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巻ノ百弐拾 回れ!脱穀機 の巻

 虎居へと続く山道を大作たちはひたすら西に進む。暫く行くとようやく山道が途切れて平地に出た。

 大作はお園、藤吉郎、菖蒲(あやめ)、未唯の顔色を伺う。だが、みんな揃って表情は暗い。

 満を持して発表した信秀長生き作戦や三好長慶暗殺計画は著しく不評のようだ。


 紅茶が好きな提督も言ってたっけ。テロで歴史の流れを逆行させることはできん。妨げることはできるけど。

 要は我々が九州を制覇するくらいまで畿内や東海に巨大勢力が出現しなければ良いのだ。


 それに、もし本州を統一する一千万石の巨大勢力が現れたとしても負ける気はしない。むしろ、寡兵をもって大軍を破るってのはフィクションの定番だ。

 って言うか、百万石くらいの小さな大名をチマチマ潰すのは弱い者いじめみたいで格好悪くないか? 敵対勢力が大きく育つのを待って一回で倒した方が手間が省けるかも知れん。ポピュラスのハルマゲドンみたいな物だ。


 いやいや、別に俺は楽をしたいんじゃ無いぞ。プチプチを潰すみたいに作業として割り切ってやれば楽しいかも知れんし。HOIでも終盤はひたすら塗り絵だし。

 まあ、どっちでも良いか。Let It Be。あるがままにだ。大作は考えるのを止めた。


「何か知らんけど随分と盛り下がってるな。こういう時は明るい音楽で心を和まそう。それでは、スコット・ジョプリン(1917年没)のジ・エンターテイナーです。聴いて下さい」


 大作はバックパックからサックスを取り出すと呆気に取られる面々にウインクする。

 言うまでも無いがマーヴィン・ハムリッシュの編曲版ではなくオリジナル・バージョンの方だ。編曲にだって著作権はある。

 吹き始めて気がついたけど、この曲をサックス一本じゃ辛いな。メイを連れてくれば笛があったのに。後悔先に立たずだ。

 楽器を扱える奴を増やさねば。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。


 暫く進むと遠くの地平に窯元の煙が見えてきた。


「まずは窯元に行って蒸留塔を発注しよう。担当は誰だっけ?」

「牡丹ね」

「何でここにいないのかな」

「大佐が連れてこなかったのよ」


 ですよね~ 大作は心の中で相槌を打つが決して顔には出さない。

 内心の動揺を必死に隠して自信満々の笑顔を作った。


「何でだと思う?」

「どうせ忘れてたんでしょ」


 お園がちょっと意地の悪そうな半笑いを浮かべる。

 一瞬でハッタリを見破られた大作は黙って頭を下げるしか無かった。




「頼もう。大佐にござります」

「随分とお久しゅうござりますな、大佐様。耐火煉瓦の試作品なら幾つかできておりますぞ」

「それは有り難きこと。されど本日は別なお願いで参上仕りました」

「さ、左様にござりますか……」


 窯元の顔にあからさまな失望の色が浮かぶ。

 このおっさんは新しいことに挑戦するのは嫌いなんだろうか。何とかしてやる気を出して貰わねば。大作は必死に頭を捻る。


「喜劇王チャップリンをご存じですか。彼は自身の映画で最高傑作は何かと聞かれてこう申されたそうな。next on。次回作だと。窯元殿、貴殿は未だ誰も作ったことの無い新しい焼き物を作りたいと思われませぬか?」


 大作は満面の笑顔を浮かべながら大袈裟に両手を広げた。だが、窯元は相変わらず浮かない顔をしている。

 ちなみにチャップリンがそんな話をしたと言う記録は無い。あれは全日空にスーパージャンボが就航した時のテレビCMが広めた俗説だ。

 チャップリンは自伝の中で殺人狂時代が最高傑作って言ってたような。そう言えば殺人狂時代の著作権は2017年で切れるんだっけ。だったら……


「大佐、大佐ったら! 蒸留塔を注文するんでしょう。描いた絵図面はちゃんと持ってきたんでしょうね?」


 お園に肩を揺さぶられて大作は我に返る。蒸留塔? 何だっけ?


