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田辺秀一は当時のことを思い出す。午前六時三十分。張り込みを続けていた田辺はフルフェイスのヘルメットを被った黒色のスーツの女に話しかけられた。
「君は一年生ですね。学ランのボタンが赤色でしょう。このボタンは学年で違うから、一瞬で分かりました」
「先生は随分早いな」
「はい。教師として初めての担任ですから、緊張を紛らわすため早めに来ました。そういう君も早いですね」
「俺も先生と一緒っすよ」
「なるほど。それでは学校で会いましょうか。新入生さん」
女を乗せたバイクは校門近くにある駐車場に向かい走り出した。
その女は貧乳だったと田辺秀一は覚えている。
「それでバイクの女が噂の新人教師だという証拠は。顔はフルフェイスのヘルメットで隠されていたんだろ」
「バイクだよ。そのバイクが少し気になって兄貴に電話したら、驚愕の事実が発覚したんだ。バイクで通勤する教師はこの高校に数人程度いる。だけどハーレーダビッドソン・CVOに乗っている奴は一人もいない。もっと言えばバイクで通勤する天王州高校教師は全員男性。女性でバイクに乗って通勤する奴はこの高校の教師の中にはいない」
田辺秀一が自信たっぷりに推理を話していると、クラス全員が集まるホームルームの時間が始まった。
三十人のクラスメイトたちが椅子に座る。その中にいる多くの男子生徒たちが噂の担任教師の顔を期待しながら教室のドアをにらみつけている。
そして教室のドアが開き、若い女教師が入ってきた。黒色のロングヘア。その髪は紺色のヘアゴムで後ろ髪を一本になるように結ってある。服装は黒色のスーツ。そして噂通りの貧乳。
その新人教師は黒板の前にある机の前に立つと、一礼する。
「皆さん。初めまして。一年三組の担任を務めます南野朱里です。今年の三月に大学を卒業したばかりの新人で、すごく緊張していますがよろしくお願いします」
そのルックスと謙虚な姿勢に多くの男子生徒たちがメロメロになっただろう。それを受けて男子生徒たちは質問を連発する。
「ハーレーダビッドソンに乗って通勤しているのは本当か」
「彼氏はいますか」
「メアドを交換してください」
その飛び交う質問の嵐を南野朱里は一言で鎮める。
「本当です。いません。保留にします。その他の質問は入学式後のホールルームで受け付けます。それでは皆さん。入学式の時間が迫っているので、体育館に移動します。出席番号順に二列で並んでください」
クラスメイトたちは南野朱里の指示に従う。その中にいる男子生徒の中には、彼氏がいないと聞きガッツポーズする者たちがいた。
いつの間にか中山をリーダーにした南野朱里ファンクラブという組織が出来上がろうとしている。
その組織の矛先は田辺秀一に向く。
「田辺。あかり様にタメ口で話しやがって。
南野朱里ファンクラブに入りたかったら、後でジュースを奢れ」
「そんな殺生な」
南野朱里ファンクラブへの入会を決意した田辺秀一は中山にジュースを奢ったことは言うまでもない。