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卒アルを見ていたら、プレイヤー選択画面が表示されたので、当時好きだった女子と交際していたイケメンを選択した。

作者: 塩バター

 近所のスーパーで買い物をしていると、あのーと後ろから声をかけられた。声に聞き覚えはなかったが、化粧で多少顔は変わっていても、愛嬌たっぷりのその美しい顔立ちは、まるで脳に擦りこまれたかのように覚えていた。


「加賀くんだよね? 私のこと覚えてる。小中高と、同じ学校だったんだけど……」


 予期せぬ再会も束の間の喜びで、なのかの知り合いと隣のイケメンが存在をアピールしてくる。


「ほら、三年間クラス一緒だった加賀くんだよ。二人、出席番号近かったじゃん」


「え? ああ……、そう言えばそうだったね。加賀ね、加賀……、元気してたの?」


 彼は俺のこと覚えていなかったようだが、俺は彼のことをはっきり覚えていた。俺らの学年で一番モテていた陽キャのイケメンだ。


 何度か噂は聞いたことあったけど、まさか卒業後も関係が続いているとは。指輪はつけていないようなので結婚はしてないようだけど。


 彼女は俺が恋をした最初で最後の女の子だけど、ショックは受けなかった。落ち込むにはあまりに時が経っていたし、人生に絶望しようにもあまりに現実を知りすぎた。


「ごめんね。急に声かけちゃって、びっくりしたよね? なんだか懐かしくなっちゃって」


 じゃあねと二人はレジに向かって去って行った。


 その日俺はどこにしまったかも忘れた卒業アルバムを探し、卒業以来一度も振り返ったことがなかった学園生活を思い出してみることにした。


 俺のこと覚えてたんだと軽く喜んでいたが、よくよく考えたら、三年間彼女を含め、女子と会話らしい会話をしたことなかったので、悪い意味の可能性のほうが高い気がする。


 女の噂が絶えなかったイケメン、昔と何一つ変わらない自分との差に絶望していると、プレイヤーを選択してくださいとの機械音が流れた。と同時に眼前に広がるプレイヤー選択画面。ゲームのしすぎでいよいよ脳がバグったんじゃないかと目の前の現実を疑いつつも、もしそうだったらいいなという思いで、俺は未来の彼女と一緒にいたイケメンを選択した。


 そして、俺の第二の高校生活が始まるのだった。



 社会人になってからというもの、上司にイラついた日は酒を浴びるように飲んで、記憶がなくなることも極まれにあったが、他人の匂いがしみ込んだベッドで目を覚ましたのは生まれて初めての経験だった。


 起こしてくれたのは中学生くらいの女の子だった。過ちを犯したわけじゃないのなら、血が繋がっているとは思えないくらい可愛い妹が出来たようだ。不審者のように取り乱す俺に、彼女は初日から遅刻するよと優しく声をかけた。


 新しくできた妹に洗面所の場所を教えてもらい、鏡を見ると十歳ほど顔が若返っていた。というか、別人かのようにイケメンになっていた。卒業アルで見た写真より大分幼いが、まさしく俺がなりたかった主人公の姿だった。


「自分に見惚れる前に制服に着替えたら?」


 すみませんと妹相手に敬語で謝罪をして、俺は十年ぶりに制服に袖を通した。地元に就職したので学校の場所は忘れてなかったが、今いる場所がどこかも分からなかったので、危うく遅刻しかけた。約十年ぶりの学校で自分でも分かるくらい挙動不審だったが、さっきからちらちら視線を感じるのは俺がイケメンに生まれ変わったからだと思いたい。


 入学式のことって覚えてないもんだなと思いつつ、自分の名前が書かれた席で次の指示を待つ。一年の担任誰だっけと記憶を辿っていたら、「そこ、俺の席……」と小声で声をかけられた。


 おどおどする過去の情けない自分を見て、ようやく俺は現在の状況を理解できた気がした。ごめんと謝って俺は一つ後ろの席に座った。


 俺は一生この身体で生きていくのか、それとも、卒業と同時に自分に戻ってしまうのか。不安なことはいっぱいあるけど、俺の場合、目的もなくただ老いていくだけの人生だったので、例え悲惨な結末を迎えようとも、彼女一人できなかった青春時代をやり直せるなら、そのほうが俺には有意義のように思えた。


 しかも、今回の俺は昔の俺と違う。女子にモテモテの高校生活がほぼ約束されている。放課後俺はさっそく行動を起こした。


「ねえ、四中出身だよね?」


 そうだけどと彼女は警戒心を募らせる。この頃はまだ髪が黒く体つきも幼いが、俺の右隣にいる女子は紛れもなく初恋の女の子。全身に電気が走ったあの感覚も当時と同じものだった。


