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巻ノ百拾壱 泣いて馬謖を斬れ の巻

 サツキに鉄砲を持ってくるよう頼んでから半時間が経過した。往復二キロなのでたとえ歩いたとしても、もそろそろ帰ってこないとおかしい。


 大作は不意にこみ上げた不安感に居ても立ってもいられなくなる。このタイミングでお園が裏切った可能性は低い。もちろんゼロでは無いが極めて低いだろう。

 それにチーム桜は巫女軍団では無く、大作の直轄部隊だ。もし、お園がクーデターを起こしても素直に同調するとは考え難い。


 楓と紅葉はどうだ? あんな、どっちがどっちか分からんような奴が裏切るだろうか? とは言え、ちゃんと名前を憶えなかったことで恨みを買ったかも知れん。信用できる奴なのかすら良く分からない。


 桜もしくはサツキの単独犯行、あるいは両者の共犯の可能性もある。もし二人が手を組んだクーデターなら楓と紅葉が同調する可能性は高い。

 その場合、お園に止める力は無いな。でも、抵抗して殺されるような危険も冒さないだろう。従う素振りを見せて隙を伺うんじゃなかろうか。

 クーデター派の目的が山ヶ野金山だとすると巫女軍団は敵に回したくないはず。お園を傀儡に担ぎ上げたいであろう桜やサツキの思惑とも合致する。


 問題は山ヶ野の動向だ。リーダー継承順位が二位のほのかや三位のメイは噛んでるんだろうか? そもそも首謀者は誰なんだ?

 そんなにリーダーになりたいんなら選挙の時に堂々となれよ! 大作は心の中で絶叫する。


 今すぐにでもトイレを借りる振りをして脱出すべきか? 動くなら早いに越したことはない。

 山ヶ野まで山道を早歩きで五時間ほどだ。本気で走れば二時間ってところだろうか。

 とは言え、川で別れてから一時間以上は経過している。もし、あの時点ですぐに楓か紅葉が走ってたらどう頑張っても追い付けそうに無い。


 潔く山ヶ野は捨てて東郷にでも亡命するべきなんだろうか。いやいや、金山を失った時点で詰みじゃん。

 串木野金山を当てに入来院を頼るか? でも、島津から目と鼻の先で金を掘るってどうなんだ。


 それにつけても何で一人ぼっちなんかになっちゃったんだろう。意外と有名人になったんだから常に信用できる護衛を付けるべきだった。後悔先に立たずだ。

 それはそうと、一人ぼっちって本来は独法師って書くんだっけ。どこの宗派や教団にも属さない僧侶を独法師の三界坊とか言って馬鹿にしたんだとか。

 何だか今の俺にぴったりだ。もうそれで良いか。面倒臭いからこのまま肝付に居候しようかな。

 大作は不貞腐れたように地べたにしゃがみ込んだ。棒切れを拾って地面にのの字を書いてみる。


「遅くなってごめんね、大佐。今戻ったわ」

「うわぁ!」


 突然、背後から掛けられた声に大作は思わず尻もちをつく。慌てて振り返るとサツキと桜が立っていた。


「何で泣いてるの? 寂しかったのかしら」

「な、な、泣いてなんかいないぞ。これは涙だ!」

「それは泣いておられるのでは?」


 首を傾げながら桜が半笑いで突っ込む。大作は慌てて袖口で涙を拭った。


「だから違うって! これはあれだ、あれ。泣いて馬謖(ばしょく)を斬るイメージトレーニングしてたんだ。クーデターは無事に鎮圧できたようだな。あんまり帰りが遅いから心配したぞ」

