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蜘蛛の絲に囚われた蝶

作者: まんが

楽しく読んでいただければ嬉しい限りです。

評価ありがとうございます。

とても嬉しかったです。

薄く細い、でも粘り強い銀の絲に囚われた一匹の蝶が夜の森に輝いておりました。



「ミティユイシェラ」

緑が生い茂る花畑で、そう呼ぶのはこの国の王様ライトメディアス。

漆黒の髪に銀の(かつら)を靡かせて、紫紺の切れ長の瞳で相手を惑わす魅惑の陛下として国だけでなく、隣国にも有名だったりする若き王様です。

そんな陛下が24の時から気にかけている、ミティユイシェラと名乗る流れる金の髪に透き通った碧の瞳がガラス細工のような美しい顔立ちをした少女がいました。

その少女がちょうど18になった時の出来事でございます。



「陛下、またゲームをしに行かれるのですか?」

しっかり者に育っているミティユイシェラとは裏腹に、暇な人生に飽きたライトメディアス陛下は36になっても綺麗な顔は健在なので、その顔で城下の若い娘を身分を隠し何日で落とせるか、という悪趣味なゲームをするようになっていました。


「ミティユイシェラか」

安っぽい召し物に身を包む陛下であるが皇后しさは隠しきれておらず、それでも気分上々に城下に続く地下道でテノール声を響かせています。

ミティユイシェラの顔を見るために振り返る陛下の顔は紫紺の瞳が爛々と輝いて見え、それに対してミティユイシェラの瞳は曇りました。

そんなミティユイシェラの変化に気付いているのか、気付かない振りをしているのか分からないライトメディアス陛下は続けて口を開く。


「なかなか手強い娘でな、それでも私に落ちる瞬間が楽しみでならんのだ」

狙っている娘が自分に落ちるのは確定で話すライトメディアス陛下の声も軽い。


「…また涙を流す女性が増えるのですか」

ぽそりと言った言葉を陛下は聞き逃しはしません。


「ミティユイシェラが気にすることではない。私の心を捕らえているのは其方(そなた)ただ一人だ」

甘い声で囁き、優しくミティユイシェラの両頬を撫で、額にキスを残すライトメディアス陛下だが、ミティユイシェラは心の中で呟きます。


“私にはそれ以上触れてこないくせに”


そんなミティユイシェラの気持ちなんてお構い無しに、地下道を進む陛下の背中をミティユイシェラは唯々、眺めるだけでありました。


「それでは陛下、明日の朝にはお戻りなさいますよう」

「夜には帰る。」

自信満々な陛下の顔を見送ったミティユイシェラは下げた頭を上げずに、陛下が見えなくなった頃来た道を戻ります。


「ミシェラ、今日も御苦労様です」

王城へ帰ってきたミティユイシェラに向けての開口一番が、オッドアイの瞳を緩ませ、常に、にこにこ笑顔を常備している側近のジェファーユです。仕事は迅速に且つ的確に行動できるジェファーユは側近として素晴らしい存在なのだが性格に難ありの強者でした。


「ジェファーユ様…」

城下に続く扉を閉め一礼するミティユイシェラ。


「私にまで笑顔を見せなくてもいいですよ」

そう言うとジェファーユは貼り付けていた笑顔を消し、荒々しくソファーに腰を下ろした。


「馬鹿かお前は。さっきまでそこの扉に陛下の母君付きの侍女がいたんだよ」

途端に口が悪くなったジェファーユは二重人格者。それもたちが悪いことに今の性格が主なジェファーユなのだ。

主なジェファーユを知らない人なら良いのだが、知っている人にはたまった物ではない。


「左様でございますか、それは申し訳御座いません」

「ったく、」

チッ、と舌打ちをして書類に目を通し始めるジェファーユを見て陛下の部屋を後にしようと扉に向かうミティユイシェラだったが、一歩踏み出した刹那ジェファーユに腕を掴まれた。


