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5、アザミ:私に触れないで



 カッサンドラが今夜の舞踏会の会場となるクリフトン伯爵家に足を踏み入れた瞬間、周りの音が一瞬全て掻き消えたような感覚を覚えた。


 もちろんそれは比喩的な表現だが、実際にカッサンドラが見事な六頭立ての馬車からエスコートを受けて降り、クリフトン家の庭の花々に見送られながら赤い絨毯を進んでいくにつれ、自分の存在に気付いた他の招待客たちが次々と目を見開き、扇を持っていない者の中には口をあんぐりとさせるものもいた。


 まるで喧噪をゆっくりと飲み込む波になったような気持ちでカッサンドラはクリフトン伯爵家の上級使用人が開いた扉を潜り抜け、ダンスの曲が流れる大広間のシャンデリアの光を受けた。


「なぜあの女が?」

「まぁ、恥知らずなこと……」

「両親があんなことをしたのに?」

「卒業式の後、姿が見えないと思ったからてっきり上手くお逃げになられたのかと」

「あら……でも今、入ってくる際になんと紹介されて入ってきましたっけ?」


 囁く声は嫌悪、拒絶、嘲笑、好奇心と悪意に満ちたものだったが、目で得た情報を十分に味わいつくした後、やっと自分達の耳に入ってきた情報を頭の中で確認する作業を思い出したようだった。





「うむ、驚きは十分だったな。カッサンドラ・ドマ公爵令嬢」

「やめてください“お父様”」

「ここはパパでも良いのだよ、娘よ」


 私はエスコート役を引き受けた……というか、私に自分の同伴者を任命させたエリック・ドマを見上げた。サリーちゃんのパパのような風貌の背の高いこのお貴族様。

 全身を黒で揃えた大貴族の当主は「普段は私が入るだけで会場の人間は皆私の方から目を逸らそうとするのだが、今はこちらを見たくて仕方ないらしい」と笑う。


 たった今ドマ公爵が呼んだ名前が今頭の中に駆け巡っている貴族は今この場にどれほどいるだろう。


 カッサンドラ・ドマ公爵令嬢。


 それが私が今夜演じる役目だった。


 もちろん、ドマ家の本家に令嬢はいない。

 しかし現ドマ公爵が直々にエスコートした赤い髪の美しい娘。どこからどう見ても先日王太子殿下に婚約破棄を申し付けられ、さらには家門が逆賊として処刑されたヴィクトリア・ラ・メイ伯爵令嬢である。


 いったいどういうことかと誰もが知りたがって仕方がないが、公爵であるエリック・ドマに自分から話しかけることが出来るのは同じ公爵家の人間か、あるいは王族のみである。遠巻きに、けれど耳をそばだてて、ドマ親子の会話を少しでも聞き取ろうとしている貴族たちの多いこと。


「あんた……!なんで!」


 しかしそんな私たちにツカツカと大股で近づいてくる人物がいた。


 茶色い髪にオレンジの瞳の、顔にそばかすのある若いご令嬢。緑のドレスがとてもよく似合う彼女は、その身体的特徴が事前に知らされた人物と一致していた。


「エミリー・クリフトン伯爵令嬢」

「ヴィクトリア!!」


 あら、とにっこりと私は微笑んでクリフトン伯爵令嬢に微笑みかける。

 

「逃げ出したの!?なんで……!なんであんたがここにいるのよ!!!!!」


 ぐいっと、クリフトン伯爵令嬢が私の腕を掴む。

 一瞬私は肉がぼろっと剥がれたりしないだろうかと、キョンシーの気持ちになってひや汗をかくが、ドマ家嫡男であるメフィスト・ドマ公子の腕を信じたい。


 エミリー・クリフトン伯爵令嬢。

 私の前世知識によれば、学園時代のヴィクトリア・ラ・メイの「友人」だったご令嬢だ。同じ伯爵令嬢ということもあり、入学式から意気投合したエミリーとヴィクトリアはいつも一緒に過ごしていたらしい。聖女レイチェルが学園に編入してくる前までなので、一年未満くらいだろう。

 最初はレイチェルを「平民」と見下していたエミリーが、聖女の崇拝者になり、ヴィクトリアの友人の顔をして影でヴィクトリアの評判を下げる行為をせっせと行っているのを読んだときは「なんて青春の時間の無駄遣い」と呆れたものだ。


