*復讐するは我にあり*
ルシウスは焦燥にかられていた。
頭の中でヴィクトリアの最期の姿が何度も蘇る。苦痛に顔を歪め、涙を流し、ルシウスに仇を取ってくれと懇願していた彼女の記憶がよみがえる。
(いや、いや、そんなことを……あの方は言っていただろうか?)
頭を振る。そんなことを、ヴィクトリア様は望まれていなかった。いや、どうだったか。だが、この脳裏に鮮やかに蘇る記憶をルシウスは振り払えなかった。
ルシウスは剣を振るう。ドマの屋敷の中で、ドマにいつまでもいいようにされていてはならないという焦りがあり、ルシウスは剣を振った。ドマの騎士や、ドマの戦士がルシウスを止めようと立ちはだかるが、ルシウスはなぜこの程度の暴力で自分を止められると思いあがれるのか不思議だった。
そうだ、ドマだ。ドマを殺さなければならない。
ヴィクトリア様がそう願っている。
ヴィクトリア様の死はドマの所為だ。そうルシウスは耳元で囁くヴィクトリアの霊に告げられた気がした。彼女の幻影が涙を流している。助けて欲しいと、彼女はいま炎に焼かれていて、熱くて苦しくて、そして孤独なのだと言う。ルシウスは「はい、ヴィクトリア様。お嬢様」とそれに従った。従っていると、心が楽になる気がした。何も悩む必要がない。彼女の望むことを、しっかりと自分ができているのだという気持ちになった。
なぜヴィクトリア様も、ラ・メイ伯爵夫妻もいないのに、人を殺し続けるのか。そこに意味はあるのかと、復讐、報復というものを、連中が何一つ理解しないのであればこれは何の意味があるのかとルシウスは感じなくて済んだ。
「ふむ、ふむ。そうなるか」
ドマ公爵は部屋の中で待っていた。傍らには赤い髪の女性の肖像画がある。軍服を着た、威風堂々とした姿の、肖像画であっても威圧感のある女性だった。ルシウスはその姿を見て何も感じなかった。それを見たドマ公爵が眉を顰める。
「この肖像画を盾にして止まるのはルシウス・コルヴィナス卿だろう。だが今の君はそうではない。となれば、今の君は正気ではないな」
「俺は正気だ。エリック・ドマ」
「狂人は皆そういうのだよ。私だって自分を正気だと常に信じている」
ルシウスはドマ公爵を殺す必要があった。この男はヴィクトリア様の死を辱めたし、そもそもこの男がラ・メイ伯爵家への悪意に気付けなかったはずがない。見過ごしたのだ。つまりこの男も罪人だ。殺さねばならない。これは当然のことだと、ルシウスは剣を振った。ドマ公爵の首は柔らかく、呆気ないほどにあっさりと切れた。ぐっと胴体だけになってもわずかに動いた手がルシウスの胸倉をつかみ、机の上に転がった首がカッと目を見開いて言葉を発する。
「コメディにしてしまえる道もあったというのに!この愚か者!」