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終末ヒロイン 乙とZ  作者: 王様もしくは仁家
6/20

第一章 終わりの始まりと全ての始まり・5

すみませーん。今回切りどころがなくて10000字超えています。

一気に読んでいただけると嬉しいです。

 5


 まどかと銀椿が向かったのはホームセンターだった。

 国道を昨夜のコンビニとは正反対の方角へ五百メートルほど進むと、チェーン店のホームセンターがある。最近増えてきている複合商業施設にあるような巨大な店舗ではないが、必要最低限の品揃えはあるといった感じの小さな店舗だ。


 そこへ行こうと言い出したのは勿論中二病の変わり者の後輩だ。

 彼女の話では夜な夜な街へ繰り出して空き家で食料を漁っていた時に、ホームセンターへ行ってみたことが一度あるが、その時は十数人の暴走族風の若者たちがたむろっていて霧に紛れて物陰から眺めることしかできなかったらしい。


 しかしさくら寮の防犯体制強化に必要な資材はホームセンターでないと手に入らない。市内には最近出来たばかりの巨大ショッピングセンターがあり、他にももう二件のホームセンターがあるが、それらは寮からは距離があるのでよりリスクが高まる。


「でも、やはり向こうの方が品揃えが豊富だから一度で欲しいものが全て揃うかも……」


 と、余計なことを呟き始めたこけしに似た後輩の肩を叩いて、近場のホームセンターを強く推したのはまどかだった。もう半分やけくそだった。


 そして一時間ほどでホームセンターへ辿り着いた。

 途中で数体のゾンビと遭遇したが、銀椿の言うとおり刺又で押してやると簡単にバランスを崩して倒れるか、霧の中へ押し戻すことが出来た。


 それに加えて彼女の話では、どうもゾンビは音に反応して近寄ってくるらしいと言うので、歩くときは極力静かに歩き、数メートルごとに物陰で息を殺してゾンビたちが近寄ってきていないか気配を探った。


 おかげでいつもよりも時間は三倍近くもかかってしまったが、予想以上に安全に辿り着くことができた。正直肩透かしを食らった感じで、もしかして自分は必要以上に怯えていたのかもしれないと思うと、まどかの気分も幾分かは軽くなった。


 二人は駐車場に乗り捨てられている車の陰に隠れながら、霧の中に微かに浮かび上がる店舗の様子を伺った。


「どう? 誰かいそう……?」


「たぶんもう居ないみたいです。この間は店舗の前で焚き火をしながら店を出入りしたりバカ騒ぎをしていて、まさにDQNて感じのお兄さんたちがたくさん居たんですけれど。」

 なるほど。確かにシャッターは閉じられていたが、一箇所だけ不自然に途中まで開け放たれている。


「……それと先輩に話していませんでしたが、パニックになった人たちが他の人たちに襲いかかるのを何度も見ています。ゾンビやDQNだけじゃなく、私たち以外の人間も敵と思ってください」


「わ、わかった……」


 銀椿は背負っていたデイバックを下ろすと、中から黒いライフル銃のようなものを取り出した。しかし映画やドラマで見かけるライフル銃とは形が微妙に違うのはまどかにもわかった。


「ライトクロスボウです。通り名は音速の狙撃堕天使オリハルコン・ソニックムーバーのミセス・ゴディバさんです」


 と、銀椿は無表情の真顔でさらりと言ってのける。しかしなんとなくこの変わり者のこけし少女との接し方がわかってきたまどかは、「ゴディバさん、ちぃーす」と軽く会釈をする。


「でもすごいね、どうしたのそれ?」


「備えあれば憂いなしですから。もっとも連射が出来ないので大勢に囲まれたらキャロラインのほうが頼りになりますけど。じゃあ、行きます。絶対に私から離れないでください」


