巻ノ百拾弐 万歳万歳万々歳 の巻
お園と合流した大作たち一行は来た道を引き返す。未来の県道五十五号線に相当する道だ。そこそこ急な山道を北に向かって進む。会話も歌も無いので寂しいことこの上ない。
先頭は苦虫を噛み潰したような顔のお園。そのすぐ後ろに鉄砲を担いだ楓と紅葉。さらに後ろに大量の干物を抱えた大作、サツキ、桜がとぼとぼと付いて行く。
結局、俺たち三人で運ぶんなら桜が三人を呼びに行った意味はあったんだろうか? お陰でこんな目に遭うとは。大作は悔やんでも悔やみきれない。
山道を登りきると山に囲まれた細長い平地に畑が広がっていた。
「お園、いい加減に機嫌を直してくれよ。さっきのは人工呼吸の練習だったんだ」
そろそろ頭を冷やしてくれただろうか。大作は腫れ物に触るように恐々と声を掛ける。
「人工呼吸? 相模川で溺れた娘にやったあれね」
ゆっくりとお園が振り返った。刺すような鋭い視線を向けられた大作は思わず息を飲む。
もしかして地雷を踏んだのか? これは話題転換するしか無さそうだ。
「そ、それがどうかしたか? 外国だとキスなんてただの挨拶だぞ。フランスとかロシアじゃ珍しくも無いそうだ。それにチンパンジーやボノボ、牛ですらキスするらしいな」
「大佐はあそこでサツキと挨拶してたって言いたいの?」
お園が呆れ果てたといった様子でため息をつく。
でも、怒られるより呆れられた方がよっぽどマシだ。よし、これに乗っかろう。大作は再度の方針転換を図る。
「仲間内だって挨拶は大事だろ。職場での挨拶は社会人の基本中の基本なんだ」
「じゃあ大佐。桜や楓や紅葉とも挨拶したら。三人も仲間よね?」
意地の悪そうな笑みを浮かべながらお園が言い返す。こいつらとキスしても良いの? 思わず大作の頬が緩む。
その途端、名指しされた三人がぎょっとしたように一斉に大作の顔を睨んだ。
そんなに見つめるなよ、テレるぜ。大作は心の中で呟きながら三人にウィンクを返した。
「いやいやいや、挨拶ってのは荷物を抱えて道を歩きながらする物じゃ無いぞ。TPOを考えなきゃあダメなんだ。独り静かで豊かで……」
「てぃ~ぴ~お~?」
お園が呆けた顔で鸚鵡返しする。
完全に会話のペースを握ったな。大作は余裕の笑みを浮かべる。
「時間、場所、場合の頭文字だな。VANブランド創始者の石津謙が発案者らしいぞ」
「ふぅ~ん。それじゃあ私も今晩、二人っきりの時にたっぷり挨拶してもらわなきゃね」
「喜んで!」
大作がオーバーリアクション気味に反応すると、お園がようやくにっこり微笑み返してくれた。
どうやら機嫌を直してくれたらしい。一時はどうなることかと思ったが、腹を割って話せば分かって貰える物だな。大作は安堵の吐息を付く。
まあ、妹だけ手を出して姉に手を付けないっていうのもバランスが悪い。これはこれで結果オーライだ。
もう、こんな大物は残っていないから心配しなくても…… アイマイミーがいた! 愛から話を聞いた舞や未唯からキスを迫られるって展開は十分にあり得る。これは用心して掛からねば。
舞や未唯にキスする時は要注意。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。
道を少し進むと再び傾斜が強くなった。本当に山道ばかりで嫌になる。大作は何か明るい話題は無いかと……
「アッー! 今ごろ思い出したぞ。ペイ・フォワードだ。何ですぐに名前が出てこなかったんだろうな。もしかして若年性認知症だったらどうしよう」
「大佐が忘れっぽいのは今に始まった話じゃ無いわ。心配いらないわよ。ところで肝付のお殿様は如何なるお方だったの?」
酷い言われようだが本当のことなので反論できない。って言うか、お園に記憶力で勝てるわけが無いのだ。
「どこにでもいそうな普通のおっさんだったぞ。まあ、食べ物をくれるのに悪い奴はいない。ちょくちょく顔を出して仲良くしておこう」
「そう、良かったわね。それじゃあ、大佐の様がりな先途は見つかったの」
兼演のことはどうでも良かったんだろうか。いきなりお園が話題を変える。
