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巻ノ百拾 サツキテ の巻

 加治木城へ細く長く曲がりくねった山道が伸びる。そこを日本在来の小さな馬が登って行く。

 その背中には(むしろ)が掛けられ藁縄で左右に重そうな材木がぶら下がっていた。

 ゆらゆらと揺れるその材木を大作とサツキが左右から支えている。


「右側を選んで失敗したな。右利きだとこの体勢は辛いぞ」

「私と替わろうか? 大佐」

「道が狭うて難しゅうございます。もう半ばを過ぎておりますれば、このまま一息に登りましょうぞ」


 せっかくのサツキの申し出を馬子が切り捨てた。大作は攣りそうな腕を庇いながら恨めしそうに唇を噛む。

 何で手伝うなんて言っちゃったんだろう。激しく後悔するが後の祭りだ。


 もし馬が足を滑らせて下敷きにでもなったら大怪我では済まんぞ。

 どうせ個人事業主だろうから労災も使えないんだろう。って言うか、労働災害って健康保険も使えないんじゃ無かったっけ?

 労災保険の特別加入制度を使えば最低限の補償が受けられるのかも知れんけど。

 いやいや、それは個人事業主だけだろう。小遣いも貰わずにボランティアをやっている俺たちには何の補償も無いんだ。絶対に怪我するわけにはいかん。


 そんなことを考えているうちに大作たちは坂を登り切る。

 シラス台地の上には空堀があり、周りを見回すと(くるわ)がいくつも広がっていた。道の先にはさらに十メートルくらいの高台が東西に幾つも並ぶ。


「此方は二ノ丸にございます。この荷は西ノ丸まで運びます故、ご同行下さいませ。白湯でも振る舞いましょうぞ」


 馬子が振り返って笑い掛ける。大作は肩で息をしながら力なく頷いた。


 台地の上は比較的平坦に見える。だが、本丸を通り過ぎて西ノ丸まで二百メートル以上はあった。反対側にも高城と松尾城が建っているらしい。

 地図上では小っちゃく見えたので馬鹿にしていたが実際に登ってみると凄い城だ。加治木城侮り難し。

 幅の広い堀切を通り抜けると一段低い西ノ丸にようやく辿り着いた。体力の限界をちょっと超えていた大作はその場にへたり込む。


「すぐ戻ります故、此方でお待ち下され」


 馬子は積み荷を降ろすためそのまま奥の作業場まで進んで行く。大作は力なく愛想笑いで答えた。


 あの馬子が実は肝付兼盛だったりして。いくら何でもそんな馬鹿の一つ覚えみたいなワンパターンは無いだろうか?

