6.油断は禁物
冷静になって、考えてみると。
冴姫さんに対する俺の好意について、志賀が感づく……もとい、誤解するのも無理ない気もしてきた。
きっかけがどうであれ、俺は廃部寸前だった不人気の部活動に美人な先輩女子と二人きりだった。女目当てで入部したのでは、と邪推されるのも仕方なかったのかもしれない。
……それが結果的に的中したことは釈然としないが。
「俺が変にうろたえていなければ……」
志賀からすれば、あの不意打ちも単なるからかいに過ぎなかったに違いない。
それで俺があまりに狼狽したものだから、小さな疑問が確信に変わったのだろう。まったく油断してしまっていた。
もし志賀の入部届を受理したら、放課後はずっと一緒に過ごすわけか……。
やばいな。マジで洒落にならない気がしてきた。
しかも冴姫さんは予備校通いで、これからはほぼ部室に来ることはない。
あの部室で志賀と二人きり――廃部になった方がマシだった、なんてことないだろうか。
「……好きで悪いかよ、くそっ」
別に冴姫さん目当てで入部したわけじゃない。元々、高校に文芸部があるなら入ろうと考えていた。
それでデブ研を見つけて入部して、そこで冴姫さんと話をするうちにうっかり居心地がよくなっていた。
なにもやましいところはない――しかしこうも容易く見透かされると、なんだか自分の想いが浅はかなもののように思えてくる。
……ひとまず、この件については今後、ノーコメントを貫こう。
素直に頷く必要なんてどこにもないのだから。
ずっと無視していれば、そのうち志賀も飽きてくれるだろう。
一縷の希望を浮かべながら帰路を歩き、俺は一人暮らしをしているアパートに帰り着いた。
高校から徒歩十分。築二十年超えの木造二階建て。
その二階の一番奥が俺の部屋だ。
「そういえば、隣に誰か入ったんだったか」
アパートの前にあった『入居者募集中』の看板が撤去されている。
空室は俺の隣室だけだった。ここ最近物音がしていたが、やはり今春から誰か入居しているようだ。
今のところ挨拶には来ていないが、別に俺も隣人同士の付き合いなどは求めていない。うるさくしてくれなければ誰でもいいのだ。
……と、自室のドアの前に立ったところで。
そういえば、もう読む本がないのだった。
今から学校に戻って図書室へ、というのはあまりに効率が悪い。
かといってなんの本も持たないでは、夕食後が手持ち無沙汰だ。
「買い物ついでに、図書館にでも行ってくるか」
踵を返し、俺は再びアパートを離れた。
――この時、少し注意深く見ていれば気づけていたかもしれない。
隣室のルームプレートに、あの忌々しい苗字が記されていたことに。
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