五章
「大丈夫だよ。封印を解くだけだから」
美紀は彩香をじっと見ている。
「だいじょうぶなの?」
そう言って、彩香はナイフを取り出した。ナオキは笑っている。
「じゃあ、ほんの少し先端を当ててみるだけども試したら」
「ほんのちょっとだけならいいか」
彩香は美紀にナイフをむける。美紀は慌てる。
「ちょっと待ってください。そんなナイフで刺されたら痛いじゃないですか」
ナオキと彩香はその言葉に笑いがこらえきれなくなった。
「美紀お姉さん、覚悟を決めて。痣はどこにあるの?」
「痣はここなんだけど」といいながら右腕の袖をまくった。
そこには三本の線が松葉のようになっている痣が現れた。
「じゃあ、いくよ」
彩香はナイフの先端を痣に当てた。ナイフは皮膚の中に引き込まれていく感覚。美紀は痛みを感じてはいない。もちろん、血も出ていない。
「だいじょうぶ?」
「大丈夫です」
美紀が答える。
しばらくすると刃先に何か硬いものが当たる気がした。彩香はそっとナイフを引き出した。ナイフの先には黒いガラス上の玉がくっついて出てきた。
「それそれ」
ナオキが叫んだ。
「それが烏石だよ」
烏玉は綺麗に二つに割れて、テーブルの上の落ちた。中からは紫色の勾玉が出てきた。ナオキが行った。
「それが焔玉だよ」
彩香はそれを手に取った。ほのかに暖かい温もりを感じた。次の瞬間、頭の中に次々と映像が浮かんだ。それは彩香の見たことのない時代のもの。そのすべてが彩香の中に染みこんでいく。気が付くと勾玉は消えていた。その代わりに手の平には炎の模様が浮かび上がっていた。
「なるほど、これが焔玉の力ね」
ナオキは興味心身に彩香を覗き込んだ。
「お姉さん、どうどう?」
「大体のことはわかった。つまり、私の力で鬼成りや蝕を退治したり、封印すればいいのね」
その様子を見ていた美紀は目を輝かせている。
「どうですか?私も神社の娘だから陰陽師には興味があるんです。よかったら私にも何かお手伝いさせてください」
「そうね・・・次にすることといえば、双面の鏡を見つけ出すことかしら」
「鏡?」
「何でも、蝕を封印するための道具で私の焔で作るんだけど、それにはオリジナルの鏡が必要なの」
「でもその鏡はどこにあるの?」
「美紀さんがさっき言った場所よ」
「私が?」
「上御霊神社の御神体の一つ。歌にも出てきた火雷神。それを鎮めるために奉納されたもの」
「待ってください。それって、簡単に手に入らないじゃないですか」
「大丈夫、これから行って、ちょっと借りてくればいいんだから」
彩香はナイフをしまうと席を立ち上がった。
夜の神社はひっそりとしている。ましてや、鎮守の森がある古い神社は格別な静けさがある。
ただし、それは一般の人々に関してだけだ。
意外と知られていないことだが、神社の境内は聖域であっても、結界などで悪しき物が入れないようにはなっていない
人が目に見えない神をあがめるための施設であって、神の住処ではないからだ。
彩香たち三人はそんな夜の上御霊神社にいた。
「大丈夫なんですか?こんな、夜中に」
心配そうな美紀が彩香に聞いた。
「大丈夫。確か本殿はこっちだったかな」
途中いくつもある扉は彩香のナイフでいとも簡単に開いてしまった。
「あの、そのナイフって何でも切れるんですね」
美紀が彩香に聞いた。
「大体のものは切ることが出来るみたいよ。ただ、ナイフで切るというより、ナイフにまとわり付いている私の焔のお陰だと思うけどね」
彩香は焔玉を手に入れてから、自分の焔を見ることが出来るようになった。まるで自分の体が燃え上がっているかのようにまとわり付く紫の焔。
最後の扉を開くとそこにはいくつかの御神体が置かれていた。
「えっと、これこれ」
彩香は青緑に錆びた丸い物体を手にした。それは表も裏も模様が刻まれた鏡状のものだった。普通、鏡の一面は平面になっているがそれはそうではなかった。
「お姉さん、来たよ」
ナオキが彩香の服の端を引っ張っていった。
「早速のお出ましか」
彩香は鏡を美紀に手渡して、建物の外に出た。
外は不気味な静けさだった。遠くから聞こえるはずの車の音も聞こえてこない。
不意にガサガサと音がした。
「来たよ」
ナオキが指差すほうを見ると何かが動いた。あまり大きくは無さそうだが、一匹ではないようだ。
「ナオキ、あんたは美紀さんとここに居なさい」
「はーい」
彩香はバックから小型のナイフを取り出した。
「火は黄泉の熱き息吹なり」
彩香はそうつぶやくとナイフを投げて、地面に突き刺した。
「水は天空の恵みなり、土は大地の力なり、木は盛名の息吹なり」
彩香は次々とナイフを地面に突き刺した。
「雷は神の御言葉なり」
5本のナイフを地面に突き刺すと彩香たちを囲んで五芒星が現れた。それぞれのナイフを頂点とし紫の炎の線で結ばれている。
「みんな動かないで」
彩香はそう叫んだ。
周りの暗闇からはぞろぞろと何かが這い出てきた。それは猫ほどの大きさの鼠のような生き物で顔だけは人のようにも見えた。
「お姉さん、これ蝕だね」
「間違いないわね。美紀さん、ちょっと鏡を出して」
美紀は胸の前で鏡を手の平に載せた。彩香はその鏡の上に手を載せて、呪文を唱えた。
鏡が金色に輝きだす。彩香が手を上に動かす。鏡から金色の光だけが吸い取られるように持ち上がった。光が消えた。彩香の手の中にはもう一つの鏡があった。
「さてと、美紀さん、もう少しここで我慢していてね」
そう言うと彩香は五芒星の結界の外に出た。
とたんに鼠の化け物が襲い掛かってくる。彩香は手にしたナイフでそれらを切りつける。
しかし、一度切れたはずの鼠どもはすぐにもとの形に戻り襲ってくる。
彩香は鏡を両手で持って別な呪文を唱えた。
「空蝉の世の支配者よ。ここに供物を与えん。天は天、地は地、狭間に漂う焔の光。いざ、ここに扉を開かん」
鏡の側面に一条の光の筋が現れて、二つに割れた。
鼠の化け物は吸い込まれるようにその隙間へ飛び込んでいく。最後の一匹が吸い込まれると鏡はまた元通りの一枚になった。