8.被害総額410円(概算)
「お邪魔しまーす……って、なんだか殺風景な部屋ですね。ある意味想像通りですけど」
俺がドアを開けるなり、俺より先にずかずかと中に入っていく志賀。
どうでもいいが、この部屋に親と男友達以外を入れたのは初めてのことだ。
まあ、入れたというよりは侵入されたという方が適切だが。
「テレビもゲームもないんですね。先輩ってあれですか。ミリタリストってやつですか」
「誰か軍国主義者か。それを言うならミニマリストだ」
「さすが先輩。博識ですね」
「おだてるのはいいから出てってくれないか。これから晩飯なんだ」
「あ、奇遇ですね。あたしもこれからなんです」
にこにこ笑うだけで出ていく気配がまったく感じられない。
ひとまず買ってきた総菜などが入ったビニール袋を居間のテーブルに置き、台所で着替えを済ませることにした。志賀から見えないよう配慮しつつ。
「これ、先輩の晩ご飯ですか?」
「一応な」
「へえ……え、から揚げとバナナ? なんですかこの食い合わせ。肉食ゴリラ?」
「物騒な種族を作るな。から揚げが今晩のおかずで、バナナは明日の朝食用に買っただけだ。今から食べるわけじゃない」
「はあ、なるほほ。はむはむ」
はむはむ? なんだそのオノマトペ。
着替えを済ませて居間に戻ると、志賀がバナナを頬張っていた。
「おい、なにしてる」
「え? 見ての通り、バナナ食べてます」
「それは分かる。訊きたいのは、なんで断りもなく勝手に食べてるのかってことだ」
「お腹空いてたんですよぉ。階段の途中で力尽きて倒れるくらいに」
一本丸々食べ終わると、志賀は指先をぺろぺろと舐め、
「うんっ、先輩のバナナ、おいしかったです。さすがは完全栄養食」
「不法侵入に盗み食いか。厚かましさもここまで来ると犯罪だぞ」
「まあまあ固いことは言わず。あたしと先輩の仲じゃないですか」
「今日会ったばかりだろ……」
「このから揚げもおいしそうですね。半額シールなのがなんとなく先輩らしいですけど。ご飯はないんですか? あ、向こうに炊飯器ありますね。ということは、茶碗やお皿はあの辺りに――」
あれよあれよという間に志賀が晩飯に必要なものを見つけ出し、気づけば食卓が出来上がっていた。
同じアパートで間取りも一緒だから、どこになにが収納できるか大体予測がつくのだろ――なんて感心している場合じゃなく。
「ぱくぱく……先輩のご飯、ちょっと硬過ぎですね。あたし的にはお水をもう少し足した方がちょうどいいかもです」
「悪かったな、歯ごたえがあり過ぎる白飯で」
「あ、この唐揚げ、全部味付けが違うんですねぇ。最初のは醤油で、二個目は塩、今のはちょっとピリ辛な感じです。これはご飯進みますねぇ」
いつの間にか総菜のから揚げにまで手を出されている。本物の肉食ゴリラがここにいた。
「ご飯進んでいるところ悪いんだが、ちょっと箸を止めてくれないか。というか止めろ」
「はい?」
「言いたいことは山ほどあるが、それ以上に訊きたいことも山積みなんだ。なにから訊ねたものか」
「スリーサイズ以外ならなんでもいいですよ?」
「興味ないね。というか、女の子がそんなことを平然と口にするな。はしたない」
「ふふっ、ジョークですよジョーク。先輩ってほんとに真面目なんですね」
そういう志賀は真面目に不真面目しているんだったか。
確かに、いちいち真に受ける方がどうかしているのかもしれない。志賀の言っていることはきっとほとんどジョークの類いだ。そういう心持ちでいた方が気楽か。
「まあ、先輩が本気なら、スリーサイズでもなんでも答える覚悟ではいますけど」
「未来永劫、不要な覚悟だから安心しろ。そんなことより、なんで隣の部屋に住んでる? お前は志賀の妹のはずだろ。家はどうしたんだ」
「それはですねぇ……うーん、話せば長くなるというか」
「なるほど。聞こうじゃないか」
「聞くも涙、語るも涙というか」
「ハンカチ片手に耳を傾けようじゃないか。絶対使わないだろうが」
「ドラマ一話分……ううん、それだけ映画一本は作れるくらいの、複雑な伏線が張り巡らされた重厚なストーリーが」
「お前の人生はクリストファー・ノー〇ンか。御託はいいから早く話してくれ。じゃないと本当に叩き出すぞ」
さすがに俺の本気が伝わったのか、志賀も「分かりました」と神妙に頷いた。
そして、彼女が隣の部屋に住むことになった経緯を語り始めた……。
まだまだ8話目ですが、ブックマークありがとうございます~
毎日更新できるかは分かりませんが、とりあえず一年は連載続けたいですね
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