〈南部連合人〉
◇◇◇◇◇◇ 〈アワ〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
朝起きると、ものすごく臭い。
原因は〈はがと〉だ。
肥溜めのあの嫌な匂いが、プンプンとしている。
今までは気にならなかったのに、今朝は我慢の限界を超えている臭さだ。
この吐いてしまいそうな匂いに、本人は平気なのが信じられない。
鼻もバカなの。
私は鼻を摘まんで、〈はがと〉へハッキリと言ってやった。
「すごく匂いますよ。泉で身体を洗った方が良いと思います」
「んー、洗ってくるよ」
はぁー、何よ、その言い方は。
気に入らないような顔をしないでよ。
こっちがあなたの匂いを、完璧に気に入らないのよ。
〈はがと〉が泉で身体を洗って帰ってきた。
クンクンクン、匂いはかなり良くなったわ。
これなら、何とか許容範囲でしょう。
私も若い女性としては、かなり匂っていると思うから、あまり他人のことは言えないしね。
だけど、ジロジロと見られているのが、とても気持ち悪いわ。
やっぱりか。
私を襲うつもりじゃないでしょうね。
私はこのままじゃマズイと思い、少しキツイ感じで言ってみた。
牽制になれば良いのだけど。
「何を見ているのですか」
「えっ、剣を研ぐのが大変そうだと思ったんだ。代わろうか」
ジロジロと見たてのを咎められたので、明らかに慌てている感じね。
でも見ていたことを、まだ隠す気があるのなら何とかなると思う。
私が常に凛とした態度を崩さなければ、襲われることはないでしょう。
〈はがと〉が極悪人とは思わないけど、私を拐かしたように、いざとなれば自分の欲求を優先するのが男だよ。
決して油断は出来ないけど、険悪な空気にする必要もない。
「んー、そうですね、代わって頂けますか。私は針を研いでみます」
ふふっ、私が言ったことに素直に従うのは、まだ世間にあまり擦れていない少年なのね。
だけど本当に背が高い、6尺(180センチ)近くあるんじゃない。
黒髪で黒い瞳で黄色の皮膚だから、私と同じ〈南部連合人〉だとは思うけど、特徴が〈南部連合人〉過ぎるわ。
純粋な〈南部連合人〉ってこと。
そんな人がいるなんて、聞いたことがないな。
◇◇◇◇◇◇ 〈はがと〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
剣を頑張って研いで、一応刃先だけは錆を落とすことが出来た。
指の先で触っても、切れる感じがしないため、一応も研げていないのだろう。
〈アワ〉も針の先を、親指の腹に引っかけるようにしているが、首を捻っているのは上手く研げていない感じだ。
もっと時間をかけないといけないんだろうが、もう飽きてしまったし、その前にお腹がペコペコだ。
「〈アワ〉、お腹が空いたよ。食べ物を探しにいかないか」
「えぇ、そうですね。私も今、そう言おうと思っていたところです」
「それじゃ、〈アワ〉はスコップを持ってくれよ。僕は剣を持って行くよ」
「分かりましたけど、私はコップも持っていきますね。泉で水だけでも飲んでいきましょう」
なるほど、水だけでもお腹に入れた方が良いってことか。
僕と〈アワ〉は、泉の水をコップで掬い、代わる代わる水を飲んだ。
泉の水は変わらず美味しいけど、これではお腹は膨れないな。
〈アワ〉はコップで水を飲む時、ちょっと躊躇していたけど、錆びついているのが気になったのかな。
何回もそれで、水を飲んだのに今さらだと思うな。
「さて、どちらの方向へ行ったら良いと思う」
「うーん、そうですね。私の予想では、ここは塔の外側だと思いますので、塔の中の方へ行くしかないと考えます。外側は肥溜めから出るしかありませんし、出ても奴隷に逆戻りでしょう」
「そうだよな。肥溜めには、もう行きたくはないよな。塔の中には何があるんだろう」
「私も行った事はないのですが、塔の零階には、〈塔神殿〉と国ごとの〈待機所〉があるはずです。それ以外は新人の狩場が広がっていると聞いています」
「そうなんだ。その中の一番のベスト、うっ、その中で一番たどり着けたら良い場所はどこなんだろう」
「うっ、それは…… 」
「〈アワ〉、言いかけたけどどうしたの」
「はっ、何でもないです。一番良い場所は、新人の狩場でしょうか。比較的弱い〈塔獣〉がいるはずです」
「えぇー、〈塔獣〉って【咬鼠】みたいなヤツなの。それにそれは食べられるの」
「はぁ、食べられるのに決まっています。高級食材なのですよ。いるのは、【咬鼠】で合っています」
「うあぁ、無理だ。【咬鼠】って僕達で倒せないよ」
「うっ、〈段階〉が何も上がっていない私達では、かなり厳しいと思いますが、倒すしか生き延びる道はありません。コケだけでは栄養不足で先が無いのです」
げぇー、とんでもないことになったな。
【咬鼠】を二人で殺のか。
どう考えても出来そうにないな。
あの大きな歯で、生きたまま咬み殺される未来しか見えないぞ。
「ふぅー、ここにずっと立っていても仕方がありません。コケがないか探しに行きましょう。水音に注意してくださいね」
◇◇◇◇◇◇ 〈アワ〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
〈はがと〉が、食べ物を探しに行こうと言ってきた。
私もそう言おうと思っていたところよ。
お腹が空いているから当然なんだけど、それならどこへ行くのかと考えると、どこへも行くところがないのよ。
肥溜めを戻って外へ出ても、以前の生活に戻るだけだわ。
いえいえ、〈はがと〉はもう戻れないか。
塔鉱山の監督者に見つかって、惨い殺され方をされるだけだわ。
私も物乞いに戻って、道端で冷たくなるだけだから、そんなことなら泉があるここの方が良いに決まっている。




