7、リアトリス:傲慢
「ルシウス・コルヴィナスが親父を殺した」
そろそろ私はドマ家へ戻ったほうがいいだろうかと話し合っていた頃に、黒い身なりの男性がやってきて、メフィストと何かを話していた。慌てた様子の訪問者とは変わってメフィストの様子は始終冷静だったが、話し終えた男性がその場で崩れ落ちて息を引き取ったのを確認すると暫くそのままじっと考え込むように口元に手を当ててた。
私とルイスは顔を見合わせ、何かよくないことが起きたのではないかと案じたが、ややあってメフィストが情報共有してくれたのは、その彼の冷静な声にはまるで合っていない内容だった。
ドマの屋敷は炎に包まれ、使用人や在中していた騎士たちはルシウス・コルヴィナスに斬殺された。
ドマの当主であるエリック・ドマ公爵もその中に含まれており、メフィストが暫くじっと考えていた内容は「つまりドマの当主はこの俺か」ということらしい。
「……メフィスト。その、」
大丈夫なの?と、私は感情の読めないメフィストの腕にそっと触れた。
黒ぶち眼鏡の青年はびっくりしたように目を開き、笑顔を浮かべる。
「うん?あぁ。ドマの男なら親父を殺すか何かに嵌めて爵位を奪うべきだったんだが、まぁ、こういうケースもあるだろ。俺は公爵なんてガラじゃねぇから、あとで適当にスキャンダルを起こして子爵くらいにするつもりなんだが、」
「そうじゃなくて。貴方のお父様でしょう?」
ルイスが気をきかせて部屋から出て行った。父親の死に関して、メフィストはルイスが居たら悲しむ姿を表面に出せないだろうと考えたのかもしれない。
軽口でドマの当主が火に焼かれようと、などと話はしたが、実際は違うだろう。とくに二人の仲は悪くは見なかったし、メフィストとエリックはよく似ているように感じた。何も感じていないわけはないだろう。
「俺の心に寄り添おうなんて物好きはアンタくらいだよ。嬉しい限りだが、これに関しては本当にこれっぽっちも、俺の心に歪みを産んでない。それより、なんだってあのオッサンがこんな暴挙に出たのか、俺はそっちの方が気になるな。親父は少なくとも、ルシウス・コルヴィナスの敵じゃないはずだ」
メフィストはベッドに腰かけてこれからの話をしたがった。私を自分の膝に座らせると、髪に指を絡ませる。寂しくなった時や不安な時に子供が自分の気に入りのぬいぐるみを抱きしめるようなものだろうと判断して私はメフィストのしたいようにさせることにした。
「ヴィクトリアの身体を解放させようとした、わけじゃないわね。なら貴方を狙うし、貴方を狙う前段階で邪魔だったと判断したにしても、使用人たちまで殺す必要はないわ。――誰かがルシウスを錯乱させた可能性がある。その場合、候補になるのはマーカスだけど、私はまだ彼に会ったことがないのよね」
「マーカス?あのニヤニヤした優男か?」
原作での彼については知っている。マーカスという名前を使っている自称エルフの青年。白い肌に尖った耳、瞳の色は魔法で変えているが本来は赤だ。人好きのする笑みを浮かべて、物腰が柔らかそうな好青年として描写されているが、耳が尖っていて肌が白い異種族はエルフだけではなく吸血鬼や悪魔だってそうだ。
原作ではマーカスはルシウスのよき友人として登場する。彼の復讐のサポートを行い、人付き合いが下手なルシウスはマーカスの機転に救われる場面も多くあった。見せ場らしい見せ場はない。サブキャラ、脇役、人の記憶にあまり残らない、あぁ、そういえばそんなキャラクターもいたかな、と、気付けば舞台から退場していても誰も気にしない。だが、言い換えれば、マーカスがいなければルシウスは復讐の暴力の嵐で居続けることはできず、どこかで頓挫しただろう。
(この物語はカッサンドラがわたしであることで、原作とは異なっている。でも、本来の流れから変えようとしているのは私だけで、それ以外は皆、自分が考えていることを行おうとしている)
死体人形カッサンドラが出来ることは限られている。人が十人いて、カッサンドラが腕を引っ張って前に進むのを邪魔できるのは一人だけだ。大声をだし、両腕を広げても、数人は本来の意思の通りに進んでいこうとするだろう。
(そうなると、原作でルシウスが止まりそうな問題、壁、何かに躓く、あるいいは立ち止まりかけた時に、背中を押すのはマーカスだった)
私はまだ会ったことのない推定エルフの青年が善意を持ってルシウス・コルヴィナスに接しているのでも、悪意を持っているのでも、それはどうでもいいことだった。ただ、ルイスを狙うだろうと思われていたルシウスが、物語の順番を変えて、本来はもっと後に退場するはずだったエリック・ドマを退場させた。
ルシウスの心に何か、変化が起きていたのではないだろうか。
今は時系列で言えば、原作ではヴィクトリアと同じ年頃の少女を殺せないというトラウマが発覚した頃だ。ただ今回はそれが起きていない。
「……………メフィスト、わたしを助けてくれる?」
「何か考え付いたんだろう?何を言ったっていいんだぜ。俺はアンタを助けるためならなんだってできる魔法使いになりたいんだ」
「エリック・ドマ公爵の考えを引き継いで欲しいの。それと、ルイスとルシウスを会わせるために、貴方にはちょっとしたお芝居をしてもらう必要があるわ」
父親を失ったばかりの彼に頼むようなことかと私で自分が嫌になった。
けれど、私が内容について詳しく考えを伝えると、メフィストは面白そうに眼を細める。
「アンタは優しいな。だが、そのお芝居じゃ観客は満足しないだろうよ。俺たちはドマなんだぜ?」
そうしてメフィストは、燃えたドマの屋敷の後から探し出したエリック・ドマの生首を公爵家の門の前に晒し、その脳天に薔薇の紋章の刻まれた短剣を突き刺した。ズタボロにした公爵の身体の傍にはエリック・ドマが関わった数々の「悪」の証拠がバラまかれ、血文字で「暁の薔薇により、真の玉座の主が戻る」と記された。
カッサンドラ「そこまでやれとは言ってない」