 銀椿は慣れた手つきで弦を引いてアルミ製の矢をセットすると、クロスボウを構えて中腰になって店舗に向かって駆け出した。

 アスファルトの上をまるで滑るように音もなく走り、シャッターに音もなくピタリと身を寄せると、半分だけ開いている箇所から店内を覗きこむ。


 そんな華麗とも言える軽やかな動きに対して、後に続くまどかはドタバタとぎこちない。

 彼女の真似をしてそっと店内をのぞきこんで見るが、中は照明が消えて薄暗くてよく見えなかった。


 銀椿は身を屈めたままシャッターを潜り、風除室のガラスドアに近づく。ガラスの一部が外側から割られていて、試しにそっとドアを押して見ると、カギはかかっておらずドアがゆっくりと開いた。


 彼女はまどかを振り返って一回頷くと、クロスボウの銃身に取り付けてあるフラッシュライトを点灯してゆっくりと店内へ入っていった。それを見届けると、まどかは駐車場に広がる霧を見渡して誰も居ないことを確認してから後に続いた。


 店内はひんやりとした空気と静寂に包まれていて、その中を銀椿が先頭になって一目散に店内の奥へ向かって突き進んでいく。フラッシュライトの光の筋が暗闇を狂ったように切り裂いた。

 そうして最初に二人が手に入れたのは組み立て式のリヤカーだった。


「先輩、お願いします」


「わかった」


 まどかがリヤカーを引き、銀椿が先頭を走りながら目的の品を次々とリヤカーへ放り込んでいく。

 工具一式、様々なサイズのクギやネジ、針金、釣り糸、防犯ベル、結束バンド、懐中電灯兼用ランタン、乾電池、飯ごう、ドラム缶バーベキューコンロ――


 変わり者の後輩の豪快すぎる万引きを見ていると、不謹慎だがまどかの顔はいつしか笑顔になっていた。

 リヤカーを引きながら、つい自分も目についたトイレットペーパーやシャンプー、コンディショナーを積み込んでいく。頭の隅で警察に捕まるのかなぁと疑問が湧いたが、むしろ早く捕まえにこいと思った。

 そうでないと、自分はどんどん箍が外れていく。どんどん悪い子になってしまう。


「あ――」


 銀椿がある棚に差し掛かると、立ち止まってまどかを振り返った。その手には見慣れたデザインの缶が握られている。


「ジッポのオイル缶、いります?」


「ありったけちょうだい!」


「了解しました」


 と、彼女は両手いっぱいのオイル缶をリヤカーへ放り投げる。それを見てまどかは両手を叩いて喜んだ。


「あ、後輩後輩。あれ見てあれ!」


 今度はまどかがある物を見つけて一目散に駆け出した。そこにあったのはワゴンに乗せられた十キロの米袋だった。ゆうに十袋はある。


「お米だよお米。当然持ってくでしょ。こんなお宝を放っておく道理なんてないもの」


 まどかは嬉々として米袋を一つ、二つと積んでいく。


「二つが限度じゃないですか。それ以上だとリヤカーが重くなりすぎて危険です」


「うーん残念だけど、そうみたい。でも結構残ってるもんだねえ? これならば一度戻ってまた取りに来たほうがいいんじゃないの? これだけの数を置いておくのは勿体ないよ」


 しかし窃盗団主犯の後輩は怪訝そうな顔で黙り込んでいる。


「どうしたの?」


「あのDQNたちここへなにをしに来たんだろ? あれだけの人数が居て食料に目もくれないなんて……」


 銀椿は何か思いついたようにはっとすると、


「どこかへ行ってしまったのじゃなくて、ただ出掛けているだけ……? ここがあいつらの基地ベースだとしたら、当然また戻ってくる――先輩、早くここを出たほうがいいかもしれません」


 窃盗団主犯の唐突な警告にまどかの顔から徐々に笑みが消えて、不安と恐怖で強張っていく。

 二人はリヤカーを出口に向かって引き始めるが、米袋二十キロが追加されたリヤカーは想像以上に重たかった。そしてようやくリヤカーを出口まで引っ張ってくると、半分だけ開いているシャッターの向こうに広がる霧の中から人の話し声と足音が聞こえてきて、二人は思わず顔を見合わせた。


