〈塔鉱山〉
足首をもう一人の奴隷と繋がれて、今日も〈塔鉱山〉へ向かう。
足首にはめられた鉄の輪が、僕の皮膚を歩くたびに削ってくる。
足首には骨が見えてもおかしくない深い傷が、同心円状に何重にも出来て、そこからじくじくと血が滲み出し続けて止まりはしない。
裸足の足先に見えている、歪に治癒した何本かの指は、もう一生真直ぐにはならないだろう。
足元から目を上げれば、同じ鎖で繋がれている友達の〈カボ〉がいる。
彼も痛みで顔を歪ませているが、黙々と歩みを止めない。
もし止めれば、命を止めることになるからだ。
奴隷の寝床である崩れかけた長屋から、〈塔鉱山〉へと向かっているが、前方には塔しか見えるものはない。
巨塔である。
円錐形の巨大な塔だ。
直径1000㎞・全高10㎞以上と言われたら、僕は素直に頷くと思う。
丸いはずなのに、大きすぎて塔の壁は平面にしか見えない。
高すぎて塔の頂上には、いつも雲がかかっている。
圧倒的な存在感を、この世界へ放っている異物だ。
暴力的な建造物だと思う。
ツルハシで、固い〈力鉱石〉を掘るのが、奴隷達の仕事だ。
すごく固いので振り下ろすたびに、手がビーンとしびれて、腰もズキズキと痛む。
もちろん、肩も背中もだ。
奴隷頭の〈ダキ〉が、僕達へ情け容赦なく鞭を振るう。
毎日毎日、飽きもせず振るいやがる。
僕の背中は、いつもミミズ腫れが消えたことがない。
鞭で打たれると、身体が海老ぞってしまう。
あまりの痛さに、勝手になってしまうんだ。
筋肉を強張らせて、痛みに耐えるためなんだろう。
勝手に涙も出て、情けなく許しを哀願してしまう。
「どうかお願いです。もう許して下さい。もっと一生懸命働きます」と。
日が落ちて、寝床に帰る道の横に、ホームレスが座っていた。
黒く長い髪が絡んでもつれて、汚らしい縄のように頭を覆っている。
顔は赤黒い斑点で覆われ、ボロボロになった服の隙間にも、赤黒い斑点が覗いていた。
質の悪い、伝染病にかかったのだろう。
ケホケホと、咳きこんでもいる。
この瘦せこけた少女は、長くないな。
少女?
病気のため歪んだ顔と、あばら骨が浮き出たひん曲がった身体に、若い女の痕跡が残っている。
薄汚れた皮膚の奥に、微かだけど残っていると思う。
一瞬、少女と目が合ったように感じた。
どちらとも、相手を憐れんで、蔑んだ気がする。
どちらがより不幸なのだろう。
奴隷と病気のホームレスか、良い勝負だと思う。
板しかない寝床へ、痛む背中を庇いながら寝転んだ。
腹が減って、胃が痛くて、身体が痛くて、芯から疲れているのに眠れない。
逃亡を防ぐための、鎖も気に障る。
ここから逃げても、生きるすべは無いのにな。
僕の名前は、〈御習衣 把賀登〉だ。
「御習衣」という名字で、「おなら」と虐められたこともある。
「把賀登」という名前も、凝り過ぎでどうかなったと思っていた。
「はがと」という音の響きも、アニメ的だ。
ただ今となっては、懐かしい思い出に過ぎない。
郊外にある自宅から、自転車で通学している途中に、この世界へ飛ばされたんだ。
某国がロケットの軌道計算を誤って、僕の上へ落ちてきたというバカみたいな話だ。
でもロケットの爆発くらいでは、異世界の扉が開くほどのエネルギーにはならないと思う。
核兵器でも開かないだろう。
だったら、なぜ僕がこんな目にあっているんだ。
だけど現実に異世界へ来てしまったんだ、原因を考えてもどうしようも無い。
もう、起こってしまった話だ。
過去を変えることは出来ない。
だから今日も、塔鉱山でツルハシを振るうしかない。
僕が奴隷だから、奴隷頭の〈ダキ〉も鞭を振いやがる。
だけど、毎日、毎日、振るわなくても良いはずだ。
僕はこんなに、ツルハシに力を込めて振っているんだぞ。
僕の背中のミミズ腫れを、増やさないでおくれよ。
見てください、こんなにツルハシを一生懸命に振っています。
奥の方で、奴隷の悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃー、助けて」
「お願いだ。鎖を外してくれ」
「うぅ、逃げられない」
「ぐぎゃー、痛い」
奴隷頭の〈ダキ〉が、奴隷の後ろへ急いで隠れてやがる。
奴隷を盾に使う、本当に嫌なヤツだ。
無精ひげを生やした脂ぎった顔に、心底反吐が出る。
「【咬鼠】が出やがった。早く、駆逐人の〈ヤザ〉先生達を呼べ」
【咬鼠】が、次々と奴隷を咬み殺しながら、こちらへ向かってくる。
1mくらいの大きさで、鋭い歯が口から飛び出している獣だ。
それほど大きくはない身体に比べて、大きな頭と大きな口と大きな歯を持っている。
こいつは本来塔の中にいるのだが、何かの拍子に塔から抜け出してきて、人間を襲うんだ。
塔の中にいる獣は、非常に獰猛で強い生命力がある、普通じゃない生き物だ。
等級を上げた強い人でないと、とても太刀打ちが出来ない。
等級が何も上がっていない、奴隷の僕たちでは、一方的に咬まれて殺されるだけだ。
とうとう、【咬鼠】が僕の目の前まで迫ってきた。
前にいた奴隷の、腹や太ももの裏の肉を、鋭い歯で咬み千切りながらだ。
腹を咬み千切られた奴隷は、内臓を撒き散らして、悲鳴を上げながらのたうち回っている。
太ももの裏の肉を咬み切られた奴隷は、太い血管から血を噴き出させて、固い地面を喚きながら必死に這っている。
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