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→花:栄光



「なんだって俺たちのデートを邪魔されなきゃならない?」

「ドマ家が追跡しても見つからなかったルイス・ロートン公子を偶然見つけたんですよ。ルシウスに見つかる前にこっちで対処できるところはしておきたいでしょう」


 ぶすっと不機嫌そうな様子を隠そうともしないメフィストに私は説明した。確かに今日はメフィストと約束した「一緒に街に出かける日」だ。朝から今日のためのプランを聞かせてくれた彼には申し訳ないと思うが、私たちより先にルシウスがルイスに接触して一瞬で殺害されても困る。


「貴方とはいつでもデートできるじゃない」

「……それは、そうなのか?」

「一緒に住んでいるんだし、誘ってくれればいつでもいいわよ」


 私はメフィストにとって自分の作った人形と出かけることが「デート」なのだと解釈した。あれだろう。自分の作品とお散歩に行って写真を撮りたいようなそんなクリエイター魂だ。私も日本では手製のぬいぐるみで「ほら、〇〇、ホットケーキだよ。ホットケーキ、〇〇だよ」と写真撮影をしたものだ。


 私が請け負うと、途端にメフィストは機嫌をよくし、帽子をかぶりなおして私に自分の腕を差し出す。エスコートしてくださる気になったということで、私はその腕を取った。


 ルイス・ロートン。


 ヴィクトリアを断罪するパーティーで、自分は王宮騎士団に入るということに誇りを持っていた青年だ。王太子の正義の行いに貢献し、彼は一瞬ためらった。細い体のヴィクトリアを力任せに扱うことに、彼の人としての良心が痛んだ。だがルイス・ロートンは「命令に忠実な者こそ王家の剣である」と信じ、自分の中の疑問や疑念に蓋をして、求められるままにヴィクトリアを抑え続けた。


 変質者の多い作中では、わりとまともな登場人物だと言える。復讐対象の一人でルイス・ロートンはルシウスに追い詰められた際「騎士として名誉の死を」と求め、ルシウスは剣でルイスを倒した。


 そのルイス・ロートンは平民の利用する安宿に身を隠していたらしい。彼の家となんの関わりもない場所に隠すとは、ロートン公爵は次男を守ろうと必死なのかもしれない。


「宿代が払えないからってことで、宿屋の主の手伝いをしてるみたいだな」


 カフェテラスで宿屋の方を観察しながらメフィストが話す。魔眼というのは便利で他人の感情がある程度読めるらしい。


 宿屋の入り口で夕食に使うらしい芋の皮を剥いている姿は公爵家の公子には見えない。近所の子供たちがルイスにちょっかいをかけ、騎士見習いを目指した青年は戸惑いながらも子供たちの相手をしていた。


「ロートン公爵の言い分だと、息子は公爵家から追放したし、元々彼は王太子の命令に従っただけでヴィクトリアへの悪意はなかったってことでしょう?」

「それが事実かどうかはアンタがわかってるんだろう?」

「悪意はなかったわ。それはわかってる。でもそれはヴィクトリアを断罪したあの場にいた全員に言えることよ」


 アルフレッドだってエミリーだって、自分たちが正しい行動をしているのだと信じていた。それでもルシウスの復讐の対象者だったし、私も二人は死んで当然だと今でも思っている。


 だがルイス・ロートンは?


 原作小説にて、ルイスの回想ではヴィクトリアに対しての謝罪があった。だがそれはあくまで心の中だけのもので、表向きの彼は「騎士としての自分の振る舞いは正しかった」と頑なに認めず、ルシウスによって殺されている。ちなみに彼の死を受けて、ロートン公爵は息子を殺した者に報復すると、憎しみの連鎖が生まれている。


「親父はロートン公爵を盛大に焼いてやれば、隠された息子が慌てて出てくるんじゃないかと考えてるな」

「メフィストはドマ公爵が火あぶりにされていたら助けに飛び出す?」

「するわけねぇだろ。もちろん、アンタがそうなってたらその場にいる全員を撃ち殺して救い出すから心配しなくていいぜ」


 まったく心配しないし、私にそうなる未来の予定はない。そもそも私は死体を動かしているだけなので火あぶりになったくらいで死ぬわけがない。それを知るメフィストなのでこれは軽口のようなものなのだろうと判断する。


 まぁつまり、ドマの一族ではない一般的な人間にとって、肉親の火あぶりは有効ということだ。


 このままルイスを放っておくと、あまり罪のないロートン公爵とその関係者がドマによって葬られる。


 うーん、と私は頭を抱えた。


 原作小説であったルイスのヴィクトリアへの謝罪を、ルシウスの前で引き出せたら展開が変わらないだろうか?


「ルイスはヴィクトリアに対して罪悪感を抱いているはずだし、そろそろ一人くらい、悔い改めている復讐の対象者が出ないとルシウスも空しく機械的に復讐イベントをしちゃうと思うのよね」

「さもなくば親父が盛大にあのオッサンを世直しの英雄に仕立て上げるかだな」


 続く連続殺人の場に、ドマ公爵は先代皇帝陛下の紋章を残し続ける。先日のクリフトン伯爵家で起きた「屋敷の人間が気付いた時には、先代伯爵夫人を不当に死なせた伯爵家の人間が全員死んでいた」という事件の場にも、薔薇の紋章の入った短剣が置かれた。


 クリフトン伯爵の妄想通り、この殺人事件には意味があり、それは正当な理由だということが次第に広まっていくだろう。ルシウス・コルヴィナスがどれほど「これは私怨であり報復だ」と、淡々とした復讐を行ったとしても、ドマ公爵がそれを都合のいいように脚色して英雄物語を作り上げる。


 そうなると最終的に、ルシウスは自分の復讐が先代皇帝の名のもとに行われたと扱われることを拒絶し、自死する。


 そういう展開を私は望んでいない。


 というか、望めない理由がある。


『もちろん、止めてくれますわよね?カッサンドラ』


 私はちらり、と自分の眼のはしに今もふよふよと浮かんで見える……赤い髪に青い瞳の、人畜無害そうなご令嬢の幽霊から視線を逸らしたかった。



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― 新着の感想 ―
クリエイター魂とホットケーキにうちのこ紹介で笑いました。 アレが……わりとまとも……? そしてヴィクトリアお嬢様まだ現世に居るんかいッ!!??と驚き。 な、なら生前どんな考えだったのか今はどんな考え…
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