 まどかは隣にいる変わり者だが妙に頼り甲斐のある後輩に完全に依存していたので、能面のように無表情というのが基本的大原則のその幼い顔に、明らかな困惑と動揺と不安の色を見た時に底の見えない絶望を感じた。


 司令塔から指示の出ないチームはその時点でもうゲームセットを迎えたのと同じだった。


 二人が思考停止したままその場で硬直しているうちに、目の前の霧が一人、二人……と次々と少年を吐き出していた。

 先頭を歩いていた赤いバンダナを巻いた少年が、店内に居たまどかと銀椿の姿を見つけて一瞬呆気に取られている。

 口に咥えたタバコがポロリとこぼれ落ちていく。

 それは少年の口元がニヤついていたからだ。そして絶好の獲物を見つけた肉食獣のように両手を高く突き上げて歓喜の雄叫びをあげた。


「イェェェェェェーイ、俺サマ大勝利ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


「先輩、逃げます! リヤカーは捨ててください!」


「え!? あ、はい!」

 

 弾かれたように店内の奥に向かって走り出した銀椿のあとをまどかが一瞬遅れて追いかける。

 しかし店内に怒涛のようになだれ込んできた少年たちの集団は、一気に店内中に広がって二人の行く手を拒んだ。茶髪にスキンヘッドで金属バットやゴルフのドライバーを手にした暴走族風の少年たちがニヤけた顔を浮かべて、奇声や歓声を上げながらジリジリと包囲網を狭めてくる。


 まどかと銀椿は背中合わせに周囲の少年たちを警戒しながら、出口へと戻るしかなかった。


「なんだよなんだよぉ、女子狩りを終えてマイハウスに戻ってみれば、ここでも桜道の女子とか今日はどんだけラッキーデーなんだっての。もしかして今日はオール設定6の日なのかぁ!? ジャンジャンバリバリズッコンバッコンしろっていう神様の啓示かよこの大漁具合は!」


 そのハイテンションな喚き声に振り返ると、バンダナの少年がレジ台の上に上がって興奮したように腰を振って仲間の少年たちと笑っていた。


 少年たちの人数はざっと数えて十五人。いままどかたちを取り囲んでいるのが十人ほどで、歳も中学生くらいに見える。そしてバンダナ少年も含めてレジの周囲に固まっているのが残りの五人で、そちらに居るのはみな高校生から二十歳前後に見え、立ち位置と年齢からグループ内の上下関係が手に取るようにわかった。


 周囲を取り囲む少年たちの威嚇にまどかたちはレジ前の広場へと押し出された。しかしずっと隣では銀椿がミセス・ゴディバで威嚇をしているので、少年たちも下手に手は出せないでいる。

 その張り詰めた均衡を破ったのは、バンダナの少年だった。


「誰か事務所行って照明付けてこいよ。まだ電気きてんだろ?」


 指図を受けて中学生組の一人が店内の奥へ走っていくと、しばらくして店内の全ての照明が点灯した。


「おーい、なかに入っていいぞ」


 と、バンダナ少年の合図でシャッターをくぐって更に五人の少年が店内へと入ってきた。しかも後ろ手にロープで縛られた桜道女子学園中等部の制服を着た二人の女生徒を引き連れている。


 一人はブロンドヘアのツインテールの髪型をしたハーフの美少女で、まどかにも見覚えのある少女だった。

 日本人離れしたくっきりとした目鼻立ちの西洋人形のようなルックスは学園内でも非常に目立つ存在の有名人で、他の学校の男子生徒の間でファンクラブが設立されたとか、東京の出版社からティーン雑誌のモデルとしてスカウトされたこともあるなど数々の噂はまどかの耳にも届いていた。


