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巻ノ百伍 楓と紅葉 の巻

 大作たちは小さな集落を通り抜けて再び山道を登って行った。

 お園にイエローカードを出されたような気がしてならない大作は極力、無駄口を自重する。

 会話が無いと間が持たないと思ったのだろうか。お園はアルプス一万尺を歌ってくノ一たちに教えた。


「大佐から教えて貰った時には気が付かなかったけど随分と妙な歌ね。キスって口吸いだし、ラブレターって恋文のことでしょう?」


 二十九番まで歌い終わったお園が悪戯っぽく微笑んだ。


「それは気にしてもしょうがないよ。前にも言ったけど、この歌にはもともとイギリス人がアメリカ植民地軍をからかった歌詞が付いていた。それを独立戦争の時に植民地軍が勝手に全然逆の歌詞を付けちゃったんだ。イギリスでは1710年にアン女王が出版物の版権を保護する法律を作った。でも、ベルヌ条約は1886年だから独立戦争より百年以上先だろ。しかもアメリカのベルヌ条約加盟は1996年だからそれまでは著作権登録を必要とする方式主義だったんだ」

「好きなように替え歌が歌えるなんて羨ましいわ。私たちには真似できないわね」


 お園が口を尖らせて不満そうにぼやく。


「そんなこと無いぞ。替え歌で問題になるのは翻案権と著作者人格権の同一性保持権だ。でも、保護期間さえ終了していれば何の問題も無い。高校野球の応援歌やカメラのキタ○ラとかで使われてるだろ。ただし、替え歌その物にも著作権が発生する。だから平井堅バージョンの『大きな古時計』を歌おうと思ったら訳詞者や編曲者の承諾、って言うか権利委託されているJASRACの承諾が要るんだ」


 ふと気になって大作はくノ一の様子を伺う。例によって四人とも仏頂面で他人事のように聞き流している。

 これじゃあ同じことの繰り返しじゃないか。すでに一枚目のイエローカードを貰っている大作には後が無いのだ。

 それにしても無駄口のペナルティとしてはちょっと厳しすぎるんじゃね? せめてバスケットボールのファールみたいに四回くらいは許してくれたら良いのに。


 物言えば唇寒し秋の風。俺から無駄蘊蓄を取ったら何にも残らんぞ。大作は心の中でぼやくが決して口には出さない。

 こうなったら無言の抗議だ。口にさえ出さなければ無駄蘊蓄を咎められることは無いだろう。


 気分は天安門事件の時に戦車の前に立ち塞がった青年だな。あの戦車はT-54をライセンス生産した59式戦車だったっけ。半世紀以上も前の戦車だけど爆発反応装甲(リアクティブアーマー)や砲の換装で延命を図ってるとか何とか。第二次印パ戦争ではパキスタン軍の59式戦車はインド軍のT-54に一方的にやられ…… 