とは言え、これは有難い。正直言って小一時間ほど話しただけのおっさんのことなんて大作にはさっぱり分からないのだ。
「大佐の先途ってどんなことなの? 私も知りたいわ」
サツキが大きな瞳を輝かせて話に食い付く。軽く肩が触れ合い、大作は思わずドキッとした。だが、その途端にお園が間に割り込む。
「疲れたでしょう、サツキ。食べ物を持つのを代わってあげるから暫くあっちに行ってなさい」
そう言いながらお園が荷物を奪うように取る。まだ根に持ってたのかよ…… 大作は心の中でぼやく。
「そ、そうだな。今回、蒲生や肝付と話してみていろんなことが分かったぞ。この時代の国人領主なんて連中は自分の目が届く範囲にしか興味を持っていない。驚くほど近視眼的でスケールの小さい奴らだ。猫の額みたいな狭い土地に拘り、独力では島津に敵うわけも無いのに支配には抗う。そのくせ国人同士で強固に手も組めない。本当にどうしようもない屑どもだ。クレマンソーが戦争について語った言葉を知ってるか?」
「誰なのそれ? 知らないわ」
「戦争は軍人に任せるには重要すぎる。彼がそう言った百年前はそうだったんだろうな。だが今や、戦争は国人に任せるには重要すぎる。まあ、もとより対島津戦には金山労働者を動員するつもりだった。問題はその後だ。常備軍か徴兵軍か。小和田先生によると信長は1560年に六、七百人の兵を兵農分離していたそうだ。総戦力の一割足らずだな。先進的だと思われている織田でもそんな物だ。ちなみにHOIでは徴兵軍は士気は低いが量の確保が容易。それに対して常備軍は士気や補給効率が高く、回復率も高い。つまり、高品質で高価格ってことだ」
お園は時々軽く頷きながら真面目に聞いてくれている。だが、くノ一連中の様子を伺うと目が死んでいるようだ。何か面白い話で興味を引かねば。大作は焦る。
「ごめんごめん。ちょっと話が逸れたな。結論から言うと島津を倒したら薩摩から所謂武士を排除しようかと思ってる。俺に言わせりゃあんな連中はヤクザと同じ非合法武装集団だ。選挙で選ばれたわけでも無いのに武力をチラつかせて偉そうにふんぞり返りやがって。年貢を毟り取るくせに社会福祉もインフラ整備もしない。奴らは社会に巣食うダニや蛆虫だ。一匹残らず駆逐してやる! 俺が目指すのは侍のいない国だ」
「加賀みたいな百姓の持ちたる国ってことかしら。でも、加賀国にも守護の富樫様がいるわよ。侍がいなくて国がやって行けるの?」
胡散臭そうな目をしながらお園が相槌を打つ。くの一連中はといえば人を小馬鹿にしたような半笑いを浮かべている。
もしかして、これっぽっちも本気にされていないんだろうか。
まあ、こんな話をいきなり信じろと言う方が無理かも知れん。大作は心の中で小さくため息をつく。
「長亨の一揆は長享二年(1488)だったっけ? 明応の政変より五年も前の話か。守護の富樫政親が自刃に追い込まれたんだよな。でも、富樫の家督や守護は大叔父の泰高が継いだ。その後、本願寺門徒の実効支配は九十年にも渡って継続する。どっちにしろ、あんなのは参考にならん」
「ふぅ~ん、じゃあどうするの?」
「侍は必要不可欠かって言うとそんなことは無い。平和な世が訪れたら職業軍人なんてリストラ対象以外の何者でも無いぞ。西南の役みたいに厄介なことになるに決まってる。従って俺は敢えて職業軍人を作らない。国民皆兵? とは、ちょっと違うけどスイスみたいに国民全員に年間十数日くらいの訓練を義務付ける。百姓も商人も関係無しだ。もちろん女もだぞ。鍛冶屋みたいな専門職は別だけどな」
「民草がみんな戦に行くと侍が世の中からいなくなるの? それって全くもって違うことじゃないかしら」
そこに気付くとは鋭いな。いやいや、お園を甘く見すぎていたか。これは真面目に答えるしか無さそうだ。
封建領主って何で没落したんだっけ。大作は記憶を辿るがさっぱり重い打線。でも、両手が塞がっているのでスマホで調べることもできない。
何とか適当に誤魔化さなきゃ。大作は頭をフル回転させる。閃いた!
