョン・ウィルキンソンの中ぐり盤があったればこそ。その加工精度は五十インチ径で旧シリング硬貨の厚みより小さかったそうですな。青左衛門殿の旋盤は如何な塩梅にござりまするか?」
「五十インチって四尺二寸くらいよね。旧シリング硬貨ってどんなのかしら?」
お園が解説役を買って出る。だが、さすがに旧シリング硬貨のことは分からないようだ。って言うか、大作にも良く分からない。慌ててスマホで情報を探す。
「一シリングは二十分の一ポンドだな。十二ペンスにあたるぞ。大工の日当が十二ペンスって資料があるから銭五十文くらいじゃね?」
「値打ちはどうでも良いわよ。そんなことより硬貨の厚みはどれくらいなの?」
「知らん! きっと一文銭くらいだろ。青左衛門殿、何とかなりましょうか?」
「此度作りし旋盤は鉄砲作りのために用意したる物。二尺もある大筒を回すことはできませぬ。まずはそこから始めねば。そのように大きな筒の隙間を詰めるのも難しゅうござりますな」
若い鍛冶屋が眉間に皺を寄せて考え込む。三トンもの力が掛かるのにシリンダとピストンがスカスカだとどうなるんだろう。大作は想像して吹き出しそうになったが関係無いことを考えて我慢する。
「No Problem! 初期の蒸気機関では蒸気漏れを防ぐためピストンに皮やロープを巻いたそうな。されど、皮やロープを使う理由は何かあるんでしょうか? ピストンリングじゃダメなんでしょうか?」
ワットやウィルキンソンがシリンダとピストンの隙間で苦労していた時代から八十年ほど経った1854年。ジョン・ラムズボトムがピストンリングを発明するのだ。
「ぴすとんりんぐ?」
「ピストンリングと言えばリケンだな。なんと国内シェアはトップの五十パーセント。世界シェアでも第三位の二十パーセントだ」
「りけんとは何でも作っておられるのですな」
さも関心したような顔で藤吉郎が相槌を打つ。お前は本当に意味が分かってんのかよ。大作は内心で突っ込むが口には出さない。
「青左衛門殿に所長をお願いする研究所もリケンに負けぬくらい様々な物を作ってもらわねばなりませぬ。宜しくお願い致しまする」
大作は額を床板に擦り付けるようにして大袈裟に土下座する。それを見たお園たちも慌ててシンクロした。
大砲の大量発注と研究所長のポストに目が眩んだのだろうか。その後、青左衛門の態度が露骨に豹変した。おかげで話し合いは拍子抜けするほど順調に進んだ。
大作は調子に乗って様々な開発計画を依頼する。新任の研究所長が内心でどう思っているのかはさっぱり分からない。しかし、嫌な顔の一つもしないで引き受けてくれた。
右から左に全部聞き流されてたら嫌だなあ。大作は心の中が不安で一杯になる。でも、今さら心配してもどうしようも無い。頭を振ってその考えを追い払った。
ふと気付くと慎之介の姿が見えない。暇を持て余して帰っちゃったんだろうか。何か用があるから顔を出したんだろうに悪いことをした。今度会ったらフォローしなければ。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。
「それでは拙僧らはこれにてお暇させていただきます。あれこれとお頼みしましたが、プライオリティを考えて人・物・金を割り当てて下さりませ」
「よう心得ております。お任せ下さりませ。まずは大きな筒を削れるよう旋盤の『すけ~るあっぷ』でござりますな」
「折を見て拙僧や使いの者が顔を出しまする。困りごとがあらば何なりとご相談下さりませ」
鍛冶屋をお暇すると外はもう真っ暗だった。材木屋ハウス(虎居)への道を大作たちは歩く。