「あ、あの…ジェファーユ様?」

「ミシェラ、ジェファと愛称では呼んでくれないのですか?」

先程のジェファーユが嘘だったかのような優しい顔と声音で縋り付く様にミティユイシェラを抱き寄せるのはもう1人の…あまり出てこないジェファーユだった。

ミティユイシェラが辺りを見渡すと陛下付きの侍女もいなくなっている。

このジェファーユを知っているのは唯一、ミティユイシェラだけなのだ。


「…ジェファ、やめて」

苦し紛れな声でジェファーユに訴えるが、ミティユイシェラの背中に回った腕は強くなる一方で、ミティユイシェラは拒み続ける。


ジェファーユのもう一つの人格を知ったのはミティユイシェラが15のときだった。

不定期的に人格が代わるらしく、ミティユイシェラは運悪くもう1人の人格、ジェファーユと会ってしまったのだ。

王城の庭にある小花を摘んでいるミティユイシェラを一目見て、溺愛している。

これはライトメディアス陛下をも知らないことであった。


ジェファーユがこの人格になってしまうと、その日から丸2日いつもの人格に戻らなくなる。

ミティユイシェラはジェファーユの腕の中で頭を巡らせた。

今日の執務は後は陛下に目を通してもらい印を押すことで終わる。明後日までの執務も、もうなされていたので丸2日ほど休暇をとってもいい。

ある程度考えた結果、ジェファーユに休暇を取らせることにしたミティユイシェラであったが、休暇を取りジェファーユを部屋へ入れたところまでは良かった。

しかし、部屋に入った途端にミティユイシェラの身体は反転し、ジェファーユが邪魔で見えるはずの天井も見えない。


「…ジェファ」

「私はミシェラを愛でていたいと思っただけです」

「離して。」

「嫌です、私は少しの間しか貴方に触れられない」

ミティユイシェラはジェファーユの懇願する想いに気持ちが揺らいでしまう。ましてや陛下が城下の女達へ渡り歩くようになってからはジェファーユにあるもう一つの人格は度々現れるようになり、ミティユイシェラに癒しと心地を与え、少しだけ楽にさせていたのだ。

一度たりともジェファーユの想いに答えたことがないミティユイシェラだが、今だけはジェファーユの腕の中で涙を漏らしてしまう。


ミティユイシェラが陛下に対する想いは恋心なのだ。

それが分かったのはミティユイシェラが拾われて少し経った頃だった。いつも優しさと安心をくれる陛下に、いつの間にか恋に落ちていたのです。

ミティユイシェラは気付いてもその想いに蓋をしました。拾われた自分では陛下に不釣合いで本当は隣に立ったり話してはいけない身分のはずだから…。

ライトメディアス陛下が悪趣味なゲームをし始めた時には目は乾き、喉は枯れるほど隠れて泣いたものです。

決して口や表情には出さないミティユイシェラなので誰もこの想いには気付きませんでした。

そんな中、ミシェラの気持ちを知らない。溢れんばかりの愛を注いでくれるジェファーユのもう一つの人格に出会ったのです。

もう一つの人格ジェファーユは涙を流したミティユイシェラの碧の瞳に手巾を優しく当て、にこりと微笑みます。

そして、唯々優しく抱きしめるだけでした。


ジェファーユの優しさにミティユイシェラは弱さを見せましたが、心の片隅には陛下への気持ちが嫌でも残りました。

ジェファーユが眠りについた後も消極的な笑みを残し、陛下の執務室へ歩いて行きます。


「陛下…お帰りなさいませ」

辺りは暗くなり部屋に明かりも灯してはいないがミティユイシェラにはすぐに陛下だと分かり、頭を下げる。

少し汗をかいたのだろうか、顔を上げて首筋に流れる煌めく汗に目を向けて心の中で悲しく目尻を下げてしまうミティユイシェラ。

そんな心の中のミティユイシェラと対照的な陛下の鼻につく笑顔は健気な少女の心を締めらせました。


「今夜は一段と愉しかった」

「…左様で御座いますか。」

「あの快楽に溺れ私に縋りついてきた女は(とろ)けた瞳を向け心が踊ってしまう」

ズキンと痛む胸を抑え、空っぽの笑顔を陛下に向けたミティユイシェラ。


「ミティユイシェラ、そんな顔をするな。私は其方(そなた)のモノで、其方は私のモノだろう?」

拒んでしまおうか、でも本能が拒めないといった状況のミティユイシェラの方頬をふわりと触り、何時(いつ)ものように額にキスを落とそうとするライトメディアス陛下だったが、今夜は邪魔が入ってしまった。


「陛下、ミシェラは私のモノです。手出ししないでいただきたい」

ミティユイシェラを背後から抱き寄せ、闇夜に輝くオッドアイがライトメディアス陛下の紫紺の瞳と絡み合います。


「ジェファーユか、どういうつもりだ?」

「そのままの意味に御座います」

ライトメディアス陛下に向けるにこりとした笑顔は少し黒味がかっていた。


「ジェファ、やめて。ジェファ!」

ミティユイシェラはジェファーユの腕の中で暴れますが、そう簡単に離してもらえるなら警察は要らないというもの。ジェファーユは抱き寄せていたミティユイシェラの首筋にキスを落とします。


「っっ…」

ライトメディアス陛下はミティユイシェラの首筋に付けられた印を見て、怒りに身を焦がしました。


何せこんなことは初めてだったからです。

幼いころからミティユイシェラを愛し、ミティユイシェラに近づく害虫(おとこ)は消し去ってきた陛下ですが、ミティユイシェラに対する愛は少々歪んでおり、城下の女性達を落とす悪趣味なゲームも全てはミティユイシェラに妬いてもらうためだけのもの。

毎朝城下の女性達に会いに行く自分を哀しい瞳で見ていたミティユイシェラに背筋がゾクゾクする興奮を覚えていましたが止めはしないのかと溜息を零すことが日課で、それでも夜は帰ってきた自分を辛い想いのはずなのにきちんと待っているミティユイシェラを惚れ直し、どこまで続くか、早く根を上げて自分に泣きつけば良いのに…と感じながら愉しく毎日を過ごしていたのです。