「ごめんね。弾や火薬が持ちにくかったのよ。走ったらこぼれそうになったわ」

「サツキ様が道に迷われたりせねばもっと早く戻ってこられたのではありませぬか?」


 悪戯っぽく微笑みながら桜が突っ込みを入れる。サツキも照れ臭そうに微笑んだ。もしかして桜って突っ込み担当なんだろうか。


「ほとんど一本道だろ。いったいどこで迷ったんだ? まあ、それはどうでも良いや。さっさと鉄砲を撃って帰ろう」


 大作は上機嫌に捲し立てると椀に残った白湯を一息に飲み干した。


「んじゃあ、兼演を呼んでくる。スタンバっててくれ」


 それだけ言いうと大作はきょろきょろと辺りを見回しながら小走りに駆けて行く。


「間接キス……」


 頬を赤く染めたサツキの小さな呟きは大作の耳には届かなかった。






「しからば、越前守様。まずは祁答院にて作りし鉄砲の出来栄えをご覧に入れましょう。ぽ~ん。お客様の中に鉄砲を撃ってみたい方はいらっしゃいませんか?」

「……」


 お呼びで無い。こりゃまった失礼いたしましたっ! 大作は心の中で絶叫する。

 それにしても、みんな何でこんなに消極的なんだろう。二十一世紀には金を払ってでも銃を撃ちたい奴だっているのに。


 イノベーターとアーリーアダプターを足したら十六パーセントいるんじゃないのかよ。大作は自分のことを棚に上げて呆れる。

 慎之介の時みたいにトム・ソーヤ作戦で行くか? あれはあれで面倒臭いな。もうどうでも良いや。大作は考えるのを止めた。


「サツキ、桜。お前ら撃ってみ。ほのかやメイだって撃ったんだ。あんなのに負けたくないだろ。やり方はさっきのを見てたから分かるよな」

「え~~~! 撃てるかな~」

「撃てるかなじゃねえ。撃つんだよ!」


 例によってみんなで揃って空堀に降りる。竹束、筵、土嚢。とんでもない荷物だ。

 何で現場で作らなかったんだろう。激しく後悔するが後の祭りだ。

 みんなの手前、大作は一番重そうな土嚢を運ぶ。こんな阿呆みたいに大きく作るんじゃなかった。人生でこんな重い物を持ったのは初めてかも知れん。

 足元に注意して転びそうな急斜面を降りるとようやく重い荷を降ろす。


「ねえ大佐。空堀に降りてから叺に土を入れれば良かったんじゃないの?」

「何でお前は着いてから言うんだよ!」


 とうとうサツキにまで突っ込みを入れられた大作は逆ギレする。アホになる魔法でも掛けられてるんだろうか。まあ、今に始まった話じゃ無いか。


 空堀の奥にターゲットとなる廃材を設置する。


「そんじゃあ撃ってみ。間違っても人だけは撃たないよう注意しろよ」


 サツキと桜が並んで準備を始めた。まずは火薬を量って銃口から流し込む。次に麻布を取りだして口に入れる。


「ぺっぺっぺ~」

「いやいや、それは真似しないで良いから」


 銃口に当てて弾を乗せ槊杖で押し込む。火蓋を開けて火皿に口薬を盛る。火蓋を閉じる。火縄に火をつけて火挟に挟む。


「これを実戦では十五秒でやらなきゃならん。まあ、お前らは実戦には出ないけどな。構え、狙え、撃て!」


 轟音で耳がキーンとする。また耳栓を忘れてた。何ですぐに忘れちゃうんだろう。大作は心の中のメモ帳に赤字で大きく書き込んだ。

 もうもうと立ち込める白煙が風に流されて徐々に薄れる。


「やったか!?」

「何をやったの?」

「人類史上最強の生存フラグだな。っと思ったら当たってるぞ。お前ら凄いな」


 大作は廃材で作った的を取りに走って行く。

 もちろん、その前に二人の銃に弾が残っていないことを確認した。万が一にも後ろから撃たれるのは真っ平なのだ。

 厚さ三センチほどの杉板に二枚目まで貫通し、三枚目にめり込んでいた。


「この鉄砲。筒は短こうございますが威力も命中精度…… 何だろ? 遠くの的に当てることを何て言う?」


 助けを求めるようにサツキと桜に視線を送るが二人とも首を傾げている。

 さすがに見るに見かねたのだろうか。兼演が助け船を出す。


「いやいや、この鉄砲が伊集院の物に負けておらんことは良う分かった。されど、大佐殿の作られた竹束や濡れ筵とやらで真に弾が止められるのかのう」


 半笑いを浮かべる兼演に大作はカチンとくる。これは派手なパフォーマンスが必要だな。


「まだ、お疑いにござりますか? しからば、拙僧が己が身をもって証しを立てましょうぞ。向こう側に立ちまする故、鉄砲を撃ち掛けて下さりませ」

