剣を研ぐ
〈アワ〉は、決心がついたのか目を瞑って、コケを口の中へ入れた。
口を恐る恐る動かして、コケをモゴモゴと食べている。
「酸っぱいし、モサモサしていますが、食べられなくは無いです。美味しいとは言えませんが」
俺も〈アワ〉の真似をして、削った木でコケをすくった。
やっぱりとてもじゃないけど、食べ物には見えないな。
僕も、しばらくコケを睨んでいたと思う。
口の中へ入れるのを、かなり悩んだけど、思いきって入れてみた。
これを食べるしかないんだと、心へ無理やり言い聞かしてだ。
〈アワ〉が言うとおり、モサモサとして酸っぱい。
コケの匂いが、口中に広がる。
これは土と言うか、カビの匂いじゃないのか。
でも、死ぬほどマズイとまではいかない。
息をしなければ、何とか食べられる。
「美味しくないけど、食べられるな」
それから、俺と〈アワ〉は、何回かコケを煮て食べた。
苦汁苔の方は、名前どおり相当苦い。
味がマズイのは、酢汁苔と良い勝負だ。
どちらも、まるで美味しくない。
食べられる物の、食感と匂いと味とは全く思えない。
だけど人間の味覚って言うのは、不思議なものだ。
〈アワ〉は酢汁苔の方がまだマシだと言うけど、僕は苦汁苔の方が食べ物にまだ近い味だと思う。
量も少なくて、とてもお腹一杯とはいかない。
少しは、お腹に入ったという感じだ。
マズイからお腹一杯に食べたいと思わないのが、せめてもの救いではある。
「私は、身体を拭いてきます」
「そうか。分かった。何かやることはある」
「そうでしたら、もっと木を集めておいてください」
〈アワ〉がそう言い残して、泉へ行ってしまったので、僕は枯れ木を集めることにした。
考えても他にやることが、思いつかなかったんだ。
五本部屋に運び入れた時に、〈アワ〉が帰ってきて、僕はこう言われた。
「すごく匂いますよ。泉で身体を洗った方が良いと思います」
鼻を摘まんでかなり失礼な態度だ。
だけど、もっともではあるな。
この世界へ飛ばされてきてから、一度も身体を拭いたこともないし、肥溜めにも落ちたんだ。
奴隷の時は気にしていられなかったけど、改めて自分を嗅ぐとすごく臭いぞ。
「んー、洗ってくるよ」
「私は剣を研いでみます。丸い物へ水を入れて、持って帰ってきてくれませんか」
〈アワ〉は錆びたコップへ入れた水と、拾ってきた石で剣の錆びを落とすらしい。
剣の刃が鋭くなれば、木を削るのも捗るっていう事だろう。
僕は泉の水を飲んでから、汚れた奴隷の服を半分のボールの中で洗ってみた。
かなりの回数洗ったけど、いつまでも水が濁ってしまうので、もう諦めよう。
洗う前よりは、劇的に綺麗になっているはずだ。
クンクンと嗅いでも、あまり匂わなくなっているぞ。
裸のままその服で、身体も洗ったと言うよりべちゃべちゃに拭いた。
皮膚からボロボロと、黒いものがこぼれ落ちてきたから、身体もかなり綺麗になったと思う。
泉の水は美味しいし、身体を洗うのはとても気持ちが良いもんだ。
何だか人間へ戻れたような気がするな。
奴隷の時は、たぶん家畜だったんだと思う。
すっきりとして、「うーん」と背伸びをすれば、ここでの生活も悪くは無いと思える。
だけどお腹が減ったよ。
このままでは、餓死してしまう。
何とかしなくては。
水を半分のボールの中に、水を入れたまま部屋へ戻ると、〈アワ〉がまだ剣を研いでいる。
剣を研ぐのは簡単じゃないのだろう。
それにしても、〈アワ〉はかなり元気になったな。
罹っている伝染病は、栄養さえ取れば簡単に治る病気だったんだ。
「〈アワ〉、水を汲んできたよ」
「ありがとうございます。研ぐのにもっと水が必要なんです」
受け取った半分のボールから、〈アワ〉は剣と石へ水をかけている。
剣は半分も研げていないようで、錆がまだまだ一杯ついているぞ。
それにしても、〈アワ〉の手は細くて身体もかなり小柄だと思う。
150センチもないと思うな。
しっかりとした話し方をするけれど、身体つきは中学生くらいの年齢に見えるな。
この前見た裸の胸も、平らに近かったと記憶している。
髪はボサボサで何個所も絡み合って、肩を少し超える程度の長さだ。
赤黒い斑点が少し薄くなったので、良く見ると顔は可愛い感じだな。
小さな顔だけど、簡単に言うと日本人と西洋人のハーフのようだ。
「何を見ているのですか」
あっ、ジロジロ見ているのがバレたらしい。
「えっ、剣を研ぐのが大変そうだと思ったんだ。代わろうか」
「んー、そうですね、代わって頂けますか。私は針を研いでみます」
少し気まずかったので、僕は一心に剣を研ぐことにした。
「シュッ」「シュッ」と頑張って研げば、ジロジロと見ていたことの誤魔化しが効くと思ったんだ。
まあダメでも、この場合は研ぐしかないよな。
だけど、研ぎ方はこれで良いのかな。
やったこともないから、絶対違っていると思うな。
〈アワ〉は何も言わないので、たぶん〈アワ〉も良く知らないのだろう。
とりあえず錆びを落として、先を少し尖らせてみよう。