今夜は待っていないな、と帰ってきた時感じたライトメディアス陛下ですが、明かりを付けずに少し待っているとやはり愛しているミティユイシェラは来ました。

今思えば、ジェファーユの所にいたのではないかと悟ってしまいます。

自分ではない他の男の名前を愛称で呼んでいるのか…


「ミティユイシェラ…」

自分ではない他の男の腕に包まれたミティユイシェラに声をかけるライトメディアス陛下。声のトーンがいつもの違うのは容易にミティユイシェラは分かりました。


「陛下…これはっ!」

「どうして拒むのですか?先程は涙を見せ、あまりに愛らしかったというのに」

さて、誤解を生むような発言をしたジェファーユにミティユイシェラは泣いたのがバレることの恥ずかしさによって顔を赤く染めてしまう。

ライトメディアス陛下はミティユイシェラの反応を見るとギリッと歯を噛み締め、強引にジェファーユから引き剥がす。


「ジェファーユ、お前は飼い主に尽くし甘えるだけの忠犬か?忠犬は忠犬らしく鎖のついた首輪で尻尾でも振っていればいい。これは俺のモノだ。お前とて許しはしないぞ」

ライトメディアス陛下のいつもより鋭くなった紫紺の瞳と低くなった声音にジェファーユではなくミティユイシェラが恐怖を感じてしまいました。

ジェファーユは苦しそうな笑顔を陛下に向けると、ぺっと唾を吐きます。


「忠犬か、それならミシェラを鎖のついた首輪で繋いでおきたいね。どこにも行かないよう、私無しでは生きて生けないように…。可愛がってしまおうか。まだミティユイシェラを自分のモノと言い張るなら、ミシェラを悲しませるな。私に弱味を見せるぐらいまで弱らせておいて、まるで蜘蛛みたいだ。甘い汁を垂らし込ませた絲で縛り続ける。疲れ果て弱らせた後に(むしば)む害虫そのものだよ、陛下は」

オッドアイの双眼で一瞥し、陛下の横を通り過ぎる際にジェファーユは呟きます。


“それでもミシェラが囚われたのは陛下の甘い絲。少しは(あい)を与えないと、その歪んだ絲を(くぐ)り抜けていつかは逃げられてしまいますよ”


ライトメディアス陛下がジェファーユを追うように振り返るが、もうそこにはジェファーユの姿はなかった。


「…検討しよう」

ライトメディアス陛下は苦笑いを残し、ミティユイシェラを離します。

ジェファーユの呟きが聞こえなかったミティユイシェラは、どんなお叱りを受けるのかと不安で居ても立ってもいられない思いです。

そんなミティユイシェラの前に陛下は跪き、微笑みかける。


「へ、へ、陛下!?一体なにを…!」

ミティユイシェラの戸惑いを放っておいて、綺麗な手を掴んだ陛下。


「ミティユイシェラ」

いつも以上に甘く囁く声音で名を呼ぶ紫紺の瞳は碧の瞳から逸らされることなく、掴み取った手の甲に口付ける。

何が起こったのか困惑するミティユイシェラを優しく抱き寄せ、もう一度その碧の瞳と交じりあう。


「…愛している。ミティユイシェラ、お前は私から逃げたいか?」

「いい、え…」

ミティユイシェラは手で顔を隠し、掠れた声を発して首を横に振った。

勝ち誇ったような嬉しそうに笑う陛下に顔を隠していた手を取られ、嬉し涙を零す。


「私は…ずっと昔から陛下をお慕いしておりました」

そうミティユイシェラが涙ながらに言うと、ライトメディアス陛下は強く抱き寄せ、ミティユイシェラのぷっくりとした小さな唇に自分の唇を重ねる。

驚いて目を見開くミティユイシェラだが、次第に瞼を閉じ、月光(つきひかり)に照らされた涙が頬を伝いました。


「ゲームは最初から私の負けだ。会った時からミティユイシェラに心を奪われている」


甘い汁を垂らし込んだ銀の絲で獲物を囚え、その獲物に囚われた陛下の長く歪んだ恋が終結した。

それでも、甘い夜はまだまだこれから…。


歪んだ銀の絲に囚われた蝶と蜘蛛が夜の森に輝き続けます。





---end---

最初から想っていた陛下ですが、ドSなのか…歪んだ恋を頑張りました。一回り大きい年の差は私としてはアリなのですが、皆様としてはどうだったのか不安です。

ちなみに、出ては来ませんでしたが側近は24と若いです。外見は白髪に右眼が淡紅色。左眼が蒼といった色に(ちな)んだ性格にしました。

最後までお読み下さり誠にありがとうございます。

指摘、ご感想などあればよろしくお願いします。

評価ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] ドSじゃなくてただの屑だろ 年の差よりも性格が屑の方が気に障る。 こういう屑はどうせ繰り返すからね、捨てられた方が話の展開としても納得出来るし、キャラの動きとして不自然ではないんだけど。
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