「キスとは何のことかと思うておりましたが口吸いのことにございましたか」


 妄想世界に逃避していた大作の意識が桜の一言で現実に引き戻された。

 これまで仏頂面を崩すことのなかった顔にわずかに笑みが浮かんでいる。心なしか頬も赤みを帯びているようだ。

 ようやく感情を表に出したぞ。大作は内心で狂喜乱舞するが決して顔には出さない。


 うだつの上がらない普通の高校生にやっと巡って来た幸運か? それとも破滅の罠か。

 ここは勝負所だ。一気に畳み掛ける千載一遇のチャンス。いまやらんで、いつやると……


「そうよ。此方(こなた)らは口吸いしたことは無いの? 私は大佐と何度も何度も口吸いしたわよ」


 大作が口を挟む間もなくお園が勝ち誇ったように宣言する。くノ一四人組から『ぐぬぬ……』という心の声がはっきりと聞こえた気がした。

 まあ良いか。旅はまだまだ続くのだ。チャンスなんて何度でもあるさ。

 大作はくノ一攻略を心に深く誓う。その頭からは最終回騒ぎのことは綺麗さっぱり抜け落ちていた。 




 山道を南東に一時間ほど進むと再び平野が広がっていた。どんより曇っているので太陽は見えないが時刻はすでに正午を回っている。


「ここからは川沿いに進めば一里くらいで蒲生に着くはずだ。山道はもう終わったから安心しろ」

「みんなこれくらい大事無いわよ。大佐こそくたびれたんじゃ無いでしょうね」

「何を仰るうさぎさん。箱根の山に比べたら屁みたいな物だったぞ」


 大作は精一杯の虚勢を張る。だが、本当を言うと早くゴールしたくてしょうがない。


 それにしても酷い山道だった。加治木城や岩剣城の戦ではこんな道を行軍や補給に使わねばならんのだろうか。大作は小さく溜め息を付く。

 まあ、別府川の北東側、姶良の辺りは祁答院の支配地域だ。蒲生城から六キロほど東には平山城って拠点もある。事前に備蓄しておけば兵糧の心配は無いだろう。


 道を進んで行くと村に入る手前で関所らしき門と柵が道を塞いでいた。

 門の脇に建っている小屋から粗末な着物を着た初老の男が現れる。

 大作は祁答院の殿から貰った紹介状を見せて事情を説明した。


 今までは僧侶と巫女だったので関所はスルーしていた。だが今回は荷物持ちのくノ一四人が同伴だ。しかも鉄砲と弾薬まで持っている。

 ちゃんと申告して通らないと後で外交問題にでもなったら大変だ。


 簡単な入国審査的やり取りを終えて蒲生に入る。南東方向に視界の彼方まで伸びる平野を進む。そこに広がっていたのは水田では無く畑だった。

 大作は農業に関しては興味も知識もさっぱりだ。何の畑なのか見当もつかない。


「大きな葉っぱだな。これって何の畑だろ? そうか! 薩摩だから薩摩芋か」

「さつまいも? そんな名前の芋は聞いたこと無いわ。それ、美味しいの?」


 お園が目をキラキラさせながら食いしん坊キャラ丸出しのセリフを口にする。大作は『じゅるる~』という擬音を脳内で補完した。


「これは大豆ではございませぬか?」


 紅葉が冷静な突っ込みを入れる。いや、こいつは楓だっけ? いまだに大作には見分けが付かない。そうだ、閃いた! 適当に言ってみよう。


「紅葉はどう思う?」

「ですから大豆だと申しております。もしや、私を紅葉だと思うておられたのでしょうか?」


 紅葉らしき女がこめかみに青筋を立て、血走った目で睨みつける。いやいや、違うって。こいつは楓なんだ。大作は急に面倒臭くなってきた。


「岩崎弥太郎は申された。小事にあくせくするものは大事ならず。そもそも楓も紅葉もカエデ科カエデ族で分類学的には同じ物なんだぞ。『かえで』は蛙の手だ。一方、上代には紅葉(こうよう)を『もみつ』と言った。それが変化して『もみじ』になったんだろう」

「秋山に もみつ()の葉の移りなば さらにや秋を 見まく()りせむ。二人とも麗しい名よ。胸を張って良いわ」


 お園が唐突にわけの分からんことを口走る。万葉集だな。山部王(やまべのおおきみ)だっけ?


 名前を褒められて気を良くしたのだろうか。二人の表情がぱっと綻ぶ。もう良いや、こいつらはこれでクリアしたことにしよう。

 後はサツキを笑わせればミッションコンプリートだ。もしかして蒲生に着くまでに終わっちゃうかも知れん。大作は一人ほくそ笑む。


「それで、さつまいもって美味しいの?」

甘藷(かんしょ)って言うくらいだから甘くて美味しいぞ。栗より美味い十三里半って言うくらいだもん。でも、良く考えたら薩摩芋がメキシコ、フィリピンを経由して明から宮古島に伝わるのは五十年くらい先だな。とは言え、ポリネシアでは西洋人が来る前から食されていたらしい。そっち経由で先にフィリピンに伝わったって説も無くは無い。南蛮人に大金を積めば何とかなるかも知れん」