「しまった~! 忘れてきたぞ。しょうがない。もう一回描くか。未唯、今度から注意してくれよ」

「え~~~! 私が悪いの?」

「忘れ物に注意するのも連絡将校の仕事だぞ。しっかり頼むな」


 不承不承といった顔で未唯が頷く。いやいや、こんなことで不満度を上げてどうすんだよ! 大作は自分で自分に突っ込む。

 こういうのは早いとこ謝るに限るな。大作は深々と頭を下げ、上目遣いに未唯の顔色を伺う。


「未唯、ごめんな。今のは俺が悪かった。お詫びに何でも一つ願いを聞いてやるぞ」

「何でも? 何でも良いの!」

「いやいや、それは言葉の綾だ。口吸いは駄目だぞ」

「何で? 何で口吸いは駄目なの?」

「大佐! わけの分からないことを言ってないで蒸留塔の話を進めてくれるかしら?」


 鬼のような顔でお園が睨む。大作は震える手で棚段塔の断面図を描く作業に戻った。




 何とかそれっぽい図面を書き上げた大作は続けてコークス炉の図面も描く。

 お園によればコークス担当は菫だったらしい。当然ながら連れてきていない。


「今度から私がちゃんと覚えておくから安堵してね」


 嬉しそうな微笑みを浮かべた未唯が耳元で囁く。その瞳には微かな憐れみが込められているような気がする。大作は何だかちょっとだけ悲しくなった。




「それでは半月後に引き取りに伺います。くれぐれも馬で運べる重さと形に仕上げて下さりませ」

「心得ております。お任せ下さりませ」


 大作と窯元がお互いに深々とお辞儀をする。他の面々もそれにシンクロした。お礼とお辞儀はタダなのだ。使わんと勿体無い。

 大作はバックパックを菖蒲に背負って貰う。その代わりに藤吉郎と耐火煉瓦を運ばねばならないのだ。


「これはきついな。猫車があれば良かったのに。そのうち轆轤師に作って貰おう」

「猫って宇津ノ谷峠で見たあれのことかしら?」

「今は手が離せん。後で写真を見せてやるよ。猫車には二才と三才があるって知ってたか?」

「知ってるわけ無いでしょう! 私、猫も知らないのよ。一才や四才は無いの?」

「才ってのは容積の単位だな。一尺の立方体だ。二十七リットルくらいだから一斗五升ほどになる。三才の方が深いから生コンとか運ぶ時はこっちだぞ」

「ふぅ~ん」


 お園の追求が一段落したので大作は安堵の吐息をつく。

 入れ替わりのように菖蒲が遠慮がちに口を開いた。


「この、ばっくぱっくとやらは重さの割りに随分と背負い易うござりますな。不可思議な心地がいたします」

「荷物の重さを腰で支えてるんだよ。そういやヒップベルトの付いたバックパックでチートするとか言う記事をネットで見たことあるな。これって地味に凄い技術なのか? 歩兵の輸送力を画期的に向上できるかも知れんぞ」

「でも、軽くなるわけじゃ無いんでしょ。大層と骨折りなことね」


 お園が大作の熱弁をバッサリと切り捨てる。大作は黙って唇を噛み締めた。




 そんな話をしているうちに青左衛門の鍛冶屋が見えてきた。若い鍛冶屋は相変らず忙しそうに働いている。だが、大作たちの姿に気付くと手を休めてにっこり微笑んだ。


「これはこれは、大佐様。蒲生様は如何にござりました?」

「蒲生様のついでに肝付様の加治木城にも足を延ばして参りました。サンプルの鉄砲は大好評にござりましたぞ。大量注文を楽しみに待ちましょう。本日は耐火煉瓦のサンプルをお持ちしましたのでテストをお願いいたします」

「鉄がドロドロに溶けるほど熱しても壊れぬ煉瓦とやらを作らねばならぬのでしたな」

「ドロドロになるですと! 鉄がそのように?」


 藤吉郎が目を丸くして驚いている。そう言えばこいつらには基礎科学の話はしていなかったっけ。

 ちゃんとした教育はそのうちやるとして何か面白い話でもしておくか。大作は頭を捻る。


「鉄ってどうやってできるか知ってるか? 太陽…… お天道様の真ん中では水素が核融合反応を起こしてヘリウムに変換されている。六十三億年ほどすると溜まり過ぎたヘリウムが核融合を起こして炭素や酸素に変換されるようになる。お天道様くらいの恒星だとこれでお仕舞いだ。でもお天道様の十倍くらいの星だと炭素燃焼過程、ネオン燃焼過程、酸素燃焼過程、ケイ素燃焼過程と進んで行く。そして最後には最も安定した鉄56に変わるんだ」

