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薔薇:2本→「この世界はあなたと私だけ」


 ……メフィストよりは、大分マシかも?


 数日、クロヴィツさんに「匿われ」た私の感想は、そんな程度のものだった。


 私の知っている原作小説の宰相クロヴィツは明らかな「悪役側」だったが、それほど出番が多いわけではなかった。元々「王太子殿下~」の小説は僅か一週間程度で嵐のようにルシウス・コルヴィナスがヴィクトリア・ラ・メイを辱めた王太子の周辺を粛正し報復し、斬殺していくものだったから、尺の関係でわざわざ細かく描写している余裕もなかったのだろう。


「……そう、一週間、だったのよねぇ?」


 おや、と、私は首を傾げる。時系列的に、おかしくなっているのだ。もっとこう慌ただしくRTAのようにできる限りの無駄を省いて王都を血の雨に、というはずだった原作小説と違って、随分とのんびりしている気がする。気付けば確かに、明日が建国記念日のためのお祭り、王宮では舞踏会が開かれるとクロヴィツさんに言われたが……ここまで二か月くらい時間があった。


「あれからヴィクトリアも出てこないし……」


 舞踏会に出ればルシウスに会えるとだけ言い残して、ヴィクトリア・ラ・メイの姿は見えなくなった。消えたわけではないだろう、そういうことはなんとなくわかる。


「シルビアへ……っと。手紙のやり取りが出来てよかった」


 クロヴィツさんは私がクリフトン伯爵になったシルビアと懇意であることを知ると、舞踏会の招待状を送ると言った。元々先代伯爵であれば問題なく送られた招待状だが、女当主、それもこれまで冷遇されていたシルビアを貴族や王室がどう扱うかはまだ判断の別れるところだったらしい。


「……わぁ。メフィスト、わぁ……シルビアに迷惑かけてるっぽいなぁ……」


 シルビアからの手紙には、彼女らしい上品だが皮肉たっぷりな言い回しで、私がメフィストの元を逃げた直後、シルビアの所へ「匿ってんだろうが、出せ」と借金取りのヤ〇ザのような剣幕でやってきたことが書かれている。『脚の健を切っておかなかった自分も悪いって、仰っていたわよ。反省しているらしいわ』と、全く持って私には反省しているように感じられない恐ろしい内容もあり、見なかったことにしたかった。


「さすがのメフィストも、クロヴィツさんのところにいるとは思わないわよね。よし」


 うんうん、と、私はヴィクトリアの言う通り王宮にやってきてよかったと安心する。確かに他に行くところ、頼れるアテといえばシルビアのところくらいだっただろう。


「……レオニス殿下は、明日の舞踏会にルシウス・コルヴィナスを招待したと大々的に発表された」


 夕食を持ってきてくれたクロヴィツさんの顔色は、今朝よりさらに悪くなっていた。


 私を隠してくれているクロヴィツさんの書斎にはたくさんの書類……抱えきれないほど大量の仕事が積み上げられており、少なくとも明け方までクロヴィツさんが書斎の机から離れることはなかった。苦労人という言葉ではややこの人の狂気が柔らかくなってしまう気もするが、過労死寸前という顔である。


「レオニス殿下……え、なんでそんなこと?」

「立場を明確にするおつもりなのでしょうな」

「立場……王室……謡われる黒薔薇、民衆の敵、暁の英雄に打たれるべき「腐敗した王」とは、自分は別だって?」

「さよう」


 英雄卿。民衆に救世主と求められるルシウス・コルヴィナスを「歓迎する」姿勢を見せる「次世代の王」であると。


「……え。でも、アルフレッドとか……ヴァリニ子爵、死んでるのよ?側近だったんでしょ?」


 確かに、王太子殿下はルシウスがヴィクトリアのために暴れまわっているなど知らないのだろうが……それにしても、何を考えているのかと、顔を顰めるクロヴィツさんの気持ちは、さすがの私にもわかる。


 建国記念のお祭りに、王宮で開かれる舞踏会に、王太子が笑顔で全力でお迎えしていいものではない。


 普通であれば謀反人、犯罪者、殺人鬼、狂人という扱いにして、厳重警備のもと王宮には一歩も踏み入らせないようにするべきではないのか。だというのに、まさかのもろ手を挙げての大歓迎。熱烈に、公式の声明まで出して「王太子の名でルシウス・コルヴィナスに招待状を」「と言っても、どこにいるかわからないからね」「入口でぜひ受け取ってくれたまえ」と言うのは……


「アホの子なの?」

「私とクラウディア陛下の子だが?」


 どっちかをアホだと言っているわけではないのだが、クロヴィツさんに微妙そうな顔を向けられたので黙った。


「……舞踏会ではレオニス殿下と、聖女レイチェルの婚約が正式に発表される」


 そこにルシウス・コルヴィナスがいたら、火に油なのではないかと私は思ったが、まぁいいだろう。


「貴様には、ヴィクトリア・ラ・メイの着るはずだった王子妃の衣装を用意した」


 レオニス殿下がレイチェルとの婚約を発表し、王室と神殿の結びつきを強固にすることを宣言し、そこにルシウス・コルヴィナスが登場して、レオニスはルシウスを従えて、皇帝クラウディアの悪政を糾弾し、退位を求める、あるいはその場でクラウディアの死をも求めるのかもしれないと、クロヴィツさんは説明してくれる。


