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巻ノ百拾六 冥土の旅の一里塚 の巻

 宗久への頼みごとも片付いた。鉄砲の訓練はどうなっているんだろう。大作はくノ一たちの様子に目を凝らす。

 すると人足の中から年配の男が進み出て、遠慮がちに話しかけてきた。


「横川から参りました助八と申します。日当のことにござりますが……」

「労働条件に付きましては、ほのかに一任しております。後ほど労働契約書を取り交わしましょう。実作業に関しては五平どんと話して下さりませ。一日分の日当をお支払します故、宜しければすぐにでも作業に就いて頂いて結構です」

「へ、へぇ……」


 唖然とする人足たちを放置して大作とお園は、くの一連中のところに向かった。




「みんな~! 盛り上がってるか~?」

「みなが、一通り撃ち終わったところにござります」


 ちょっとくたびれた顔をした桜が答える。いやいや、本当に疲れ果てているようだ。

 鉄砲の撃ち方を教えろだなんて、さすがに無茶ぶりだったろうか。大作は心の中で頭を下げる。


「そうかそうか。良いストレス解消になっただろ? 今後も技能維持のために定期的な訓練を行うからそのつもりでいてくれ。そんじゃあ、昼からは通常業務に戻ろう。研究テーマの決まっている者は目標に向かって邁進するように。まだ決まっていない者は納得の行くまで話し合って決めるんだ。分からないことがあったら何でも遠慮なく聞いてくれ。それと、ほのか。今井様が人足を連れてきて下さった。労働条件を詰めてくれ。詳細は一任する」

「御意」


 その言い方、流行ってんのか? 大作は心の中で突っ込むが決して口には出さない。


「夕飯まで一旦解散。未唯は残ってくれ。連絡将校だからな」


 みんながあちこちに散らばって行く。大作は鉄砲担当の茜と火薬担当の藤吉郎を連れて小屋まで戻った。


「そんじゃあ、鉄砲のクリーニングを覚えてくれるか。道具のメンテナンスはとっても大事なんだ。いざという時に使えんと困るだろ」

「だったら、みんなにも一緒に見て覚えて貰えば良かったわね」


 お園が小さな声でぽつりと呟く。


「しまった~! 何で先に言ってくれないんだよ。手間が省けたのに。まあ、次の機会で良いだろ。あんまり一編にやると奴らのキャパシティを越えちまいそうだ」

「そうね。みんなくたびれた顔をしてたわ」


 尾栓や火挟み、火蓋などを外して各パーツを熱湯で洗う。良く乾かしてから椿油を薄く塗る。


「銃の分解結合は基本中の基本だ。目を瞑っていてもできるくらい練習してくれ」

「御意」

「いやいや、冗談だから。人に説明できるくらいで十分だぞ。じゃあ、二人も研究テーマに向かって邁進してくれ」


 呆気に取られる二人を後に残し、大作とお園は逃げるようにその場を立ち去る。未唯も慌てて後を追いかけた。




「それで、私たちは何をするのかしら。いつもみたいに歴史改変でも考えるの?」

「俺たちのテーマはまさにそれだ。島津との戦は三年も先だろ。それまで毎日、歴史改変妄想してたらさすがにネタ切れだぞ。いっそのこと、前倒しするか?」

「そんなことして大事無いかしら。急いては事を仕損じるって言うわよ」


 お園が心配そうに首を傾げた。だけどもそれは取り越し苦労と言う物だ。大作は自信満々の笑顔を浮かべる。


「予定調和じゃ詰まらんだろ。生活に張り合いを持たせるには適度なピンチも必要なんだ。エドモンド・ハミルトンはキャプテン・フューチャーの執筆にあたって出版社に言われたんだと。一冊に三回はピンチになり、一回は敵に捕まるようにってな」