青左衛門の姿が見えなくなるのを待ちかねたかのように藤吉郎が口を開いた。
「大砲が百門とは心ときめきまするな。破裂する砲弾とやらを撃ち込めば島津などあっと言う間に打ち破れましょうぞ」
「お前、ちゃんと話を聞いてたのか? 大砲はそんな便利グッズじゃ無いぞ」
「何故にございますか? 百の弾が破裂すれば一時に何百の兵が倒れましょう。敵は手も足も出ませんぞ」
藤吉郎が不思議そうに首を傾げている。現物を見たこと無い奴に言葉だけで伝わるわけないか。大作は小さく溜息をつく。
「甘いな、藤吉郎。甘々だ。砲撃のみで要塞を攻略するのは基本的に不可能と思った方が良いぞ。だって砲撃に堪えるように要塞を作ってあるんだからな。会津城は一月に四斤山砲を二千八百発も撃ち込まれて落城した。でもあれは補給も援軍も無い状況で籠城側の士気が崩壊したケースだ。砲撃のみで要塞を攻略したとは言えん。第一次大戦におけるヴェルダンの戦いでは十か月間に両軍合わせて二千六百万発もの砲弾が消費された。三尺四方に五発の割合だ。死者三十万、負傷者四十万という膨大な犠牲は返って要塞の再評価に繋がった。そしてマジノ線が建設されたんだ。レベル10の要塞線は無敵だぞ」
「固定要塞は人類の愚かさの記念碑じゃ無かったのかしら?」
ちょっと遠慮がちにお園が口を挟む。完全記憶能力者って始末に困るよな。とは言え、誤魔化すのは簡単だ。
「パットン将軍はそう申された。だが、俺の考えは違う。見解の相違だな。ドイツ軍はマジノ線を避けてアルデンヌの森を突破した。それにフランス軍が対応出来なかったことが敗因だ。要塞その物が無用だったわけじゃ無い。そもそも大砲は阿呆みたいに重いんだ。戊辰戦争や西南戦争で活躍した四斤山砲でも二百二十キロ、六十貫目にもなるんだ。分解して馬二頭で運んだらしいな。ちゃんとした大砲なら一トン以上だから三百貫目にはなる。馬が六頭とか八頭で曳かなきゃならん。当たり前だけど弾だって重たいぞ。サイズにもよるけど仮に馬一頭で十発とすると山砲百門と弾二千発で馬が四百頭ほど入用になる。馬子だけで四百人だ」
大作が顰め面をしながら忌々し気に言い捨てる。あまりの剣幕に藤吉郎が首を竦めて黙り込む。空気を察したのだろうか。お園が話を引き継ぐ。
「大砲を扱う兵はどれくらい入用なのかしら?」
「この時代の大砲を運用するのに砲兵が何人必要なのかは俺にもさぱ~り分からん。とあるナポレオン時代の資料には大砲八門を装備した砲兵中隊が八十三人って書いてあるな。仮に一門十人として百門だと千人もの兵が入用になる。しかも砲兵は砲を運用するための兵だ。敵が目の前に現れたら自分達の身を守ることすらできん。だから前面に歩兵部隊を展開しなけりゃならん。同じくらいだとして千人だな。さらには、そいつらの食い物も運ばにゃならんぞ」
畳み掛けるような大作の熱弁に一同がドン引きしている。しかし、お園だけは普段と変わらぬ落ち着いた様子だ。
「どうどう、大佐。気を平らかにして。それは大事だわね。でも、大砲が無くても数多の兵を動かせば荷駄に労するのは致し方の無いことよ」
「そもそも黒色火薬の威力からして大したこと無いんだ。図体はボーリング玉みたいに大きくても威力は手榴弾くらいが精々。そんな物が役に立つかってんだよ。あと、忘れちゃならんのは発射速度だな。鉄砲よりずっと大きいから凄い手間暇が掛かる。この時代の大砲の装填時間に関する資料なんて見たこと無いけど、トラファルガー海戦のころのスペイン海軍で三分に一発。対するイギリス海軍で一分半に一発って書いてあるぞ」
「さんぷんってどれくらいなのかしら?」