「…………あぁ、レオニス殿下、あぁ、ヴィクトリア・ラ・メイの糾弾が上手くいったから……あぁ、味をしめたのかな……」

「愚かなことだ」


 自分の見ているものが世界のすべてだと思い込んで、そうして世界の中心が自分だと、主演男優を気取れるのは、ヴィクトリア・ラ・メイの舞台の上ではとてもいい道化かもしれない。


「で、つまり。わたしはその場に現れて、ヴィクトリア・ラ・メイを演じればいいってこと?」

「そういうことだ」

「…………ちょっと提案が」


 ふと、私はここで、自分が行うべきことがクロヴィツさんの望む通り、ヴィクトリア・ラ・メイを演じて、舞踏会で大勢の前でレオニス殿下の非道の糾弾ではないような気がしてきた。


「……クロヴィツさんの望みって、本当のニーズって、クラウディア陛下の首を絞めて殺すことじゃないわよね?」

「……………」

「えっと、クラウディア陛下が、色々限界でもう見てられないから楽にしようとしてるのはわかるんだけど、死んでほしいわけじゃないですよね?」

「……」


 クロヴィツさんは私を睨みつけた。この選択を、この考えに至るまでどれくらいの時間をかけたのか、どれほどの想いがあってのことなのかと、何も知らない、想像する程度しかできない小娘が、という敵意を感じるが……それはそれである。


 私は首を傾げた。


 この人の方が、メフィストより味方にできるんじゃない?


「クラウディア陛下が病んだのは、先代の皇帝に無理な命令をされてそれを実行するしかなかったからですよね?で、クロヴィツさんはヴィクトリア・ラ・メイの死体をバラまく先代皇帝の遺言はくそくらえだ、と」

「あの方の犠牲や苦悩の上に救われる国など、亡べばいい。あの方も、それがわかり、諦めてしまえばいいのだ」

「いやいやいや、国は……救っておきましょうよ」


 私は書斎の机、ソファや至る所に山積みになっている書類を指さした。


「今もあれ、全部、多分、この国を続けるために必要なやつですよね。燃やしてないし適当に処分してないし……国は、救えるなら救っておきませんか?思うんですけど、クラウディア陛下は確かに「もう苦しまなくていい」って、言ってあげた方が良いですけど、でもそれ、折角なんで、国を救って「もう全部終わったんで、苦しまなくてOKっすよ、陛下」って言ってあげませんか?」

「……ヴィクトリア・ラ・メイは死したはずだ。もう先代皇帝のお考えになられた救済処置は……」

「ルシウス・コルヴィナスが神様を殺せるそうなんです」


 私はマーカスさんに聞いた、精霊王とヴィクトリア・ラ・メイの約束についてかいつまんでクロヴィツさんに説明した。私より数倍も頭のいいクロヴィツさんは私のややわかりづらい説明に2,3言質問を挟みながら、徐々に眉間の皴が深くなる。


「……………化け物なのか、ヴィクトリア・ラ・メイ」

「皆そういう反応しますよね」


 話を終えて、考えをまとめ、クロヴィツさんは頭を抱えた。


「……しかし、まぁ、なるほど。私が、陛下の死肉を掘り返して獣に食わせても、そうせずクラウディア陛下の想いが叶ったとしても……ハッ、ハハハッ!」


 引きつった笑い声を上げるクロヴィツさん。


「母娘揃って、なんと傲慢なことだ……。あぁ、つまり……薔薇の大君が……我が君に託したのはせいぜい保険程度のものだったということか……!!」

「え、え?はい?」

「自身を百に、千に、万に分けてばら撒くなど、ただの時間稼ぎ目的だった、というわけだ」


 ヴィクトリア・ラ・メイが化け物だった。本来「国の為の生贄」であるなどと、そもそも先代皇帝は「その程度なら国に消費されろ」とお考えであったのだろうとクロヴィツさんは嗤う。


「……つまり、先代皇帝は、ヴィクトリアが化け物なら、自分が見つけた以外の手段で国を救えるとお考えだったってこと?いや、でも、ルシウス・コルヴィナスが有効手段だってことは、知らなかった…………………知ってたっぽい気もしてきたな」


 私も頭を抱えてしまう。


 なりふり構わず自分を薪にしてルシウスを復讐の悪魔にする、というのが外敵に対して有効な手段だとして「それが選べないなら死んで体をバラまかれろ」という道を自分の子孫に残した先代皇帝陛下。


 …………………ルシウス・コルヴィナスを、自分で復讐の悪魔にする選択肢が取れなかったんじゃないのか、先代皇帝陛下。


 自分勝手、自己中心的、利己的人間のバーゲンセールだなぁ、と私は頭が痛くなってきた。


ろくでもない男とろくでもない女しかいない。ラ・メイ伯爵夫妻だけが善だよ。

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