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撒き餌

 緊張しながら歩いていたが、残念と言うか、良かったと言うべきか、【咬鼠】を見つけることは叶わなかった。

 〈アワ〉の言うこの〈塔〉の零階には、【咬鼠】はあまり生息していなんだな。

 枯れた木と岩しかないのだから、当たり前か。

 エサとなるものが、どこにも見当たらないものな。


 【咬鼠】がいなかった代わりじゃないけど、コケは生えていたので、何もないよりはマシだと思っておこう。

 〈アワ〉の話だと苦い汁と酸っぱい汁は、皮を滑らかで柔らかくする効果が、あるかも知れないってことだ。


 心の内では【咬鼠】に出くわすことを恐れていたのだろう、いなかったことにホッとしながら、いそいそと部屋へ帰ってきた。

 【咬鼠】がいなかった幸福に、二人とも胸をなぜ降ろしていたと思う。


 採取してきたコケから出た煮汁を、皮へ塗ったら、かなり良い感じになったと〈アワ〉は喜んでいる。

 だけど素直に喜ぶ訳にはいかないよな。

 お金的にも食糧的にも、【咬鼠】を倒せなければ、僕達になんの未来もないんだ。


 今日半日くらいかけて歩き回っても、【咬鼠】の影さえ発見出来なかった。

 この前の【咬鼠】は、かなりのはぐれ個体だったんだな。

 このまま【咬鼠】が発見出来なければ、僕達は詰んでしまうし、そうかと言ってこの部屋から遠く離れた場所で遭遇すれば、部屋へ逃げ帰る前に追いつかれてしまうだろう。


 奴隷の酷い状況からはのがれられたけど、僕の未来にはまだ暗雲が立ち込めているんだ。


 「〈アワ〉聞くけど。ここも〈塔の零階〉なら、〈塔神殿〉や〈待機所〉へ行けないのかな」


 「うーん、とても無理だと思うわ。〈塔神殿〉や〈待機所〉は〈塔〉の中心近くなのに、ここは西のはしの端なのよ。移動に何日かかるか分からないし、〈塔の零階〉はそのほとんどが〈新人の狩場〉らしいから、【咬鼠】を簡単に倒せる力がないとその中を突破出来るとは考えにくいわ」


 「そうか、そうだよな。〈塔〉の大きさを忘れていたよ」


 「そうね。〈塔の零階〉の広さは国くらいあるものね。広すぎて方角も途中で分からなくなりそうよ」


 〈アワ〉の言う通りだ、釣竿一本で大海原おおうなばらの魚を釣るみたいな無料ゲーだよ。

 友達と釣りに行って、当たりもなにもなく、坊主だった悲しい出来事を思い出すな。


 「それじゃ、闇雲やみくもに【咬鼠】を探すのも無理そうだ。きエサでもしないと釣れないな」


 「はっ、〈はがと〉それよ。そこのすみに捨ててある骨を撒いておけば、かじりにくるんじゃないかな」


 今日は歩き回って疲れたしもう夜中だと思ったから、明日の朝を待って撒き餌作戦を決行することにする。


 朝食を食べた後、泉の水を飲み身体を洗ってサッパリしたところで、前に【咬鼠】が水を飲んでいた場所へ骨を撒いてみた。

 岩陰からしばらく覗いていたけど、エサはそのままで全く何の変化も生じない。

 僕と〈アワ〉は「ふぅー」と息を吐き、緊張で強張った身体を軽くほぐしてから、部屋へと戻ることにした。

 まあ、広大な〈塔の零階〉なんだから、そう直ぐには寄ってこないよな。


 しょうがないので、〈アワ〉はコケの煮汁で皮を柔らかくする作業を、僕は枯れ木を足して罠の強度を上げることにした。

 支点となる木が倒れないように、三本の木を支えにしてそれを大きな岩で固定したんだ。

 部屋の中に大きく変てこなオブジェが完成したけど、部屋は大きいから何も問題ないし、なかなか前衛芸術的でこれはこれで有りだと思うな。


 次の日もまた朝食を食べた後、泉の水を飲み身体を洗ってサッパリとしたところで、骨を撒いた所へ見に行ってみた。

 昨日はまるで気配がなかったんだ、今日もいないとは思うけど、せっかくやり始めた作戦なんだから、ある程度まで結果を確認しておく必要がある。

 これがダメなら、また新しいことを考える必要があるからな。


 「ごくっ」

 「ひゅっ」


 僕がつばを飲み込む音と、〈アワ〉が息をのみむ音だ。


 岩陰からヒョイと覗いたら、【咬鼠】がいやがった。

 いないと思っていたのに、いやがったんだ。


 僕もそうだけど、〈アワ〉もパニック状態になっている。

 身体が小刻みに震えて、【咬鼠】へ視線を固定したままその場で動けない。

 恐怖に呑まれている状態だと思う。


 計画とはまるで違い、やっぱり本物の【咬鼠】は、生存本能を揺り動かす凶暴な獣なんだ。

 それがこうして目の前で対峙たいじしたなら、心臓が痛いほど思い出してしまう。


 【咬鼠】がこっちを見ながら、その大きな歯で骨を咬み砕いたバギッという音で、僕は〈アワ〉の手を強引に引っ張り部屋へ向かって駆け出した。

 何の成算もない、何も考えていない、ただの反射的な行動だ。


 もちろん【咬鼠】は、僕達を「ジュウ」「ジュウ」と鳴きながら追ってきている。

 骨だけより、それは身がついている方が良いのだろう。

 「ジュウ」「ジュウ」という鳴き声は、おのれの欲望が満たされる期待を含んで、大量のよだれを垂れ流している音だと思う。


 〈アワ〉の手を引っ張ったのは最初だけで、走り出したら〈アワ〉も必死の形相で足と手を動かし始めた。

 【咬鼠】に睨みつけられたショックから、立ち直ってくれたらしい。

 今は僕の直ぐ後ろを、「はっ」「はっ」とリズムよく息を吐いて追走出来ている。


 【咬鼠】のエサを追い詰める鳴き声に迫られて、僕達は命懸けの駆けっこをしているんだ。

 汗が噴き出ようが、肺が苦しかろうが、足が痛かろうが、そんなものなんも関係ない。

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