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巻ノ百弐拾壱 押し麦と鍛冶屋 の巻

 大作たちは虎居へと続く道をとぼとぼと歩く。その足取りは重く、会話も少ないのでとっても寂し気だ。


 回転速度が速すぎたのだろうか。はたまた麦穂を当てる角度が悪かったのか。脱穀はできた。できたのだが麦の一部が潰れてしまったのだ。

 仕方が無いので傷んだ麦は買い取った。代わりに回転式脱穀機は村に放置だ。

『タダで差し上げるので自由に使って下さい』という大作の言葉を聞いた名主の迷惑そうな顔は忘れられん。

 原始人どもに三百年未来の超ハイテク脱穀機は早すぎたんだろう。銭一貫五百文をドブに捨てたような物だ。

 って言うか、残り九十九台の処分はどうしよう? 大作は悔しさの余り現実逃避する。


「今晩から麦が食べ放題だな。グラノーラとかオートミールとか、いろいろチャレンジしてみようよ」

「やっぱり、この麦は私たちで食べるのね」


 ちょっと不満そうな顔のお園が相槌を打つ。やっぱ麦って米よりワンランク下の食べ物なんだろうか。大作は急な不安に駆られる。


「麦飯は健康に良いんだぞ。脚気や糖尿病の予防になる。それに食物繊維が豊富だから便秘も解消だ。臭い飯とか言われるのは独房や雑居房の中に便所があったせいらしいな。本当に臭かったって話もあるけど。貧乏人は麦を食えなんて言うけど昭和天皇や徳川家康も食べてたんだぞ」

「いえやすって重い荷物を運んだ人ね。それはそうと私、麦は嫌いじゃ無いわ。ただ、煮るのに手間が掛かるのが嫌なのよ。薪も勿体無いし、()き割りにするのも大層な手間だわ」


 麦飯その物を嫌っているわけでは無いらしい。大作はその答えに胸を撫で下ろす。とは言え、いったいどうすれバインダ~?


「もしかして中途半端は止めてもっと麦を潰せば良いのかな? でも、そこまで徹底的に潰すのは凄い手間だぞ。閃いた! 青左衛門のところに行こう」

「何でまた鍛冶屋に行くの? 忘れ物でもしてたのかしら」

「着いてから教えてやるよ。少しでも麦を美味しく食べたいだろ。そうだ、麦焦がしや麦茶も作ろうか」

「むぎちゃ?」


 戦国時代に麦茶は売って無いのか? そんなわけ無いやろ~! 大作は心の中で突っ込む。


「平安貴族も飲んでたはずだぞ。って言うか、麦を煎じて飲むなんてヒポクラテスの時代からあったんだ。カフェインレスだから妊婦や子供でも安心して飲める」

「それって麦湯じゃないかしら。お茶じゃ無いと思うわよ」

「そのような物、某は飲んだことがござりませぬ。どのような味わいにございましょう」

「私も飲んだこと無いわ。楽しみね」


 勝手に盛り上がって行く期待値に反比例して大作の不安感が増大する。まあ、麦茶が駄目でもワシの麦の食べ方は百八式まであるぞ。大作は自分で自分に言い聞かせた。


 そうこうする間にも鍛冶屋が見えてくる。大作たちの姿に気が付いたらしい。青左衛門が手を振りながら悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「どうなされました、大佐様。コークス炉ならまだできておりませぬぞ」

「いやいや、実は新たなお願いがあって戻って参りました。圧延機で押し麦を作って頂けませぬか?」

「おしむぎ?」


 一同が揃って声を上げた。大作はスマホに画像を表示させながら自信満々の笑顔を浮かべる。


「麦に湯気を当てるとふやけて柔らかくなりまする。これを圧延機で平たく潰してから乾かす。それだけで麦は米のように炊き易くなりましょう。青左衛門殿、茶釜か鍋と(ざる)をお借りできますかな?」


 青左衛門はやれやれといった様子で奥の方へ引っ込んで行った。




 圧延機による押し麦の製造は意外なほど上手く行った。大作たちの持ち込んだ二斗ほどの麦が半時間ほどで加工される。回転式脱穀機で悪戦苦闘したのが嘘のようだ。これって行けるんじゃね? 自信を取り戻した大作は得意気に捲し立てる。


「圧延機の手前にベルトコンベアみたいな物を設置して蒸気を当てましょう。潰れた麦もベルトコンベアで運びながら送風機で乾燥させる。一分に一キロとして十時間で六百キロだから四石ほど加工できますな。圧延機やベルトコンベアを回す人足の日当、湯を沸かす薪代などで銭百文掛かるとして一石当たり銭二十五文。十分にビジネスとして成り立ちますぞ」

