表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/517

巻ノ百拾参 エマニュエル坊やは人気者 の巻

 大作が満を持して発表した天皇抹殺計画は空前の大不発に終わった。

 お陰でみんな、お通夜みたいに黙りこくっている。


 死というのは終わりじゃ無い。輪廻転生の過程に過ぎないんだ。どうせならバリ島のガベンみたいに盛大に祝えば良いのに。大作は心の中でぼやく。

 何でも良いから楽しい話題を探さねば。どげんかせんと退屈な男だと思われてしまう。大作は頭をフル回転させる。ポクポクポクチ~ン、閃いた!


「エマニュエル・トッドの移行期危機って知ってるか?」

「いこうききき? きききって変な響きね」


 思いっきり怪訝な顔のお園を見ると大作は心が折れそうだ。とは言え、とりあえず興味は持ってくれたらしい。

 サツキに頼み込んで食べ物を持ってもらう。そしてバックパックからタカラ○ミーのせ○せいを取り出して『移行期危機』と書いて見せた。


「ざっくり言うと文字が読める奴が急に増えると社会が不安定になるとか言う仮説だ。まず男の過半数が字が読めるようになる。すると本とか新聞から知識や情報が得られるようになり自我が拡張する。結果、親の世代と価値観が断絶して社会が混乱する。だけど女の識字率も数十年すれば追い付く。女の知的水準が上昇し、家庭や社会における役割も変化する。やがて女はリスクの高い出産という行為を忌避するようになり出生率が低下する。夫婦に男の子が一人くらいしかいなくなる。そいつが死んじゃうと大変だ。なので親たちは戦が嫌になる。だから世の中が平和になる。ばんざ……」

「ふぅ~ん。そんなに上手く行くのかしら。前に『風が吹けば桶屋が儲かる』とか言ってたわね。当てになるとは思えないわ」


 胡散臭そうな目をしたお園が首を傾げる。とは言え、ここは信じてもらうしか無い。


「エマニュエル・トッドは凄い人なんだぞ。ソ連崩壊や北ベトナムの勝利を予言したんだ。ロシアにおいても女の識字率が上昇した後、出生率が減った。その結果がソ連の崩壊だ」


 お園が大きな欠伸(あくび)で返事をした。駄目だこいつ、早く何とかしないと。

 くノ一連中の顔を伺うとみんな死ぬほど退屈そうだ。でも、今はこいつらに頼るしか無い。大作は一人ひとりの目を見ながら話しかける。


「男の識字率が過半数になってから出生率が三くらいに低下するまで五十年ほど掛かるらしい。この期間をトッドは移行期危機と呼んでいるんだ。もちろん文化や宗教、社会システムで全然違ってくるけどな。フランスやロシア革命、ナチスの台頭、日本のアジア進出、自爆テロの横行するイスラム。わりと当て嵌ってるように見えるな。楓と紅葉はどう思う?」