 とは言え、繰り返しはギャグの基本だ。油断はできん。もしそうだったらどんなリアクションを取るか考えておかねば。


 眉間に皺を寄せて首を捻る大作にサツキが微笑みかける。


「大佐、此れしきでくたびれたの? そんなんでこの先、大事ないかしら」

「俺は頭脳労働専門なんだよ。色男、金と力はなかりけりって言うだろ」

「そ、そうかしら。私には分からないわ」


 サツキが急に頬を赤く染めて顔を背ける。何か変なこと言ったっけ? 大作は後悔するが例によって後の祭りだ。

 しばらくすると馬子が戻ってきた。両手に持った粗末な椀を差し出してくる。


「お坊様、巫女様。此度はお骨折り頂き、有り難きことにござります。何もござりませぬが、白湯でも飲んで休ませ給へ」

「これはこれは(かたじけの)うござります」


 大作は立ち上がって頭を下げると椀を受け取った。湯気を立てている白湯は見た目にはマトモそうだ。直ちに人体や健康に影響を及ぼすとは思えない。

 せっかく入れてくれた物を飲まないのも失礼だろう。思い切って口を付ける。


「熱っう! あっちっち~~~!」


 大作は犬みたいに舌を出してハァハァと大袈裟に息をした。その様子にサツキも思わず苦笑する。


「もう、大佐ったら。熱いから用心しないと。ちょっと赤くなってるわ」

「俺は猫舌なんだよ。ラング・ド・シャなんだ。ちなみにドイツ語圏ではカッツェンツンゲって言うと棒みたいなチョコレートだぞ」


 そんなやり取りを横で見ている馬子の顔にも笑みが浮かぶ。だが、唐突に顔色を変えて(ひざまず)いた。

 何だ! 何が起こったの? 呆気に取られる大作を放置してサツキも慌てたように跪く。

 わけが分からないよ。大作も小さくため息を付きながら跪いた。


「苦しゅうないぞ、和尚。腰を上げられよ。巫女も顔を見せられよ」


 背後から複数の足音が近付く。なんだよ、そういうことか。どうやら現場監督か何かだな。大作は勝手に状況を推測する。

 こんなところに長居は無用だ。深々と頭を下げたまま中腰まで立ち上がると揉み手をしながら卑屈な笑みを浮かべた。


「勝手にお邪魔して申し訳ござりませぬ。馬子殿のお言葉に甘えてつい長居してしまいました。すぐにお暇いたします故、お許し下され」

「おや、もしや和尚は大佐殿ではござらぬか?」


 何だと! 俺たちの冒険もここまでか! いやいや、こんなのピンチのうちに入らん。得意のトークスキルで切り抜けるぞ。

 大作は一つ咳払いをすると老人みたいなしわがれ声を作る。


「どなたかとお間違えにはござりませぬか? 大佐などと言うお名前は初めて耳にいたしました」

「そは真か? 巫女を伴った僧など、そうはおられぬぞ。そちらの巫女はお園と申されるのではござらぬか?」


 現場監督はなおも食い下がる。いや、良く見ると初老の男は腰に刀を差していようだ。もしかして偉い侍なんだろうか。

 それにしても何てしつこい奴だろう。大作は心の中で毒づきながらも必死に笑顔を浮かべる。


「こちらはサツキと申します。お園はもっと背が低うございますぞ」

「ほほう、大佐殿を知らぬと申されるが、お園はご存じなのか?」

「ぎくぅ!」


 まさかこんな初歩的な手に引っ掛かってしまうとは。この爺さん、職務質問技能指導員になれるんじゃね?

 大作は思わずサツキに助けを求めるような視線を送る。だが、凄腕のくノ一もこの状況を打開するのは難しそうだ。小さく縮こまって視線を泳がせている。


 青い顔をして震え上がる二人を見かねたのだろうか。男はにっこり笑うと大作の肩を軽く叩いた。


「何も取って食おうと言うておるのでは無いぞ。儂は越前守じゃ。音に聞こゆ大佐殿なれば、何ぞ有難いお話でも聞かせては貰えぬか」

「え、え、越前守様とは存じ上げず大変なご無礼を致しました。平にご容赦くださりませ」


 またかよ! 何か知らんけど最近こんなんばっかしだな。大作は心の中でぼやく。もう、どうでも良くなってきたぞ。


「されど拙僧は断じて大佐ではござりませぬ。越前守様はアノニマスという名を耳にしたことはござりませぬか? 『名前の無い』という意味のギリシャ語にて、詠み人知らずのごとき物と思し召せ。名を捨てて実を取る。名前など、ただの記号にすぎませぬ。クハとかモハとか」

揮毫(きごう)?」


 効いてる効いてる。いや、本当に効いてるのか? 分からん。どうにでもなれ~! 大作はリミッターを解除した。


「時に越前守様。昨年は大戦(おおいくさ)にござったそうな。事の起こりは如何なる(よし)にて?」

「そうじゃのう。今にして思えば紀伊守の口車に乗せられたのじゃが。いやまて、そもそも薩摩守や陸奥守に…… よくよく思ひ見れば全ては日新公の謀じゃったのかも知れんのう」


