アインさんと子猫
「まさかばったりゼクスさんと会うなんて思いませんでしたよー」
街中を歩きながら楽しそうな声色で
遥かに背の高い黒いコートを纏った女性、ゼクスにクランは笑った。
七人の事件があって早半年。
もうすぐ夏になろうとしていた。
「もうすぐ晩御飯なので探してこいって言われただけですよ」
そう笑わずに答えるゼクスに「なるほど~」と返すクラン。
「って、あれれ?」
素の口調になり、クランは立ち止まる。
その様子にゼクスもクランの視線の先を見て立ち止まった。
「で、連れてきたの?」
明らかに苛立ったような声で、アインは言った。
その目線の先には泥まみれの白い子猫。
「なんかほっとけなくて…」
にへーと笑うクランにアインはじとーっとゼクスを見上げる。
ゼクスは考え込んでから
「だってなんかアインさんに似てるもんですから、つい」
そういってクランと「ねー」っと声を合わせた。
「似ては…」
とアインも猫をみる。
泥まみれの子猫はじっと、アインを見ていた。
アインは言葉が出なくなった。
その眼はただ見ていただけじゃなく、警戒と観察を劣らずし続けた眼だと確信した。
アイン自身も、その猫の事を一昔前の自分のように感じたのだ。
「この家には残飯は出ないし、猫用の飯を買う余裕もない」
厳しい顔でアインは言った。
その言葉にクランとゼクスは顔を曇らせた。
しかし、次のアインの言葉に一気に顔が明るくなった。
「ただし、君たちの飯を少し減らすって条件なら飲むよ、それでいいならね」
「…泥が落とせない?」
アインはつい聞き返してしまった。
泥を落とそうと風呂場に連れて行ったまでは良かったが、シャワーを浴びせようとすると引っ掻いたり逃げ回るのだそうだ。
「フュンに任せればいいじゃないか」
と言ってみたが、もう既に実践済みらしく、猫は何故かフュンの能力に感づき近付こうともしなかったという。
アインはその話を、ただただポカンと聞いていた。
そして飽きれ込んだ。
天下の七人がたかが猫一匹に何を手こずっているのかと。
あの探偵部や狂楽の住人に軽々勝てる実力を持つ我々がだと。
「仕方ない、私が行くよ」
飽きれ返り、そう言ってアインは風呂場にトボトボと歩いていった。
猫は風呂場の隅でまたあの眼でじっと見ていた。
アインも若干この猫は普通の猫じゃないと感じていたが、そんなものだとは思っていた。
アインは溜息をついて、シャワーを出した。
猫は身構えたが、アインが次に取った行動に唖然とした表情でアインを凝視した。
アインは猫を気にせず、風呂場の掃除を始めたのだ。
アインの掃除スペースが近くなって来て、猫は逃げようと移動しようとして、出来なかった。
「やっぱりね」
アインのその声と同時に猫はあっさり捕まった。
猫は暴れる訳でもなく、ただただポカンとアインを見た。
にんまりと怪しげに笑い、アインは手際良く事前に調べておいた手法で猫を洗った。
「流石アインさんですねぇ」
猫が火傷しないよう、毛布と重ねながら猫をドライヤーで乾かすアインに、クランは感心するように言った。
「私に似てるって確信があったからね。
君の真似をしただけだよ」
「僕?」
アインの言葉にクランは驚く。
いつアインを無視して掃除を始めてしまったことがあっただろう。
そう思いだそうと必死のクランに、アインは笑って答えた。
「七人になったばっかの頃、私が皆と打ち解けようとしなくて皆手を焼いていた時期があったろ?」
「あーありましたねー。
作った料理も食べなくてお風呂にも入らない、近づいても警戒してて何も出来なかったですねーって、なるほどそういう」
クランは理解したように、アインの隣に座った。
「僕が大掃除を皆に黙ってやってたら、部屋から出ようとした潔癖症のアインさんが掃除したばかりの廊下に出られず、トボトボとお風呂に入って掃除手伝ってくれたっていう」
「それそれ。
あまりにも綺麗な廊下だったから自分が汚れてるのがどうしても気に入らなくてね」
そう言ってアインはドライヤーの電源を切り「おーわり」っと呟いた。
床に下ろされた猫は白くふわふわの毛並みで水色の綺麗な瞳をしていた。
泥まみれの時とは全くの別猫のようだった。
やっぱり似てる。
そうクランが思ったのと同時に、猫はアインの足に体を擦った。
「すっかりなつかれてますね」
「まぁ七人として打ち解けようとしたのもあの出来事あってだったしな」
「そういえばフュンさんに聞いたんですけど、体を擦りつける猫の動作って大好きっていうより、『これは自分の所有物だから匂いつけとこ』っていうのが正解なんですって」
「…いい笑顔でそう言うことを平気でいうね君は」
「まるで本当に昔のアインさんみたいで」
「その意味だと君のほうがそうだと思うけどね」
猫を抱っこしてそうアインはニヤリと笑った。
クランはその言葉にただただにっこりとした笑顔を返しただけだった。
「にゃー」
「あぁ、ごめん。
そうだよな、さすがに『ない』よな」
猫を抱っこし腹部をマジマジと見ていたアインに、不満気に猫が鳴いた。
腹部に傷痕まであったなら、流石に怖いと思ったのだが、ないようでアインは安心した。
「あったなら君はゾンビ猫って事になるしなぁ」
「にゃ?」
「いや、こっちの話だよ。
そろそろ君を近くの公園に逃がそうと思うんだが、どうかな」
その言葉に猫は答えなかった。
猫はいつものように、アインを凝視していただけだった。
「…これはまた凄い歓迎だな」
逃がそうとした公園にて、アインは珍しい声を出した。
猫の声を聞いてか、凄い数の野良猫達が群がって来たのだ。
「…」
猫を離した瞬間、その猫も、野良猫もみんなどこかに行ってしまった。
「元気でな」
そう言って、アインは一人帰っていった。
「アイン最近元気ないわね」
「猫いなくなってからピリピリしてる」
ツアイとフィアーが少し震えながらアインを見ていた。
「アインの事件の後もあんな感じだったし、すぐいつものアインになりますわ~」
そうドライも続けた。
「アインさん…」
クランが心配そうにアインを見つめる。
するといきなりアインは勢い良く立ち上がった。
その行動に他のメンバーがビクッと体を跳ねらせた事に気にもせず、アインは玄関の方へと走っていった。
「あ」
アインが玄関に行くとフュンが驚いたような顔をして立っていた。
「今アインを呼ぼうとしてたのぜー
アインにお客様なのぜ!」
そういって笑ったフュンの足元から、あの頃よりも一回り大きくなった白猫がアインを凝視した後
「にゃー」
とアインに歩いてきた。
「あはは。さっき家の前を通った猫はやっぱり君だったんだね」
アインは笑って猫を抱き上げた。
そしてまだ玄関にあと6匹、どこかで見たことあるような猫を見つけた。
「君が連れてきたのかい?」
「にゃー」
その問にただそう猫は鳴き、アインもクスッと笑った。
「君達も入って来てくれて大丈夫だ、安全は保証する。
歓迎しよう」
その日からしばらくは、七人のアジトはにぎやかになり、探偵部面々から「猫カフェ七人邸」とまで言われた程だった。