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白いうなじ

 こんなところで食べ物を出せば、ろくなことにならないと少年は言うので、少年の家へお邪魔することになった。

 少年の家はボロイけれど、それなりに家だった。

 想像したよりは、家の形がまだちゃんと残っていたってことだ。


 少年が玄関を叩いて、お母さんを呼ぶと直ぐに扉が開かれた。

 お母さんは、少年を寝ないで待っていたんだな。

 お母さんは心配してくれていたんだ、〈良いな〉と思って、僕はかなりうらやましくなってしまう。

 はぁ、家に帰りたい。


 少年は、中年のおっさんを殺したことは黙っていることにしたらしい。

 僕がおっさんにおどしをかけて、無事借金の証文を返してもらったと、お母さんに説明している。

 お母さんに殺人を言わないのは、僕の保身にも好都合こうつごうだし、こんな事にお母さんを巻き込んで、心配させる必要はないと思う。

 おっさんの服にはべっとりと血がついていたので、家へ入る前に壁に空いた穴へ突っ込んである。


 「あなた様が、この子を助けて頂いたのですね。本当にありがとうございます。この御恩は決して忘れません」


 お母さんは、生活の疲れからか全体にすすけて見えたけど、前は美人で上品な人だと思った。

 以前はそれなりの暮らしをしていた感じに見える、ちゃんとした女性だ。


 「ははっ、たまたま通りかかっただけです。あんな酷い男が許せなかっただけなんです」


 お母さんが、僕にペコペコとお辞儀をしているから、かなりの面積の白いうなじが見える。

 女性なのに不自然に髪の毛が短いのは、借金返済のために髪を売ったのかも知れないな。


 「そうだ。お兄さんの名前をまだ聞いていないね。僕は〈マセ〉と言うんだ。お母さんは〈マイ〉って名前なんだ」


 「〈マセ〉君と〈マイ〉さんだね。改めてよろしく。僕は〈はがと〉って言います」


 「えっ、三文字なんですか」


 お母さんが、吃驚したように聞き返してくる。


 「えぇっと、三文字は珍しいのですか」


 「えぇ、そうです。貴族やお金持ちの名前ですからね。私も本当は〈マイア〉って言うのですが、悪目立ちするので〈マイ〉と言っているのです」


 お母さんは、良い人みたいだな。

 僕が訳ありと承知したうえで、三文字の名前を名乗るのは、止めておけってやんわりと忠告してくれたんだな。


 「なるほど。僕も〈はが〉と言った方が良いみたいですね」


 〈はが〉か。

 あんまり語感が良くないな。

 〈歯〉が悪いみたいだ。


 「そうだ、お兄さんの持っている食べ物を見せてよ」


 「あっ、そうでした。大事なお客様にお茶も出さないで済みません。白湯さゆしかないのですが、よろしいでしょうか」


 「あ、ええっと、お構いなく」


 お母さんは〈お構いなく〉って言ったのに、お湯を沸かしに行ってしまった。

 〈白湯など飲めるか〉と言わない限り、精一杯のもてなしをしてくれるつもりだったんだろう。

 たぶん良いところのお嬢さんが、落ちぶれてしまったんだろうな。


 僕が【咬鼠】の燻製肉と毛皮を、服の大きなポケットから取り出すと、〈マセ〉君は「はぁー」って大きな声を出した。

 何事かとお母さんも台所から見に来て「えぇー」と、中年の割に可愛い声をあげている。


 「お兄さん、これはひょっとして、【咬鼠】なの」


 「うん、そうだよ。珍しいのかい」


 「〈はが〉さん、この辺りでは、珍しくてかなり高価なものです。〈塔獣〉はお金持ちしか手に入れられないものです。これをどこで手に入れられたのですか」


 「えぇっと、廃棄された〈塔鉱山〉の奥で倒したんだ」


 「嘘でしょう。〈塔獣〉を狩る事なんて出来ません」


 頭ごなしに、嘘って言うなよ。

 本当に僕と〈アワ〉が命を賭け倒したんだぞ。

 腹が立つな。


 「あぁー、嘘なんか言ってないよ。罠を使って命懸けで倒したんだぞ」


 お母さんは、じっと僕の目を見ている。

 〈マセ〉君はじっと【咬鼠】の肉を見ているようだ。


 「はっ、〈はが〉さん、大変失礼しました。【咬鼠】を狩るなんて、とても信じられませんが、恩人の〈はが〉さんですから信じることにします。それでこの肉と毛皮をどうされるのですか」


 うーん、〈とても信じられない〉のに、〈信じる〉のか、お母さんは変なことを言うよ。

 でもこんなに怪しい僕のことを、信用してくれるらしい。

 この人は良い人だけど、そのために損を引き寄せてしまう人なんだろうな。


 「これと、靴と女性ものの服を交換したいんです」


 「女性ものなのですか」


 「えぇ、仲間に若い女性がいるんですよ」


 「うーん、私の服があればお礼に差し上げるのですが、もう無いのです」


 「そうですか。他に誰か、買ってくれそうな人はいないですか」


 「うーん、いないことも無いのですが、あまりお勧めは出来ない人柄なのですよ。でもそれでも良いのなら、紹介は可能です」


 「おっ、あてがあるのですね。難がある人柄って、どういうものなんですか」


 「すごくがめつくて、もうけを最優先して、とことん買い叩く人なのですよ。強欲な人間だと、とても嫌われているはずです」


 「へぇー、そんな人と知り合いなんですね」


 「えぇ、死んだ主人と昔仲間だった人なのですよ。それで、私達にはかなりマシなのですが、それでもかなりがめついのです」


 気が優しいお母さんが、言うぐらいだから、とても強欲な人なんだろう。

 〈アワ〉が何て言うか分からないけど、僕達に選択肢は無いと思う。

 この貧民街でウロウロしていれば、捕まってまた奴隷にされてしまうのが見えている。

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