「え~~~! そんなことして大事無いかしら。もし弾が当たって(きず)でも被ったらどうするの?」


 サツキが大袈裟に驚く。桜も呆れているようだ。大作は声を落として囁いた。


「火薬の量を半分に減らしてくれ。それと槊杖で突く時に力を抜くんだ。念のため俺は向こうでしゃがんでるから胸くらいの高さを狙ってくれ」

「大佐殿、()べて聞こえておるぞ。左様な無体をせずとも良い故、早う撃って見せて進ぜよ」


 何が面白かったのか知らんけど兼演が歯茎を見せて笑っている。


 そこまで笑わんでも良いのに。って言うか、笑ったときに上の歯茎が見えるのをガミースマイルって言うんだっけ。ロナウジーニョは整形手術で治したってネットで見た気がする。

 歯列矯正、外科手術、ボトックス注射など治療方法はいろいろだ。一部に健康保険が使える場合もあるらしい。

 とりあえず、笑う時に手で口元を隠したらどうなんだ。まあ、死ぬほどどうでも良いか。大作は考えるのを止めた。




 やる前から分かっていたことだが竹束は弾を通さなかった。やはり丸い鉛弾の貫通力は知れている。電話帳やティッシュ二箱で何とかなるくらいだろうか。

 濡れ筵も二枚目を貫通するのがやっとのようだ。三枚目に当たった弾が地べたに転がっている。


 最後に土嚢にも撃ち込む。だが、こんな物を貫通するなんて誰も思ってもいない。

 もしかしてテストする必要無かったんじゃね? そうか! テストの順番を逆にすれば良かったんだ。後悔するが後の祭りだ。


「天晴れじゃ。流石は音に聞こえし大佐殿。見事な才物なり」


 兼演が大袈裟なリアクションを取った。まあ、こんな物で良いか。大作は話を纏めに掛かる。


「ご覧のような結果となりました。重要なのは侵徹体と装甲の衝撃インピーダンス。密度×衝撃波速度にございます。弾を防ぐには一枚の厚い板よりも複数の薄板が宜しいそうな。間を開けて引っ張り強度の優れた柔らかい物や砂など挟んでみられませ。一番手前には展延性に優れた銅の薄板を張るのが宜しかろう」


 やることはやった。長居は無用だ。大作は揉み手をしながら満面の笑みを浮かべた。


「この鉄砲二丁、お近づきの印に献上仕ります。ご笑納下さりませ」

「そは真か。して、大佐殿の本意は何じゃ」


 どいつもこいつも似たようなことを言いやがって。こんな奴、真面目に相手するだけ時間の無駄だ。大作は心の中でため息をつく。


「ハーレイ・ジョエル・オスメント主演の何とか言う映画がありましたな。誰かの親切を受けたら別の三人に親切にしろとか何とか。みながこれを繰り返せば親切の輪が世界中に広がって行くことにござりましょう。タイトルは何でしたかな? 監督がミミ・レダーだったのは覚えておるのですが……」


 何故だ? まるで記憶にプロテクトが掛かったかのようにまったく重い打線!

 ハーレイ君と言えばブルース・ウィリスと共演したアレにも出てたっけ。フィフス・エレメント…… じゃなかった、シックス・センス。

 あの可愛い少年が大人になったらぽっちゃりしたおっさんになってしまうとは。時の流れは恐ろしい。


 それはそうと鉄砲セールスもちゃんとやっておかねば。大作は蒲生範清に言ったことを思い出す。


「ちなみにこれは商品サンプルにございます。試しにお使い頂いて、お気に召しますれば是非ご注文下さいませ。一丁、銭四貫九百九十九文。ご注文が百丁を超えた場合は銭三貫九百九十九文となっております。送料は勿論、当方が負担致します。ただ今、ご注文が殺到しております故、納期が長めとなっております。ご注文はお早めにお願い致します」

「さ、さんぷるか。よう分かった」


 自信満々の顔で頷く兼演。でも、こいつ絶対に分かってないんだろうな。まあ、真面目に説明しなかった俺が悪いんだけど。大作はちょっとだけ反省した。


「ところで早速ですが恩返しをお願いしても宜しゅうございますか。食べ物を少しばかりお恵み下さいませ。できますれば、あまり嵩張らず、珍しい物をお願いいたします」


 鉄砲二丁と防弾装備に関する技術を供与したんだ。食い物くらい無心しても罰は当たるまい。


「和尚は他の者に情けを掛けよと申さなんだか?」

「いやいや、拙僧ではございませぬ。こちらのサツキと桜にお願いいたします」


 大作は余裕の笑みで返す。兼演はまた歯茎を剥き出しにして爆笑した。


 待つこと暫し。次々と食べ物が集まってくる。

 干し柿、干し鮑、干し椎茸、干し鰹、干しアンズ、エトセトラ、エトセトラ。干物ばっかりかよ!