 そしてもう一人は見るからに新一年生と言った感じの、まだあどけなさが残るポニーテールの女子だった。百四十センチ台の小さな背丈とやや丸みを帯びた輪郭が可愛らしい小動物を彷彿とさせる。

 しかし彼女の方は足をケガしているのか右足を引きずっていて、疲れ切っている表情もあってとても痛々しく見えた。


「……たぶん第一寮に来る予定だった女の子たちだと思う。知ってる子?」

 まどかは周囲を警戒しながら銀椿に小声で聞いた。


「いいえ。私、友達いませんから」


「おいおい、なにコソコソ喋ってんだよ。わかってんだぜ、そんな大晦日のかーちゃんみたいな格好してても、おめえらも桜道女子なんだろ? そのジャージはここいらじゃ有名だもんなぁ」


 バンダナ男はレジ台を飛び降りると、まどかたちの方に近づいてきた。

 すかさず銀椿がクロスボウを向けると、バンダナ男は芝居がかった動きで驚いてみせる。


「子猫ちゃーん、そんな物騒なもの向けたらあぶねえだろ。なぁ楽しくやろうぜ? こう見えても俺たち優しいんだぜ? 特に君らみたいなウブそうな子にはボランティア精神でいろんな事を教えてあげたくなるんだよーん」


「ウザい」


 銀椿はためらわず引き金を引いた。アルミ製の矢が頭上をスレスレに掠めていき、バンダナ男は慌てて尻餅をついた。


「今度は当てる。そっちの二人はどうでもいいから私たちだけでも見逃して」


 そう言い終えた頃には、銀椿は二本目の矢を装填してバンダナ男に照準をピタリと合わせていた。とても中二の女子とは思えない無駄のない流れるような動きだった。


「お、おめえ~、これがゆとりパワーかっ。こえーゆとりマジこえー。当たったら死ぬんだぞ。もう少し考えて行動しろ。今頃両親は泣いてんぞ。この不良娘。親不孝ビッチ!」


 バンダナ男はどこまでが本気かよくわからないノリで罵り声を挙げた。その態度はある意味余裕の現れだ。たとえ武器を持っていようと、所詮相手はいたいけな女子だと思って舐めている。最終的にその程度の武器では、この人数を相手に状況をひっくり返せないとわかっているからこそのふざけた態度。

 それはこういう修羅場を経験していないまどかにもわかっていたし、きっと隣でイラついた横顔を浮かべている後輩もそれが原因のように思われた。


「まあ、それくらいでやめておけシュウ」


 と、後から入ってきた五人のなかの一人がバンダナ男に近づいて行った。こちらの男は頭にサングラスを乗せていて、よく見ると顔がバンダナ男と瓜二つだった。どうやら二人は双子らしい。


「でもよぉ、アキラ。あいつらも桜道女子なんだぜ。みすみす設定6を見逃すのは勿体ねえよ。乗るしかねえだろ、このビッグウェーブに!」


 シュウとアキラと呼び合う双子が会話している隙を見て、銀椿はポケットから何かを取り出してまどかに手渡した。まどかは見つからないようにそれをぎゅっと握り締めると、袖を引っ張って握りこぶしを隠した。

 この手の平に伝わる感触は……


「そっちのお二人さん、悪かったな。おまえらはもう帰っていいぜ。但しこっちの中学生は貰うからよ。ギブアンドテイクだ。文句ねえよな? 間違っても誰か助けを呼んでくるとか面倒くせえことはすんなよ。世の中こんな風になっちまったけれど、お互いに約束だけは守ろうぜ。俺たちも出来れば穏便に過ごしたいんだ。それがお前らを見逃す条件だ。いいな?」


