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巻ノ拾弐 知らない屋根裏 の巻

「知らない屋根裏だ……」


 意識を取り戻した大作の目に飛び込んで来たのは天井では無く屋根の裏側だった。少し曲がった丸太の横梁(よこはり)。その上に縦横に組んだ竹が藁縄(わらなわ)で結び付けられ屋根を形作っている。その上に(かや)が載せてあるようだ。これが茅葺(かやぶき)屋根という奴なんだろう。

 この茅葺屋根にトタンを被せると、雲みたいなじいさんが大好きな茅葺きトタンハウスになる。この時代にはトタンは無いけどな。


 板張りの部屋に(むしろ)を敷いてその上に寝かされているようだ。枕も無いので寝心地は最悪だ。

 何があったんだっけ? 大作は記憶を辿る。




 鳴り響く警報音。


『心肺機能損壊、状況不明! 生命活動に支障あり! ハートビート喪失、ノードステータスがダウン状態! 大作、完全に沈黙!』

『これまでね…… 状況終了、パイロット保護を最優先! ジョブを強制終了して!』

『だめだわ、完全に制御不能よ! 大作、再起動! そんな、動けるはずないわ! まさか、熱暴走!』


 良く覚えていないけど散々な目にあった気がする。




 不意にお園の上気した顔が大作の視界に飛び込んでくる。


「気が付いたのね! 大佐」

「お園、今は西暦何年だ? あれから何年経った?」

「何を言ってるの大佐? 一時くらいしか経ってないわ。天文十九年三月十七日よ」

「良かった~ またタイムスリップしたかと思ったぞ。安心したらお腹が空いたぞ」

「すぐに夕餉(ゆうげ)よ。もう少し待って」


 お園の目が笑っていた。こういう時の大作の扱いにもすっかり慣れたといった顔をしている。

 そして不意に顔を近づけると今朝のように口付けをした。やはりさっきの人工呼吸を怒っているのか? だが朝の触れるような口付けと違って異常に長いぞ。

 これではまるでエ○ァ第拾伍話のア○カと長い長いキスシーンではないか。鼻で息をしない方が良いのか? でももう息が続かない……

 大作はまたもや気を失った。




 四半刻ほどで大作は目を覚ました。お園が少し気まずそうな笑みを浮かべている。


「起きられる? 夕餉の支度が出来てるわよ」

「もちろんタダ飯だよな? 金を取られるんなら自炊するぞ」


 大作はみみっちいことを言いながら体を起こした。梁に掛けて干してあった僧衣はだいたい乾いていたので袖を通す。


 お園が引き戸を開くと老若男女が五人ほど勢揃いしていた。

 大作が心肺蘇生した美少女も元気そうに座っている。


 かなり水を飲んでたはずだが肺水腫とか大丈夫なのか?

 いや淡水による溺水は肺胞から水が吸収されるから血液の量が増えて希釈される。相対的に血清Na(ナトリウム)Cl(クロール)Ca(カルシウム)の濃度が下がる。溶血するから高(カリウム)血症も心配だ。心臓は大丈夫だろうか?

 役に立ちそうも無い知識に関しては妙に詳しい大作であった。


 中年男性が大作に上座へ座るよう勧める。


「では遠慮なく。拙僧は大佐と申します」


 変に遠慮するのもかえって失礼だろう。大作は素直に上座に座る。(がま)の葉で編んだ丸い敷物が置いてある。

 大作は『これが蒲団(ふとん)だよ!』とお園に言いたくてたまらなかったが何とか我慢した。


「儂は名主(みょうしゅ)の平左衛門と申します。先ほどは娘を助けて頂いたとか。なんとお礼を申し上げたらよいのやら……」


 軽く頭を下げて中年男性が口を開く。口では礼を言っているが表情が微妙だ。

『何でも良いから早く夕飯にしようぜ』と大作は思ったが口に出す勇気は無い。

 名主は鋭い目で大作を睨みつけると意を決したように問いかけた。


「娘を川岸に引き上げた後、衆人環視の中で胸を散々に揉み(しだ)き、何度も何度も口吸いをいたしたとは真にござりましょうか?」


 大作は内心の動揺をまったく顔に出さない。心肺蘇生している時から心配していた展開だ。心肺だけに。


「拙僧は救急救命士の国家資格を取得しており申す。あれは心肺蘇生法ガイドライン2015に則った正しい胸骨圧迫と人工呼吸にございます」


 大作は名主の目をまっすぐに見据えて堂々と言い切った。こっちは現実に蘇生に成功している。正論を粛々と述べるのみだ。

 もちろん救急救命士の資格なんて真っ赤な嘘に決まっている。保健体育の授業で習っただけだ。

 この時代には国家資格自体が無いのだから資格詐称にはならないだろう。


 威厳すら感じさせるような大作の気迫に押されて名主がたじろぐ。効いてる効いてる。こうなったら押しの一手だ。


「川岸に上げた時点で自発呼吸と心拍動の停止を確認いたしました。もしあそこで一次救命処置を取っていなければ娘御は間違いなく死んでおりました。人の脳は二分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は九割ほどにござりますが、四分では五割、五分では二、三割と申します。これをカーラーの救命曲線と申します」