「お待ち下さりませ、大佐様。麦を潰すために圧延機を使うと申されますか? 鉄砲は如何なさるおつもりで」

「ならば、もう一台作って下さりませ。金ならいくらでもお支払い致します」

「いやいや、そのような物は野鍛冶にお頼み下さりませ。そもそも、麦を潰すくらいなら鉄で作らずとも轆轤師に固い木で作らせれば宜しかろう」


 面倒臭いことは御免だとばかりに青左衛門が首を振る。お前は好奇心旺盛なキャラじゃ無かったのかよ。大作は心の中で突っ込む。

 そうか! こいつ、新しいことにしか興味が無いんだな。星新一の『あーん。あーん』と同じパターンかよ。だったら攻略は簡単だ。


「それでは青左衛門殿。代わりに唐箕(とうみ)を作って頂けませぬか。風を起こす絡繰りにて籾殻を吹き飛ばすのでございます。大ヒット間違い無しですぞ」

「それこそ野鍛冶か轆轤師に頼まれるが宜しかろう」


 若い鍛冶屋が表情を強張らせる。もしかしてこいつ、鉄砲にしか興味が無いのか? なんて視野狭窄な奴なんだろう。ここは押しの一手だ。

 大作は居住まいを正して精一杯の真面目な表情を作る。そして真正面から目を合わせて両手を取った。


「青左衛門殿、すべての計画はリンクしております。世の中に無駄な物など何一つとしてありませぬ。押し麦を作れば煮炊きに使う薪は少なく済む。これは森林資源保護や地球温暖化対策となります。そうだ、閃いた! ここ、虎居に理化学研究所みたいな自然科学の総合研究所を作りましょう」

「りかがくけんきゅうしょ?」

「わかめスープからSTAP細胞まで何でも作る科学の殿堂にござります。コピー機のリコーも元は理研光学ですぞ。青左衛門殿には初代所長に就任して頂きたい」

「そのような大役が某に務まりますでしょうか」


 青左衛門が小首を傾げた。だが、その顔には満更でも無いといった微笑が浮かんでいる。ここは一旦、話を反らすか? 大作は言葉のジャブを放つ。


「話は変わりますが青左衛門殿は鉄砲に続くビジネス展開を如何お考えでしょうか? 商売は常に二手三手先を読んで行うものですぞ。大筒を商品ラインナップに加えてみては如何にござりますか?」

「おおづつ?」


 大作はタカラ○ミーのせ○せいに大筒と書いて青左衛門の方に向ける。


「途轍もなく大きな鉄砲のことにござります。我が国にはいまだござりませぬが、南蛮では太さ三尺の大筒で百貫目を超える大岩を半里先まで撃ち放つそうな。これを用うれば如何に堅固な城とて敵いませぬ」


 青左衛門が目を丸くして驚いている。その様子を見た大作は一人ほくそ笑んだ。




 日本で大筒が初めて使われたのは元亀元年(1570)らしい。信長公記の野田・福島攻めに大鉄炮の記述がある。

 国友鉄砲記によると元亀二年(1571)に二百匁玉九尺大筒二挺を信長に納めたそうだ。

 中国やヨーロッパでは大砲が先に作られ、それを小型化するような形で鉄砲が発展した。日本では順番が逆なのだ。


 それはそうと二百匁は七百五十グラムに相当する。口径は五十ミリくらいだろう。こんな中途半端な物が何の役に立つんだろうか。

 城壁を破壊できるわけで無し。かといって一発で何十人も倒せるわけでも無い。嫌がせらに散弾みたいな物を撃ったという説があるようだ。


 こんな物じゃ話にならん。ちなみに旧日本陸軍では12.7ミリ以上を機関砲と呼んだらしい。旧日本海軍では40ミリを超えるものが機関砲、ドイツ国防軍では30ミリ以上が機関砲だ。現代では一般的には20ミリ以上を機関砲と呼んでいる。

 十匁が18ミリくらい、二十匁が23ミリくらいなのでここをボーダーラインにしよう。大作は考えるのを止めた。




 大作はスマホに写真を表示させて青左衛門に見せる。靖国神社の遊就館で撮った仏郎機(フランキ)砲の写真だ。廃藩置県の折、国へ献上された物らしい。

 ちなみに遊就館は玄関ホール以外での撮影は禁止されている。夢中で撮ってたんで気が付かなかったんだからしょうが無いじゃん! 大作は心の中で言い訳する。萌にこっぴどく叱られたのは悲しい思い出だ。