 こうなったら一番影の薄い二人にスポットを当てるしか無い。大作は無理やり話を振る。


「さすれば、民草は字が読めぬ方が幸いなのかしら?」

「それは違うだろ。子供がたくさん生まれるけど病気や戦でみんな死んじまう方がよっぽど不幸だぞ。かえ…… 紅葉?」

「私は楓にございます」


 うわ~! またかよ。どうして二分の一の賭けに毎回負けるんだろう。マーフィーの法則かよ。大作はちょっと凹んだ。

 だが、お園から意外なフォローが入る。


「そろそろ許してあげたら? あなた本当は紅葉でしょ」

「申し訳ござりませぬ。なかなか大佐に名を覚えて頂けず、つい戯れをいたしました」


 楓と紅葉らしき二人が頭を下げる。何だよ。やっぱり俺の勘は当たってたんじゃないか。大作はちょっとだけ自信を取り戻した。


「それにしても、お前ら本当にくりそつ(死語)だよな。まさか双子か?」

「そうよ、もしかして今まで気が付かなかったの?」


 楓と紅葉がハモる。鏡に写ったみたいなシンクロがちょっと怖い。


「だって、しょうが無いだろ。双子なんて初めて見たんだから。それにしても見分けが付かんな。クローン人間みたいだぞ」

「苦労? 大佐みたいに名前を覚えて貰えないと(らう)せるわ」


 楓らしき女が口を尖らせて不満げに呟く。


「昔は双子は忌み子って言われてたって本当か? 日本武尊とか、それで酷い目に遇ったんだよな」

「そんな尊きお方ならともかく、私たちみたいな下下の者には縁の無いことね。それに三重では男と女の双子は夫婦子って言ってとっても喜ばしいのよ」

「そ、そうなんだ。ところで、何で三重って言うか知ってるか。日本武尊が三重に行った時、死ぬほどくたびれて足が三重に曲がりそうだったとか何とか」


 忌み子なんて言われても良い気がするわけが無い。大作は慌てて話題を変えた。


「足が三重に曲がったら痛いどころの騒ぎじゃ無いわね」


 二人の顔に笑顔が浮かぶ。大作には相変わらずその違いがまったく分からなかった。


 それにしても度々、話題に上る日本武尊っていったいどんな奴だったんだろう。次にタイムスリップすることがあれば是非、会ってみたいものだ。

 大作は心の中のメモ帳に書き込ん…… じゃ無かった。移行期危機の話を盛り上げねば。


「この仮説は識字率の向上において男が先行することを前提にしている。でも、男が先行する理由は何かあるんでしょうか? 女が先じゃダメなんでしょうか?」


 大作は得意の決めゼリフをここぞとばかりに披露した。全員が口をぽか~んと開いて呆けている。


「そんなこと無理だって思ってるだろ? 簡単だぞ。って言うか、方法は一つしか無い。義務教育だ」

「ぎむきょういく?」

「金を払ってでも女の子を掻き集めて無理矢理にでも読み書きを教える。いや、世代間ギャップが問題になってるんだっけ。ってことはアレか? 婆さんを集めて読み書きを教えれば良いのか。手始めは山ヶ野の婆さんたちだな」


 大作は机を並べて勉強する老女を想像する。何だかモチベーションが上がらない絵面だ。まあ、教えるのは俺じゃ無い。大作は考えるのを止めた。


(おみな)が字を読めるようになっても何も読む物なんて無いんじゃないかしら。物語や集なんて村に無いわよ」

「活版印刷と紙の大量生産が急務だな。とにかく、男より女。若者より年寄りを優先して読み書きを教えよう。田畑や灌漑の整備、牛馬の活用、農機具の改良。これらにより農業生産性は飛躍的に高まる。教育に必要なコストはそこから捻出だ」


 その結果、農産物は大量に余り、価格は下落するだろう。多くの農民が職を失うかも知れん。

 とは言え、トッドの仮説によれば出生率もすぐに低下するから人口爆発の心配は無い。農業生産性も上がってるんだから餓死者が続出するってことは無いだろう。

 まあ、俺の知ったこっちゃ無い。大作は考えるのを止めた。


「オスカー・ワイルドは申された。飢餓と無知は近代犯罪の両親だ。嘘か本当か知らんけどネットで読んだ話では全世界の下から六分の一の貧困国で内戦の八割が起こるらしい。逆に言えば教養ある人間は腹一杯なら犯罪や戦とは無縁だ。イスラエルみたいに周りを敵に囲まれてたら別だけどな」

「日本は周りを海に囲まれてるから大事無いわね。早くそんな世が訪れて欲しいわ」

「そうなったら俺たちは失業だけどな。まあ、そん時は出版か音楽でもやろう。Take it easy.」


 何だかグダグダだったけど楓と紅葉が双子だと分かっただけでも大きな収穫だろう。

 ノックスの十戒にも『双子や一人二役は予め読者に知らされなければならない』ってのがある。そのうち、これを効果的に使った話を考えよう。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。






 山道を下りきると再び平地に出た。周囲を見回すと、さっきまでと違って水田が広がっている。この辺りはシラス台地じゃないんだろうか?


「何か知らんけど、この辺の田んぼってカエルの鳴き声が物凄いな。もしかして『カエルの楽園』か? 生態系の乱れで異常発生してたら怖いぞ」

「もうすぐ雨が降るんじゃないかしら。困ったわね」


 大作は1972年に公開された『吸血の群れ』というC級動物パニック映画を思い出す。

 ヒッチコック監督の『鳥』から始まった動物パニック映画の末期的作品だ。

 オスカー賞受賞の大物俳優レイ・ミランドがカエルの大群に襲われるシーンを熱演していたっけ。

 まるで『エド・ウッド』のベラ・ルゴシみたいじゃないか。役者さんが可哀想で涙無くしては見ていられなかったぞ。

 それはそうとレイ・ミランドが監督・主演した『PANIC IN YEAR ZERO』って映画は『性本能と原爆戦』なんていう、とんでもない邦題を付けられてたっけ。

 中身もタイトルに負けないくらいとんでもない映画だったけど。


「おたまじゃくしはカエルの子って知ってるか? 数あるリパブリック賛歌の替え歌の一つだな。どれどれ…… 残念! 東辰三(あずまたつぞう)は1950年没だけど永田哲夫の著作権は切れていないっぽいな」