 その日の勢いで行動してしまったために、出だしからいきなり躓いてしまった。俺は悪い流れを断ち切ろうと必死に理由を考える。


「いや、その……、四中には練習試合でよく行ってて、その時に君のことを見かけた気がしたからちょっと声をかけてみたんだけど……。ひょっとして、違ったかな……?」


「っていうことは、あなたも中学バスケ部? ごめんなさい、私は全然記憶にないや」


 やべ、そう言えばコイツ、サッカー部だっけ。


「いや……、俺は、サッカー部なんだけど……」


「それ、誰かと間違っているんじゃ……? 私はなるべく紫外線を浴びないように生きてるけど。何時どこで視界に入ったんだろう……」


 それはほらと俺はしどろもどろになり、休憩中に体育館の中を覗いていたんだよとイケメンとは思えない台詞を吐いた。イケメンなら何でも許されると言ってもさすがに限度があるわけで、彼女は顔が引きつっていた。


「ええっと、つまり、君はストーカーさんってこと? まさか私がいる高校を選んだとか……、いやいや、そんなわけはないよね……?」


 半分は図星だから何も言い返せない。


「――そうだ、確か君もそこにいたよね」


 人の顔を覚えるのは得意なんだよと、鏡で嫌というほど見た自分の顔を指し示した。


「ふーん……、加賀くん、覚えてる?」


 好きな女の子に話しかけられた嬉しさよりも、地味で何の取り柄のない自分を覚えていたことに対する恐怖のほうが上回っているのか、過去の俺は会話に入ってこようとせず、僕も初対面だけどときっぱりと否定した。


「名前はさすがに知らないよね……? それじゃあ、一応自己紹介しておこうかな。私は岩田なのか、これからよろしくね」


 俺は嘘に嘘を重ねて他人の名前を名乗った。


「ええっと……、君は?」


 ついでと言っては何だけど、自分の名前を尋ねた。


 この状態がいつまで続くのかも分からないので、自分をどう扱ったらいいのか分からない。他人の人生とやりたいようにやるべきなのか、未来人というアドバンテージを活かして、陰ながら自分をサポートしてあげるべきなのか、どちらにしろ、神様がくれたチャンス、自分さえそれでいいの精神を貫くぐらいの気持ちがなければ同じ轍を踏むだけだ。しかし、イケメンというアドバンテージはやはり大きく、友達すらできない寂しい青春を送っていたのが噓みたいに向こうから人が寄ってきた。


 ただ、初日のストーカー発言が影響してか、岩田さんとは距離を縮められずにいた。クラスの女子に話しかけられて浮ついていたが、俺の本命はあくまで彼女。極端な話、未来の彼女が俺のことを覚えてくれていたから、俺は今ここにいる。


 他人と入れ替わっている状況を最大限に活かし、グループ単位で遊びに行った時に、俺のことをどう思っているのか直接彼女に訊いてみた。


「同じ中学と言ってもほとんど喋ったことないからな」


 まあ、そりゃそうだ。


「けど、悪い印象は持ってないよ。むしろ、その逆。あれは確か、四年生の時だったかな。あの頃の私は人見知りな性格もあってか、男子によくいじめられてたんだけど、ある時、度を超えたやつがいて、傘で私の頭をつついたの。その時助けてくれたのが彼だったの。それがきっかけで彼と私との間に特別な何かがあったわけじゃないんだけど、私にとってはどうもその時の印象が強いんだよね」


「そういえばそんなことあったような……」


「え?」


「あっ、いや……、今と大分印象が違うね」


「まあ、子どもの頃の話だからね。私も垢抜けたっていうか、あれから大分歪んじゃったし。あっ、別に、下品になったわけじゃないよ。君も昔と大分印象が変わったって周りが噂してたよ。昔はもっとナルシストだったって」


 ははは……、と俺は苦笑いした。顔が変化しても中身が男前になるわけではないわけで。


「てか、なんで加賀くんの話? え、何……? 初対面ですでに私のことを知ってたり、岸辺くんってどこまで私のこと知ってるのさ」


 現時点で昔の自分より好感度が低いような気がするのは気のせいだろうか。


 俺は訊いた。


「どこまでって……、彼と何かあるの?」


「私が昔、加賀くんを好きだったって話、誰かから聞いたんじゃないの?」


「岩田さんって俺のこと好きだったのー!」


「いや、君じゃなくて……、加賀くんね。それから初恋ね、は、つ、こ、い。ここ重要。なんだ、違うなら言わなきゃよかったよ」


 ここだけの話だよと予め釘を刺された。本人に知られたくないのか、周りに知られたくないのか、それで意味合いは変わってくるけど、初恋同士ってだけで何だか特別な気がした。


