花邑杏子は頭脳明晰だけど怖くてちょっとドジで馴れ馴れしいがマジ傾国の美女【第33話】
着いたのは、屠殺場だった。
一行が向かったのは、あの、皮や内臓を剥がされ、宙吊りになったブランド牛の羅列だ。
「今回は迷うぜ。いい肉だらけじゃねえか」
場長の男性が、笑いながら言う。
「何せ、この場にある子たちは、みんなーー雌なんですよ」
花邑杏子は感動した。
「おおっ!それは素晴らしいな。あとは加工の腕次第だ」
ここで・・・義範の夢が消えた。
何がマーベラスな展開だあ!何がおねえちゃんがいっぱい・・・だ!
「おかしいとは思ったんだ!バーレスクから脱出する勢いで離れたから何だ?と。したら山奥に連れていかれて!俺、ヤキ入れられると本気で思ったんだからな!」
義範は息をついた。
花邑杏子が嗤いながら義範を見てる。
「何だよ、バーレスクって。バカじゃねえか!?私ゃ行かないんだけど。まあ、ちょっと気の弱い子の憩いの場としてはいいとは思うけどな。演者は皆、ゴリゴリだがーー」
「あら、そんなこと言ってもいいのか?反発があったらどうするつもりだ?」
「ヤクザに反発しようなんて度胸のある奴、いるのかよ?」
「まあ、いいやーーしかし、なんだよ。肉の塊が無数にあるしーーあー!」
「正解!」
「俺まだ、何も言ってねえだろ」
「そうだったな。しししーーそろそろだな」
10分ほど待ったーー誰かがトントンとドアを叩いた。
皆、思うところがあったに違いない。
重厚な、冷凍室のドアが開いた。
「毎度どうもーー」
花邑杏子が駆け寄って、なにやらさえない男と握手した。
「紹介するぜーー『町中の南波』の主人、南波宏一郎さんだ」
「ええっ~!?すみ・・・」
花邑杏子の顔つきが変わったーーらしい。何せメガネにマスクだから、何もわからない。
「どうも、南波です。早速ですがーー」
「選別しておきました。あとは最終チェックを」
「わかりましたーー」
南波宏一郎ーー澄香ちゃんのお父さんが早速動いた。
「さすがですね。いいサシのついた、油ののった肉を選んでるーー今回はA4の牛も選んでいるようですな。どれどれ・・・うん、いい判断だ。申し分ない」
「A4はーー挑戦してみました」
「有名な焼肉屋でも、敢えてA4を選ぶところがありますからね。今回選ばれた肉はかなりいい線いってますよ。あと、全部雌肉だってのも高得点です」
「有り難うございます」
「それではこちら、お預かりいたします」
「よろしくお願いします」
帰りの道中ーー花邑杏子は上機嫌だった。
「今回はーー3トン買ったからな。肉屋の評価も上々だしよ」
「もしかしてーー」
「あれらが、私らの口に入るわけだ」
「?待てよ。南波さんの取り分は?」
「『町中の南波』には加工代と手数料を事前に払っている。だから、店で会計するのは酒代だけ」
「いいなあ、ヤクザの特権かよ」
「あのなぁ!私らの苦労を知らないのか?銀行口座は開けないわ、だから合法でスマホ持てないわ、おまわりが暇潰しにガサ入れにやってくるわでーー」
「給料はどうしてんの?」
「ヤミ金で詰んだ女を改名させて、銀行口座を開かせるのさ。現在、花邑杏子って名前の女が、私が知ってるだけで5人いる。そのなかのひとりに以前、同じ手口で口座開かせたら、そいつ静脈認証の契約をしやがってな。キャッシュカードの届け先も偽装してトンズラしやがった。探しだすのに3年かかったよ。そいつ、沖縄で詐欺しながらぬくぬくと生活してた。もちろん私らが許すわけないわなーー」
その先を聞こうか聞くまいか、義範は迷った。
そんな義範の考えを見透かすかの如く、花邑杏子が悪戯っぽく嗤う。ような気がした。何せ牛乳瓶メガネにマスク姿なもんだからーー
「聞きたい?続きーー」
「後学のため、かな」
「OK。話してあげる。そいつは今は・・・」