 と、提案してきたのはアキラと呼ばれていた少年だ。もう一人のシュウと言う名のバンダナ少年はすぐ後ろで憮然な顔をしていたが、二人の間ではもう話はついているらしい。


「それでいい。了解した」


「え――!? ちょ、そんな……!」


 銀椿の即答に、まどかは両目を見開いて口をパクパクとしていた。反論したいがどう反論していいのかわからない。

 すると、銀椿はこちらを恨めしそうに睨み付けていたハーフの女子を指差して、

「あのハーフビッチはいい仕事をすると思う。学園一のヤリマンで有名たったから。きっとお兄さんたちも大喜びすると思うアルよ」


 と、響き渡るような大声で、しかも何故かインチキ中国人の口調で、まるで特売品の前でアピールする店員のように言い放った。


「うぉい、ちょい待てや! 今なぁんつぅたぁ! 銀椿! 私はあんたを知っている! 隣のクラスの有名な変人ぼっち女でしょ!? 私たちをダシに自分だけ助かるなんてさすがよ! ぼっちで変人だから他人の痛みなんてわからないのね! あんたなんか帰り道にゾンビ食われて死ねばいい。いや、きっと死ぬ。神様や仏様はあんたみたいなぼっちの変人は許さないから!」


 ハーフ女子――咲山姫は、出来る限りの大声で罵声を浴びせた。それに対して銀椿がまたぽつり。


「……黙れビッチ」


「死ねよ糞ミソぼっち!」


「……腐れビッチ」


「こけしぼっちのくせに!」


「……ハーフビッチ」


「年中無休ぼっち!」


「……ヤリマンビッチ」


「来世もぼっち!」


 この予想外の低レベルな罵り合いにまどかがオロオロしていると、双子のシュウがぶち切れた。

「ああ、うるせえんだよ黙れハーフ! そっちのボウガンもそれ以上挑発すんな! 俺らの気が変わらないうちにさっさと消えろバーカ!」


 その迫力ある大きな怒声に二人はようやく口を噤んだ。

 銀椿は肩を竦めて息を吐くと、何事もなかったようにまどかを振り返った。


「先輩、あの二人には尊い犠牲になってもらい、私たちは未来に向かって歩いて行きましょう」


「え……!? ほんとに? いいのかなぁこれ……」


 まどかの戸惑いをよそにすたすたと出口に向かっていく銀椿。

 まどかは二人の中等部の後輩がいたたまれなくて思わず視線を落とした。それに本当はリヤカーも引っ張って行きたかったが、それが許されるような空気でもなく、周囲の少年たちのいやらしい視線にも耐え切れなくなり、後ろ髪をひかれる思いで銀椿のあとを追いかけた。


 そして銀椿を先頭に出口に向かってレジを通り抜けていく。

 するとまさにレジを通り過ぎようとしたときに、まどかの目の前で後輩の小さくて細い身体がいきなり真横へと吹き飛ばされた。


 知らぬ間にレジ台の陰に隠れていた少年の一人が、彼女に体当たりをしたのだ。

 それを合図に数人の少年たちが怒声を上げながら床に倒れている彼女に群がり、クロスボウを奪い取ろうとする。しかし銀椿は咄嗟に装填してあった矢を外して放り投げると、一度空撃ちをしたあとで抵抗することを諦めた。


「くそっ、壊れてやがるっ!」


 クロスボウを手にした少年が舌打ちをする。近年のハイパワー化したクロスボウは矢を装填せずに空撃ちをすると、ほとんどのモデルが衝撃に耐えられず一発で弦の切断や滑車が破損して使い物にならなくなる。

 勿論彼女が空撃ちをしたのはそれを見越した上でことで、少年たちにクロスボウを悪用されないための防衛策だった。


 しかし少年たちからしてみればクロスボウの脅威がなくなったことに変わりはない。少年たちは奇声を上げながら、銀椿の両腕を引っ張ってシュウとアキラの前まで小さくて細い体を軽々と引きずっていった。


「やめて! ねえなにする気なの。お願いやめてあげて!」


 まどかがそう叫ぶと、「黙って見てろ」と、周囲の少年から腰の辺りを蹴り飛ばされて床に倒れこんだ。そしてその横に咲山姫と栗本乙葉の二人も縛られたまま連れてこられて床へ投げ出された。