「敵に捕まるなんて一遍で真っ平よ」


 みるみるうちにお園の顔色が暗くなった。この話題はNGだったか。大作は慌てて話の方向を変えようと頭をフル回転させる。


「分かった分かった。ピンチは無しだ。約束する。安全策で行くよ。『石橋を 叩いて渡る 最上川 浪花の事は 夢のまた夢』ってな」

「何なの、それ?」

「俺の辞世の句だよ。それで? あと三年何して過ごすんだ。俺は退屈だと死んじゃう病なんだ。何とかしてくれよん……」

「大佐のそれには参ったわ。本に難儀なことね。いっそのこと、何をするか考えるのを仕事にすれば良いんじゃないかしら」


 予想外の鋭い突っ込みに大作は思わず答えに詰まった。助けを求めるように未唯に視線を送って見るが、ぽか~んとしている。駄目だこりゃ。


「とりあえず、今日のところは真面目にやるしかないか。将来、楽をするためにも今は我慢の時だ。みんなの手伝いでもしよう」

「そうね。みんな何をすれば良いか途方に暮れてたわよ。放っておいたら何も進まないわ」

「手っ取り早くやれることと言えば…… はねくり備中のモックアップでも作るか。農機具の担当は誰だったっけ?」

「まだ決まって無いわよ」


 お園の口調は少し呆れているようだ。だってしょうが無いじゃんか。俺は人の名前を覚えるのが苦手なんだもん。大作は心の中で言い訳する。


 そう言えば吉田茂も人の名前を覚えるのが大の苦手だったらしい。側近の名前すら間違えたんで昭和天皇に注意されたことがあるそうな。

 もしかして相貌失認とか失顔症って奴だったらどうしよう。五十人に一人くらいそんな人がいるらしい。

 ブラッド・ピットやポール・エイドリアン・モーリス・ディラックなんかもそうだったとか。


 ディラックと言えばノーベル物理学賞を嫌々ながら受賞したんだっけ。それはそうとエイドリアンって言えばロッキーの嫁さんだよな。って言うか、ロッキーと言えば幻のエンディングだ。ポスターにも使われた、手を繋いで去って行く後ろ姿。あれってチャップリンのモダン・タイムスのオマージュなんだろうか。でも、もしあんなエンディングだったらどうなってただろう。あんなに続編が作られるほど大ヒットすることは無かったかも知れん。ところでチャップリンと言えば……


「大佐、何を考えてるの?」

「エイドリア~ン! って考えてたんだよ。アイラブユ~、お園!!」

「アイラブユ~、大佐!!」


 お園が間髪を入れず相槌を打つ。相変らず大した適応力だ。大作は感動すら覚える。

 でも、ロッキー・ザ・ファイナルではエイドリアンは死んじゃってるんだけどな。大作は心の中で合掌した。




 二人は恋人繋ぎで手を繋いで小屋まで戻る。未唯は金魚の糞みたいに後ろをくっ付いてきた。いやいや、糞扱いは失礼か。大作は心の中で頭を下げた。

 少し離れたところでは、くノ一連中が車座に座って何やら話し込んでいる。真面目にやっているようなのでとりあえず放置だ。


「え~っと。適当な棒切れは無いかな。これで良いか」


 大作は小屋を建てた時の廃材から適当な棒切れを二本拾う。動作原理を説明するだけなら実物大じゃなくても良いだろう。手のひらに乗るくらい小さくても説明はできる。


 まあ、手のひらって言っても人それぞれか。ラフマニノフの左手なんて十二度も離れた鍵盤に届いたらしい。マルファン症候群だったって説もあるくらいだ。

 ところで、モックアップって原寸大で作る意味はあるんでしょうか? 縮小模型じゃダメなんでしょうか? でも、風洞実験なんかだと縮小しないと入んないぞ。スペースシャトル開発時に二分の一モックアップを作って降下実験したとか何とか。

