15.過去の赤裸々
「信じられない!信じられない!!信じられない!!!」
とある部屋から女性の叫び声が響いた。
「落ち着きなさい、カリーネ」
「落ち着いてなんていられないわよグスタフ!!だってシルヴィア様ったら絶対ロズリーヌ様を悪者にしようとしてたのよ!?」
カリーネの目には、悔しさと怒りが宿っていた。拳を握り締め、今にも泣き出しそうな表情で、じっとグスタフを睨んでいる。
対するグスタフは腕を組み、深く息を吐いた。
「わかっていますよ。……だからこそ、陛下もあの場をそういう形で収めたのです」
「じゃあ、どうしてもっと――はっきり“シルヴィアが嘘をついた”って言ってやらなかったの!?あんなの、みんなシルヴィア様を信じかけてたじゃない!」
「それを真正面から否定したら、余計に厄介なことになるでしょう。陛下はあの場で王として、一番正しい選択をしましたよ」
グスタフの声はいつになく厳しかった。しかし、カリーネは引き下がらない。
「……でも、それじゃ悔しい。ロズリーヌ様は、ずっと耐えてきたのに。やっと変わろうとしてるのに!!」
「カリーネありがとう。私なら大丈夫よ」
ロズリーヌはカリーネの握りしめた手を取って優しく包み込んだ。
自分の事のように怒り悲しんでくれる事が嬉しかった。
「ロズリーヌ様……」
カリーネはその優しい声に目を見開き、眉尻を下げたかと思えば一瞬で鋭い目をしてクラースの方へ目を向けた。
「それもこれも陛下が悪いのです!!ヴィオラ様にシルヴィア様、どれもこれも陛下が撒いた種のとばっちりもいい所ですわ!!」
キッと目を釣り上げて、カリーネはついに怒りを爆発させた。
「あの、カリーネ?落ち着いて?」
ロズリーヌはカリーネの勢いに気圧されつつも宥める。ロズリーヌ自身、クラースの過去の女性関係に興味が一切ないと言ったら嘘になるが、カリーネが思うほど気にしていない。
ロズリーヌとクラースは政略結婚であり、過去や現在進行形で彼に女性の影があろうとロズリーヌが口出し出来るものではないと自覚していた。
「……すまなかったな」
呟かれた言葉に場は静まり返った。
側近のグスタフですらも驚いて口が半開きになっていた。いつも自信家で無茶難題を家臣に押し付け、謝ることなど滅多にないというのにカリーネの言葉にしおらしく謝罪を述べるクラースにグスタフとカリーネは信じられないものでも見たかのように、互いに顔を見合わせた。
「陛下、何か悪いものでも食べられましたか?」
「失礼な奴だな!」
クラースがグスタフに向かって少し声を荒げた。
「過去のこととは言え、ロズリーヌに要らぬ心配と心労をかけてしまったからな」
「そんな……私の方こそ騒ぎを起こしてしまって申し訳ございません」
「ロズリーヌが謝ることでは無い。カリーネの言う通り俺の過去の行動が原因で起こった事に変わりない」
クラースは深く息を吐き、目を閉じた。
「君にはちゃんと話しておこう」
クラースはそう言うと、ヴィオラやシルヴィアとの関係について話始めた。
「ヴィオラ嬢とは幼馴染でな、十五の時に正式に婚約者となった」
初めは互いにこのまま婚姻するのだと思っていたこと。当時、ヴィオラを愛していたことなど、赤裸々に語ってくれた。
歳を重ねる事に互いの価値観に差異があることを感じ始めた。クラースは民草がいるから王国が成り立っており、民が主体となり、国を作っていくべきだという考え方だが、ヴィオラは違った。
ヴィオラの考えは貴族が導き、国を支えるべきというもの。この食い違いにより婚約を解消するに至った。
ヴィオラと婚約を解消して数年経った頃、社会情勢を知るため女性の噂好きを利用して情報を集めるようになったクラース。国を治める者としての義務を果たすため、彼は周囲の状況を把握し、時には女性たちの間で広まる噂を耳に入れていた。
最初はそれがただの情報収集に過ぎなかったが、次第にその関係が複雑になっていった。
「シルヴィア嬢とは、その中で出会ったんだ。彼女もまた、ある意味では俺の立場を理解してくれた。しかし、俺が求めていたのはあくまで情報であり、感情の交わりではなかった」
クラースは少し苦い表情を浮かべる。
「あの頃の陛下はヴィオラ様と別れられてヤケになられていたのでしょうけど、浮名が立つほど女性関係にだらしないのはやり過ぎですわ」
カリーネは軽蔑した目をクラースに向けた。
クラースにここまで言える侍女はカリーネくらいだろう。
「ああ。あの頃の俺はどうかしていた」
過去を悔いるように深い溜息を漏らした。
「過去のこととは言え、お話頂きありがとうございます」
ロズリーヌは静かに言った。
隠そうとするのではなく、真摯に向き合い話してくれる誠意がとても嬉しかった。
「過去のことです。私は気にしておりません。それに、これからのことが大切ですから」
ロズリーヌは柔らかく微笑みながら続けた。
クラースはその言葉に少し驚いたように目を見開き、しかしすぐに深く頷いた。
「君のその言葉を聞けて、少し楽になった気がする」
心からの感謝の気持ちが伝わる声で言った。
「陛下、お話はこれからのことだけではありません。今朝の暗殺者についても王妃殿下にお伝えした方が良いかと」
グスタフが進言すると、空気がガラリと変わった。
「結論から言うと暗殺者は金で雇われた素人だった。どうやって王宮へ入ったのか、誰から頼まれたのか的を得る答えは返ってこなかった。マントを羽織った男に頼まれただの入れてもらっただの背後の人物を洗い出すことは出来なかった」
「そう……ですか」
背後の人物が洗い出せなかったということは、今後も命を狙われる可能性があるということ。
クラースは静かに眉をひそめ、無言で考え込んだ。その表情には不安と焦りが入り混じっている。
「早急に対処はするが、王宮内だろうと一人では出歩かないように気をつけてくれ。俺がそばにいない時は、兵を二、三人付ける予定だが必ずアイナから離れないようにしてくれ」
ロズリーヌはクラースの言葉に軽く頷き、真剣な表情を浮かべた。