トンネル
ガツンガツンと歯で人の骨を咬み砕いている音と、奴隷達が逃げようとして鎖がぶつかる音が、あたりに響いて地獄絵図のようだ。
奴隷達の「ひぃー」「ひぃー」と鳴く声が、絶望を表している。
僕もその中の一人だ。
もう、終わりだな。
でも、今とせいぜい5年先の違いだ。
鉱山で、10年生き延びた人は、いないらしい。
駆逐人の〈ヤザ〉達が、ようやくやってきた。
ゆっくりとだ。
「邪魔くさいな。【咬鼠】が一匹か。だりなー」
それでも、【咬鼠】に剣を向けている。
これがこいつらの仕事だから、当たり前だ。
僕は【咬鼠】から逃れるために、〈ヤザ〉の後ろへ行こうとした。
だが、一緒に鎖で繋がれている、〈カボ〉の動きが鈍かった。
恐怖で、固まっていたのだろう。
僕は鎖に引っ張られて、〈ヤザ〉にちょっとだけ触れてしまった。
ほんのちょっとだ。
「何だ。この奴隷は汚い身体で触るな。邪魔をしやがって。俺を殺す気か」
〈ヤザ〉は怒り、顔を真っ赤にして、俺を思い切り蹴り飛ばした。
鎖が、ガチャリと鳴る。
僕は蹴られた腹を押さえて、激痛でその場へ崩れ落ちた。
〈ヤザ〉たちは、丸い盾で歯を防ぎながら、何とか【咬鼠】を倒したようだ。
【咬鼠】の腹に剣を突き刺して、小さな丸い内臓を抉り出して、生で食べている。
あの内臓は、何なんだろう。
僕は痛みの中でも、疑問に思った。
内臓を生で喰うことに、衝撃を受けたんだ。
「この奴隷には、たっぷりと仕置きが必要だな」
〈ヤザ〉は、人夫頭の〈ダキ〉の鞭を取り上げて、何度も俺を打った。
背中も、腹も、顔もだ。
レベルが高い〈ヤザ〉の鞭は、人夫頭の〈ダキ〉より痛い。
物凄く痛い。
真っ赤に焼けた鉄の棒を、身体へ強く押し当てられたようだ。
痛くて熱くて、頭の中が激しく焼かれている。
身体中から血が噴き出して、骨も折れそうだ。
涙が勝手に流れてくる。
身体が勝手に跳ねて、休む間もなく、痙攣を起こし続ける。
「あやまります。もう、止めて下さい。許して下さい」と、額をこすり付けて懇願しても、鞭を貰うだけだ。
「汚い声を出すな。耳障りだ。止めるわけがないだろう。バーカ」
【咬鼠】に咬み殺された方が、まだましだったと思う。
僕はあまりの痛さに耐えきれずに、失禁した。
惨めに、股間を濡らし続けたんだ。
そして、気を失った。
気が付くと、ものすごい痛みと共に異臭がする。
人糞とゲロともっと臭いものが、混ざり合った匂いだ。
「ははは、お前みたいなクズは、この肥溜めがお似合いだ。この中で腐れ」
抵抗する間もなく、俺は肥溜めに落とされた。
ジャポンと音を立てて、肥溜に沈んで行く。
口の中に異様に臭い、ヌルヌルしたものが、侵入してくる。
鼻の中には、水分の多いビチャビチャした臭い物が入ってきた。
身体に触れるチクチクしたものは、ここにいるウジ虫かも知れない。
僕の皮膚を食い破って、身を食べようとしているのか。
あまりの恐ろしさに、僕の肌には鳥肌が立ち、心の底からの悲鳴が消えない。
僕はえずきながら、手と足を動かして上へ登ろうとする。
でも、肥溜めの壁には、手がかりがどこにも無いんだ。
壁をヌラヌラした粘液が覆っていて、手が滑るだけだ。
気持ち悪い感触で、手の平へズルリと纏わりついてくる。
これではとても、上には登れない。
ここで身体が腐って死ぬのか。
ウジ虫に皮膚の中へ入られて、少しずつ食われて死ぬのか。
いくら奴隷だからといって、これはあんまりだ。
最悪の死に方だ。
必死に手足を動かしていると、壁に変化があった。
壁が一部崩れていたんだ。
まだ、ヌラヌラとしてないので、最近崩れたのだろう。
崩れたところをもっと崩すと、穴が開いているようだ。
僕はひとすじの望みをかけて、必死に穴を広げた。
爪が剝がれたが、そんなことを言っている場合じゃない。
命がけだ。
広げた穴に身体を入れることが出来た。
ふぅ、一安心だ。
穴の上の僅かな亀裂から、細い光が差し込んでいる。
なにか落盤みたいなのが、あったのかも知れないな。
口に詰まった臭い液体を吐き出し、鼻からもドロドロを出した。
粗末な服を脱いで、パンパンと臭いヌルヌルしたものも、必死に落とした。
手でも拭い取った。
でも、ある程度しか取れない。
強烈な臭さが、僕の身体に纏わりついている。
身体へ匂いが染みついてしまったままだ。
ふぅ、死ぬよりはマシか。
でも、息はなるべく浅くしよう。
激しく動いて疲れた身体を休めながら、穴を観察してみる。
この穴は、まだ先があるようだ。
穴を這って前に進むと、ツルツルした人工の穴に変わった。
これはトンネルだよな。
はぁ、なんだこれは。
もっと先へ進むと、ツルツルした壁にぶち当たった。
おっ、なんだこれは。
明らかに人工物だな。
塔の壁なんだろうか。
トンネルも壁もツルツルで、何の出っ張りも無い。
何のためのものなんだ。
疑問に思いじっくり探していると、トンネルの一部が透明なガラス板みたいになっているのを見つけた。
そこに手を触れると、壁がスーっと音もなく四角に開いた。
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