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薔薇:緑→貴方は希望を持ち得る



「っ、か、監禁……はっ、どうかと思うがッ!!!!!!」


 貴族として生まれてきた者が「人生の中で最も関わりたくない貴族と言えば?」という質問に対して、100人中98人が「ドマ家」と答えるという意味をやっと理解したルイスだったが、それはそれとして、目の前の男女の行動に対して、待ったをかけないのは騎士としてよくないと言う判断ができた。


 おぞましい、いや、恐ろしい事実を知って倒れた自分はどこまでも情けない男だ。そうしてじゅくじゅくとキノコのようにいじけて引きこもっていれば、きっと何もかも終わった頃に「なんだったんだ」と空を見上げることもできただろうという予想。けれど、それが選べていればルイスは騎士に憧れることなどなかった。

 というわけで、物音がして気付き、メフィスト・ドマの部屋をそーっと伺ってみれば、カッサンドラがメフィストに、どう聞いても監禁or死しかない問答を乞われている。


 慌てて待ったをかけて二人の間に入り込もうとすると、ひょいっと、メフィストがカッサンドラの腰と腕を引き寄せてルイスを避けた。


「おい、邪魔すんなよ。こっちは大事なプロポーズの最中だぜ?」

「わたしの知ってる求婚と違うような……」

「ははは、こっちの世界はこれが普通なんだよ。信じてくれ」

「そうなの?」


 まぁ、貴族社会だしそうかも、と納得しかけるカッサンドラにルイスは慌てる。賢そうな目をしていると思ったが、メフィストへの信頼から頭が悪くなっていないか。騙されやすいのかと心配になる。しかしルイスがはらはらとカッサンドラを心配すると、メフィストの機嫌が目に見えて悪化した。


「ッチ……〝選ばれし白馬の王子さま”が」


 忌々しそうに口にするが、王子はレオニス殿下である。


 



「とりあえず、状況整理と、わたしとルイスがマーカスに聞いた話をまとめてもいい?」

「……あぁ。そうだな。聞いてやるよ。ただしアンタはここだ」


 ひとまず一端落ち着くことにして、ルイスは椅子に、メフィストはベッドに腰かけた。その膝の間を指定してくるのでカッサンドラは素直に座るが、ルイスは「……いや、駄目だろう」と頭を抱えたい。


「で?あの自称エルフから何かわかったのか?」

「えぇ。ヴィクトリアの目的というか、彼女……精霊王と契約していたみたい」

「へぇー」


 メフィストはあまり驚かなかった。ルイスは「知っていたのか」と質問したが「知らねぇが、色々組み合わせば、まぁ、不思議じゃねぇ」と答えた。おそらく、ルイスたちとは別の方法でメフィストも情報を仕入れているのだろう。


「ヴィクトリアは、神様を殺そうとしているんですって。でもそのためにはルシウス・コルヴィナスっていう凶器が必要で……」

「なんであのオッサンなんだ?……巻き込まなきゃただの部外者で終わっただろ。まぁ確かに……異常に強いけどよぉ」


 ルイスも最初はそれが気になった。

 英雄卿。この国の騎士、それを志す者、少年たちが寝物語に聞いて育った英雄譚の主人公。確かに彼は童話の中の人物のような「英雄」だが、彼の登場する英雄譚の相手は国や人間だ。おとぎ話のように竜と戦って勝利したわけではない。なぜ、神を倒す、殺すための凶器に選ばれたのか?


 妖精王から説明を受けたマーカスの答えは簡単だった。


「彼、搾りかすなんですって」

「いやいや、ドマ公爵令嬢、カッサンドラ、もう少し違う言い方だった気がするんだが……」


 あまりにストレートすぎる表現に、ルイスは待ったをかける。


「この世界を作った存在の、最後の懸念、あるいは最後の反撃、反抗。救済措置、と、そんな表現だったと思うんだが」

「搾りかすじゃねぇか」

「搾りかすよねぇ」


 無神論者か?まぁ、この国でもまだそうした者はいるだろうと、ルイスは額を抑えるだけにした。


「……あまりに、大それた話だ。我らが救い主、神聖ルドヴィカを……殺そうとするなど」


 ルイスはこの国の若い世代であるので、当然幼いころから神殿、神聖ルドヴィカの信仰を知っている。ロートン公爵家は入信しているわけではなかったが、神殿に対しての敬意を父は持っているようだったし、家の敷地内に信者の使用人たちが使えるよう小さな教会も建てていた。


 マーカスの話によれば、ヴィクトリアは旧時代の神の意思として、ルドヴィカの神を「敵」と認識し、それを殺すためにルシウス・コルヴィナスを凶器にするため、自分自身を薪にしたのだと言う。