「違うわ、大佐。核結合エネルギーが最も強い核種はニッケル62よ。アルファ反応ではヘリウム4が結合するから鉄56の次は亜鉛60でしょう。それだとエネルギーが高くなっちゃうから反応は進まないのよ」


 お園が眉を顰めながら口を挟む。細かいことを言う奴だな。大作はちょっとイラっとするが無理矢理に笑顔を作る。


「そ、そうだな。鉄56は核子あたりの質量が最も小さい同位体なんだっけ。話は変わるけど、その安定した鉄も五百億度を超える超新星爆発の高温高圧下では黒体輻射の光によって鉄の光崩壊を起こす。大半の鉄はヘリウムと中性子に分解されちゃうんだ。まあ、それはどうでも良いか。ところで青左衛門殿。鉄板でコークス炉を作っていただけますでしょうか」

「こ~くす?」


 青左衛門が首を傾げながら鸚鵡返しする。その瞳は興味津々に輝いているようだ。

 窯元にこいつの半分でもチャレンジ精神があれば良いのに。大作は心の中で愚痴る。


「明国では四世紀…… って言うと千二百年ほど昔のことですな。北魏においてコークスを使った製鉄が行われておったそうな。木炭を作る要領で石炭を蒸し焼きにした物にござります」

「せきたん?」

「真っ黒な燃える石にございます。現物が手に入ったらお見せしましょう。薪や木炭とは発熱量が段違いですので製鉄の効率が画期的に向上いたしますぞ。錬鉄(れんてつ)の大量生産も夢ではござりませぬ。そのためには耐火煉瓦の完成が前提になりますな。何卒よしなに願い奉りまする」

「へ、へぇ……」


 当然と言えば当然ながら描いた絵図面は忘れてきている。大作はその場で新たに描き直した。




 鍛冶屋を後にした一向は続いて轆轤師に向かう。

 鍛冶屋から少し離れるのを待っていたようにお園が口を開く。


「ねえ大佐。どうしてコークス炉を窯元と鍛冶屋の両方に頼んだの?」

「しまった~! な~んてな。冗談だよ。陶器と鉄のどっちが良いか分からんから両方作って試すんだ。出来上がったコークスの品質とか燃料の消費量とか炉の寿命とかいろいろ比べないと分からんだろ」

「何だか勿体無いわね。勿体無いお化けが出ないと良いけど」


 納得が行かない顔でお園が首を傾げる。こいつ結構ケチだよな。とは言え、大作としては納得して貰わないと話が進まない。


「分かってくれよ。これは必要なコストなんだ。マンハッタン計画でも電磁濃縮法、ガス拡散法、円心分離法を一編に研究してただろ。爆縮レンズとガンバレルも並行開発だ。両方を試さないとどっちが良いかなんて分かるわけ無いんだよ」

「ふぅ~ん。しょうがないわね~」


 相変らず不承不承といった顔だが理解は得られたんだろうか。

 こいつって溜め込むだけ溜め込んで突然爆発するタイプだよな。こまめにガス抜きした方が良さげだ。大作は心の中のメモ帳に書き込む。


 しばらく歩くと轆轤師の家に辿り着いた。大作は脳をフル回転させて記憶を辿る。


「ここって神楽だっけ?」

「安楽様よ。どうせ、はねくり備中のモックアップも忘れてきたんでしょう?」

「あんな物は一分もあれば作れるさ。don't worry! 頼もう! 神楽…… 安楽殿!」

「大佐様、久方ぶりにござります。脱穀機なら仕上がっておりますぞ」


 少し疲れた顔の轆轤師が奥から姿を見せる。手で指し示す方を見ると一月前に図面を引いた通りの回転式脱穀機が鎮座ましましていた。

 巨大なドラムに付いた無数のV字型の金具が禍々しく黒光りしている。まるで中世の拷問道具みたいでちょっと怖い。


「素晴らしい、安楽殿! 大変な功績にござります!」

「どういたしまして。どちらで試すかはもう決めておられますか?」

「それが生憎と忙しゅうて、今から探そうかと思うております」

「左様ならば十町ほど南に船木と申す村がございます。そちらの村長(むらおさ)に話を付けてありますので訪ねてみられませ」


 が~んだな。いや、有難いことは有難い。でも、俺のスケジュール管理能力の無さがこいつにまで読まれているとは。大作は何だか悲しくなった。

 って言うか、これは何キロくらいあるんだろう。分解したら運搬可能なんだろうか。大急ぎで猫車を作れって言ったらどんな顔されるだろう。仮に作ってくれるとしても一時間やそこらは掛かりそうだ。となると今日は無理だな。大作は考えるのを止めた。