 そもそもディテールまで再現する必要は無いんだよな。だったらこれはプロトタイプとか概念実証機って言った方が良いんだろうか? 大作は自信が無くなってきた。


「どうしたの、大佐」

「いや、ヒンジの部分をどうするかと思ってな」

「ひんじ?」

「hingeだな。蝶番(ちょうつがい)のことだよ。平安時代からあったんじゃなかったっけ? 建築業界だと丁番(ちょうばん)って言うらしいな」


 大作は両手の手首をくっ付け、手のひらを閉じたり開いたりした。何だか知らんけど未唯が笑いを堪えている。


「木で蝶番を作るのは難易度が高すぎる。藁縄で縛って誤魔化そう」


 棒切れをT字形に固定する。何だかそれっぽいものができ上がる。夕方まで時間を潰すつもりだったのに一分足らずで完成してしまった。


「何なのこれ? たったのこれだけでお仕舞いなのかしら」

「これは概念実証機だからな。こっちの先っぽにフォークみたいな刃を付ける。地面に真っ直ぐ体重を掛けて突き刺す。本当なら手前の棒の先に踏み板が付いていて、そこを支点にして柄の端に体重を掛けると梃子の原理で軽々と地面を掘り返せるわけだ」

「ふぅ~ん。第一種の梃子ね。腰を屈めたり、腕の力で掘り返すよりは楽みたいだわ」


 お園は一瞬で原理を理解してくれたようだ。でも、未唯の顔を伺うとさっぱり分からんって顔をしている。やっぱ、原寸大模型が要るのか?

 いやいや、(のみ)くらいしか工具が無いんだ。そんな物を作れる気がしない。大作は考えるのを止めた。


「そんじゃあ、次に野鍛冶を訪ねた時にこれを持って行って試作品を作って貰おう。野鍛冶なら…… 野鍛冶ならきっと何とかしてくれるさ」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐の中ではね」


 口ではそんなことを言っているが、お園は満面の笑みを浮かべていた。




 することの無くなった大作は、くノ一連中と楽しく語らいながら夕方まで時間を潰す。

 お園が強引に主張した結果、ほのかが望遠鏡を、サツキが耐熱ガラスを担当することになった。


 お園としては望遠鏡の開発をチーム桜に任せるつもりは毛頭無かったらしい。

 熱膨張の少ない耐熱ガラスも反射鏡に使える。お園は巫女軍団での開発を主張したが現状では孤児たちには荷が重すぎる。状況に応じて担当者を適宜見直すとの条件で何とか納得して貰った。


 ちょっと強引だったかも知れん。巫女軍団とくノ一の将来に禍根を残したんじゃなかろうか。大作は激しい後悔に襲われる。

 大作の認識ではチーム桜は巫女軍団とは別組織だ。リーダー継承順位だってお園が一位、桜は五位。バランスを取るつもりで愛を六位にした。

 いまさらこれをひっくり返すのも難しい。それに、お園を信頼していないわけでは無いがチーム桜までお園の指揮下に入れるのは怖い。

 いやいや、伊賀から男の忍びがくるんだっけ。こいつらを俺の直轄にすれば良い。細かいことはその時に考えよう。大作は考えるのを止めた。




 日が傾いたころ、ほのかが遠慮がちに声を掛けてきた。


「横川から来て貰った人足の日当は二十文に決まったわ。それと、ご飯と寝床もこちらで用意することになったわよ」

「そりゃそうだよな。通いでは無理だもん。って言うか、ここには今、何人いるんだ?」

「愛たち巫女が二十五人でしょ。チーム桜が十人。大佐、私、ほのか、メイ、サツキ。合わせて四十人かしら」


 お園が悪戯っぽい笑顔を浮かべながら答える。


「そ、某をお忘れにござりますぞ……」


 涙目の藤吉郎が声を震わせて呟く。お園はにっこり微笑んで軽く肩を叩いた。


「戯れよ。人足は十人だったわね。合わせると五十一人にもなるわ。一日に一人五合として二斗五升五合。二俵を三日で食べちゃうわよ」

「参ったな。輸送コストも馬鹿にならん。米も横川から買う方向で考えた方が良さそうだな。今井様に頼んでみよう」


 手分けして雑炊を作るが大変な手間だ。これはもう、専門の炊事部隊を作った方が良いかも知れん。大作はお園の顔色を窺いながら声を掛ける。


「当番制で炊事をやらせたらどうかな。KP勤務みたいな。それかもう、いっそのことアウトソーシングするとか」

「け~ぴ~きんむって何?」


 ほのかが横から口を挟む。

 何だっけ? 大作は頭をフル回転させる。MPはMilitary policeだったよな。Kは何だったかな? kitchenだ!


