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 「きゃー、【咬鼠】が入ってくる」


 私は無我夢中で石を押し出したけど、【咬鼠】の頭の侵入を許してしまった。

 手に持っているスコップで、【咬鼠】の頭を突くけど、大して効いていないのが分かる。

 私は〈段階〉が一つも上がっていないし、病気にかかっているただの女なんだ。

 

 やっぱり、ここで死んでしまうのかな。

 〈神様、どうかお助け下さい〉と心の中で祈るしかない。


 〈はがと〉も何かを叫びながら、剣を振るっているけど、浅い傷をつけているだけだ。

 【咬鼠】は全くひるまずに、徐々に部屋の中へ入ってこようとしている。

 私が突いたスコップを、「ガギン」と噛んで凶悪な笑みを浮かべているみたいだ。


 突然、【咬鼠】が弱弱しい声で「ヂュウ」「ヂュウ」と鳴きだした。

 えっ、首から血が噴き出しているじゃない。


 〈はがと〉の方を見ると、不格好ぶかっこうなんだけど、力強い一撃を【咬鼠】へ喰らわせている。

 〈はがと〉は強いんだ。

 〈段階〉が上がってもいないのに、【咬鼠】を倒せるなんて、体格も良いし才能があると思う。


 「はぁ、はぁ、やったぞ」


 「はぁ、すごいです。首が落ちてます」


 それにしても、腕が痛いしとても疲れてしまったよ。

 首を断ち切られた【咬鼠】を見た後、私はヘナヘナとその場にへたり込んでしまう。


 ◇◇◇◇◇◇ 〈はがと〉の視点 ◇◇◇◇◇◇


 【咬鼠】を何とか倒すことが出来た。

 部屋の入口に偶然頭が挟まったのが、奇跡を産んだのだろう。


 〈アワ〉は女の子座りでへたっているし、僕も荒い息がまだおさまらない。

 ゴロンと転がっている【咬鼠】の頭が、かなりグロテスクだし、噴き出した血の濃厚な匂いが鼻についてしかたがないけど、生きていることに感謝しよう。


 はぁー、噛まれなくて本当に良かったよ。

 僕はかなり長い間、茫然ぼうぜんと座っていたと思う。



 「〈はがと〉、この【咬鼠】を解体しましょう。食べ物が手に入ったのよ」


 えっ、1メートルもある獣を解体するのか。

 でも待望たいぼうの食べ物だから、それは食べたいよな。


 「僕はやったことがないから、とても出来ないよ」


 「そう。私は実習で習ったから、少し出来るわ。でも力がいる作業では協力してね」


 「ふぅー、分かったよ」


 〈アワ〉はグロ耐性がかなりあるんだな。

 それとも【咬鼠】の恐怖が去ったので、猛烈にお腹が空いた可能性もあるな。

 僕もそうだから、推測は当たっていると思う。


 血まみれの【咬鼠】の頭も、不思議なことに、どうやったら食べられるのかと考えてしまっている。

 空腹は最高のスパイスって言うけど、飢餓は何でも食料へ代えてしまうんだな。

 昔の人が、猛毒の河豚ふぐとか気持ちの悪い海鼠なまこを食べた気持ちが、少し分かったような気がするよ。


 解体は汚れるし血の匂いもするから、肥溜めへ続くトンネルの中ですることにする。

 部屋の中に飛び散った【咬鼠】の血は、泉の水でサッと流すことしか出来ないため、当たり前だけどそれほど綺麗にはならないから、これ以上部屋の中を汚したくなかったんだ。


 少し肥の匂いはするけど、大量に出る血の匂いで、直ぐに気にならなくなっていった。

 それよりは、ムッとするような鉄臭い血の匂の方が、僕には堪らなかったと思う。


 血抜きのため〈アワ〉の指示で、太い血管を剣でつのに、ずいぶんと苦労をされられた。

 まるで剣が研げていなかったのだろう。

 腹の真ん中を剣で開くのも、上手くいかなくて、食べられる内臓が減ってしまったらしい。

 だけど僕的には、内臓をあまり食べたくは無かったから、いっこうに惜しいとは思わない。


 それから、皮をぐのも大変だった。

 なかなか剥がすことが出来ずに、二人とも疲労困憊ひろうこんばいとなってしまったので、解体は一時中止として体力の回復を図るため一旦寝ることにした。


 命を賭けた濃密な一日だったから、心も身体も疲れきっていたんだろう、僕は直ぐに眠ったようだ。

 眠る直前の記憶は一切ない。



 朝起きると、昨日以上に猛烈にお腹が減っている。

 昨日死にもの狂いで身体を動かしたことと、食べられ物があるためだろう。

 でもまだ、食べることは出来ないんだ。

 はぁー。


 二人で協力して、まずは剣を研ぐことになった。

 【咬鼠】の脂肪がベッタリとついて、このままではとても使えそうになかったんだ。

 長い時間剣を研いで、気持ち悪さに泣きそうになりながら、やっと皮を剥がすことが出来た。


 二人とも大量の汗をかいて、もう座り込むことしか出来ない。

 手も服も【咬鼠】の血と脂で、ドロドロになっている。

 火打ち石で焚火を作った後、泉で服と身体を綺麗にすることにした。

 二人ともこのままでは、あまりにも汚いと思ったんだ。


 互いに背を向けて裸になって、服と身体を洗ったのだけど、水だけでは限界がある。

 特に服はあまり綺麗に洗えた気がしないな。

 

 はぁー。

 それよりも、肉が早く食べたい。

 気持ちが悪い解体作業だったけど、飢餓感の方がもっともっと辛いんだ。


 皮を剥がれてピンク色になっている、【咬鼠】の背中の部分の肉をそいで、焚火の上で焼いてみる。

 肉がジュウジュウと焼けていく匂いが、鼻を刺激してお腹がグウグウと悲鳴を上げているぞ。


 ははっ、もう少しだけ待てよ、僕のお腹。


 こんがりと焼けたお肉は、それはそれは美味しかった。

 噛むと肉汁が口一杯に広がり、良い匂いが鼻へ抜けていくんだ。

 あぁ、幸せだな。


 この世界へ飛ばされてから、一番美味しい食事だよ。

 奴隷には考えられない、とっても贅沢ぜいたくな食事だ。

 お肉って、なんて素晴らしいものなんだろう。

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