骸骨
「はい。それとお願いがあるのです」
「なに」
「身体を水で拭きたいので、一度部屋に連れて帰ってもらえませんか。あの丸い物を、取ってきたいのです」
「ふーん、身体を拭くの。丸い物をどうするの」
「あれで、水をくむのです。この泉に私が直接入ると、泉が病気で汚れます」
「そうか。分かったよ」
〈アワ〉をまた背負って、部屋まで帰ってきた。
半分のボールを取ろうと思ったが、これを取ってしまうと部屋の中へ入れなくなるぞ。
それはマズイよな。
「あのう、代わりに石を置いたらどうですか」
「おぉ、〈アワ〉は賢いな」
「たいしたことじゃないです」
そう言いながら、俺に褒められて〈アワ〉は少し嬉しそうだ。
赤黒い斑点に覆われた顔が、ちょっと和らいだ気がする。
斑点で良く分からないけど。
半分のボールの代わりに、石を置いたら上手くいった。
石の方が、安定してて良いぐらいだ。
半分のボールを持った〈アワ〉を背負って、泉へと戻った。
「少し離れていてもらえませんか。お願いします」
「そう。分かったよ」
そう言えば、僕はこの世界に来てから、一度も身体を洗っていないな。
身体は相当臭いけど、気にしないでおこう。
服も臭くて、鞭で打たれたところが破れているけど、奴隷の服は丈夫さだけが取り柄だ。
〈アワ〉のボロボロの服よりは、だいぶましだと思う。
〈アワ〉の希望どおり泉から離れたので、ついでに周辺を探索してみよう。
少し進んでも、岩ばかりで、本当に何も無いな。
少し枯れ木が、あるだけだ。
もう少し進むと、また水滴の音がした。
でも今度は、水溜りが出来るほどの量じゃなかった。
ただ、コケが水滴のかかる岩の表面に生えている。
コケって食べられるのかな。
何も無いのだから、食べるしかないよな。
コケを観察していて、ふと先にある窪みが目についた。
何か、茶色い物がある。
近づいて良く見ると、ボロボロの布のようだ。
ボロボロの布をスコップで突くと、中からなにか白いものが出てきた。
なんだろうこれはと、もっと突いてゴロンと出てきたのは、人間の骸骨じゃないか。
空洞の眼窩が、僕を恨めし気に見ているぞ。
「ギャー」と大声で叫んで、僕は泉まで急いで逃げ帰った。
「〈アワ〉、大変だ。骨があったよ。人が死んでるんだ」
「キャー、こっちを見ないで」
〈アワ〉がボロボロの服で、必死に自分の裸を隠している。
俺を、きつく睨んでいるぞ。
でもボロボロの服で、身体を拭いたのだろう。
服が濡れて、もう服では無くなっている。
服が汚い雑巾のようになって、〈アワ〉の裸体に絡みついているだけだ。
赤黒い斑点が一杯ある青白い身体を、半分近くさらけ出している。
隠しきれなくて、片方の胸や太ももがほぼ見えているぞ。
信じられないほど痩せている。
ガリガリだ。
身体中が、気持ち悪い病気の斑点に覆われているんだ。
「見ないで」と言われなくても、直ぐに僕は目を背けた。
見ていられないし、見たくもない。
「ああ、そうだったな。ごめん。後ろを向いているよ」
「人骨があったのですか」
「そうなんだ」
「少し待ってください。服をちゃんと着ますから」
〈アワ〉は雑巾になった服で、何とか身体を隠そうとしているようだ。
「ふー、どうしようもないです」とため息交じりに独り言を呟いている。
「もう、こっちを見ても良いですけど、あまり見ないでください」
〈アワ〉は苦労して身体を隠したんだろう、胸は何とか隠している。
その代わりに、細くて棒になった太ももはまる見えだ。
足にも赤黒い斑点が一杯あるんだな。
肉が削げ落ちたお尻も、かなり危ない。
半分以上見えているし、斑点もある。