 世界を飲み込む神を焼き尽くすための火は、篝火程度では話にならず、憎悪と敵意と復讐心、世界を敵に回しても「殺す」という強い殺意が必要だった。この場合の「世界」とは、すでにルドヴィカの神が掌握しているため、こうした「世界への憎しみ」が必要になると、そんな……ルイスからすれば、全くついていけない話を淡々とされたわけである。


「……やはり、ヴィクトリアは……彼女は、悪女なのか?」


 ルイスには理解ができない。

 なぜルドヴィカの神を殺そうとするのだろうか。何が問題なのか、ルイスにはわからない。マーカスや、精霊王は明確にルドヴィカの神を「敵」だと告げた。そのためにヴィクトリアの行動は「正統性」があり、妖精王はヴィクトリアを支持し、「彼女が自分自身を薪にしてルシウス・コルヴィナスを神殺しにするのなら」と、彼女の「唯一の願い」を叶えることを約束したと言う。


 だが、何が……問題なのだろうか。


「善神ゼーヤヴェは、救いの神だ。ルドヴィカの信仰により救われる者も多く、この国だけではなく、大陸の多くに信者がいる。神殿のシステムは貧困救済から文化の保護、発展にまで及んでいる。――すでに信仰は人々に必要なものだ」


 ヴィクトリアが……自身の身に起きたことを全て「了承済み」としていたのなら、英雄卿の復讐心は人工的な物、養殖されたものではないのか。ルイスは頭を振った。ルイスには理解ができない。


 なぜ神を殺す必要があるのだろうか?


「……俺には、理解ができない。神を殺すなど、恐ろしいことだ」


 たとえば訓練でつらい時、自分自身が成長できず悔しい時、眠る前に神に祈る、あるいは自分自身のふがいなさを告白する時、ルイスの心は救われた。知り合いの騎士が遠征に出る時に、無事を祈ることで何か、ただ待つだけではない不安が和らいだ。ルイスは神の存在を身近に感じたこと、奇跡を目のあたりにしたことがあるわけではなかったが、人々の暮らしの中に「祈る神がいない」ことが恐ろしく感じる。


 マーカスはルイスの疑問を晴らす言葉をくれなかった。ただ「自分の世界が侵略されているのを黙って見てるってこと?」とルイスを冷たく見つめただけだった。


「え、でも、私は……ヴィクトリアの望みを叶えないと自分の望みを叶えられないし……それに、ルイス、貴方の話だと……神様そのものが、いてもいなくても、あんまり変わらないじゃない?」

「は……?はぁ!?」

「え、だって、そうでしょう?祈る先、心の中に思い描く「神様」がいれば……実際にいなくても、よさそうに聞こえたけど…………ほら、こう、童話の中の女神様を崇めるみたいなことでも良いってことでしょ?」

「ハ、ハハ、アンタはそう考えるのか」


 カッサンドラの言葉にメフィストは面白そうに笑うが、ルイスからすると不敬極まりなく、ドマ家の人間は神に対して恐れを知らないのかと、唖然としてしまう。


「い、いいわけないだろ……?!存在しないものを崇めるなんて……ただの妄想じゃないか」

「でも、実際に降臨してくれなくても問題なさそうだったし……祈って前向きな気持ちになりたいだけなら、別に……」


 偶像崇拝をしろというのかと、ルイスはカッサンドラの考え方についていけない。


 ただ、カッサンドラの中ではその考えが「問題ない」と判断されているようだった。


「ルシウス・コルヴィナスがルドヴィカの神を殺しちゃっても、神殿、聖職者や神殿のシステム、信者の人への教えは変わらないでしょ?ほら、こっそり殺しちゃえば、誰も神様が殺されたことなんか知らないわよ。今も、別に大々的に姿を見せてるわけじゃないんだし?」

「ハハハハ、そりゃそうだ。正しくは、これから降臨させようとしてるってわけだがな。国の建国祭に合わせての神降ろしだとよ」


 そこでサクっとルシウス・コルヴィナスにルドヴィカの神を殺して貰えれば「ヴィクトリアの願いが叶う」とカッサンドラは主張する。


「……………」


 ルイスは目の前のカッサンドラや、そして彼女と同じ姿のヴィクトリアがおぞましく見えてきた。見た目はどこまでも美しい令嬢だ。だが、微笑んで行動するその何もかもが、あまりに自分本位に過ぎる。いや、たとえそこに何か崇高な目的があったとして、他人にそれを理解させる気が微塵もない。他人に自分の思考を理解させる必要性を感じず、「これがきっと一番いい」と思ったら、他人の心情や思い、価値観をそこに追記することなく自身の計画を実行するのだ。


「なぁ、ルイス。親愛なる世間知らず、ちょっと俺と話さねぇか?」


 さて、話も終了し、カッサンドラは日中の疲労もあって入浴後に就寝することとなった。そうして残された男二人、カッサンドラの考えについていけないルイスに、メフィストが妙に優し気に話しかけてきた。