 がっかりした顔のお園を見て、大作は咄嗟に希望的観測を述べる。

 それはそうとシラス台地は水捌けが良すぎる。しかも土地に栄養も無いから稲作に不向きなんだっけ。大作はだんだん思い出してきた。


「シラス台地の三大作物は薩摩芋、大豆、油菜だな。他にも鹿児島の名産といえば大根とか辣韭(らっきょう)なんかもあるか。でも俺、辣韭は苦手なんだ。やっぱカレーには福神漬けだろ。自衛隊の戦闘糧食も福神漬だしな。あれって何であんなに茶色いのかな。あとは何だ? 蚕豆(そらまめ)秋葵(オクラ)、ブロイラー、豚の生産量が日本一か。お茶の生産量が日本二位だと! 意外だな。それと椎茸というと大分ってイメージがあるけど、原木栽培の生椎茸は結構多いらしいぞ。まあ、俺は椎茸も苦手なんだけど。いやいや、何が嫌いかより何が好きかで自分を語らなきゃ」

「大佐、おちついて。どうどう」


 お園が大作の手を取って優しく声を掛ける。イエローカードか? いや、普通に心配してくれただけのようだ。大作は胸を撫で下ろす。


「ジャガイモは痩せた土地でも育つけど連作障害があるんだっけ? それに、まだこの時代にはヨーロッパにすら伝わっていないはずだ。トウモロコシは手に入るかも知れんけど土地が痩せるって言うぞ。水も大量に要るらしい。やっぱ現時点ではサツマイモ一択かな」

「甘いお芋なんて美味しそうね。早く食べたいわ。あぶらなって言うのは油の菜っ葉なの?」


 やっぱ、お園の興味を引くには食べ物の話が一番なんだろうか。他の連中ももうちょっと扱い易ければ良いのに。大作は心の中でぼやく。


「菜の花のことだよ。弥生時代から野菜として食べられていたらしいな。栽培して菜種油を搾るようになったのは江戸時代からだ。この時代は荏胡麻(えごま)を搾ってたんだっけ。それが江戸時代には菜種油一升と米二升が同じくらいになったそうだ。ってことは五分の一くらいにコストダウンできるんじゃね? これは庶民の生活を激変させるぞ。浮塵子(ウンカ)の駆除にもつかえるし。一反に二、三十滴ほど撒けって書いてある。油って阿呆みたいに高かったもんな」

「早く『えどじだい』になって欲しいわね」


 そんな他愛ない話をしながら畑の中を一時間ほど進む。道が山に迫り、麓に神社が建っていた。


「これが蒲生舜清が建てた蒲生八幡神社だ。まあ、本当に建てたのは大工さんだけどな。いやいや、この時代には正八幡若宮八幡宮だっけ。通り道だし参拝して行こう」

「大きな木ね。(くすのき)かしら」

「推定樹齢千六百年ってことは、この時代だと千百年くらいか。和気清麻呂が持ってた杖を刺したら根付いたって伝説があるらしいけど時代が合わんな。出水の大楠って木と相思相愛の仲らしいぞ。って言うか、なんだこの穴。随分とデカいな。トト○が住んでそうだ」


 大作は御神籤でも引こうかと辺りを見回すがそれっぽい物は見当たらない。

 そう言えば、現代のようなシステムの御神籤は江戸時代初期に中国から伝わったって聞いたような聞かなかったような。

 その普及には天海上人が関わっていたんだとか。あれ? でも、本能寺の変の前に明智光秀が愛宕神社で御神籤を大人買いしたんじゃなかったっけ?

 やはり天海の正体は光秀だっのか? まあ、死ぬほどどうでも良いか。大作は考えるのを止めた。


 大木の他には特に見所も無いので蒲生城に向かう。道を南に下って別府川を渡る。川に沿って東に進むと半時間ほどで龍ヶ山の北側麓に着いた。


「蒲生城は竜が伏せた姿に似ていることから竜ヶ城とも呼ばれるそうだ。ってことは龍ヶ山って名前は後から付いたのか? 竜宮城とは偉い違いだな。舜清の時代に建てられたらしいぞ」

