コケ
◇◇◇◇◇◇ 〈はがと〉の視点 ◇◇◇◇◇◇
僅かにあった食料が、ついになくなってしまった。
酸っぱいパンも臭い肉も、もう何も残っていない。
こうなったら最後の手段の、コケを食べるしかないんだ。
「〈アワ〉、このコケは、本当に食べられるの」
「食べられます」
「このまま、食べるの」
「このままでは、食べにくいです。煮て食べます」
「どうやって、煮るの」
「見えてないのですか。スコップと枯れ木があります」
はぁー、枯れ木を焚火にして、スコップの僅かな窪みで煮るってことか。
僕は溜息を吐いた後、 部屋の外へ出て枯れ木を拾ってきた。
1mくらいのを4本だ。
「木を拾ってきたよ」
「それでは、木を削って下さい」
大きな木のままでは、火が着かないのだろう。
キャンプをする動画で見たことがある。
僕は、錆びた剣で木を削り出した。
錆びてなまってしまった剣では、なかなか木を削れないぞ。
これは、結構な時間がかかるな。
十回もしないうちに、もう嫌になってきた。
〈アワ〉は、僕は木を削ろうとして出来た、木の細かいカスを集めている。
何のためだろう。
集めた木のカスを、握りこぶしくらいの大きさの小山にしているな。
そして小山の上で、小さな石と鉄の棒をこすり合わせている。
「シュッ」「シュッ」と何回もこすり合わせていると、小さな火花が散ったのが見えた。
おぉ、これが見つけたと言ってた、火打石か。
簡単に、火が着きそうなものじゃないな。
火が出るんじゃ無くて、火花が散っているだけだ。
それでも、何回か繰り返すと何とか火が着いたらしい。
木のカスの山から、煙が立ち昇ってきたぞ。
「火が着きました。木が乾燥していて良かったです」
〈アワ〉は、辛うじて燃え続けている小さな火に、僕の削った木切れをくべた。
火を労わるように、優しく慎重に火の回りに置いていく。
動画みたいに、ボンと置かないんだな。
しばらくすると、木切れに火が燃え移って、炎が段々と大きなっていく。
さらに数本の木切れをくべると、やっと焚火と言えるものになった。
「〈アワ〉は、すごいな。焚火が出来た」
動画と比べると、すごく時間がかかったけど、一応褒めておこう。
「褒められるようなことでは、ありません。誰でも出来ます」
褒めてやったのに、言い方がちっとも可愛くないな。
「そうなの」
「私は、泉で水をくんできますので、木をもっと、削っておいてください」
〈アワ〉は少しよろけながらも、半分のボールを持って、部屋の外へ出て行った。
あれほど重い症状だったのに、少し元気になって歩けるようになったのか。
少しだけだが食べたので、ちょっとだけ体力が戻ってきたんだろう。
僕は頑張って、木を削り続けた。
焚火をしているのが何だか楽しくて、炎を絶やしくたくなかったんだ。
鉱山での労働を思えば、全然たいしたことはない。
自分のペースで出来るし、〔力鉱石〕に比べれば、木は豆腐のように柔らかいんだ。
邪魔な鎖も、怒鳴られることも、ムチで打たれることも無い。
手間がかかるけど楽勝だ。
木を全部削り終えたので、また外へ拾いに行こう。
削るのが上手くなった気がして、楽しくなってきたんだ。
〈木削り〉の習熟度が、上昇したのかな。
ははっ、どんどん削ろう。
僕が木を削る作業を黙々とこなしていると、〈アワ〉が帰ってきた。
「ずいぶん沢山、木が削れましたね」
〈アワ〉は、少し吃驚したように僕へ言ってきた。
そう言われて周りを見てみると、削った木の大きな山が出来ているな。
鉱山のクセで、一生懸命にやり過ぎたらしい。
いつも、命がけでやっていたからな。
「そんなに多いかな。このぐらい、誰でも出来るよ」
鉱山奴隷なら、このくらいの作業は朝飯前だ。
いや、朝飯抜きでもやらされる。
「そうですか。今から、コケを煮てみます。私も、コケを煮るのは初めてなので、どうなるか、自信はありません」
〈アワ〉は、削った木を器用に組み合わせて、スコップを焚火の上に何とか設置した。
そして、スコップの窪みに水入れて、そこに緑が鮮やかなコケを投入したんだ。
「どっちのコケを入れたの」
「酢汁苔です」
最初は、「酢」の方か。
苦いよりましと考えたのだろう。
コケは、熱を加えられて茶色へと変わっていくが、色以外の変化はなにもない。。
茶色に変わっても、全く美味しいそうではない。
どちらかと言うと、より食べ物から離れてしまった気もする。
「煮えたようなので、食べてみます」
〈アワ〉は、スコップを焚火の上から退けて床へそっと置いた。
そして、削った木から平たい物を選んで、それで煮えたコケを掬って口に持っていった。
だけど、直ぐには口へ入れないで、煮えたコケをきつく睨んでいる。
冷ましていると言うより、これを本当に口へ入れて良いのか、迷っているように見える。
確かに、とても食べ物には見えないな。
身体に良いとも思えない、色と匂いがしているぞ。
これは、そうだ。
雨が降った直ぐ後の土の匂いだ。
土の匂いだと思っていたけど、コケの匂いでもあったんだな。