「また著作権なの。本当に嫌になるわね。著作権なんて無くなってしまえば良いのに」


 お園がぷう~っと頬を膨らませた。大作はその頬を指で軽く突っつきながら宥めすかすように声を掛ける。


「そんな怖い顔すんなよ。著作権が保護されなければ質の高いコンテンツを作ろうって人がいなくなっちまうだろ。なんで超売れっ子のシューベルトが極貧生活を送ってたと思う? まあ、実際はそんなに貧乏じゃなかったらしいけどな」

「ふぅ~ん。それで、他にかえるの歌は無いの?」

「そのものズバリ。カエルの歌ってのがあるぞ。いや、正式タイトルはカエルの合唱だっけ? え~っと、ドイツ民謡だから曲の著作権は良いとして作詞の岡本敏明は1977年没か。こいつも駄目だな。いっそ、カエルの替え歌でも歌うか? でも、歌詞には著作権の翻案権、著作者人格権の同一性保持権があるんだよな。それにJASRACは翻案権・同一性保持権を管理していないから替え歌を歌おうと思ったら権利者と直接交渉しなくちゃならん。森のくま○ん事件みたいな目には遭いたくないだろ?」


 森のくまさ○の英語歌詞と日本語歌詞は似ても似つかない別物だ。あれを翻訳と言うのは相当に無理がある。

 って言うか、訳詞したと主張する人物は当初、作詞と作曲を主張してJASRACに登録していたのだ。

 これってどうなんだろう。大作の胸を何とも形容し難い嫌な気持ちが満たして行く。


 眉間に皺を寄せて考え込む大作を気遣うようにお園が声を掛けた。


「それは大層な手間ね。とてもじゃないけどやってられないわよ」

「ことろがどっこい、奥の手がある。ドイツ語の歌詞はとっくに著作権が切れてるんだ。だからこいつを独自に翻訳すれば良い。いま調べるから待ってろ」


 Froschgesang


 Ganze Sommer nachtelang,

 horen wir den Frosch gesang;

 quak quak quak quak,

 kae kae kae kae kae kae kae kaek

 quak quak quak.


 何だこりゃ? さぱ~り分からん。まるで暗号だな。

 いやいや、Froschはたぶんカエルのことだろう。何となくFrogと響きが似ている。

 とするとsangはsongだな。SommerはSummerか。nachteはnight?

 langはlongだ。これだけは自信がある。IV号駆逐戦車ラングとか言うもんな。

 horenはhearか? wirがweでdenはthe? 後はカエルの鳴き声だろう。オノマトペって奴だな。


 と言うことは、こんな感じか?


 長い夏の夜 カエルの歌が聞こえる

 クワック クワック クワック クワック

 ケケケケケケケケ

 クワック クワック クワック


 これをメロディーに合わせて調整しなきゃならん。七文字、七文字だな。

 しかも、岡本敏明の詩と似すぎないよう注意せねば。大作は軽く咳払いをして歌い始めた。


「真夏の夜に カエルが歌う

 クワック クワック クワック クワック

 ケケケケケケケケ

 クワック クワック クワック」


 歌い終わった大作が最高のドヤ顔を浮かべる。お園の顔がぱっと綻んだ。


「どうや! 『カエルの歌 大作version』だぞ。いま、歌った瞬間に何の手続きをしなくても著作権が発生した。だけど、俺が著作権を放棄するって宣言した瞬間に消滅する。みんな好きに歌って良いぞ」


 そもそも『真夏の夜に』とか『カエルが歌う』なんて短い歌詞に著作権なんてあるんだろうか?