 大作は言ってから二分とはなんだとか聞かれたらどうしようかと思った。だが名主は大作の勢いにひるんでいるようだ。

 それでもまだ文句があるのだろうか、言い辛そうにしながらも口を開く。


「そうは申されましてもお坊様。娘は大勢の目の前で胸を揉まれ、口吸いされたのですぞ。そうでなくとも十五で嫁にいくはずが許嫁が流行り病で死んだために行きそびれておるのです。十八にもなる娘に妙な噂でも立ったらもう嫁に行かれませぬ」


 娘がわざとらしく着物の袖口で涙を拭く真似をする。名主の口調も何だか芝居がかっている。


 まさか責任取れと言ってるのか? 浄土真宗なら妻帯できるから嫁に貰えとでも?

 でも高野聖って高野山の僧侶の中でも最下層の存在で『高野聖に宿貸すな、娘とられて恥かくな』とか散々な言われようだぞ。

 この時代の名主といえば特権階級だ。いくら貰い手が無くても娘を乞食僧に嫁にやる親はいないだろう。


 大作は視線だけ動かしてお園の様子を探る。感情の読めない引きつった笑顔が怖い。

 そういえば大作とはどういう関係だと説明したんだろう? 何でさっき確認しておかなかったんだ。大作は今頃になって激しく後悔した。

 名主が何を考えてるのかさっぱり読めない。大作は探りを入れるつもりで提案する。


「よろしければ拙僧の知る心肺蘇生の術を村人に伝授して差し上げましょう。さすれば必ずや誤解も解けましょうや」

「いやいや、それには及びませぬ」

「お気遣いはありがたいのですが……」


 名主と娘が慌てたように断る。大作の疑惑が確信に変わる。これは宇宙人か未来人の干渉だ。間違い無い。お園との痴話喧嘩が視聴者に大受けしたので急遽ヒロインを追加するつもりなのか?


 そうだとしても九州に向かうのに足手まといすぎる。まさかこの娘まで歩き巫女をさせる訳にもいかない。せっかくの美人で巨乳なのに実に惜しいが涙を呑んで見送ろうと大作は思った。本当のところはお園の嫉妬が怖かったのだが。


「左様にございますか。出過ぎたことを申しました。せっかくの夕餉が冷めてしまいますので頂いてよろしいでしょうか?」


 大作は強引に話を打ち切ると正信偈をあげる。名主と娘が悔しそうな顔をしている。


 夕飯のメニューは二十一世紀基準で見れば質素な物だった。だが、この二日間の雑炊に比べればご馳走だ。

 大作はしっかり煮炊きされているのを確認して食事を取る。生水は怖いので手を付けない。食事を終えると大作とお園は改めて礼を言った。


 下女が食器を片付ける。名主は姿勢を正すと大作を真正面から見つめて言った。

 第二ラウンド開始ということらしい。


「じつは四之宮に無住の荒れ寺がございます。大佐様さえよろしければそこを修繕しますので住職になって頂けませんでしょうか?」


 娘の熱っぽい視線を感じた大作は思わず顔をそらす。破格の条件だが飲む訳にはいかない。

 ここは北条の勢力圏だ。歴史に積極的に干渉しなければ天正十八年(1590)には小田原征伐で秀吉に滅ぼされる。

 そもそも僧侶は仮の姿だ。本物の住職になってしまってはその後の活動に制約が多すぎる。とりあえず断ってみよう。


「大変ありがたいお話です。しかし拙僧は甲斐の国にあるお寺を復興せねばなりませぬ。せっかくですがお断りいたします」

「おお。そのお若さでそのようなお寺がございましたか。それでは儂のお節介など不要でしたな」


 拍子抜けするほどあっさり引いてくれた。大作は一瞬だけ安堵する。だが名主は挫けない。


「それでは安心して儂の娘を嫁に出すことが叶います。どうか末永く可愛がってやって下さい」


 いままで言葉のジャブだったのにいきなり直球で来た。

 大作は推測する。おそらく宇宙人か未来人の意識操作は遠隔操作型なので精密動作が出来ない。だから『大作に娘を嫁にやれ』みたいな単純な指令しか出せないんだろう。


 いくら粘ってもこれ以上は堂々巡りだ。大作は覚悟を決める。

 まず口元を手で隠してお園にしか聞こえないほど小さな声で言う。


「お園、Trust me!」


 お園の固い表情が僅かに綻ぶ。大作は名主の目を真っ直ぐに見つめると深々と頭を下げる。そして意を決したように言った。


「分かりました。この大佐、娘御を確かに貰い受けまする。今後とも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます」


 お園が息を呑むのが分かったが先程の言葉が効いているのか落ち着いているようだ。名主と娘は満面の笑みを浮かべていた。


 みんな疲れているので細かい話は明日することにして休むことになった。

 大作とお園は先ほどの部屋に筵を敷いて寝る。広いとは言えないがテントよりマシだ。お園に肘鉄や膝蹴りを食らう心配は無さそうだと大作は安心した。


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