終章
「やれやれ」
彩香は言った。そして、元に戻った鏡を美紀の持っている鏡に重ねてまた、呪文を唱えた。
「虚空の世の管理者よ。ここに禍物を与えん。雷は雷、火は火、水は水、永遠の狭間に群がる魍魎。いざ、ここに扉を閉じん」
再び、鏡は光りだしもとの一つの鏡になった。
「完了」
「やれやれだね、お姉さん」
ゴツンと大きな音がした。
「何がお姉さんだ」
彩香は思いっきりナオキの頭にげんこつを落とした。
「え、いや、気が付いてたの」
「当たり前でしょ。焔玉が戻れば記憶も戻ることぐらいあんたも知っているでしょ」
「そりゃそうだけど」
横で美紀が目を丸くしている。
「美紀さんごめんね。改めて紹介するね。こいつはナオキことアマテラス。そして私がツキヨミです」
「アマテラスってあの天照大神のこと?」
「半分当たり」
「半分?」
「正確に言うと神であるアマテラスが子供を依り代にしてこの世に出てきた、というのが正解かな。私は焔玉を依り代にしてこの世に出てきたから、ちょっと違うけど」
「どう違うんですか?」
「人を依り代にすると不老不死になるの。物を依り代にすると生まれ変わりが身に着けることで力が発揮されるのよ。無論、人としての寿命しかないからあなたと同じように歳もとるんだけど」
美紀は2人の顔を交互に見つめながら頷いていた。
「私の場合、生まれ変わるたびに記憶がなくなるから、アマテラスはそのたびに面白がっていろいろといたずらするのよね。今回のことも全部知ってて、私をあなたのところに連れてきたのよ」
ナオキことアマテラスは頭をさすりながら、彩香ことツキヨミに向かって言った。
「だって、面白いんだもの。ところで、八咫烏はどうした?」
「え、あんたが持ってるんでしょ」
「僕持ってないよ」
「まさか、あのファミレスに置いて来ちゃったの?」
すると美紀が二人に向かって言った。
「八咫烏って、もしかして、あの黒い石のことですか?」
「そうそう」
「それなら、私が二つに割れた石を一つにあわせたあと、消えてしまいましたけど」
「消えた?」
「はい」
美紀は軽やかに答えた。
「どうするの、アマテラス」
「どうするって、どうしようもないでしょ」
「八咫烏が憑いたらどうなるの?」
彩香がナオキに聞いた。
「まあ、神ではないから別に大事にはならないけど・・・」
「けど・・・なに?」
「烏だから空を飛べるようにはなるかも」
「空を飛ぶ?」
大きな声を出したのは美紀だった。
「試しに飛んでみたら」
ナオキが言った。
「どうやって飛ぶのかわからないわ」
美紀が答えた。ナオキは指で背中を指しながらいった。
「こう、背中に意識を集中するといいよ」
「こう?」
美紀の背中で何かがうごめきだした。それは次第に大きくなって黒い翼になった。
バサバサ
何度か翼を羽ばたかせると美紀の体はまるで重さがなくなったように宙に浮かび上がった。
「飛べた!」
大喜びの美紀だった。彩香は頭を抱えて苦笑した。
「ツキヨミ、これって使えるよ。うん。美紀お姉さんにも手伝ってもらおうよ」
「そんなこといっても。美紀さんに迷惑がかかるかもしれないし」
「私大丈夫です。御二人のお手伝いをさせてください。ところで、お手伝いって何をするのですか?」
「そうね、さっきのように蝕を捕まえて、その鏡に封印することかな」
彩香はそう説明した。美紀はガッツポーズをして「がんばります」といったが、実はこの三人のお話は始まったばかりだった。
この世に発生している蝕はまだまだ、いっぱいいる。昔から魑魅魍魎とか妖怪とか物の怪と呼ばれているものたち。そして、蝕になる前の鬼成りを狩っていく。
彼らの蝕を封印する旅が今、始まった。