小首を傾げた未唯が遠慮がちに口を挟む。真面目に答えてもつまんないな。突如として大作の悪戯心に火が付く。
「ウルトラマ○の活動限界だな。企画段階で成田亨はウルトラマ○を究極生命体として設定したそうな。でも作劇上の都合で弱点が要るだろうってことになってカラータイマーを渋々付けたんだとさ」
「それはしょうがないわ。エ○ァだってフルで一分、ゲインを使って五分なのよ」
すかさずお園がフォローを入れる。何て適格な返しだろう。大作は黙ったまま目線で謝意を表明した。
「そのエ○ァもウルトラマ○を意識したってフィルムブックに書いてあったような気がするぞ。三分だと何とかなりそうだから五分にしたとか。まあ、真面目に答えると一、二、三、四って具合に百八十まで数えるくらいの間だな」
「ふぅ~ん。随分と手間が掛かるのね」
「結局のところコストパフォーマンス。費用に見合った効果があるかどうかの問題なんだ。大砲は重すぎるから機動性に難がある。散々苦労して戦場まで運んでも敵に迂回されたら無駄骨だろ。存在を完全に秘匿すれば待ち伏せに使えるかも知れん。あとは城攻めくらいしか使いどころが無いな。大砲は絶対に役に立たん。絶対にだ!」
ギラギラと目を輝かせた大作は大袈裟に手を振り回し、口から唾を飛ばしながら絶叫する。気分は地下壕のヒトラーだ。
みんなが肩を落として黙り込む。またもやお通夜かよ! 俺が変な話題を振ったのが原因なんだけどな。大作は自分で自分に突っ込む。
沈黙に耐えかねたのだろうか。渋々といった顔で藤吉郎が口を開いた。
「それでは大佐は何故に大砲作りを青左衛門殿にお願いしたのでござりましょうや? 何千貫目もの鉄が入用になりまするぞ」
「しまった~! な~んてな。冗談だよ。さっきの話でも何遍も言っただろ。船に載せるんだよ。対水上戦闘の主兵装にするんだ。南蛮には大きな大砲を何十門も載せたガレオン船があるそうな。でも有効射程は百間かそこらだ。我々が射程と命中精度を極めれば圧倒できるだろう。木造船は水上部分をいくら破壊しても簡単には沈まん。でも黄燐焼夷弾で火災を起こせば簡単に戦闘能力を奪えるはずだ」
「大佐はすでに南蛮との戦を考えておられるのですな。感服仕りました」
藤吉郎が大げさに驚いた振りをした。その作り物のようなわざとらしい笑顔が大作の癇に障る。
「お前は何でそんな太鼓の達人みたいな口の利き方をするんだ? 俺たちはファミリーだろ。もっと本音で話して…… しまった~!」
「今度はいったい何なの、大佐?」
「青左衛門にスティールパンを作ってくれって頼むのを忘れてたぞ。スネアドラム作りに黄信号が灯ってるだろ。予備計画として並行開発を頼むつもりだったんだ」
「連絡将校の私がちゃんと覚えておくわ。大佐は安堵して忘れて良いわよ」
未唯が憐みの籠った視線で見つめてくる。何でこいつにまで馬鹿にされなきゃらならんのだ! 大作は大砲のことなんて心の底からどうでも良くなってきた。
そうだ! 魚雷を作ろう。内燃機関や電池は難しいけどロケット魚雷なら作れんことも無いだろう。
いやいや、ジャイロが無いと真っ直ぐ進まんぞ。でも大型船が相手なら適当に作っても二百メートルくらいなら当たるかも知れん。喫水線下に穴が開けば巨船だってイチコロだ。
問題は深度調節か。Pendulum and hydrostat controlって何だろう? 水圧と振り子で水平舵を制御して設定深度を維持すりゃ良いのか。
材木屋ハウス(虎居)に着くまでの間、大作は魚雷開発計画の妄想にのめり込む。その脳裏からは大砲のことは綺麗さっぱり消え去っていた。