「どこにでもある山と変わりないわよ」

「考えるな、感じるんだ。赤毛のアンみたいに想像の翼を広げて見ろ。って言うか、また山登りかよ!」


 麓にはそれなりに立派な門と小屋が建っていた。門番らしい男たちが暇そうにたむろしている。

 大作が紹介状を見せると殿は本丸にいるとのことだ。他の男たちと比べると妙に身なりの良い若侍が案内を買って出てくれた。

 今回もお客様扱いしてもらえたことに大作は胸を撫で下ろす。


 少し進むとほとんど垂直の断崖絶壁が続いていた。百メートル以上に渡って謎の文字が彫られているのが見える。


「これが、かの有名な磨崖一千梵字だぞ。ちゃんと数えた人によると千七百文字もあるそうだ。珍しい物だからみんな良く見ておけ」

「これが梵字なのね。さっぱり読めないわ。何が書いてあるの?」


 お園が首を傾げながら疑問を口にする。

 やっぱりそうきたか。大作は内心でほくそ笑みながら軽く首を傾げ、しばらく考え込む振りをする。


「どうやら元寇の折りに怨敵調伏を祈願したようだな。他にも亡き妻や子の菩提を弔う物。何かの願掛け。エトセトラ、エトセトラ」


 大作には梵字なんて読めるわけが無い。事前に予習しておいたことをもっともらしく並べ立てただけだ。

 どうやらお園にはバレているようだが、くノ一や若侍は素直に感心しているらしい。


「あの大きな字は不動明王様を表しているのね。それにしても、こんな崖にどうやって彫ったのかしら」

「上からロープで懸垂降下したんだろ。こんなの危険手当て貰わなきゃやってられんな」


 急な斜面を登ると細い山道が延々と続く。何度か道を曲がると砦のような物が見えた。


「こちらは二の丸にございます」


 聞いてもいないのに若い侍が教えてくれる。大作はにっこり笑って会釈しておいた。


 折り返すように急に道が曲がり、またもや傾斜が増す。

 尾根伝いに細い山道を登ると曲輪が段々畑みたいに並んでいる。

 途中には凄い高さの堀切が四っつもあった。シラス台地なので意外と簡単に掘れるのかも知れない。


 それはそうと蒲生の殿は結局、茂清なんだろうか。それとも範清なんだろうか。

 って言うか、着いたら時刻は午後二時ごろになりそうだ。夕飯は当てにできるのか。急に六人分もの追加オーダーが間に合えば良いけど。

 大作は急に不安感で胸が押し潰されそうになる。


 そうでなくとも最終回の打ち上げが立ち消えになりそうな雰囲気なのだ。

 このうえ、チープな夕飯なんて食べさせたらお園がキレるかも知れん。打てる手は打っといた方が良さそうだ。


「ちょっとお侍様にお話がある。お前たちは離れていてくれるか」


 大作がお園たちに声を掛けると女性陣が歩調を落として離れて行く。十分に距離を取ったのを確認すると大作は若侍に話しかけた。


「お侍様。恐れながらお願い申し上げます。今宵の夕餉にございますが……」

「ご案じめされますな、お坊様。祁答院殿のお客人を粗略に扱いは致しませぬ」


 爽やかな笑顔を浮かべながら若い侍が答えた。

 だが、本当に信用して大丈夫なんだろうか。大作は念には念を入れる。


「実を申さば我らが運んでおりまするは此度、祁答院にて作りし鉄砲の試作品にござります。このメーカー希望小売価格が銭十貫文の鉄砲を殿に献上させて頂く所存。夕餉のメニュー…… 献立? 品揃えに際しては是非ともこのことをご一考下さりますよう、伏してお願い申し上げます」


