1.春来たる後輩
四月が訪れ、晴れて二年に進級した。
それは同時に俺が――秋月空太が、正式な部長に就任してしまったことを意味するわけだが。
「……誰も来るわけない、か」
それも仕方がない。
ほかの部と違って、うちはなんの勧誘活動も行っていないのだから。
「まあ、静かなのはいいことだ」
独りきりの部室で独りごち、俺は読み終えた文庫本を閉じてメガネを外した。
スクールリュックを漁って目薬を取り出そうとしたが見当たらない。アパートに置いてきてしまったか。
……今日は先輩も来ないだろうし、帰ろうかな。
しかしまだ、十六時を過ぎた頃。
帰ったところで別にやることはない。
――七山高校の文化部棟は、文化祭前などの例外を除いて十八時までは活動していいことになっている。
アパートはアパートで近くにある踏切の音がうるさいから、できるだけこの部室で時間を潰していたい。
狭い上にだいぶ年季の入った室内だが、とにかく静かなのが有難い。
「別の本でも借りてくるかな」
ぼやくように言って、パイプ椅子から腰を上げる。
図書室へ行こうと部室を出ようとした時、予期せぬ来訪者がドアを開けた。
「――遂に見つけましたよ、先輩!」
まったくもって快活な声だった。
室内を満たしていた静寂を余さず吹っ飛ばすほどの。
入ってきたのは、一人の女子生徒。
それも、リボンの色からして新入生。
あまり高校生らしくない華奢な体躯と、日本人離れした金無垢の髪には、微かに見覚えがある。
おまけにこの、八重歯が光るいたずらっぽい笑みも。
「さあさあ大人しく観念してください。もう逃げ場はないですよぉ」
「なんなんだ藪から棒に」
「市警ごっこですよ。知りません? 開けろ! デト〇イト市警だッ! 的なやつです」
「悪いが、さっぱり分からん」
「あー。先輩、ゲームとか興味なさそうですもんね。残念無念また来世ですね♪」
わけも分からないまま呆れられた。
この女子生徒、確かに見覚えがある。
金髪で、そこはかとなく童顔で、人を食ったような小生意気な言動。
見覚えがあるんだが……これほどまでにウザみ絡みしてくるような奴だっただろうか。どうも記憶が曖昧だ。
「先輩? どーしたんですかジッと見つめて。もしかして投降しちゃいますか?」
「どちらかといえば下校するか悩んでいたところだが」
「えー、困りますよぉ。せっかくこのあたしが来てあげたばっかりなんですから、帰るなんて絶対ダメです。それよりもお・も・て・な・し、ちゃんと頼みますよぉ」
なんなんだ、このウザさは。
出会って五分と経たずに驚きのウザさ。加減というものを知らないのかこの一年。
いや、そんなことよりも――、
「なあ、一つ訊いてもいいか」
「はい? なんですかせんぱい?」
「名前、なんだったっけ」
「えっ――ひ、酷い! あたしのこと、忘れてるとか……この極悪非道! 二話目までにはちゃんと思い出しておいてくださいね! じゃないとお話が進みませんから!」
なら、もうゴールしていいよな。
俺が思い出さない限り、このウザ過ぎる後輩との物語が進まないというのなら――。
「ダメですダメです! ちゃーんと思い出してくださいよ、先輩っ」