「これは我が国に初めて伝わった…… 伝わるであろう仏郎機砲と申す大砲にござります。天正四年(1576)にキリシタン大名で有名な大友宗麟がポルトガルの宣教師から買うそうな。インドのゴアで艦砲として鋳造され、輸入されるのは二門とも十門とも言われております」

「鉄砲の化け物にござりますな。どれほどの重さか、見当も付きませぬ」


 青左衛門が痛いところを突いてくる。口径は九十五ミリ、全長は二百八十八センチだと説明文に書いてある。だが、重さに関してはいくら調べてもさっぱり分からなかったのだ。

 とは言え、隣に置いてある重さ千七百キロの芝辻砲に比べると砲身の肉厚が目に見えて少ない。青銅製であることを考慮しても重さは一トンくらいなんじゃ無かろうか。運搬に物凄く苦労したことは想像に難くない。


「二、三百貫目といったところにござりましょう。寺の梵鐘の如く鋳物で作ったそうな。されど旋盤無しでは砲身内径の精度が出せません。小さい砲弾が砲身内をゴロゴロ転がったそうですな」

「ご安堵くださりませ。すでに我らは旋盤を作り上げておりますぞ」


 得意気な顔で青左衛門が相槌を打つ。俺がタップとダイスを提供したおかげだろ。大作は心の中で突っ込むが口には出さない。




 この時代のヨーロッパでは、すでに原始的な旋盤が大砲の砲身内を研磨するのに使われていたそうだ。ただし、スライドレストが無いので手で持った刃物で凹凸を研磨するくらいしかできなかったらしい。

 高速度鋼(ハイス)が無いので削り屑を出すような加工もできなかったはずだ。


 状況が大きく変わるのは1765年を待たねばならない。フランス軍のグリボーバル・システムだ。

 一方、イギリスでは1769年ごろにワットが蒸気機関を改良している。しかし、ピストンやシリンダが精密加工できないため実用には耐えなかった。

 それが完成するのは1774年にジョン・ウィルキンソンの中ぐり盤によるものだ。


 ところで大友は仏郎機砲のコピーを天正六年(1578)に数門鋳造したそうだ。天正八年から十年ごろ信長にも贈っている。こんな物を貰っても有難迷惑じゃね?

 とは言え、同時期に信長は奈良で梵鐘を供出させたり伊勢で大砲を鋳造したそうな。

 これらの大砲が大活躍したって話は聞いたことが無い。爆発しない金属球なんて当たらなければどうということは無いのだ。




「話は変わりますが大砲を鋳物で作る理由は何があるんでしょうか? 鍛造じゃダメなんでしょうか?」


 唐突な話題の転換に青左衛門が唖然としている。それを尻目に大作は芝辻砲の写真をスマホに表示させた。

 口径九十三ミリ、全長三百十三センチ、発射する弾は鉛製だと五千六百グラム(一貫三百匁)にもなる。

 大阪冬の陣で天守閣を砲撃するために家康が用意した大砲の内の一門だ。慶長十六年に堺で作られた物らしい。

 天守閣に直撃させたのはカルバリン砲だって説の方が一般的だ。でも、こいつの砲弾が当たったって可能性も十分にある。って言うか、今となっては調べようが無いのだ。


「この大砲は鋳造ではなく鍛造で作られております。短冊の如き低炭素鋼を八層張り合わせたそうな。その重さたるや何と四百五十三貫目(千七百キロ)にもなりまする」

「何故にそれほど重く作らねばならぬのでしょう? もっと軽う作る術はござりませぬでしょうか?」

「良い質問ですな。この時代の大砲の重さはヨーロッパのカノン砲で砲弾の百五十倍くらいにござります。射程の長いカルバリン砲でも二百五十倍がせいぜい。されど芝辻砲は九百六十匁(三千六百グラム)の鉄弾に比べて砲身の重さは四百七十倍にもなりまする」

「ですから、それは何故でござりまするか? 合点が行きませぬ」


 青左衛門が眉間に皺を寄せて唸るように考え込む。効いてる効いてる。大作は邪悪な笑みを浮かべた。


「それは我が国の鋳鉄で大砲を作るのがとても難しいからにござります。この時代に鋳鉄砲を作れたのはイギリスだけ。それも、長年の苦労の末にようやく七年前に完成したとのこと。他国で作れるようになるのはスウェーデンで七十年後。フランスでは百二十年経っても地方によって上手く行ったり行かなかったりしたそうな」