 大作は言い切ると深々と頭を下げた。上目遣いに表情を伺うと若侍は怪訝な顔をしている。

 これじゃ駄目なのか? 殿に鉄砲をプレゼントしたからといって、この若侍には何のメリットもないのだ。

 こうなったらしょうがない。最後の手段だ。大作は懐から金塊を取り出すと若侍の手に握らせる。


「これはわずかですが、心ばかりのお礼にございます。取っておいて下され。全員分が無理なら巫女の夕餉だけでも豪華メニューにしてやって下さいませ。後生にございます」


 大作は揉み手をしながら最敬礼する。プライドも糞も無い。お辞儀とお礼はタダなのだ。何だったら足だって舐めるぞ。


「お戯れを申されますな、お坊様。ご安堵めされよ。蒲生の名に掛けて馳走を振る舞いましょうぞ」

「有り難き幸せ。お礼の言葉もございませぬ」


 若侍に突き返された金塊を懐に仕舞いながら大作は再び頭を下げる。

 本当に信用して大丈夫なんだろうか。まあ良いや。これで、もし変な物が出てきても責任はこいつに押し付けられる。大作は考えるのを止めた。




 細く険しい山道を延々と登るとようやく本丸が見えてきた。

 標高百六十メートルは伊達じゃない。ただ登るだけでも一苦労だった。南北に六百メートルくらいはありそうだ。

 こんな城を攻めるなんて罰ゲームでもまっぴら御免だ。どうりで島津相手に三年も徹底抗戦できたわけだな。大作は心底から感心する。


 本丸から東の山々を見渡すと数百メートルに渡っていくつもの曲輪が並んでいた。

 一見すると典型的な山城みたいだが垂直に切り立った山肌や切岸面、谷を掘った空堀なんかはシラス台地ならではだ。

 とは言え、シラス台地ゆえに水の確保が大変かも知れない。


 ここから島津方の吉田松尾城は南に四キロほど。

 祁答院の岩剣城は南南西に六キロ、平山城は東に六キロほど。

 肝付の加治木城は東に九キロほどだ。


 こんな猫の額みたいに狭いところで陣取りゲームをやってるとは笑わせる。百二十ミリ迫撃砲があれば半日で全部片付いてしまいそうだ。

 まあ、そんな物は無いんだけど。大作は考えるのを止めた。




 本丸には例によってみすぼらしい小屋が建っていた。とは言え、こんな山の上に立派な城を建てろと言う方が無理難題なんだろう。


 入り口で若侍が声を掛けると奥から小姓みたいな身なりの少年が現れる。

 若侍が耳元で二言三言囁くと少年が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 その笑顔に大作は奇妙な胸騒ぎを覚える。

 いやいや、今回はくノ一の四人に鉄砲が六丁もある。そもそも祁答院と蒲生は友好関係のはずだ。万が一にも危険は無いだろう。大作は無理矢理に自分を納得させた。


「夕餉のこと、台所に申し付けておきます故、ご安堵めされよ」


 若侍は大作たちに笑い掛けると軽く会釈してどこかへ消え去った。


 少年の案内で大作たちが通されたのは例によってさほど広くも無い部屋だ。

 いつもと同じように上座に一枚だけ畳が敷いてある。

 もしかして同じセットを使い回してるんじゃね? 大作は馬鹿げた想像をして吹き出しそうになったが空気を読んで我慢した。


 それはそうと蒲生の殿は結局、茂清なんだろうか。それとも範清なんだろうか。

 まもなく波動関数が収束するかと思うと大作は興奮を禁じ得ない。

 

 その緊張を押さえるため、大作は部屋の隅に固まっているくノ一たちに話しかけた。


「お前らは喋るな、ジオ○訛りが強すぎる」

「じ○ん訛り?」


 首を傾げるくノ一たちを見て大作は一人ほくそ笑む。


「大佐の話は八割方、中身が無いから『する~』しても大事無いわよ。いちいち相手にしてたら時が(あたら)しいわ」

「する~? 何をするのでございますか?」

「お園も言うようになったな。だけどパレートの法則って知ってるか? ビジネスにおいて、売上の八割は顧客の二割によって生み出されているんだ」


 殿が来る前には例の『殿のおなり~』とか言う予告があるだろう。

 大作たちは油断しきって他愛の無い雑談に花を咲かせる。

 だが、突如として背後から掛けられた声に場が凍り付く。


「待たせたな。儂が越前守(えちぜんのかみ)じゃ。遠いところ、よう参られた」


 大作はギギギッと言う擬音を立てそうなくらいにぎこちなく振り返る。

 そこには満面の笑みを浮かべた男が立っていた。

 それは先ほど山道を案内してくれた若侍だった。


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