 頭にサンクラスを乗せたアキラがまどかたち三人を見て、残虐な笑みを浮かべている。


「いいかぁ。おまえらもちゃんと見て学習しろよー。俺ら相手にふざけたことするとどうなるかってな」


「たく、中坊のくせに舐めた真似してくれましたなぁ、おおっ!?」


 シュウが銀椿の腹を思い切り蹴り上げた。くぐもった声を上げて、彼女の細く華奢な身体が九の字に折れ曲がった。しかしシュウは容赦なくまた腹部を目掛けて蹴りを放ち、床を転がって逃げる彼女の背中を何度も何度も踏みつける。


 周囲で円状になってニヤニヤと見守っている少年たちからやんややんやの歓声と口笛が沸きあがり、まどかたち三人は今にも泣きそう顔で悔しさと恐怖に唇をかみ締めていた。


 その時、まどかは銀椿の視線に気付いた。シュウの蹴りから顔や腹部を守るために、リノリウムの床の上で態勢を変えながら両手を巧みに移動させてガードしている。その腕の隙間から彼女はまどかを見ていた。


 顔は苦悶の表情に歪んでいたが、その目は死んでいない。決してまだあきらめたりはしていない。

 その目を見て、まどかはようやく自分が託されたものの価値に気付いた。これを使ったからと言ってこの最悪の状況が覆るのかもわからない。しかし、変わり者だけどこんな世界では頼りがいのある後輩は、それを自分に託した。


 きっとそれはこうなることを最初から想定していたはずなのだ。

 ならば使うのなら今。

 どちらにせよ、彼女への暴力を止めさせるにはこの方法しかない。

 その結果、少年たちの怒りの矛先が自分に向けられてもかまわない。

 まどかは周りに立っている少年たちに警戒しながら、そっとポケットから純銀製のジッポを取り出した。


「――このっ、ちょこまか動くんじゃねえよ中坊が! おめえにはたっぷりお仕置きしたあとで俺たちののご奉仕の仕方を手取り足取り教えてやっからなぁ。俺らに逆らったことをヒィーヒィーと泣きながら後悔させてやっから! そしておめえは一生俺ら専属のパコパコJKとして生きろ。ああ、生きなさい!」


 シュウは下卑た笑みを顔に張り付かせて、床の上を器用に身体を滑らせて逃げ回っている銀椿を踏み付けようと、躍起になって追い回していた。

 周囲の少年たちもその下品で残虐な暴力ショーに夢中になっている。


 まどかはそっとポケットからジッポを取り出して右拳から伸びている導火線に火を点けると、躊躇することなくシュウに向かって投げつけた。

 まどかの投げたそれは白煙の弧を描きながら、シュウの胸板に当たって足元へと落ちる。

 その場に居た全員が何事かと息を呑んだ。まどかと銀椿の二人を除いて――


 床に落ちると同時に火のついた百発の爆竹が、次々と耳をつんざく激しい音を立てて爆ぜていく。


「――ちょ、だ、だれだよこんなもん投げるのは!」


 シュウは足元で鳴り続ける爆竹の束に驚いて、まるで熱砂の上に裸足で立っているみたいに足をジタバタと交互に上げ下げしている。それを横目に見ていた銀椿は倒れた姿勢のまま、シュウの右足を払いのけた。


 そしてバランスを崩して床に倒れたシュウの上へ電光石火の間に銀椿が馬乗りになると、どこに隠し持っていたのかその手にはいつの間にか彼女の顔よりも長いサバイバルナイフが握られていた。

