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黒い水

 「ははっ、そんな記憶は微塵みじんもないな。ほれ、このとおり証文はまだ残っているんだ。出るとこ出たら、お前の言うことなんか誰も信用するか」


 「くそっ、だましたんだな。後で必ず燃やしておくって言ったじゃないか。父さんの友達だから信用していたのに、ひどいぞ」


 「友達だったから貸してやったんだ。でもな、借りたものは返すのが人の道だろう。いくら昔の友達だからといっても、それと金のことは別物なんだよ。ははっ、お前が間抜まぬすぎなだけさ」


 「この人でなし」


 少年が怒りに任せて中年のおっさんになぐりかけたが、思いのほかおっさんが強くて簡単に手を取られて返り討ちにあってしまう。

 手をひねられ倒された少年は、おっさんに腹へ乗られ、平手で顔を叩かれているところだ。

 何回も繰り返して叩かれている。


 「このクズが、俺を殴ろうとしたな。思い知らせてやる」


 「痛い。止めてくれよ」


 その光景を見た僕は頭にカッと血が上り、路地のすみに落ちていた拳大こぶしだいの石を握って、中年のおっさんへ向かって駆け出した。

 おっさんが僕に気づいて振り返った時と、僕がおっさんに石を叩きつけたのは、同時だったと思う。


 「あっ、おま… 」

 ― グシャ ―


 中年のおっさんは僕に顔をつぶされて、血をダラダラと流しているが、それでも何とか立ち上がって、「ゴラァ」とわめきながらふところからナイフを出し、僕を刺そうとしてくる。


 僕は最初あった怒りは急速に冷めて、その場で棒立ちになっていたと思う。

 何も考えずに少年を自分へ重ねて、ただおっさんを許せなかっただけなんだ。

 後のことなど何も考えていなかったんだ。


 だから何の防御も出来ないまま、腹をナイフで刺されてしまった。

 このおっさんは、僕を殺しに来ているぞ。


 僕は怒りか、恐怖か良く分からないまま、まだ持っていた石で、おっさんの顔を強く殴りつけてやった。

 おっさんはナイフで腹を刺したのに、痛い素振りも見せずに平気で反撃してくる僕を、驚愕きょうがくした目で見ていたな。

 全くの想定外だったんだろう。


 僕はそんなことにはおかまいなく、倒れたおっさんの顔目掛けて、何度もぐしゃっと殴ってやった。

 おっさんは地面の上にダランと伸びて、ピクピクと身体を痙攣けいれんさせている。


 はぁ、はぁ、危なかったぞ。

 殺されるところだった。


 腹に巻いてた〈万能ロープ君〉のお陰で助かったよ。

 ありがとう、〈万能ロープ君〉。

 君は本当に役に立つ。

 万能の名は伊達だてじゃないぞ。


 僕は〈やっちまったな〉と少し思ったけど、そんなに後悔はしていない。

 奴隷時代の鬱憤うっぷんが、少しだけ晴れたみたいで、ちょっとスーとしてしまったくらいだ。

 奴隷の時の恨みは、それほど暗く深いんだ。

 僕は、それにしても〈段階〉が上がると腕力が増すんだと、かなり怖い考えをしていたと思う。


 少年はしばらく唖然あぜんとしていたが、変な事を突然大きな声で言い出した。


 「おじさん、お金を返したのを思い出してくれたんだね」


 「ありがとうございます。これで俺の借金は綺麗サッパリ無くなったんだ」


 少年がわざとらしい一人芝居を終えると、僕に小声で「お兄さん、誰かが気づく前に、コイツの処分を早くしよう。頭の方を持ってよ」と言ってきた。


 僕が血塗ちまみれの頭を見て躊躇ちゅうちょしていると、少年はおっさんのズボンを脱がして、血がつかないように頭へかけてくれたが、素早くポケットの中のお金と革のベルトを抜き取っていたようだ。

 人が目の前で殺されて、まだ殺人者がいるのに、この少年は冷静で抜け目が無いな。


 「これで良いでしょう。早く持って」


 僕は少年にかされて、おっさんの頭を持ち少年の誘導で、少し行った先の石板が連なっている場所まで、おっさんを運んだ。


 「お兄さん、そこの少し小さな石板を上げるよ」


 少年に何か考えがあるらしいので、僕と少年はかなり重たい石板を横へずらした。

 石板の下には、黒い水がかなりの速さで流れている。


 水が黒いわけじゃなくて、夜だから黒いとは思うけど、少し臭い匂いがするな。

 これは下水道的なものかも知れないな。


 「お兄さん、コイツの服をぎ取った後、ここへ放り込むんだ」


 「この水路は何なんだ」


 「うーん、良く知らないけど、ヤバイものを捨てる仕事をした時にここへ捨てたから、こういう目的の場合は良い場所だと思うよ」


 確かに、石板の下に続いている下水道はうってつけだな。

 僕と少年は、おっさんの服を下着まで脱がして、黒い流れの中へ捨てた。


 流れが黒かったので、おっさんの肌がやけに白く見えたけど、ボコボコ音を出しながらおっさんは、石板の下に流されていってしまった。

 少し動いていた気もしたから、まだ生きていたのかも知れない。


 「お兄さん、助けてもらって、ありがとうございます。最悪のカスを、この世から消すことが出来ました。この服と短剣はお兄さんの物です」


 「そ、そうか。もらっておくよ」


 この少年を信じていいのか判断がつかないけど、おっさんを下水へ捨てた共犯なんだ、どこかに殺人事件を通報すれば少年も無事には済まないだろう。

 一応僕は少年の恩人だから、裏切るようなことはしないと思おう。


 「それと、お兄さんからは、良い匂いがするね。食べ物だったら買っても良いよ」


 へぇー、良く言うよ、

 買うお金は、さっきおっさんのズボンから、くすねたものじゃないのか。


 この少年は油断が出来ないぞ。

 だけどこの貧民街で生きていくのには、これが普通なんだろうな。

 僕が何も知らないだけだと思う。

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