 バックパックを背負ったお園が先頭を歩く。大作、藤吉郎、菖蒲、未唯の四人は分解した回転式脱穀機を分担して担いで……


「はねくり備中の話を忘れてた~! 俺が悪いのは分かってるけど、みんなも注意してくれよ。頼むよ本当に」

「そんなに急がないんでしょう。また今度で良いんじゃないかしら」

「そりゃそうだけどさ~」


 一番重そうなドラムを担いだ大作が大きなため息をつく。これは担ぐと言うよりはドラムの中にすっぽり入って内側から手で支えていると言った方が良いんじゃね? 道々すれ違う人たちの好奇な視線が痛い。


「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとしって言うけど、俺の一生はずっとこんな感じなのかな」

「猫車さえ作れば楽になるんじゃないの? 知らんけど」


 お園が大きな目を輝かせて悪戯っぽく微笑む。俺の口癖を盗るなよ! 可愛いから良いけど。大作は心の中で愚痴るが口には出さない。


「楽にはなるけどさ。でも将来、俺が家康みたいな歴史上の有名人になったらどうするよ。生須賀大作の遺訓が『人の一生は重荷を乗せた猫車を押して遠き道を行くがごとし』とかだったら格好悪いぞ」

「猫車ってそんなに見栄えが悪いのかしら。それに、死んだ後のことはどうでも良かったんじゃなかったの?」

「そういやそうだな。もうどうでも良いや。それでも猫車なら…… 猫車ならきっと何とかしてくれる……!!」

「そう、良かったわね」


 いつになく優し気なお園の口調に大作は安堵する。そんな話をしている間に船木村とやらに辿り着いた。




 無数の金具が付いた筒を被るように抱えた僧侶、バックパックを背負った巫女、重そうに板切れを抱えた巫女と少年少女。そんな謎の集団を村人たちが遠巻きに伺う。その視線はとっても疑わしそうだ。

 これは不味いぞ。まずはこの微妙な空気をぶち壊す! 大作は唐突に大声を張り上げた。


「村長? 名主? お客様の中にどなたか責任者はいらっしゃいますか? 拙僧は大佐と申します。神楽…… 安楽? 轆轤師にご紹介いただいて罷り越しました」

「お初にお目もじ仕る。儂が名主の八木利兵衛にござります。お話は安楽殿より伺っておりました」


 初老の男が進み出て大作たちを睨め付ける。その目は疑わしさを隠そうともしていない。

 名主を名乗った男は茶色い地味な着物を着て、頭はポニーテールみたいな束ね髪だ。腰を見ると脇差を帯に差してる。

 これは怒らせたら怖いな。おふざけは最小限にした方が良さげだ。大作は肝に銘じる。


「して、これが回転式脱穀機とやらにござりますか」

「いかにも。此度は無理を聞いて頂き感謝に堪えません。この絡繰りを使わば稲扱きの手間を大層と省くことが叶います。是非とも一度お試し頂きたく、伏してお願い申し上げます」