「いやいや、ですから何故にそれほど作るのが難しいのでしょうか?」

「どうやらリンや硫黄の含有量がポイントだそうな。偶々、イギリスの鉄が鋳造に向いていただけのことにござりましょう。我が国においても幕末に鋳鉄砲を作れたのは佐賀藩だけにございます。その佐賀藩ですら鉄は輸入品を使いました」


 佐賀の杉田雍介が十六回も失敗したとか言うエピソードだ。三百年先の人たちがこれだけ苦労したことが簡単にできるわけも無い。

 大作はお手上げだとでも言うかのように両手を掲げた。顰めっ面を浮かべた青左衛門が頭を抱え込んでいる。


「たたら銑ではどうやっても鋳鉄砲は造れませぬ。詳しいことは存じませぬが石見銑ではケイ素やリンが少なすぎるとか何とか。とは言え、(こしき)炉で事前溶解させて調整させたって説も無くはありませぬが」

「さすがの大佐様にも分からぬことがござりましたか。口惜しゅうございますな」


 青左衛門が悔しげに顔を歪ませた。だが、大作にはその表情が何となく馬鹿にされているように感じられる。何とかして威厳を取り戻さねば。


「そのような顔をなされますな。クロムモリブデン鋼の組成なら分かっておりまぞ。ただ、クロムやモリブデンが手に入らぬのです。されど、解決方法ならいくらでもございます」

「そは、真にござりますか? そのような手があらばお教え願いたい物ですな」


 嬉しそうに微笑む青左衛門。だが、その笑顔すら大作の目には嘲笑されているようにしか見えない。

 こいつ何でこんなに挑発的な言い方するんだろう。大作は内心のムカつきを必死に押さえ込んで平静を装う。


「一つは青銅を用うることにござります」

「せいどう?」

「銅と錫の合金ですな。寺の梵鐘にも使われておりましょう。鉄より融点が低く適度な展延性を持っております」

唐金(からがね)のことにござりますな。大筒を作るには鉄より唐金が向いておるとは知りませなんだ。ならば鋳物師(いもじ)を探さねばなりませぬな」


 真剣な顔で頷く青左衛門を見て大作は胸を撫で下ろす。

 何か知らんけどちょっとは威厳を取り戻せたようだ。

 この調子でどんどん行くぞ。俺のターン! 大作は心の中で絶叫する。


「二つ目は火薬を改むることにござります。黒色火薬は燃焼速度が早すぎるので最大腔圧が高くなります。生焼けの木炭を使い、ナットみたいな形をした褐色六稜火薬を作れば宜しい。行く行くは煙の少ない無縁火薬も作らねばなりませぬ」

「火薬のことは某には良う分かりませぬ」

「鉄砲鍛冶がそれでは困りますな。学ぶのに遅いということはござりませぬぞ。火薬担当の藤吉郎が手取り足取り懇切丁寧にご指導させて頂きます」

「それは有り難きこと。宜しゅうお願い致しまする」


 青左衛門が深々と頭を下げた。急に話を振られた藤吉郎が目を白黒させている。

 まあ、せいぜい頑張って勉強してくれ。大作はこの件に深入りするつもりは毛頭無い。


「さて、青銅の鋳物で作ったり、火薬を工夫するのは誰もが思い付く当たり前のこと。三つ目にお教えするのが本日の目玉。高低圧理論にござります」

「こうていあつりろん?」

「まずは装薬を高圧室という密閉空間で燃焼させます。その燃焼ガスを小さな穴から低圧室という広い空間に導きます。この比較的低圧の燃焼ガスで砲弾を撃ち放てば腔圧曲線が平らになるという次第」

「その『こうあつしつ』とやらは余程頑丈に作らねば壊れてしまいますな」


 予想外に鋭い突っ込みが青左衛門から入る。

 言われてみればそうかも知れん。火薬の爆発に耐える高圧室が作れるんなら大砲を頑丈に作った方が早いんじゃね? そんなことWikipediaに書いて無いぞ。どうすれバインダ~! 答えに窮した大作がフリーズする。