 周囲の少年たちが一瞬の出来事に呆気に取られていたが、すぐに色めき立った。


「近寄ったら殺す。マジで殺す。タマキンぶっ刺す。全員を解放してこっちへ……」


 銀椿がボソッと呟いた。周囲の少年たちにその声は届いていなかったが、シュウが慌てて全員を制した。


「待て待て待て! お前ら動くな! このゆとり中坊、真剣にイカれてっから……! あと女どもを解放してやれ!」


 まどかは咲山姫と栗山乙葉に手を貸してやり、足早に銀椿のもとへ向かった。


「さすが先輩です。爆竹グッドタイミングでした。あと背中にカッターが入っていますから」


「わかった」


 まどかは後輩のデイバックからカッターを取り出し、二人のロープを切ってやる。咲山姫は銀椿に何か言いたげな憮然とした表情をしていたが、最年少の栗本乙葉の心配のほうを優先した。


「乙葉ちゃん、大丈夫だった? どこかケガしてない?」


「姫先輩ごめんなさい、私が足を挫いちゃったから、こんな怖い目に……!」


 乙葉はぼろぼろと涙を流しながら、姫にしがみついた。 

 それを忌々しそうに横目で見届けてからシュウは唾を呑みこむと、引きつった笑みで銀椿を見上げた。


「……へへっ、これで文句なしだろ? たいしたもんだよおめえは。なんだ今の動きは? 忍者かランボーかってんだよ、たく。とりあえずもう俺たちの負けでいいからさ。な?」


 しかし銀椿は無言でシュウを見下ろしているだけだ。


「銀さん……?」


 まどかは彼女の横顔を覗き込む。興奮して頭に血が上っているふうでもなく、葛藤に迷いが生じているふうでもなく、ただ無表情にシュウを見下ろしていた。まるで、ただ時が過ぎるのを待っているかのように……

 その様子にまどかたち三人と、少年たち全員が困惑して息を呑んでいた。


「お、おい、あれ――!」


 静寂を破ったのは、一人の少年の上ずった声だった。

 少年が指差す方を全員がいっせいに注目した。

 いつの間にか出入り口の風除室にはゾンビの姿が見えた。それも一体どころではない。少なくとも十体以上。しかも更に次々と霧の中から現れてシャッターを潜ろうとしている。

 そして出入り口のドアは開け放たれたままだ。


「やべえよ!」


「なんだよ、あの数……!」


 少年たちの間に一気に動揺と恐怖が広まっていく。


「早くドアを閉めろ。あとバリケード作って食い止めるんだよ!」


 アキラの号令で少年たちが一斉に出口へと駆けだした。もうまどかたちにかまっている余裕はない。


 そこでようやくまどかは銀椿の真意に気付いた。

 先ほどハーフの後輩を挑発して大声で怒鳴らせたのも、爆竹を自分に鳴らさせたのも全てはゾンビを誘き寄せるためだったのだ。


 自分とまどかだけが助かればいいと口では言いながらも、少年たちが霧のなかをベラベラと喋り、無神経に足音を立ててぞろぞろとやってきたのを見逃さず、クロスボウ一つで多勢対無勢はひっくり返せないと理解しつつ、さらに二人の中等部の人質というイレギュラーな要素にも対応しつつ、全員がこの場を無事に切り抜ける算段を、あの短時間で、あの圧倒的不利な状況のなかで、瞬時に思いついてそれを実行してみせたのだ。


「――ほんとにあなた、なんて子なの!」


 それがまどかの本心だった。

 銀椿はサバイバルナイフの柄をシュウの鼻に叩き込むと、すくっと立ち上がった。その顔が少し赤らんでいて心なしか口許が緩んで見える。どうやら照れ隠しでシュウを殴ったらしい。

 そして足元で鼻を押さえて悶えているシュウには見向きもせず、


「まだ終わっていません。今のうちに裏口から外へ。先輩はリヤカーをお願いします」


「わかった。あなたたちも一緒に!」


 そう言ってまどかは傍らのリヤカーへ駆け寄り、その後を姫と乙葉の二人が付いていく。


「乙葉ちゃんはリヤカーに乗って。先輩、私が後ろから押します」


「オッケー、行くよ!」


 まどかが先頭でかじ取り役とけん引役を務めるリヤカーは、商品棚の間を勢いよく店内の奥に向かって突き進んだ。


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