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穏やかな朝は悪夢となるか

広い食堂には木製の丸テーブルと椅子がいくつも置かれていたが、今それを使用しているものは誰もいない。いつもの光景にカウンターの中で新聞を捲っていた男、ディアボロは気だるげに欠伸を零す。白い肌と短い髪に埋もれて見え隠れする小さな二本の角。見紛うことなくスポイルである。

血が通っていないと恐れられる白い肌、呪われていると蔑まれる小さな角。生まれる前に瘴気を受けてしまったスポイルは外見の成長が十五から二十歳で止まる。例に漏れずディアボロも遥か昔に身体の成長は止まっている。

「ディア」奥の扉が開かれて女性が姿を現した。金糸のような長髪と長い耳、抜けるような白い肌はディアボロのように血の気がない肌とは異なっている。緑玉の瞳がディアボロに向けられた。憂いを帯びている瞳に笑いかける。アンジェ・エウフロシュネだ。

「心配すんな、俺の店にいる冒険者はみんな強いから」

「…ええ、そうですね」彼女が微かに笑ったことを確認して、昼にするかと男は呟いた。丁度昼時で空腹も感じる。新聞を畳み立ち上がった。

「あ、お昼ご飯できたから呼びに来たんです」

「アンジ―が?いつも呼びに来るあいつらはどうした?」

「子供達なら遊びに行くからと言って聞かなくて、お弁当を持たせてあります」

「じゃあ久しぶりに二人で飯だな」アンジェの額に口付けを落とし丸テーブルの一つにクロスを敷く。アンジェが微笑んで奥から料理が乗った皿を持ってくる。

湯気が立つ料理に口元を緩めて二人で食事を始める。偶にはこんな穏やかな食事も悪くないとどちらかともなく笑い出す。こうやって二人きりで過ごすのもいつぶりだろうかと懐かしい話に花が咲いた。

「これ美味いな、なんのパテだ?」

「あ、それコモリカエルのパテです。ニーネのおばさまが教えてくれて」

穏やかに過ぎる時間を遮るように突然扉が乱暴に開かれる。いったいなんだとそちらに目を向ければ日の光とは違う、目が眩む程の光。

思わず目を閉じて、長年の癖で身構えた。ディアボロとアンジェの努力の末、確かに蛮族の地には小さな村ができた。人族が穏やかに生きていける村だ。

蛮族の地で奴隷として扱われていた人族、か弱さ故に虐げられていた心優しい蛮族を救出し、蛮族から絶対的な力で守る。そうすることで村は自然と作られたし、ディアボロとアンジェに憧れて冒険者を目指していくものだっている。ここは確かにレーゼンブルグ大陸で唯一人族が安心できる場所だ。しかしそれ故蛮族に目をつけられやすいのも確かなのだ。村の創設者であるディアボロとアンジェは蛮族にとって特別忌々しい存在だろう。

だから彼らは警戒を怠らない。不自然な光に体を自然と反応した。しかし白く染まっていた視界が、突然黒く変わった。










強風が窓を叩く。次いで地鳴りがして目を開いた瞬間飛び起きる。しかし強風も地鳴りも気のせいだったのか、カーテンの隙間から日の光が穏やかに漏れていて、窓の向こうは静かだ。隣で寝ていたアンジェが目を覚ます。

ごしごしと目を擦る彼女に笑いかける。「悪い、起こしたか?」

「……おはよう、ディア。…どうかしました?」

「いや、なんだろうな。飛び起きちまった。良い夢を見てたんだけどな」

「私も良い夢を見てました。ディアと二人でご飯を食べる夢」そう言って幸せそうに笑う彼女の言葉に驚いてディアボロも言う。「俺もアンジ―と昼食を食べる夢を見たよ」

「ふふ、二人とも同じ夢を見るなんて不思議ですね。予知夢かもしれません」

その言葉に返事をしようとしたところで何かが壊れる大きな音が響く。続けて大声。

「おい、さっさと出て来い愚かなエルフ女とグズスポイル!後五分で出て来なかったらこの冒険者亭を燃えカスに変えてやってもいいぞ!知っていると思うが私は気が長い方ではない!五秒で姿を現さないとこの扉同様粉々に砕く!」

「クローズも読めねえのかあの毛玉野郎!」言うなりディアボロはベッドから飛び降り走り出した。残されたアンジェが首を傾げた。

「…今の声は、グリモワール?」

それはかつての仲間の名だ。


ふわふわとした手入れの行き届いた薄茶色の毛。口の周りと首元だけは真っ白な毛がもこもことしている。薄汚れたマント、頭につけられたヘルメットと大きなゴーグル。そして、ピンと天に向かって伸びている二本のウサギ耳。その姿を見止めた瞬間、ディアボロは近くに飾ってあった花瓶を引っ掴み振りかぶった。

「帰れ!営業まで後一時間!」

扉だった残骸を踏み越えたと同時に飛んでくる怒声と花瓶にウサギは咄嗟にしゃがむ。花瓶は壁にぶつかり陶器の肌にヒビを入れた。それを見て獣が怒鳴る。

「きっさまぁぁ!殺す気か!」

「こんなもんでてめぇが死ぬか!」

「この高貴な身が汚れたらどうしてくれる!」

「好奇?お前が?わかってるじゃねえか」

「ええい、そっちではない!」怒鳴り合っていると乱雑な足音が近づいて来る。二人は怒鳴り合いを止めて無残に壊れた出入口に目を向けた。その入口に一直線に飛び込んで来たガスマスクを付けた人物は扉を閉めるような動作をしようとして、扉がなかったため手が空を切った。