 なんだか芥川龍之介の芋粥みたいだ。一つひとつ持ち寄られた干物が(うずたか)く積みあがって行く。そのたびに膨らむ漠然とした不安に大作は押し潰されそうになる。

 まあ、生鮮食品じゃ無いから傷む心配はいらないか。そうだ、山ヶ野の土産にもなる。大作は無理矢理に自分を納得させた。


「有り難き幸せ。越前守様に神の御加護があらんことを」

「お、おぅ」


 胸の前で十字を切る大作を見て兼演が不思議そうな顔をする。そう言えば、プロテスタントは十字を切らないんだっけ。全然関係無いけど。

 持ちきれないほどの食料を抱えて大作、サツキ、桜は加治木城を後にした。






 山城を降りた大作たちは西に向かって帰路につく。すでに川を渡ってから二時間近く経っている。お園が心配してるんじゃなかろうか。

 そんな大作の気持ちを読んだのだろうか。サツキがちょっと遠慮がちに口を開く。


「きっとお園様が待ち侘びてるわよ。荷物は私たちが持つから桜は先に走って帰ってくれるかしら」

「ちょっと待てよ。今でも持ちきれないほどなんだぞ。そうだ、桜が三人を呼んでくれば良いんじゃね?」

「心得ました。みなを呼んで参ります故、ここでお待ち下され」


 あっと言う間に桜が走り去った。それを見送った二人はその場に座り込む。途端にサツキが距離を詰めてくる。


「ねえ大佐。肝付は敵なのよね。鉄砲の弾を妨ぐる技を教えて良かったの?」

「しまった~~~! 忘れてたぞ~」


 大作は大声を上げて頭を抱え込む。と、見せかけてにっこり微笑んだ。


「な~んてな。冗談だよ。本当を言うと竹束や筵なんて何の役にも立たないんだ。二十一世紀じゃあんな物を使ってる奴はいないぞ。トカレフみたいにスチールのコアを軟鉄ジャケットで包んでやればNIJ基準3Aのボディーアーマーだって貫通する。それでも駄目ならAPFSDS弾だ」

「そうなんだ。でも、鉄砲をあげちゃって良かったの? 私たちに向かって撃ってくるかも知れないのよ」


 まだサツキは不安そうな表情を崩さない。きっと忍者っていうのは心配性じゃないと生き残れないんだろう。


「史実だと四年後に肝付と戦うことになるな。でも、その未来は確定していないんだ。引っ繰り返せんこともないだろう。鉄砲や技術供与はそのための餌だ。肝付兼演だって病気には見えなかっただろ。あのおっさんは天文二十一年七月四日(1552年7月25日)に五十五歳で死ぬんだけど同じ日に正室も死ぬ。こりゃあ貴久が怪しいだろ? だったら積極的に干渉することで死亡を回避、味方にできるかも知れん」

「かも知れないなんて…… もし敵に回ったら大事よ。戦うかも知れない相手に鉄砲を売るなんてどうかしてるわ」


 真剣な顔のサツキを見て大作は感動すら覚える。こいつ本気で心配してくれてるんだ。だったら真面目に答えてやらねば。


「ごめんごめん。どうやら認識にズレがあったみたいだな。実を言うと鉄砲なんて音がでかいだけで戦では何の役にも立たないんだ。小和田先生からジェイムズ・F・ダニガンまでみんな口を揃えて言ってるぞ。千丁の鉄砲が一斉に火を吹いても死傷者はたったの五人。七発撃ったら滓が詰まり、十発ほど撃つと熱くなる。こんな物で戦に勝てたら世話が無いぞ。機関銃でもあれば話は別だけど火縄銃くらいじゃあどうにもならん。まあ、そのうち機会を見つけて集合教育で教えてやろう」