 兼演が首を傾げて考え込む。顎髭を手で扱きながら眉間に皺を寄せている。そんな真剣に考えるようなことなんだろうか。

 それはそうと誰が誰だって? 大作はその隙に紀伊守に関してスマホで調べた。


 年代から考えて本田薫親(ただちか)って言う清水城の城主らしい。例によってWikipediaに項目も無い、生没年不詳の人物だ。

 元暦二年(1185)に惟宗忠久(これむねのただひさ)って奴が島津荘下司に任じられたそうな。島津氏の始祖だ。

 源頼朝が後白河法皇に守護・地頭の設置を認めさせた年だから、その関係だろう。

 その際に代官として現地入りしたのが家臣の本田貞親だったらしい。

 それ以来、本田氏は代々に渡って島津の重臣を勤めた。にも関わらず薫親は天文十七年(1548)に唐突に謀反を起こす。その理由はさっぱり分からない。

 こいつの話は引っ張らない方が良さそうだ。大作の直観がそう告げる。


 薩摩守と言えば無賃乗車の代名詞だ。とは言え、いま話題になってるのは平忠度(ただのり)のはずが無い。

 島津実久(しまづさねひさ)だとすると祁答院良重の奥さん(虎姫)の父親にあたる。

 確か薩州家の実久が島津宗家を乗っ取ろうとしたら勝久が反発して伊作家の貴久を養子にして家督を譲っちゃったんだっけ? 怒った実久が貴久を追っ払って勝久を現役復帰させる。だけど、勝久は超が付くほどのバカ殿だったらしい。天文四年(1535)に実久に追っ払われる。

 この時点で実久は守護職に就き、天文六年(1537)ごろまでその地位にあったっぽい。

 天文六年(1537)五月上旬に忠良(日新斎)は実久と会談したそうだ。その際、領土交換を条件に実久が守護であることを認めるとの提案を行ったが合意は得られなかったんだとか。

 ここでもし実久が同意していればその後の歴史はどうなっていたんだろう。

 大作は想像して吹き出しそうになったが我慢する。歴史にifは無いのだ。


 陸奥守は島津勝久だろう。島津宗家の当主は代々陸奥守を称していたとか何とか。


 要するに実久と勝久のゴタゴタで家臣団が混乱して巻き込まれたって言いたいんだろうか。

 まるで第二次大戦に巻き込まれた小国みたいだ。いや、全然違うのか?


「異星人が攻めてきたら人類は一致団結できるとか申された方がおられたそうな。されど、蒲生や祁答院とは一枚岩には行かぬようですな」

「随分と呑気な話じゃな。欠伸がでそうじゃぞ。肝付の家中ですら纏まらぬと言うに」


 大作のいじわる質問に苦虫を噛み潰したような顔で兼演が答える。このおっさん、自分が団結の足を引っ張ったって自覚はあるんだろうか。


 それにしても、何て面倒臭い奴らなんだろう。忠良が日新斎になったり、忠兼が勝久になったり、薩州家だの伊作家だのややこしくてしょうがない。

 大作は歴史改編妄想が大好きだ。でも、いまさらだけど本音を言うと日本史は大嫌いなのだ。

 ナチスの高官や軍人の名前ならいくらでも覚えられるけど、興味が無いことはさっぱり頭に入ってこない。


 ならぬことはならぬものです。しょうがないじゃんか! 大作は心の中で逆切れするが決して顔には出さない。

 大きく深呼吸すると無理やり笑顔を作った。


「して、越前守様。戦の敗因は何にございましょう。拙僧がお手伝い致します。一緒に考えてみませぬか?」

「はいいん?」


 呆けた顔で兼演が鸚鵡返しする。食い付いた! 大作は心の中で雄叫びを上げる。


「Cause of defeat? 敗れたるは如何なる(よし)にて? なぜなぜ分析してみましょうぞ」

「なぜと申されてもな。伊集院の火計に()まって陣を乱されたのじゃ。今、思うても(はらわた)()つ心地じゃぞ」


 とりあえず一つ目のなぜが出た。なぜなぜ五回だと、これをあと四回も繰り返さなければならんのか。

 心底悔しそうな兼演の顔を見るにつけ、大作は急に面倒臭くなる。なぜなぜ三回で良いか。


「それでは、なぜ腸が絶つ心地に…… いやいや、こっちじゃ無いな。なぜ、火計に嵌って陣を乱されたのでしょう? 防火体制に不備があったのでは?」

「ふび? 備えはしておったのじゃが折からの秋風に煽られてのう。いや、顧みれば黒川崎にて陣を張ったのからして間違いじゃった」

「さすれば、なぜ黒川崎に陣を張ったのでございますか?」


 もう、次の答えがファイナルアンサーで良いや。大作は会話を打ち切る切っ掛けを求めて相槌を打つ。

 だが、兼演は大作の問いを無視して予想外の答えを返す。


「鉄砲じゃ。一町ほど離れて陣を張った伊集院が鉄砲を撃ち掛けてきおった。あれには参ったぞ。そうそう当たる物では無いが掻楯(かいだて)や鎧を容易く貫きおる。雷鳴(かんな)りの如き響きもあって兵が怖ぢ恐って戦にならなんだ。為に戦は冬まで便便と続き、田畑は散々じゃった」