「kitchen policeだな。ポリスって言っても警察って意味じゃ無いぞ。そもそもポリスはラテン語で『都市を統治する』ってことだ。大昔のギリシャにあった都市国家の名前からきてるんだ」

「ふぅ~ん」

「週替わりで巫女の小隊から一人ずつとチーム桜から一人の合計四人。これで行こう。人材交流にもなって丁度良いだろ」

「分かったわ。早い方が良いわね。明日から始めましょう」


 お園が軽く頷いた。ちょっとでも巫女とくノ一の対立を解消できますように。大作は神様にお祈りするか迷ったが止めておいた。




 暗くなる前に巫女軍団がゾロゾロと帰還してくる。女の比率が一気に高まった。準備もできているので、すぐに夕飯となった。


 四十人の女の子がわいわい騒ぎながら食事をとる。女三人よれば(かしま)と言うが、四十人集まるとどうなるんだろう。

 目の前には想像を絶する光景が広がっていた。それに交じって食事する人足たちは何だかとっても居心地が悪そうだ。

 これはフォローが必要だろうか。大作は人足たちのところまで這い進む。


「玄米はお口に合いませんでしたかな? 我らは健康を考えて玄米を食しております。脚気の予防にもなるそうな。もしや、白米の方がよろしかったでしょうか?」


 人足たちが一斉に怪訝な顔をする。しまった~! 『よろしかった』と過去形にするのは間違いなんだっけ? 正しい日本語って難しいな。大作は心の中で愚痴る。


「滅相次第もござりませぬ。このように旨い飯を食らうのは久々、いや、初めてのことにござります。お礼の申しようもありませぬ」


 年配の人足が笑顔で答える。こいつ、助六だっけ? いや、助八? 助三? さっぱり分からん。大作は頭を抱えたくなった。

 そうだ! IDカードを作って職場では常に携帯を義務付けよう。不審者対策にもなって一石二鳥だ。

 確か桜の手が空いてるはずだ。金山の警備強化の名目で任せよう。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。


 それはそうと玄米に文句は無いらしい。それに鰹節もどきで取った出汁の評判も上々のようだ。

 いやいや、あれってあんまり在庫が無いぞ。初日だけご馳走にして、段々と食事が悪くなったら印象悪いな。

 もう、しょうがないか。不味い物を食わせてモチベーションが下がるのも困る。大作は宗久のところまで這い進むと鰹節もどきの大量購入を依頼した。




 食事が終わると宗久と人足たちには宛てがわれた小屋に行って貰う。何か娯楽を用意してやらないと退屈して悪さするんじゃなかろうか。大作はちょっと心配になる。

 現実の山ヶ野金山には門司や長崎と並び称される九州三大遊郭の一つ、田町遊郭があったんだとか。

 でも、女の子の方が多い現状ではそんな物を作れる雰囲気では無さそうだ。


 巫女軍団やチーム桜の居住スペースは人足たちから離した方が良いかも知れん。それか、伊賀からマトモな忍びがきたらここの管理をそいつらに任せちゃうとか。当初の予定通りに虎居に活動拠点を移すんだ。

 いやいや、金山は生命線だ。それに祁答院と対等に張り合えるくらいの軍事力を確保するのが先決だろう。


「五月雨が明けたら山の麓辺りにちゃんとした屋敷を建てよう。それと、人足たちの風紀が乱れないように健康的な娯楽を提供する必要があるな」

「極楽?」

「阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道の創業者、小林一三は集客のために女子音楽隊を作った。それが後の宝塚歌劇団だ。巫女やくノ一から歌や踊りの上手い者を選んでユニットでもつくるか? 山ヶ野だからYMGなんとかみたいな。まあ、伊賀から忍びがきてからで良いか」