「…………なんだ?」

「気の毒だよなぁ、アンタ。とにかく悩んで吐いて苦しんだっていうのによぉ。誰もあんたの意見は聞いちゃくれねぇんだ。ちょっと俺と契約しないか?」

「ドマなんかとするわけないだろう」

「ハハ、そりゃそうだ。そりゃ、もっともだろうな。だがどうだ?俺個人との契約だ。アンタに悪い条件があるなら、訂正してくれりゃいい」


 メフィストは、ドマの人間だというのにこれほど優しい声が出せるのかと驚くほど甘い声でルイスに話した。


「アンタはルドヴィカの神を守りたいんだろう?騎士として神を守るために戦うなんざ、聖戦に赴く聖騎士だ。立派じゃねぇか」

「…………馬鹿にしているのか。それとも、俺を手ごまにしたいのか。コルヴィナス卿の足止めをしろと?」

「は?やるならちゃんと殺れよ。やる気ねぇのか?」


 メフィストの金の瞳が真っすぐにルイスを睨んだ。


「ヴィクトリア・ラ・メイはテメェを「めでたしめでたし」の王子さまにする気だぜ?カッサンドラとテメェがルシウス・コルヴィナスを「止めるため」に奮闘して、互いに手を取り合って謎やら問題に取り組んで、振り返った時に「あなたはすてき」と微笑めるような、ははっ、反吐が出る」


 綺麗に宝石や銀細工で装飾された大きな絵本を膝に抱え、最後にページで目覚めた騎士のルイスと勇気ある令嬢カッサンドラが互いの手を取る挿絵を見て、本を閉じたいのだろうとメフィストは笑う。


「……ヴィクトリアの目的は、自分の理想の物語を読むことだったのか?」

「は?違ぇよ、何聞いてたんだ、頭弱いのか?目的ははっきり、ルドヴィカの神を殺す事だろうが」

「だが……なら、なぜ俺とドマ公爵令嬢を?」

「そりゃ、ご褒美が欲しいからだろ」


 メフィストは肩を竦めた。


「妖精王の、元々のこの世界を作った連中の、またはこれまでこの国を守って来た誰かさんの目的を「叶えてやる」ご褒美に、欲しい素敵な絵本をくれと強請っただけだろうぜ」

「待ってくれ、それじゃあ……目的が、ついでじゃないか?そのために、自分に対してあんな結末を受け入れた、のか……!?」


 そうだろ、とメフィストはあっさり肯定した。

 お使いに行きたくない幼子に「おつりでアイスを買っていいからね」と外に行かせるような。道中どんなに怖い目にあおうと、疲れようと、嫌だろうと「アイス食べていいなら」と目的を果たす。


 ルイスは混乱した。

 わからないことばかりで、何から理解すればいいのかさえ、もうわからない。


「……なぜその「めでたしめでたし」が、自分じゃないんだ……?」

「さぁな。化け物女の考えなんてわかるかよ」


 さて、とメフィストは契約書をテーブルの上に広げた。その小脇には真っ赤な宝石のついた指輪と小瓶。


「てめぇじゃルシウス・コルヴィナスにゃ勝てねぇだろうからな。ちょっとした「ご加護」ってやつだよ」

「……加護?」

「ルドヴィカの神サマからな。この指輪と、聖水でアンタは晴れてルドヴィカの神の聖騎士だ」


 契約書はルドヴィカの神聖文字で、神への忠誠と、変わらぬ愛を捧げること……とくに問題のない、騎士の誓いと似ていた。何かメフィストへの見返りがあるとか、そうした文言もなく、メフィストはこの契約において何か利益を得ることもなさそうだった。


「……なぜメフィスト・ドマがこんな契約書を用意した?それに、俺に……これでは、ドマ公爵令嬢を妨害することにならないか?」

「邪魔しろっつってんだよ。わかんねぇ野郎だな……」


 苛立たし気にメフィストは髪をかき上げた。


「……ドマのお前が神を必要としてるのか?」

「あぁ、今はな。いてもらわなきゃ困るんだ」


 絶対に良からぬ意味だろう。


 ルイスは契約書への署名を少しためらった。だが、やはり何度考えても……人々から神を奪うというその行動が正しいようには思えない。


 ヴィクトリアの目的、そしてルシウス・コルヴィナスを止める「力」あるいは「方法」を手に入れることは、ルイスにとって悪いことにはならないだろう。


 そう判断し、ルイスは署名した。

 

「よし!これでアンタはカッサンドラの王子さまにゃならないな!よし!」

「……え、それが目的か?」

「いや、まぁ、ついでだけどよぉ……はは、可能性は潰しておくべきだろ?」


 契約書を嬉しそうに掲げるメフィストに、ルイスはまぁ、この契約は大丈夫なんじゃないかな、と楽観的に考えられそうだった。





悪魔と契約して良いわけないだろ。

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