 大作は揉み手しながら深々と頭を下げた。お園たちも瞬時にシンクロする。


「どうぞお顔をお上げ下され、お坊様。それで儂らは何をいたせば宜しゅうございますか?」


 名主は相変らず疑うような目をしている。だが、とりあえず協力はしてもらえそうだ。大作は精一杯の笑顔を作る。


「これは拙僧の機関の仕事です。名主様は麦を必要な時に動かして下されば良い。もちろん、拙僧が大殿の密命を受けていることもお忘れなく」


 大作は説明が面倒臭くて溜まらない。だが、適当な言い訳が思い付かない。仕方が無いので勢いだけで乗り切った。

 村人たちの好奇の視線を浴びながら脱穀機を組み立てる。そうこうしている間にも麦が運ばれてくる。


「これが大麦か。間近で見るのは初めてだぞ。裸麦って奴かな? さぱ~り分からん」

「籾が取れ易いから『むきやす』とか()き易いから『つきやす』とか申しますな。味は少し劣りますが手間が掛かりませぬ」


 聞いてもいないのに名主が教えてくれた。大作は愛想笑いを浮かべながら麦穂(ばくすい)を手に取って観察する。

 って言うか、麦穂を『ばくすい』って読むんだ。初めて知ったぞ。いやいや、麦穂両岐(ばくすいりょうき)って四字熟語があったっけ。

 麦穂には白い物や赤い物、細長い物や平たい物が入り混じっている。細かく分ければ十種類以上は混ざっているようだ。こんなんで良いのか?


「八木様、差し出がましいようですが一言申し上げて宜しいか? この麦はいろんな品種が混ざっておるような。手間は掛かるでしょうが選り分けを行って混じりを無くされては如何にござりましょう。畑ごとに種籾の品種を特定して植えるのです」

「そのように手間を掛けて何ぞ良いことがござりましょうか?」

「まずは品種ごとに良し悪しを見極めます。取れ高は多いが病に弱いとか、取れ高は少ないが病に強いとか。しかる後、これらを掛け合わせれば取れ高が多く病に強い麦を作ることも夢ではありませぬ」


 稲の品種分類なんて平安時代からやっていたはずだ。麦は雑穀扱いなのか、それともここが九州の片田舎だからなのか。名主は口をぽか~んと開けている。

 そうやって無駄話で時間を潰している間に回転式脱穀機の組み立てが完了した。無数に林立する刺々しい金具が威圧的だ。

 そう言えば試運転をしていなかったぞ。ちゃんと動くんだろうか。急に心細くなるが例に寄って手遅れだ。大作は小さくため息をつくと村人たちに向き直る。


東西東西(とざいと~ざい)、今日ご覧にいれまするは脱穀機にござります。脱穀機と申しましても、そんじょそこらのものとは大違い!! なんと足元の板を踏むだけでドラムが高速回転。麦穂を当てるだけであっという間に穂が取れてしまいます。その作業効率は何と扱箸こきばしの二十倍! 後家さんから仕事を奪い取るので後家倒しと呼ばれておりまする」

「……」


 刺すような村人たちの視線が痛い。まずはこの雰囲気をぶち壊す! 大作は足元の板を踏みながら声を張り上げた。


「見せてあげよう! ラピュタの回転式脱穀機を!!」


 ガタガタと音を立てながら回るドラムに麦穂を押し当てると籾がパラパラと千切れて飛び散る。 あれ? 麦の実も籾って言うのかな? さぱ~り分からん。

 大作は内心の動揺を誤魔化すように声を張り上げる。


「素晴らしい! 最高のショーだとは思わないかね? 見ろ!! 麦がゴミのようだ!」

「大佐、早く止めて! 風で飛んで行っちゃうわよ!」


 お園が血相を変えて大作の袖を引いた。慌てて手元を見ると籾だか何だか良く分からん物がバラバラに飛んで行く。大作たちは慌てて拾い集めた。




 みんなで手分けして籾を拾い集める。大変な手間を要したが飛んで行った麦の大半は回収することができた。すぐに気が付いたのが不幸中の幸いだろう。


「食べ物を粗末にすると地獄に落ちるわよ」


 お園の視線が冷たい。こいつは食べ物に関しては煩いんだっけ。

 大作は名主に頼み込んで竹竿と筵を貰うと囲いを作る。何せ既に百台も発注してしまったのだ。これしきのことで諦める訳には行かん。


「回転式脱穀機は滅びぬ! 何度でもよみがえるさ! 回転式脱穀機の力こそ人類の夢だからだ!」


 回転するドラムが籾を引き千切る。今度は上手く行ったか? 大作は底に溜まった籾を手で掬う。麦藁の断片や分離されていない穂、穂粒や殻がごちゃ混ぜになっている。


「もしかして唐箕(とうみ)も作らないといけなかったのかな?」

「とうみ?」


 お園がちょっと不安気な表情で鸚鵡返しする。

 中国でアレが発明されたのは十七世紀だったはず。一難さってまた一難かよ。大作は新たな厄介ごとに頭を抱えたくなった。


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