 まぁ、とにもかくにも、それはそれとして。


 そのエミリー・クリフトン伯爵令嬢。

 ヴィクトリアを娼館に売り飛ばした容疑者候補①である。なお②と③はいない。ドマ家が「容疑者」と睨んだら、他に候補者の必要がないのだ。


「痛っ……」


 私はあえて大げさに顔を顰め、軽い悲鳴を上げた。


「何を白々しい!!ちょっと掴んだだけ……」

「エミリー!!!!!おまえ……な、何をしている!!!!?????」


 私の腕を掴みながら私の悲鳴を演技だと決めつける(実際そうだが)エミリーに遅れて、誰かが駆け寄って来た。


「お父さま!」


 エミリーと同じ色の髪に、似た顔立ちの中年男性。彼女の呼んだ名称からクリフトン伯爵その人だろう。


 クリフトン伯爵は私を見、ぎょっとした顔をしはしたが、私の真横に立っているお父様、エリック・ドマの姿を見て青ざめた。


「こ、こ、公爵閣下……!!娘が大変失礼を……!」

「ちょっとお父さま!なんで頭を下げるの!?ヴィクトリアがいるのよ!?ふん、ドマ家の人間が悪女のこいつを助けたんでしょ?カッサンドラ?変な名前ね!適当な名前を名乗ったって誰が騙されるもんですか!王家に反逆した家の悪女に関わってるってことはドマ家も関係者だってことじゃない!ねぇ、お父様!」


 エミリーの顔には勝利者、強者、自分が正義の執行者だという自信と誇りの輝きが強く浮かんでいた。今まで誰も尻尾を掴めなかった悪の貴族ドマを、今日この場で、クリフトン伯爵家が断罪してやれるのだと、正義感に燃える少女の立ち振る舞いは、兎のように怯えて身をできる限り小さく見せようと一生懸命になっている父親とは正反対だった。


「ヴィクトリア……?あの……何を仰っているのか……わたくし……」

「白々しい!その顔と髪であんたがヴィクトリアじゃないなんて無理に決まってるでしょ!」


 それはそう。


 本当にそう。


 しかし私は自分に襲い掛かる暴力に無力に怯えるか弱い令嬢である。


「ご令嬢がどなたとわたくしを見間違えになられているのかわからないのですが……わたくしはただ……ご令嬢のお誕生日をお祝いできたらと……そう思って……」

「我が愛しい娘カッサンドラはこの通り病弱でね。生まれてからすぐに死ぬと思っていたのでこれまで領地で静かに育てていたのだが……年頃になり、一度王都の舞踏会に出てみたいと言うものだから、何、私も人の親というわけだ。可愛い娘に友人を作ってやりたくなったのだよ。親心というやつだ」


 聞き耳を立てていた貴族たちが、皆全力で「親の心とか嘘をつけ」と突っ込みを入れたがっているのを感じた。それを口に出せる勇者はどこにもいないが。


「それで……クリフトン伯爵、私の娘が何か?」

「はっ!は……はい!!いえ、その……はい!あの……た、大変お美しいお嬢様でいらっしゃいますなぁ……」

「勿論、無論だとも。これは母親によく似ていてね。娘を持つ父親同士、君とは話があいそうだよ。ぜひお近づきになりたいのだが、友好の証としてワインの差し入れを受け取ってくれるかね?」

「は、え?は……!!?」


 にっこりとエリック・ドマが微笑んで、ぱちんと指を鳴らすと、なぜかここはクリフトン伯爵家の使用人があふれるクリフトン伯爵家のパーティーであるはずなのに、ずらっと、黒服のドマ家の使用人たちが整列し、その手には木箱をそれぞれ手に抱えている。


「何、ちょっとしたツテでね。562年物のアルテナが手に入ったのだ」

「ヴァリニ子爵のワインセラーにもない幻の……!?」

「あぁ。確か……100本ないのだったか?私も80本ばかりしか手に入れられなかったのだ。すまない友よ」


 申し訳なさそうな顔のドマ公爵が、パチンと指を鳴らすとドマの使用人が当然のように心得ており、ワインを一本開封し、グラスに注いでドマ公爵に差し出した。


 香りを確かめるようにしっかりとテイスティングを行ったドマ公爵は満足気に微笑み、動けないでいるクリフトン伯爵にもグラスをすすめる。


「ところで先ほど君の娘は何と言ったかな……確かそう、私の娘が悪女だとかなんとか……」

「む、娘は気がおかしくなっているのです閣下!!どうかお許しください!!」


 クリフトン伯爵が大理石の床にゴン、と頭を打ちつける勢いで土下座した。私はこの世界にも土下座文化があるのかと感心しながら、とりあえずそのプレミアムワインを私も飲めないものかと、使用人さんにチラチラ視線を送っていた。




評価・ブクマ・いいね、ありがとうございます!!( ;∀;)


グッド・ドクターを観始めたんですが、ご都合展開が起きず容赦なく救えない患者は救えないし人は死ぬのでドクターK2を合間に挟んでいます。ギュッ。


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― 新着の感想 ―
結局お名前カッサンドラになったんですねぇ。 ところで死体人形って飲食OKですか?
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