「それって本当の話なの? それじゃあどうして大佐は鉄砲なんて売り歩いているのかしら」

「何でだと思う。考えてみ」


 大作は馬鹿にしていると思われないよう注意しながらギリギリの線で挑発的な笑みを浮かべる。サツキが眉を顰めて考え込んだ。


「分からないわ。降参よ。教えてちょうだい」

「ダニガンの本にこんな話がある。1906年から1945年に掛けて全世界で百七十隻もの戦艦が建造された。二十一世紀換算で三千億ドルもの金額が費やされたそうだ。今風に言うと銭二、三億貫文ってところかな。ところが戦艦同士の砲撃戦はほとんど起こらなかった。全期間を通して五十五隻の戦艦が沈んだらしいが戦艦に沈められたのは僅か五隻にすぎない。二割弱は事故で沈んだ。潜水艦や魚雷艇などに沈められたのは一割。四割ほどの戦艦は航空機に沈められたらしい」


 サツキがぽか~んと口を開けているが大作は気にせず進める。まだ俺のターンなのだ。


「みんな何でそんな役に立たない物に大金を投じたのか。それは敵も同じ物を持ってるからだ。戦艦の攻撃力は馬鹿にできん。敵だけがそれを持っているというのは怖いぞ。鉄砲も似たような物なんじゃね? とにかく、俺たちは粗悪な安物の鉄砲を量産して何千丁も装備する。敵は真面目にマトモな鉄砲を高い金を払って購入する。無謀な軍拡競争の果て、SDIに対抗したソ連みたいに巨額の軍事負担に耐え切れなくなって財政破綻する。ばんざ~い、ばんざ~い」

「そんなに上手く行くものかしら」


 口ではそんなことを言っているがサツキの顔に笑顔が浮かぶ。もしかしてマトモに相手をするのが阿呆らしいと思われたのかも知れん。

 だが、続く言葉に大作は心臓を鷲掴みにされたような気持ちになる。


「ねえ大佐。メイと口吸いしたそうね」

「ぎくぅ!」


 あの馬鹿! 普通、姉にそんな話をするか? いったい何を考えてるんだ。大作は言い訳を考えて頭をフル回転させる。


「あれはあれだ。その、吊り橋効果? 危機的状況で結ばれたカップルは長持ちしないとか何とか。いやいや、別にメイとはカップルじゃ無いけど」

「匍匐前進大会の時に言ったわよね。勝ったら何でも言うこと聞いてくれるって」


 サツキがさらに近付いて肩にもたれ掛かる。首筋に熱い吐息を感じて大作の心拍数が一気に跳ね上がった。


「そ、そんなこと言ったっけ? 豪華賞品じゃなかったかな。そうだ、この食べ物を好きなだけ食べて良いぞ。それとも他に欲しい物があるか? 何でも言ってくれ」

「私、大佐と口吸いがしたいわ。豪華賞品はそれにしてくれるかしら」


 いったい何が起こっているんだ。こんな唐突にイベントが始まるとは。熱っぽい瞳に真正面から見つめられた大作は動揺を隠しきれない。

 妹に先を越された対抗心か? それとも最終回騒動を有耶無耶にするためのテコ入れか? それにしてもあまりにも行き当たりばったりな展開だ。

 その背後にはスカッドの存在が見え隠れしているような気がしないでもない。おのれスカッド、よくもこの俺を謀ったな!


 このさい、一気に関係を深めるべきか? でも、こいつとキスしたら愛に続いて五人目にもなるぞ。ヒロインは三人までって言うしな。

 サツキはといえば瞳を閉じて唇を突き出している。ここでキスを拒んだらプライドを傷つけるんじゃなかろうか。もう、どうにでもなれ~! 大作は考えるのを止めた。


 そっとサツキに顔を近づけ、やさしく触れるように口付ける。こんな物で良いだろう。大作は一瞬で唇を離そうとした。

 だが、サツキの腕が大作の背中に回り、ガッチリとホールドして離さない。


 まいったな~ もてる男は辛いぜ。大作は心の中で呟いた。しかし次の瞬間、サツキの肩越しに見えた光景に肝を冷やす。

 そこには桜、楓、紅葉を引き連れたお園が仁王立ちしていた。


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