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第一章 灰色の転校生

 その日、朝からずっと雨が降っていた。


 六月初旬。まだ梅雨入り前だというのに、灰色の空は鉛のように重く垂れ下がっていた。


 神崎湊は傘を差す気もなく校門をくぐった。制服のシャツがじっとりと細身の肌に貼りつき凹凸のある腹筋を浮き上がらせる。誰もが早足で昇降口へと向かう中、湊はぼんやりと立ち止まっていた。


 教室のドアを開けると、空気がいつもより少しだけ張り詰めているのが分かった。

 黒板の前に担任の村上先生が立っている。その横に、ひとりの少年がいた。


「今日からこのクラスに転入することになった、篠原黎くんだ」

 村上先生の声が教室に響く。

 少年は無言で軽く頭を下げた。


 黎の髪は少し長く、前髪が目元を隠していた。白い肌に、どこか影のある表情。クラスの誰かが小さく囁く――

「……なんか、怖くない?」


 湊はなぜだか分からないが目の前の転入生から目を離すことができなかった。

 黎の黒い瞳は、まるで濡れた底なしの井戸のようだった。見つめるほどに漆黒の闇の底へと吸い込まれそうになる。

 だが次の瞬間、黎の視線が湊をとらえた。

 一瞬だけ、二人の目が合う。

 その瞬間、湊の胸に冷たいものが一気に流れ込んだ気がした。


 昼休み。

 黎は一人で屋上にいた。校則では立入禁止だが、鍵はなぜか開いていた。

 湊は好奇心からついていった。


「お前、危ないぞ。先生に見つかったら……」

 黎は振り返らなかった。

 風が彼の髪を乱し、制服の袖が雨に濡れていた。

 しばらく沈黙が流れたあと、黎が小さく呟いた。

「ここなら、音が消えるんだ」


「音?」

「人の声とか。心のざわめきとか。……全部、消える」


 湊は意味がわからなかったが、その声には不思議な重みがあった。

 ふと見ると、黎の手の甲に小さな痣のような跡があった。灰色にくすんだ、冷たい色。


「それ……どうしたんだ」

 黎は視線を落とし、ただ言った。

「――人の“痛み”って、映るんだよ」


 その言葉は――冗談のようでいて、冗談に聞こえなかった。


 その日の放課後、湊は友人の悠から奇妙な噂を聞く。

「篠原ってさ、前の学校で事故に関わってたらしいよ。友達が死んだって」

「……事故?」

「まあ、誰も詳しいこと知らないけどな。でも、あいつのせいだって言ってるやつもいた」


 湊の胸に、あの“灰色の痣”が焼きついて離れなかった。




 学校から帰宅したその日の夜、湊は自室で窓を開けた。

 外から吹き込む濡れた風と雨の匂いの中、ふと携帯の画面が光る。知らない番号からメッセージが届いていた。


【痛みを見た。君も見えるの?】




 湊はおもわず息を呑んだ。送信者の名前は――篠原黎――だったのだ。



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