カスミを食べる。
それは、最初、食料だった。
空気を吸うように食事がしたい。
ナノマシン技術を利用して作られた、”気体型栄養補給剤”。
開発者から、”霞”と名付けられた。
そして、技術は爛熟する。
ドームに覆われた都市。
その中を、”霞”で満たす。
理想的な栄養を、呼吸するだけで摂取できる環境。
病気そのものがなくなり、寿命も延びた。
しかし、
崩壊のきっかけは、アジアのある小国だったという。
その国の国民は、”霞”を越えるものを作ったと言った。
いや、そもそも、”霞”は我々が作ったのだと言う。
”霞”を作った国に、ほんの少しの技術供与を受けていただけなのに。
つたない技術。
気にもされない衛生管理。
蔓延する自分たちにとって都合のいい虚偽。
だが、残念なことにそれは全世界に流行してしまった。
”霞”の三分の一の値段だったから。
それは腐った。
そして、それに触れたものを腐らせた。
最初に小国の都市を黄色く腐らせる。
金属で出来た都市のドームすら、糸を引きながらグズグズに崩れ落とさせた。
辺り一面に広がる黄色い空気。
腐敗が腐敗を呼んだ。
全世界に流行していた それは、全世界を腐らせた。
◆
いまや、人類は それを入れなかったドームの中でなんとか生き伸びている。
しかし、
「助けてくれえ」
「何とかしてえ」
「う、うわああ」
一瞬で人がドロドロに溶け……
ブツッ
通信が途絶。
ザアアア
モニターがノイズの波を映す。
「……それに外部からドームを破られた……」
「……また一つ都市が消えたわ……」
――住民は全員腐った……の
彼女が静かに涙を流す。
窓の外には、 それの黄色に染まった地球。
「もう少しだ、もう少しで それを滅ぼすワクチンが出来るっ」
「もう限界よっ」
「カスミッ」
うつむいた彼女の顔を強引に持ち上げ、長い長いキスをする。
「セントッ」
彼女に全てを忘れさせるように、そして、自分が全てを忘れられるように激しく抱いた。
ついに最後の都市のドームが破られた。
「うふふ、さよなら、セント」
地球に向けた脱出ポッドの無線からカスミの声がする。
「待ってくれ、カスミッ」
「あと少しなんだっ」
「人はっっ、霞を食べてはっっ、生きられないのよっっ」
「あなたがっっ、霞なんかっっ、作らなければよかったのよっっ」
ズズンッ
カスミを乗せた脱出ポッドが地球に撃ち出される音だ。
「あああああ」
窓の外をカスミを乗せたポッドが、黄色い地球に落ちていった。
カスミが去ったおかげで、ステーション内の残りの空気と、”霞”が一週間伸びた。
あと少しでステーション内の空気が無くなる。
「ぐふひ、ははひ、ひーひっひっひっ」
「できた、かん成いだっ」
「と、投下ああ」
窓の外を何かが地球に落ちていく。
黄色い地球が青く染まった。
「いま、逝くよおおお、カスミイイイ」
バンッ
ヴィイ、ヴィイ
[”仙人計画”研究用宇宙ステーション、”桃源郷”に、”自爆シーケンス”が発動しました]
「速やかに職員は地球に避難してください]
[速やかに……
太陽の三番目をまわる青く美しい惑星。
かってその星を、”地球”と呼んだものたちがいた。
もう既にどこにもいない。
鬱展開のダークストーリー。
バッドエンド。