勢い余ってその場で一回転したのをディアボロとグリモワールは冷めた目で見つめる。

「…なんだ?」

「大方また妖精に目を付けられたのだろう。思うにレーゼンブルグ大陸には妖精が多すぎるな」と呆れたようにガスマスクの人物の更に向こう、外を示す。なるほど確かに人型を取った妖精が二体ほどこちらに向かって飛んでくる。さてどうしたものかとディアボロは溜息を吐いた。

「レーゼンブルグは蛮族の大陸だぞ、人間嫌いの妖精が住んでねえわけがないだろ」

「仕方ない、消すか」グリモワールが杖を取り出した。しかし妖精が入口に飛び込んでこようとしたときにパチン、と指を鳴らす音が鳴った。同時に妖精が入口から弾かれる。

「無暗に消すなどと言わない方がいいです、グリモワール」

「ふん、久しいな、アンジェ・エウフロシュネ」入口でうろうろとしている妖精に目を向けて、苦々しくグリモワールは呟いた。そして気を取り直すと入口にいるガスマスクの人物に声をかける。

「クラウ、さっさとその妖精共をなんとかしろ!」

その言葉に返事をするように手を小さく振ると、クラウと呼ばれたガスマスクの人物は入口に立って妖精に向かってなにかを言う。

「なんで最初から断らないんだ、あいつ?」

「妖精が話しをする前に契約を結ぼうとするからだ。あいつの妖精に好かれる体質は異常だとしか言えんな」

「へー、相変わらずなんだな。つーかなにあのガスマスク」

グリモワールと同じ薄汚れたマント、腰につけた大剣。被るタイプのガスマスクは後頭部まで覆うものではないらしく、黒い髪と髪の先につけられた鮮やかな色の羽の髪飾りがはみ出ている。それ以外にも髪飾りを付けているのか、ガスマスクの隙間から出ている一輪の花。そしてマスクのてっぺんにつけられた、天に向かって伸びるウサギ耳。

「…あいつの頭豪華だな、なんだあの花。あいつ男だろ」

「カトレアの花冠だ。妖精魔法が使いやすくなる」

「魔法が苦手だからと妖精と契約しなかった奴がついに折れたわけだ」呆れてまたディアボロは息を吐く。ウサギ耳については見なかったことに決めた。

妖精との話し合いに決着が着いたのかクラウはこちらに寄って来る。アンジェが朝食の準備を終わらせて、四人で丸テーブルに着く。「それでいきなりなにしに来たんだよ」とディアボロが口を開く。ガスマスクを外す気がないのか椅子に座ったままのクラウがしゅーしゅーとなにかを言った。それを聞いてグリモワールが言う。

「クラウのドラゴンが突然目的地とは違う方向に進んだ。クラウは基本的に勝手に飛ばれたら最後まで自由にさせるからな。気付けばここにいた」

「いや、ガスマスク取って自分で喋ろ」フォークをピッとクラウに向ければ、暫くしてから渋々とウサギ耳が生えたガスマスクを外す。短く切られた黒い髪はぼさぼさで黒い目でディアボロをじっと見つめる。鮮やかな色をした羽を襟足につけているのはともかくとして、カトレアの花が咲いたカチューシャが異常に似合っていない。笑いを堪える代わりにディアボロは悪態を吐いた。

「相変わらずこの世の不幸を全て背負ったような顔してんな」

「背負ってない…」外見の年齢は二十前後と言った所だろうか。しかし彼がただの人間ではない以上見た目で実年齢を図るのは不可能だろう。少年のような男は、人生は不幸で彩られていましたと言う顔で口をへの字に曲げてディアボロの言葉を否定した。

「久しぶりに会えて嬉しいと思っている」言いながらコーヒーにたっぷりのミルクを入れて口にする。

「なら表情筋を少しでも動かす努力をしろよ、なんなの、顔に筋肉ないの?」

「おい、アンジェ・エウフロシュネ。早く二杯目のコーヒーを注げ」

「コーヒーポットにお代わりがありますよ」

「貴様客に注がせる気か!」

いつになく騒がしい食卓でそれは突然起こった。グリモワールのもこもことしたウサギ耳がぴくりと動くが早いかグリモワールが破壊された入口に身体を向ける。それを視覚で確認する前にクラウは手に持っていたコーヒーカップを投げ捨てるように手放した。ディアがアンジェを抱き寄せて空いている方の手を伸ばす。

ヒュンッと風を切る音。クラウが剣を抜いて飛んで来た四本の矢の内二本を叩き落とす。残りの二本の内一本はディアが掴み取ってぼきりとへし折る。最後の一本は誰もいない椅子の背もたれに音を立てて突き刺さった。しかしその矢が刺さった椅子は、確かに先程までアンジェが座っていた椅子なのだ。

「敵か?」愛らしい外見とは打って変わって冷やかな目でクラウの背を、そしてその向こうに視線をやる。耳が全ての音を逃すまいと動いていた。クラウは折れた矢尻を拾う。青い羽根の矢尻を見て目を細めた。「これは……」

「アスールの矢だ」と言ってクラウが顔を上げる。アンジェが驚いて口に手を当てた。ディアボロが顔を盛大に顰める。グリモワールが口を引き攣らせた。「あいつは他人に幸福を撒き散らしている分我々に不幸を呼んでいるとしか思えんな。殺す気か?」

「違いない、誰だよあいつを“幸せの青い小人”とか呼び出した奴。直訴するぞ。見ろよこの矢先、よりにもよって銀の矢だ」ディアボロが矢を乱暴に捨てた。


「どうやら、蛮族に占拠されたわけじゃなさそうだね」






ディアボロは顔を盛大にしかめて飛び出そうになる罵声を抑えつけた。

(久方ぶりの再会を素直に喜ぶ素直さなど最初から持ち合わせていない)





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