「さ、左様に御座いますか」


 やった~! やはり島津方はすでに鉄砲を実戦で使っていたんだ。これでハーグ陸戦条約第二十三条を気にせず鉄砲を使えるぞ。

 それはそうと、風が吹けば桶屋が儲かるかよ! きっと論理的思考のできない人なんだろう。大作は自分のことを棚に上げて呆れる。

 とは言え、渡りに船だ。これに乗っかろう。工具箱にハンマーしかないと、あらゆる問題は釘に見えるのだ。


「では越前守様。お近づきの印に良いことをお教えいたしましょう。鉄砲をご用意下さいますか?」

「無い。あんな物、一丁や二丁では役に立たん。とは申せ、数多く揃える金も無いのじゃ」


 開き直りかよ! 鉄砲のせいで負けたって言うんなら入手して研究しようとか思わないんだろうか。向上心の無い爺さんだ。大作は心の中で毒づく。


「では今回は拙僧がご用意いたしましょう。一つ貸しにござりますぞ。サツキ、一っ走り頼めるか。鉄砲を一丁…… いや、二丁持ってきてくれ。もちろん弾や火薬もだぞ。一人じゃ重いな。桜にも手伝って貰え。なる早で頼む」

「なるはや?」

「なるべく早くって意味の死語だ。時代遅れの業界人みたいで格好良いだろ。ASAPは命令っぽくて偉そうだから使いたくないんだ。まあ、本気で急がなくても良いけどな」


 にっこり笑って風のようにサツキが走り去った。それを見送ると大作は兼演に向き直って頭を下げる。


「あちらにある竹の切れ端を一抱えほど頂けますかな。それから板の切れ端を少々。襤褸(ぼろ)で結構ですので筵を何枚か。(かます)と藁縄もお願い致します」

「心得た。誰か有る。和尚の申された物を支度せよ。其の方も合力せよ」


 いきなり手伝いを命じられた馬子が目を白黒させている。とばっちりも良いところだ。大作は軽い罪悪感に苛まれた。


「お手を煩わせて申し訳ございません。お名前を伺っても宜しいかな?」

「与作にございます」


 残念。こいつはラピュタの一員じゃ無いようだ。大作はちょっとだけがっかりした。


「トントント~○ですな」

「とんとん○~ん?」


 いくらJASRACでもこれに請求はしてこないだろう。それはそうとトントン○~ンは女房の方だっけ。大作は自分で自分に突っ込んだ。




 大作は地面に置いた藁縄の上に竹を並べる。続いて隙間に泥を詰め、筵で仕切った。その上にまた竹を並べて泥を詰める。これを一抱えするほどの大きさになるまで繰り返す。最後に何本もの藁縄でしっかりと縛って完成だ。

 竹束がいつごろ発明されたのか定かでは無い。だが、秀吉の播磨攻めの際、別所長治がこれを知らなかったって話だ。兼演がこれを知っている可能性はゼロだろう。


「これがかの有名な竹束にございます。拙僧なりのアレンジを少々加えてみました。甲斐武田の誰だっけ? 名前は忘れましたが武田家の重臣が思いついたそうな。竹なので火で攻められると燃えてしまいますが、濡らした筵でも巻けば何とでもなるでしょう」

「このような仕掛けにて鉄砲弾を(さまた)ぐと申されるか?」

「That's right!」


 思いっきり胸を張り、自信満々で答える。でも、本当にこんなんで大丈夫なんだろうか。大作はちょっとだけ不安になる。

 ナントカの泉で.45ACP弾をティッシュに撃ち込む実験があったっけ。確か二千三百枚くらい貫通したはず。三匁半と.45APCの弾丸重量は同じくらいだ。初速は火縄銃の方が速いけど丸い鉛弾は貫通力に劣るはず。たぶん大きな違いは無いだろう。

