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千年前の聖女様はギャルだった

草原は静まり返っていた。陽が傾きかけた空の下、一面の荒れ野に、ひとりの少女が立っていた。


「……マジでどこここ? ウチ、道とか全部忘れたんだけど〜」


制服のまま、白衣を羽織り、足元はクロックス。ありえない格好で、少女――アリサは、異世界にいた。


周囲を見渡してすぐ、彼女は気づいた。近くに倒れている、大きな獣の姿に。


「……うそでしょ。ちょ、めっちゃ血出てない!? え、ちょ、死んでんの!? 待って待って、やばいやばい!!」


そこにいたのは、神々しいまでの金色のたてがみを持つ神獣だった。

アリサは迷わず駆け寄る。震える手で応急処置を施しながら、何度も声をかける。


「お願い、生きてて……ウチ、あんたのこと知らんけど……でも……

 めっちゃ、頑張ってたって顔してんじゃん……死んだらマジ無理……」


涙が、頬を伝う。アリサの手のひらが、神獣の額に触れた瞬間――


まばゆい光が、彼女の身体を包んだ。


気がつけば、傷はふさがり、荒れ果てていた草原には、瑞々しい緑が芽吹いていた。


「……え、マジで? ウチ、なんかやった?」


それが、後に語られる『草原の奇跡』だった。


その奇跡を見ていた一人の青年がいた。


「……あの者が、神に遣わされた聖女、か」


王国の第一王子、レオニール。王宮では常に冷静沈着、礼儀と責務に生きる男。 それゆえに、異界より現れたという少女の存在を警戒し、密かに調査に訪れていた。


しかし。


遠目に見える彼女の姿は――信じがたいほど明るく、無防備で、どこまでも優しかった。


「ちょ、そこの子〜! そこの子供〜! ズボン逆だよ!? ウチが直したるわ〜」


彼女は子供に笑いかけ、神獣に顔をすり寄せられ、村人たちには自然に囲まれていた。


「……なぜだ。この国の民すら、あの者には笑顔を向けている……」


朴念仁の青年の胸に、初めて、説明のつかないざわめきが生まれた。


***


それからというもの、アリサは村に住み、動物や子供たちを癒す日々を送った。


「この子たち、マジでお腹ゆるいから、ハーブ入りのお湯でちゃんと水分取らせて〜」


「うわ、泣きやまないの? ウチが抱っこするわ〜。こちょこちょ〜……あ、笑った〜! かわい〜〜!!」


その姿を、王子――レオニールは陰から見守る。


「聖女とは……あのように、無防備なものなのか……?」


いつしか彼は、日課のように村を訪れるようになっていた。


やがて戦が起こり、アリサが敵に狙われたそのとき――王子が彼女を庇い、深手を負う。


「バカじゃないの!? 何してんの!? ウチのことよりっ…!自分のこと大事にしなよ!!」


泣きながら彼の胸にすがったそのとき、彼女の中で何かが目覚めた。


暖かな光があふれ、王子の傷を癒していく。


「……アリサ。お前は、やはり……奇跡そのものだ」


「うっわ、何そのセリフ……でも、ちょっとキュンとした〜……」


***


それから月日は流れ、二人はある夜、神殿の祭壇で『魂の契り』を交わした。


「レオニール。ウチ、たぶん帰れんかもしれんけど……後悔はないって感じ」


アリサは灯火に照らされながら、まっすぐに彼を見た。


「お前の存在が、私の価値観を変えた。運命を共にしたいと、初めて思った」


彼はゆっくりと手を差し出す。その手に、自分の手を重ねたとき、アリサはにっこり笑って――


「んじゃ、ウチらもう、運命共同体ってことで☆ よろしく、未来の王様」


光がふたりを包み込む。


それは、神も祝福した、世界にひとつの誓いだった。


***


ある晴れた昼下がり、ふたりは神殿の裏庭で、揃って草の上に寝転んでいた。


「なーんかさ〜……空、青くて、マジありがたみ〜って感じしない?」


「……私は常に自然に感謝しているが、そういう表現は新鮮だな」


「でしょ〜? なんか、ウチと出会ってから、レオ様もちょいちょい柔らかくなってきたよね〜」


「……否定は、しない」


アリサが笑って、彼の肩にごろんと頭を預ける。レオニールは一瞬だけ戸惑ったが、そのまま動かず、黙って受け入れた。


「んふふ。そゆとこ、優しい〜」


「……お前が、そう言うからだ」


その言葉に、アリサの顔が一瞬赤くなる。


「うっわ、今の……破壊力エグい〜〜!! ちょ、レオ様、それ反則〜!!」


「……何が反則なのかは、理解しかねる」


それでも、彼の口元は、わずかに緩んでいた。


神に祝福されし恋は、いつまでも穏やかに、あたたかく続いていた。


***


アリサの残した言葉と行いは、千年を経てなお、神殿に祀られている。


曰く――


『マジで無理なときは休め。ウチも昼寝してたし☆』


***


「……この一節は、いったい……」


神殿の一室で、神官長は深くため息をついた。

机の上には、ラメ入りインクで書かれた、アリサ聖女の直筆羊皮紙がある。


『ときにマジ無理☆マジやば☆でもいける☆信じてる〜!! って気持ちが、だいたい奇跡呼ぶし〜』


「……翻訳すると、『祈りとは、心からの信念と希望であり、それが世界を変える原動力となる』、でしょうか……」


「さすが神官長……また一文、解読が進みましたな」


隣で静かに記録を取っていた若き神官が言う。


「……違う、問題はそこではない」

神官長は額を押さえる。「この文献、なぜかすべての句点がハートで書かれている……」


「はっ……!それは、聖女様が“語りかけるように記す”ことを意識されたのでは」


「……だとしても、文末がすべて『〜し☆』『〜だし〜』『〜かも〜!』では……!」


かつて世界を救ったとされる聖女の遺産を前に、

神官長は今日もまた、ギャル語と信仰の狭間で静かに悶絶するのだった。


***


「…………ふむ」


玉座の間。王は、そっとその羊皮紙を読み終え、ゆっくりと目を閉じた。


「御先祖様は……想像以上に奔放な方だったのだな」


控えていた側近たちは、声をかけるべきか迷って黙り込んでいた。


王は再び羊皮紙に視線を落とし、そこに書かれた一文――


『マジ感謝☆やっぱ愛ってだいじ〜!』


を、静かに読み返すと……ほんの少しだけ、口元が綻んだ。


「……その通りだな。感謝と愛。王たる者、忘れてはならぬものだ」


神殿の片隅に置かれた、ラメ入り羊皮紙。その前で、王は深々と一礼した。


「アリサ=ミヤイ。我が祖、我が始まり。……この国を、守り続けよう」



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