 著作権法第二条によると著作物は『思想又は感情を創作的に表現したもの』だから七文字の短いフレーズなんて著作権で保護されないはずだ。

 とは言え、五・七・五の標語に著作権を認めた判例があるらしいので油断できない。

 1920年ごろ作詞された『happy birthday to you』なんて、アレを連呼しただけの歌詞が1999年5月22日まで保護されていた。冗談みたいだけど本当の話しだ。

 もしかして『ルールル○ルー』とか『パッパ○ラッパ』とかでもJASRACは動くんだろうか。物言えば唇寒し秋の風だな。まあ、まだ梅雨も明けていないんだけど。


「お前らも歌ってみ。そうだ、せっかく六人いるんだから輪唱しよう。二人一組で高音パートと低音パートを担当だ。三組に分かれよう」

「りんしょう? こうおんぱ~ととていおんぱ~と?」

「パッヘルベルのカノンみたいに一小節ずつずらして歌うんだ。きっと楽しいぞ」


 それから暫しの間、大作たちは『カエルの歌 大作version』を歌いながらカエルだらけの水田を進んだ。




「合唱って楽しいわね。山ヶ野に戻ったらみんなで歌いましょうよ」


 お園が嬉しそうに笑い掛けてくる。やはりこいつの機嫌を取るには食べ物と歌だな。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。


「そうだな。帰ったらコーラス部でも作ろう。メイが笛、俺がサックスを吹く。ほのかにも早くスネアドラムを作ってやらんとな。くノ一のみんなも楽器か歌の好きな方を選んでくれ。そうだ! 楓と紅葉は双子デュオなんてどうだ? こまどり姉妹やザ・ピーナッツみたいだぞ」

「二十一世紀の歌ね」


 楓だか紅葉だかが元気よく返事をする。どっちか分からんけどこのタイミングで賭けに出る必要性は無い。大作は適当に流すことにする。


「いやいや、どっちかと言うと二十世紀だな。双子は他のキャラと差別化を図れる強力なアピールポイントだぞ。積極的に行け」

「心得ました。お任せ下さりませ」


 さっきと違う方が元気よく返事をする。何だかノリノリみたいだ。くノ一は遊女や傀儡子、白拍子に化けて情報収集を行っていたんだっけ。きっと楽器や歌も得意な奴が多いんだろう。


 再び山道に差し掛かるころ、日が暮れた。大作はLEDライトを取り出して足元を照らす。


「もう暗いけど、こんなところで泊まるのは嫌だろ。お腹が減ったけど我慢して山ヶ野を目指そう。もうすぐ五平どんの村に出るはずだ」

「良かったら食べて。腹の足しになるわよ」


 サツキが懐から(ほしい)を取り出す。大作がそれを受け取るとほんの少し湿っていて仄かに暖かい。

 いったいどこから出したんだろう。何だかエロいぞ。思わず鼻の下が伸びる。ふと気が付くとお園が怖い顔をして睨んでいた。

 みんなで一口ずつ食べる。ボリボリと噛んでいると口の中がパサついてきた。大作はペットボトルを取り出して水を飲む。


「私も喉が渇いたわ。一口ちょうだい」


 お園が大作の手からペットボトルを奪うように取る。そして、くノ一たちを横目でチラ見しながら飲んだ。


「良かったらあなたたちも飲む?」


 何だか妙に棘のあるお園の声音に空気が凍り付く。目付き怖! まだ人工呼吸の件を根に持ってるのか? 大作は思わず視線を反らした。


「いえ、結構にございます」


 みんなを代表するように桜が答える。良く見るとくノ一たちは竹や瓢箪の水筒を持っているようだ。

 もしかして間接キスとか気にしてるのかも知れん。


 不意に大作は大谷吉継のエピソードを思い出す。

 って言うか、あの茶碗には膿だか鼻水だかが入ったのか? それとも単に間接キスが気になっただけなんだろうか? 茶を飲んだのは秀吉なのか三成なのか? 本当に謎だらけの伝説だ。

 正解は何だったんだろう。何にせよ、この世界線では発生しそうに無いイベントだ。そもそも奴が生まれてくるのは十五年も先のことか。歴史を大きく変えれば生まれてくるのかすら分からん。大作は考えるのを止めた。




「五平どんの村が見えてきたぞ。いろいろあったけど無事に帰ってこれたな」

「いつにも増して奥無(あうな)しき旅だったわね。肝付様では肝を冷やしたわ。肝だけに。ぷっ」


 お園が堪え切れないといったように小さく吹き出す。だが、沈黙が場を支配した。まさか、お園が駄洒落を言うとは予想していなかった大作は虚を突かれる。


「あは、あはは…… マジカルでミステリーなツアーだからしょうがないよ。ポールもあれは失敗だって言ってたもんな。でも十年もすれば再評価されるかも知れんぞ。きっと良い新婚旅行だって思えるようになってるさ」