 しかし、意外な方向から援護射撃が入った。


「小さな穴から勢いが削がれる故に『こうあつしつ』は然程頑丈に作らぬとも済むのでござりましょう」


 不意に背中から掛けられた声に大作は飛び上がる。慌てて振り返ったところに立っていたのは笑顔を浮かべて軽く会釈する慎之介だった。

 さすがは凄腕スナイパーだな。まったく気配を感じさせないとは。大作はちょっとだけ背筋が寒くなった。


「お久しゅうございますな、大佐殿。相変わらずお元気そうで。何やら楽しげな話をされているような。拙者も加えて下され」

「これはこれは日高様。ちょうど良いところにおいで下さいました。少々早うございますが夕餉にいたしましょう。我らが作りし押し麦、とくとご賞味あれ」


 大砲談義はいい加減に飽き飽きだ。大作は偶然現れた慎之介を利用して強引に話を終了させる。


「台所をお借りしますぞ」


 唖然とする青左衛門と慎之介を放置して大作たちは麦飯を炊きに行った。






 小一時間ほど後、たいして広くもない居間で大作、お園、藤吉郎、菖蒲、未唯は慎之介や青左衛門と向かい合っていた。


「日高様、青左衛門殿。大変長らくお待たせいたしました。拙僧らが作りし押し麦にござります。ご賞味下さりませ」


 二人が半信半疑といった顔で麦飯を口に運ぶ。数瞬の沈黙を経て、その表情が驚きに変わる。


「これは真に米と混ぜて一編に炊いたのでござりますか?」

「匂いは麦じゃが柔こうて歯応えは米とさほど変わりませぬな」


 反応は上々のようだ。大作はお園の顔色を横目で伺う。


「少しツルツルしてるわね。歯応えが少しお米と違うけど潰していない麦よりはずっと柔らかく炊けてるわ。もう少し水を多めに炊いた方が良いかしら」


 難しい顔で考え込んでいたお園がにっこり微笑む。一番厄介な食いしん坊グルメのお墨付きも得られた。大作は胸を撫で下ろす。


「押し麦は食卓を通して日本の夜明けを後押しいたします。是非ともプロジェクトへのご参加をお願い致します」

「お、押し麦の良さは良う分かり申した。されど、某は鍛冶屋にござりますれば……」

「拙者も鉄砲大将のお役目が大事なため……」


 二人があからさまに迷惑そうな顔をしている。だが、大作もそんなことは百も承知だ。

 すでに押し麦プロジェクトには膨大なコストを投入してしまった。ここで撤退したら埋没費用が回収できない。

 それに、諦めたら試合終了っていう例の名言もある。コンコルド効果が絶対に正しいなんて誰が決めた? まずはその阿呆な妄想をぶっ潰す!


「お二方はご存じでしょうか? 人が一人生きて行くためには年に二十本もの木を斬り倒さねばならぬそうな。されど伐採可能なまでに木が育つには何十年という歳月を要します」

「は、はぁ……」


 いったい何の話が始まったのだろうかと二人が情けない顔を見合わせる。 


「拙僧は関東より旅をして参りましたが畿内は勿論、東海や山陽の主だった山々はみな斬り倒され禿山になっておりました。世界四大文明のうちの三つまでが森林伐採により滅んだと言われております。石炭があった黄河文明のみが滅亡を免れたそうな。今や薪の節約は喫緊の課題。秀吉が天下人へと出世の階段を登る切っ掛けとなったのも薪の節約ですぞ。Save the Green!」

「おお、大佐様はそれ故に石炭を欲しておられたのですな」


 青左衛門がぱっと顔を綻ばせて相槌を打つ。だが、その内容は全くと言って良いほどピントが外れている。石炭のことを知らない慎之介は黙って首を傾げた。


Нет(ニェット)! 持続可能な社会を目指すためには再生可能エネルギーが必須となりまする。化石燃料はカーボンニュートラルとは対極の存在。石炭の煙は二酸化炭素の塊じゃ。あんなものにすがって生き延びてなんになろう」

「せきたんが駄目となれば我らは何に頼れば宜しゅうございますか?」


 弱々しい声で慎之介が弱音を吐く。戦国のシモ・ヘイヘが聞いて呆れるぞ。大作は心の中で舌打ちする。


「拙僧には腹案がござります。油は荏胡麻を搾って採りますな。これに代えて菜の花を用うるのでござります。絞り粕は肥料にもなりますぞ。行く行くは南蛮人から南洋油桐(なんようあぶらぎり)を手に入れましょう。雨の少ない痩せた土地でも素早く育つ多年生の木にて、中南米に生えておるそうな。一反の畑から梅ほど大きさの実が百三十貫目ほど採れると申します。これを搾らば四十貫目は油が採れましょう」

「某に畑仕事をせよと申されますか?」

「いやいや、プレス機を応用した油搾り機を作って頂きたいのです。ノルマルヘキサンみたいな有機溶剤を使えばより多くの油が抽出できますぞ」


 鍛冶屋とスナイパーを相手にした大作の迷走は混迷の度を増して行く。

 呆れた顔でそれを見守っていたお園は欠伸(あくび)を噛み殺した。


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