「銃火器の発達によって武士とか騎士が無価値になったんだ。これからの戦は大量の兵を動員し、高価な鉄砲と弾薬を用意できるか否かが勝敗を分ける。それと、大航海時代による世界の一体化だな。価格革命や物流革命により商工業が発展する。すると物価の急騰、って言うか農産物の価値が相対的に下がる。年貢に頼った封建領主は困窮する。ばんざ~い、ばんざ~い」
「前から思ってたんだけど、その『ばんざ~い』って何なの。気になって話が頭に入ってこないんだけど」
お園の声音に少しだけ怒りの感情が籠っているのを大作は敏感に察知する。これは真面目に答えねば。
「関西のお笑い芸人は大喜利で苦し紛れのダジャレを誤魔化す時にそうやるんだ。元々は中国の皇帝が一万年も生きますようにって意味で使ったらしい。日本で使われるようになったのは明治天皇の時代だな。それ以前は民衆が天皇に声を掛けるなんて機会が無かった。話を戻して良いか?」
「仙人じゃあるまいし、一万年も生きられるはずが無いわよ」
不承不承といった顔でお園が頷く。ばんざ~いは暫く自重した方が良いかも知れん。大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。
「そんで何だっけ? そうそう、世の中から武士を一掃するんだ。島津を排除し、後任の守護も認めない。そもそも、室町幕府を認めない」
「むろまちばくふ? 花の御所のことかしら」
「幕府って言うのは武家政権を指す中国語だな。江戸中期に儒学者が使い出したんだ。この時代には単に将軍が住んでる家のことを示していたんだっけ。藩なんかと同じパターンだな。足利の公方? 大樹? 室町殿? 何だか知らんけど統治能力を欠いた征夷大将軍を承認しない。民主的な選挙で選ばれた我々が正統政府。奴らは非国家主体のテロリストだ」
みんなそろってぽか~んとしている。やっと驚いてくれた。びっくりインフレなんだろうか。最近、なかなかびっくりしてくれないので大作はちょっと焦っていたのだ。
「そ、そう。でもみんな得心するかしら。公方様がてろりすと?」
「って言うか、天皇…… 大君? 帝? この際、あれも排除しようかと思う。戦国の自衛隊で伊○三尉があんなことになったのも朝廷を軽んじたせいだろ。九十九パーセント勝利を確信したタイミングでどこの馬の骨か分からん奴が突如、錦の御旗を持って出くる。そんな超展開、神が許してもこの俺が許さん」
「天皇を弑逆奉るですって! 私たち巫女よ。そうでなくても誰もそんな恐れ多いことに手を貸さないわ」
お園が頭を抱え込んで唸る。くの一連中も視線を合わそうともしてくれない。
さすがにインパクトが強すぎたか? 大作はちょっとだけ反省した。
「そんな大騒ぎすることか? 安康天皇とか崇峻天皇だって殺されてるだろ。弘文天皇や安徳天皇だって殺されたようなもんだ。用明天皇や淳仁天皇、孝明天皇も暗殺されたって説があるな。世界に目を向けてもルイ十六世やニコライ二世、チャウシェスク大統領、エトセトラ、エトセトラだ。それに殺すのは俺たちじゃあ無い。さすがの俺だってそんなんで歴史に悪名を残したくは無いからな。ちゃんと当てがあるんだ」
「どこの誰がそんな大それたことをやるって言うの?」
大作は荷物持ちをサツキに代わって貰うとスマホで情報を探す。さすがに記憶力の限界だったのだ。
「その昔、東日本に蝦夷っていう先住民がいたのを知ってるか? 焼津で日本武尊が野原に放火したって話をしただろ。その後も蝦夷征討は繰り返された。激しい戦闘の後、延暦二十一年(801)にリーダー的存在のアテルイは坂上田村麻呂に降伏する。だが、アテルイは公正な裁判に掛けられることなく河内国で処刑された。これはジュネーブ条約の捕虜規定に違反しているんじゃね? あるいは朝廷は蝦夷を交戦者資格を持つ団体だと認識していなかったのかも知れん。ウサーマ・ビン・ラーディンの殺害みたいな物だな。日本の国内法に従って犯罪者を処刑したって立場だ」
一旦、言葉を区切って大作はみんなの顔を見回す。ギリギリ話に付いてこれているようだ。