「これが新婚旅行ですって! 四人も伴を連れてるのに? 高千穂峰に登って天逆鉾(あめのさかほこ)を抜くんじゃなかったの? 温泉に七日浸かるって言ひ期したわよね。こんなのが新婚旅行なんてずるいわ! (たぶらか)したのね!」


 お園のボルテージが一気に跳ね上がる。目をギラギラさせ、腕を振り回し、最後には絶叫のようになった。

 瞬間湯沸かし器(死語)かよ! 最近の若者は何ですぐに切れるんだ? 大作は自分だって高校生のくせに心の中で老人みたいなことを呟く。

 だが、決して口には出さない。そんなことしても逆効果にしかならないことは良く分かっている。


「いやいや、天逆鉾も温泉も忘れていないぞ。そのうち、ちゃんと二人っきりで行くからさ。でも、今度の旅行だって楽しかっただろ。そうだ、前に行ってから一月ほど経ったから入来院と東郷を回ってみよう。あいつら結構美味い飯を食わせてくれたよな」

「新婚旅行って何遍も行って良いの?」


 お園がきょとんとした顔で大作の顔を穴の開くほど見詰めてくる。そんなに見詰めるなよ。テレるぜ。大作は心の中で呟く。


「回数制限があるなんて話は聞いたことも無いぞ。新婚さんがいらっしゃる番組は『結婚三年以内の新婚さん出演募集』ってテロップ出してたし。信玄だって三年間は死を隠せって言ってることだ。三年の間なら何回行っても良いんじゃね?」

「分かったわ。でも、天逆鉾と温泉も忘れないでね」


 笑顔に戻ったお園を見て大作は安堵した。しかし、何でこんなんにセンシティブなんだ? 新婚旅行に思い入れでもあったんだろうか。

 それはそうと、あっち方面なら川内川も使えるから多少は楽ができる。懐に余裕ができたら自前の船を手に入れた方が良いかも知れん。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。




 五平どんの家の前を通るが村はすっかり寝静まっているようだ。起こさないよう注意して静かに通る。

 そこからは良く知っている道なので迷うことも無い。二十一時前には無事に山ヶ野に帰り着くことができた。


 現代なら宵の内なんだろうけど、この時代ではみんな寝静まっている。

 いやいや、昔の気象庁では十八時から二十一時を宵の内としていた。だが、夜更かしする人が増えたからなんだろうか。2007年秋から『夜のはじめ頃』って言うようになったらしい。こうやって風情のある言葉が消えていくんだろうか。大作は少し悲しくなった。

 そういうわけで、なるべく物音を立てずに静かに帰ろうとした。したのだが……


「留守にしたのって二日だけだよな? 何でこんなに見違えるようなことになってるんだ!」


 出掛ける前の手作り感溢れる小屋は見違えるほど、とまでは行かないが、そこそこ立派な小屋に建て替わっている。

 またもやスカッドの仕業なのか? 大作は喜んで良いのか迷う。その瞬間、戸板が動いて眠そうな顔のほのかが姿を見せた。


「帰ったのね、大佐。出掛ける時に変なこと言ってたから心配したわよ」

「恥ずかしながら帰って参りました。これはお土産だぞ。『どさん』と書いて『みやげ』って読むんだ。明日、みんなで分けよう」

「どさんとみやげって同じ物よね?」


 ほのかが不思議そうに首を傾げる。


 実は土産という言葉は、土地の産物という意味なので『どさん』が読むのが正しかったのだ。

 一方、みやげは見上(みあ)げが『みやげ』になった説、屯倉(みやけ)からの贈り物説、都笥(みやこけ)宮倉(みやけ)家笥(みやけ)、エトセトラエトセトラ。わけが分からないよ…… な状態らしい。

 ともかく土産(どさん)と『みやげ』は違う物を指していたのだが室町時代には混用されてしまい、室町末期には土産と書いて『みやげ』と読ませたらしい。


 そんな経緯を知るわけも無い大作は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。


「そんじゃあ、くたびれて眠いからさっさと休もう。良い夢見ろよ!」

「何を言ってるの、大佐。今夜は人工呼吸の練習でしょ。早くテントを張ってくれるかしら」


 お園は大作の腕をがっしり掴んで離さない。大作は『サツケテ』の念を込めて視線を送る。しかし、サツキはそれを華麗にスルーして小屋の中に消えて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