俺は、出来るだけ見ないようにした。
見たく無いのが本音だ。
「こっちだ。案内するよ。歩ける」
「水を飲んでましになりました。何とか歩けます」
〈アワ〉は、ヨロヨロと歩いてついてくる。
今は自分の裸に敏感になっているから、背負うと言っても拒否するだろうな。
ゆっくり歩いて、さっきの窪みに着いた。
「あっ、苦汁苔と酢汁苔がありますね。これ食べられますよ」
「本当」
「苦いのと酸っぱくて、美味しくはないですが、我慢すれば食べられます。緊急時の食料と、学んだことがあります」
「そうなんだ。これで少しだけ寿命が延びたな」
「少しだけですね」
「人骨は、そこの窪みにあるんだ」
〈アワ〉は、窪みを覗き込んだ。
「本当に、人骨みたいですね。窪みから、引き出してあげましょう」
「えっ、引き出すの」
「野ざらしでは、可哀そうです。埋葬してあげたいのです」
僕はそこいら中を探して、やっと土の部分を見つけた。
その場所をスコップで穴を掘ることにする。
直ぐ岩に当たって、浅くしか掘れなかったけど、何とか骨は入るだろう。
その間〈アワ〉は小さな声で、お経みたいものを唱えていた。
「今唱えていたのは何なの」
「死者を送る祝詞です。私は、見習い巫女だったのですよ」
〈アワ〉は、寂しそうに教えてくれた。
〈見習い巫女〉って、神社の巫女さん?
この世界にも、神社があるのかな。
浅い穴に人骨を埋葬して、二人で手を合わせた。
手で触るのが嫌だったので、人骨はスコップで移動した。
しっかりとは埋められなかったが、許してもらおう。
岩だらけだから、しょうがないんだ。
この人骨の人が着ていた服とかを、俺達はもらうことにした。
「〈アワ〉、服とかはぎ取っても良いのかな」
「はぎ取ってはいません。有効に使わさせて頂いているのです。全然違います」
「たたられたりしない」
「しません。私達、ちゃんと埋葬してあげました。感謝されているはずです」
〈アワ〉は、どうしても服が欲しいんだな。
今着ているのは雑巾だもの。
この人骨が着ていた、上着とズボンを頂くことにする。
シャツとパンツはボロボロで、形がもう無かったんだ。
窪みを良く見ると、この人骨の人の持ち物が残っていた。
錆びた剣、錆びた針、錆びたコップがある。
全部錆びているけど、何も持っていない今の僕達には、全て必要な物だと思う。
正直とてもありがたい。
辺りを探していた〈アワ〉が、「火打石がありました」と言ってきた。
ライターもマッチも、無い世界なんだな。
改めて、そう思ってしまう。
もう一度、丁寧に埋葬場所に手を合わせておいた。
感謝しなくては、いけないんだ。
僕達は、これらを部屋に運び込んだ。
コケもスコップで採集している。
〈アワ〉は人骨の人の上着を着ているが、すごくブカブカだ。
大人の服を着た、幼い子供にしか見えない。
でも、足が膝まで隠れていて安心するな。
ひどい状態の肌を見なくて済む。
帰りは、疲れた〈アワ〉を背負って帰った。
ゴツゴツとした、丈夫な上着の感触しかしないのは、とても有難い。
枯れ木の感触じゃなくて、助かったと思う。
はぁー、疲れた。
〈アワ〉に酸っぱいパンを一切れと、臭い肉を千切って渡してあげる。
僕も千切ったのを口へほうり込んだ。
〈アワ〉は「ごちそうさま」と礼を言った。
礼儀はちゃんとしているな。
「どういたしまして。疲れたから、俺はもう寝るよ」
俺は床にゴロンと寝転がった。
固い床だけど、好きな時に寝ることが出来る。
自由は良い。
〈アワ〉は、ホームレスの時と今では、どちらが幸せなのかと、考えているうちに僕は眠ったようだ。