「だったら蝦夷から見た朝廷も同じことだ。停戦に応じた蝦夷の指導者アテルイを騙し打ち同然に処刑した。これは卑劣な犯罪行為だ。七百五十年も経ったら時効だって? 倭寇に奪われたかも知れないから仏像は返さない。そんな謎理論を認める困った裁判所だって隣国にはあるんだぞ。って言うか、蝦夷から見たら京都は国外だから時効が停止してるだろ。その罪は桓武天皇の子孫、後奈良天皇に命を持って償って貰おう。この時代、アイヌは五十万人ほどいるって説もある。食料や武器弾薬を供給してやれば五万人は動員できるだろう。こいつらが最新兵器を装備して京に向かって攻め上る。wktkだとは思わんか?」
「そんなに上手く行くものかしら。蝦夷地って随分と遠かったわよね。ここから五百里はあったはずよ」
「まあ、駄目でもともとだよ。東北、北陸、北関東を引っ掻き回してくれれば十分だろ。頑張り過ぎて本当に京を攻め落とされても厄介だぞ。用が済んだら始末しなきゃならんのだからな」
とうとうお園が声を上げて笑いだした。釣られてくノ一たちも曖昧な笑みを浮かべる。
天皇弑逆なんてこの時代の人間には刺激が強すぎたんだろうか。あるいは冗談だと思われたのかも知れん。
大作は話をどう纏めるか迷う。迷った末に盛大な投げっぱなしジャーマンを決める。
「だいたい天皇がなんぼのもんじゃい。よそより長い家系図を持ってるだけじゃん。しかも光格天皇みたいなアクロバティックなことまでやっといて。お爺さんが兄弟だったなんて言い訳が通るんなら人類全体が遠い親戚だぞ。イブ仮説って知ってるか? 現世人類は十六±四万年前にアフリカに住んでいた一人の女性と血が繋がっているんだ。まあ、血が繋がってるってだけで、その女が全人類の共通祖先ってわけじゃ無いんだけどな」
「だからって帝を弑逆奉るなんてどうかしてるわ! 大佐だって皇室ネタはヤバイって言ってたじゃない! みんなも黙ってないで何か言いなさいよ!」
いつになく興奮し、腕を振り回しながら大声で捲し立てるお園に大作はドン引きする。『ヒトラー ~最後の十二日間~』かよ!
「分かった分かった。降参だ。天皇抹殺計画はペンディングな。ただし、我々に害を及ぼすとなったら話は別だぞ」
大作はあっさり引き下がる。こいつらの反発を押しきってまで殺るメリットは無い。それに、いざとなったら慶長伏見地震のドサクサにでも紛れて京都ごと焼き払えば済む話だ。
それにしても天皇の予想外の人気には驚かされた。もしかしてスカッドの干渉なんだろうか。
この時代の天皇なんて一般庶民から見たら雲の上な存在、って言うか完全に異世界の存在じゃなかったのか?
Wikipediによると当時の皇室は困窮の極みだったとか何とか。後奈良天皇なんてザビエルが驚いたほど荒れ果てた御所に住んでたそうだ。自筆の書を売って生活の足しにしていたんだっけ。
そもそも践祚して十年も即位礼を挙げられなかったとか。
なぞなぞ集を作ったらしいけど版権収入とか無かったんだろうか。紙の大量生産と活版印刷を実用化すればワンチャンあるかも知れん。
貧乏なくせにプライドだけは高かったとも書いてある。一条房冬の献金を突き返したり、大内義降の大宰大弐の任官を拒否したんだとか。なんだか面倒臭そうなおっさんだ。
まあ、どうせほっといても七年後には死んじまう。それに、ワシの歴史改変プランは二百五十六式まであるのだ。
「そんじゃあプランBだ。後南朝って知ってるか?」
「ごなんちょう? 南朝の後ってことかしら」
お園が胡散臭そうに眉を潜めた。こいつ、なかなか鋭いな。大作は素直に関心する。
後南朝という言葉は江戸末期の儒学者が作った物なので知ってるはずが無いのだ。
「That's right! 明徳三年、元中九年(1392)に明徳の和約によって南北朝合一が成った。北と南で天皇を交代で出すって約束だ。ところが卑怯にも北朝は応永十九年(1412)に後小松上皇の皇子を称光天皇として即位させた。これは重大な協定違反だ。これを蒸し返す」