 まあ、駄目で元々だ。今回は廃材を使ってるからシャボン玉や風船と違って原価はタダだし。


「次は濡らした筵を使った空間装甲をお目に掛けましょう。忍たま○太郎で濡らした布で鉄砲弾を止める話を見たことがございます。布は勿体無いので今回は筵で代用いたします。竹で支柱を立て、一尺ほど間を置いて三枚ほど吊りましょう」

「然りとも筵で弾を妨ぐるは余りに非道じゃろう」

母衣(ほろ)で矢や石を防ぐのと同じにございます。あんな薄い布切れで矢が防げるんなら濡らした筵が三枚もあらば弾が防げても不思議ではござりません。まあ、試してみましょう」


 兼演の『母衣ってそんなことのためにあったんだ~』って顔を見て大作は吹き出しそうになる。

 そう言えば、騎馬武者が矢を射掛けるなんて戦闘スタイルは南北朝時代には廃れていたそうだ。この時代には単なるファッションアイテムなんだろう。


「最後は土嚢にございます。まあ、これは叺に土を入れるだけですが。塹壕と組み合わせれば効果的な野戦陣地を短時間で構築可能です」

「ほほう。これならば弾を妨ぐことも叶うじゃろうな。然れども戦場にてこのような物を作るは大層な骨折りじゃぞ」

「シャベルやスコップ、円匙(えんぴ)といった穴掘りに適した道具がございます。ちなみにJIS規格では足を掛けるところの付いたものショベルと申します。スコップはオランダ語。円匙は先が刃のように鋭くなっております。今回は塹壕は掘りませんが、兵には普段から手早く穴を掘る稽古をさせねばなりません。腰くらいまでの穴を掘り、その土を積み上げれば胸まで隠れる塹壕を作ることが叶います」


 まあ、機関銃が無い時代に塹壕戦は無いか。とは言え、攻城戦なら使えるかも知れん。いやいや、この時代の日本には山城しか無い。やっぱ、使えそうも無いな。

 史実では野戦で塹壕を使うようになったのはライフルが普及した南北戦争やクリミア戦争からだ。敵が遠距離から撃ってこないならバリケードの手前に伏射ちで十分か。大作は考えるのを止めた。




 大作は土嚢に座り込んでくノ一コンビの到着を待つ。さっきの白湯を一口啜ってみるがすっかり冷めきっていた。そろそろ半時間になるがサツキはまだ帰ってこない。

 まさか裏切ったとは思いたく無い。だけど、いくら何でも遅い気がする。途中で何らかの事件や事故に巻き込まれたのかも知れん。そろそろ、その可能性を考えねばならないタイミングだろう。


 今の大作にはスマホしか無い。充電器すら預けてきたので電池が切れたら一巻の終わりだ。どげんかせんといかん。

 だが、これくらいのピンチは想定している。ダニエル電池の作り方やUSB Micro-Bコネクタのピンアサインなど最低限の情報は耐水紙に縮小印刷してあるのだ。

 とは言え、ダニエル電池を作るにも亜鉛が必要になる。駄目じゃん! 大作はがっくりと項垂れた。


 いやいや、硫酸なら作れんことも無いから鉛蓄電池を作ろう。充電するための直流発電機だってゼノブ・グラムの環状ダイナモくらいなら作れるだろう。銅線は東郷で作ってるはず。

 電圧計も原理自体は簡単な物だ。問題は目盛りどうやって付けるかだな。一ボルトというのは元々はボルタ電池の起電力を基準にしていたらしい。ちなみに実際には1.1ボルトくらいになる。


 いや、だから亜鉛が無いんだって! 大作は心の中で絶叫する。

 こんな目に遭いたく無いからひみつ道具にソーラーバッテリー式デジタルテスターも入れておいたのに。

 このままだとスマホを充電するだけで何年掛かるか分からんぞ。大作は頭を抱え込む。


『サツキ 慌てて走らず 早歩きで そんで早く俺を 助けにきて!』


 大作は西の空に向かって心の中で絶叫する。しかし、待てど暮らせど答えは返ってこなかった。


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