「何でもかんでも後回しにしてると後が大変よ。とりあえず歌の上手い娘を探しておくわ」


 やれやれといった様子でお園が相槌を打った。他に何か大事な用件は無かったっけ? 大作は頭を捻る。


「そうだ、未唯。愛と舞に今日の活動報告をしてくれ」

「はい、大佐」


 未唯は元気よく返事をすると愛と舞に向き直った。


「愛姉さま、舞姉さま、今日は五月二十五日で火曜日よ。来週からは月曜日に幹部会議を開くから愛姉さまは出てちょうだい」

「月曜日?」


 愛に問い返された未唯は答えに詰まる。意味も分からずに話してたのかよ。助けを求めるような視線を向けられた大作は小さくため息をついた。


「七曜って知ってるか。弘法大師様が唐より持ち帰られた宿曜経に記されている暦だ。ちょっと待ってろ」


 大作はスマホでJASRACの作品データベースからロシア民謡の「一週間」を探す。訳詞は音楽舞踊団カチューシャとなっている。だが、パブリックドメインなので歌っても問題無い。

 大作は軽く咳払いすると裏声で歌い出した。


 日曜日に市場へでかけ 糸と麻を買ってきた

 月曜日におふろをたいて 火曜日はおふろにはいり

 水曜日にともだちが来て 木曜日は送っていった

 金曜日は糸まきもせず 土曜日はおしゃべりばかり

 ともだちよこれが私の 一週間の仕事です

 テュリャ テュリャ テュリャ テュリャ テュリャ テュリャリャ

 テュリャ テュリャ テュリャ テュリャ リャ


 テュリャを全部歌うと長すぎるので大作は途中のテュリャを省略した。黙って聞いていたお園から鋭い突っ込みが入る。


「七日の間に風呂に入って友伴(ともがき)と会っただけなの? 糸と麻はどうなったのかしら。わけが分からないわ……」

「俺も知らんがな。ちなみにロシア語で砕いた黒パンの入った冷たいスープをチューリャって言うそうな。ぐずでのろまってスラングらしいけど意味は無いんじゃね?」

「ふぅ~ん」


 お園が気の無い返事をする。相変らずパンには良い印象を持っていないらしい。何とかしてお園に美味いパンを食べさせねば。

 そんなことを大作が心の中のメモ帳に書き込んでいると一人の娘が何か言いたそうにモゾモゾしている。


「どうかしたか?」

「五月二十五日は私が生まれ給いし日にござります」


 娘が遠慮がちに答えた。その手には小さな袋が握りしめられている。お守り袋みたいな物なんだろうか。


 大作はネットで読んだ話を思い出す。お守りの起源は平安時代にまで遡る。御師(おし)って人たちが懸守(かけまもり)って言うのを平安貴族に配って回ったんだそうな

 それが鎌倉時代には武士にも広がる。庶民にまで普及したのは江戸時代に入ってからのことらしい。肌身離さず携帯するから肌守(はだまもり)って呼ばれるようになったとか何とか。


「へぇ~ そりゃあ目出度いな。幾つになった?」

「十七にございます。甲午(きのえうま)に生まれました」


 例に寄って数え年だろう。誕生日がきたってことは満年齢で言うと十六なんだろうか。


 正月や 冥土の旅の一里塚 目出度くもあり 目出度くもなし。明治以前の人は正月に歳をとるから誕生日を祝わなかったんだそうな。

 ちなみに、以前って言葉はその時点を含む。じゃあ明治も含むのか? いやいや、辞書によると「明治以前」と言う場合は明治を含まずその前をさす場合もあるって書いてある。日本語って曖昧すぎだろ! もう、英語を公用語にした方が良いかも知れん。


 それはそうと、日本で最初に誕生日を祝ったのは信長だって俗説がある。そんなわけ無いやろ! 大作は心の中で突っ込む。

 天皇誕生日を天長節として祝う習慣は宝亀六年(775)からある。お釈迦様や菅原道真(天神様)だって誕生日を祝っている。

 貴族や禅宗の僧侶が知人を集めてお祝いの会を開いたって話をネットで見たような見なかったような。

 文献記録に残っていないだけで庶民だって誕生日にちょっとした祝い事くらいやったかも知れん。やってないかも知らんけど。


「甲午なら私たちと同じだわ」


 お園が嬉しそうに笑いながらメイとほのかの顔を交互に見詰める。


「そうなんだ。ちょっと待ってろ。みんなでお祝いしよう」


 大作はバックパックの中をゴソゴソと探し回って小さな箱を取り出した。


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