「百五十年も前の話じゃない。そんなことを今さら言い出してもどうしようも無いわ」
口を尖らせてお園が不満そうに相づちを打つ。もしかしてこいつ、熱烈な皇室ファンなんだろうか。大作はちょっと不安になる。
「そんなことは百も承知だよ。そもそも和約は足利義満の独断で後小松天皇は何も知らなかったらしいな。でもそんなの関係ねぇ! 嘘も百回言えば真実になるって聞いたことあるか?」
「そんなわけ無いわ。嘘は何編言っても嘘よ」
「って言うか『命題AならB』の対偶は『BでないならAでない』だな。実際、ゲッベルスはそんなことは言っていないんだ。大きな嘘を繰り返したらみんな最後は信じるだろう、みたいなことを言ったらしいな。話を戻すけど、この問題にははっきり結論が出ている。ほかならぬ明治天皇が南朝が正統だって截断してるんだ。足利尊氏は逆賊にして大悪人。戦前の軍隊では足利出身ってだけでいじめられたらしいぞ。楠木正成や新田義貞が忠臣でファイナルアンサー。北朝はオワコン。議論の余地は無い。尊氏が逆賊なんだから現在の足利将軍の正当性も否定される」
大袈裟に肩を落とすお園を見て大作は心が折れそうになる。助けを求めるようにくの一連中に視線を送ると桜が欠伸を噛み殺していた。
もうギブアップするか。とりあえず話のオチだけは付けておこう。
「実を言うと明治天皇は明徳の和約まで否定しているわけじゃ無い。南北朝が並立していた時代の正統が南朝だと言っただけなんだ。でも、Wikipediaによると松永久秀の右筆に楠長諳とかいう奴がいたらしい。そいつは永禄二年(1559)に朝廷から楠木正成の赦免を許されたんだとか。徳川だって新田の末裔を自称してる。ってことはこの時代、世間的にも南朝を受け入れる空気はあったはずなんだ」
「それで? その後南朝の帝はどちらにいらっしゃるの?」
相変わらず固い表情のままお園が相槌を打つ。抹殺計画と違って話だけは聞いてくれるらしい。大作はほんの少し安堵する。
「文明三年(1471)応仁の乱に際して山名宗全が小倉宮御息とかいうのを引っ張ってきたそうだ。こいつを西陣南帝として擁立した。けど二年後に宗全が死んだら即用済み。文明十一年(1479)国人さんにつ~れられ~て~、い~っちゃ~った~。越前方面に行ったらしいけどそれっきり何の記録も見当たらん。他には信貴山に昭懐南朝があったとかいう伝説があるな。熊沢天皇とかはそっち系だ」
「七十年も昔の話じゃない。生きておられるはずがないわ。お孫様でも探してくるつもり?」
「適当にでっち上げるに決まってるだろ。後醍醐天皇には三十二人も子供がいたんだ。DNA鑑定できるわけじゃ無し、子孫だって言い張れば何とでもなるさ。ちなみにヨハン・セバスティアン・バッハも子供が二十人いたらしい。こっちは奥さん二人に産ませたんだから凄いよな」
とうとうお園が相槌すら打ってくれなくなった。
この話はもう駄目だ。諦めの境地に入った大作は話を締めに掛かる。
「ヒトラー総統は申された。大衆は小さな嘘より、大きな嘘の犠牲になりやすい。俺たちが騙そうとしてるのは京都の公家じゃない。九州の片田舎に住む百姓どもなんだ。高そうな着物や立派な輿を用意すればみんなコロッと騙されるに決まってる。侍が七人出てくる映画で言ってたぞ。百姓はずる賢い。でも馬鹿じゃ無い。勝ち馬に乗れると分かれば喜んで自分から騙されるさ」
大作は吐き捨てるように言う。とりあえず、こいつらが皇室フリークなのは良く分かった。
だが、目的の半分は達成できたような物だ。本当を言えば天皇抹殺なんて全然本気じゃ無かったのだ。
この話のインパクトのお陰で足利が逆賊って話がすんなり通った。
今日は話題に出さなかったが足利抹殺計画はそれほど反発されないだろう。
信長は義昭を利用して天下取りの道を大幅にショートカットした。しかし後年、そのツケに大いに悩まされることになる。
大作は同じ轍を踏むつもりは全く無いのだ。奴には興福寺の覚慶のまま消えてもらおう。
足利抹殺計画を提案する時には根回しをきちんとすること。
大作は心の中のメモ帳に書き込んだ。