「好きって恋愛的な意味だよね?」


 しつこく訊くと彼女はうんざりしたように。


「だから、初恋だって言ってるじゃん。中学の時も、別の人と付き合ってたし」


「え……」


 冷静に考えてそんな都合の良い話があるはずがないのに、昔の思い出を汚されたような気分だった。


「ええっと……、ちなみに誰と付き合っていたの?」


「誰って、名前聞いたって分からないでしょ……。同じ部の先輩と、三年間同じクラスだった同級生、それから、あと誰だっけ……?」


 世の中には知らないままのほうが幸せなこともある。


「なにその引いた視線……。言っとくけど、告白されたからとりあえず付き合っただけで、君が想像しているようなことまではしてないよ。そういう岸辺くんはどうなのよ? いろいろと良くない噂を聞くけど」


「俺はこう見えて一途なんだよ」


 小学生の頃の初恋を未だに引きずるくらいには。


 ふーんとまったく信じてくれていない。


「けど、ある意味羨ましいよ、そんな簡単に惚れられるってのは。誰かを好きになるとか、自分から誰かに告白するとか、そういう普通の恋愛は、私には無縁の話なんだろうな」


「さっきまで初恋話で盛り上がってたじゃん」


「初恋って言ったって。小学生の頃の話だもん。ほとんど話したこともないしさ。初恋は実る可能性が低いって言うでしょ、きっとあれは、心の成長とともに気持ちがついていかなくなるからだろうね。相手がどうこうじゃなく」


「この機会に話してみれば……? 何か変わるかもよ」


 うーんと彼女は満更でもない反応を見せ、


「そこまで言うなら君が間を取り持ってよ。私は私で君にピッタリの子を見つけてくるから、どっちが先に恋人作れるか勝負しよう。勝ったほうが卒業するまで相手より立場が上になるの」


「上手くいかなかった場合は……?」


「その時はそうだな……、残り物同士で付き合うの。どう? こういうの?」


 勝っても負けても得るものがあるので、くだらないと思いながらも勝負を受けることにした。しかし、当の本人は真剣そのものらしく、俺に気がありそうな女の子を次々紹介し、次はそっちの番と言いたげに俺の視線を送った。


 当初の計画とはずれてしまったが、良いように捉えれば、自分の将来の希望が見えてきたわけで、ひょっとするとこれは彼女を自分のものに出来る最初で最後のチャンスなのかもしれない。

 

 イケメンということで過去の自分に距離を置かれられていたが、自分のことは自分が一番分かっているので仲良くなるのは造作もなかった。


 いきなり彼女を紹介すると警戒されるので、他に誘っている人いるんだけどと半ば強引な形で彼女たちを引き合わせた。今の俺と昔の俺、今の俺の彼女候補と未来の俺の彼女候補四人でタコ焼きパーティーをすることになった。


 次は気にいるかもと彼女が紹介してくれた女の子は、隣のクラスの化粧の濃いギャルだった。昔の俺だったら関わりあうことのない人種で、実際紹介されるまで存在すら忘れていたが過去に俺が付き合ったことのある女子だった。


 当然のように俺にその記憶はないのだけど、なぜ覚えているかというと、このギャル、周りに見せつけるかのように彼にベタベタで、彼女の顔を見た途端すぐにその光景が蘇るほど強烈なインパクトがあった。


 ウザかったのかすぐに捨てられたいようだが、顔はそこそこ可愛いし、頭も悪そうなので、遊ぶにはちょうどいい女の子だったのかもしれない。


「岸辺くんって最近絵麻と仲いいよね?」


 機材はあったけど材料はそろってなかったので、じゃんけんで負けた二人が買い出しに、中身が入れ替わっていても問題なかったようで、化粧の濃いギャルは二人きりになった途端、岩田さんとの関係性をさりげなく探ってきた。


 彼女、誰とでも仲いいでしょと俺は軽く否定した。


「俺なんかより向こうと良い感じなんじゃない?」


「向こうって加賀くんのこと? いやいや、あれでも絵麻は学園のアイドル的存在なんだよ。あんな底辺と付き合うほど切羽詰まってないでしょ」


 馬鹿にされるのは慣れているので、今更そんなこと言われてもへこんだりはしないが、やっぱり良い気持ちはしないわけで、好きな人の初恋が自分だったと知った後だから尚更、彼女の帰りが待ち遠しいのだった。


 盛り上がったかどうかはともかく、出来栄えは上々で、人生初のタコパも残すは後片付けだけとなった。二回連続でじゃんけんに負けた不運な岩田さんと一緒に皿洗いをする。こうしていると夫婦でもなったみたいだと思いつつ、お互いの恋人候補について話し合った。


「どうだった?」


 それなりかなと彼女は答えた。


「それなり……」


「収穫があったってことだよ。あの手のタイプは心を開いてくれるまでに時間がかかるから、一日そこらじゃ分からないよ」


 そんなことないと思うんだけど。周りにそう思われるくらい当時の俺は話しかけづらく、何を考えているか分からない存在だったのだろう。


 当時の俺は彼女と仲良くなることよりも、好意がばれることを恐れて距離をとっていたが、この様子だと気付かれてはいなかったようだ。


 彼女のほうからぐいぐい来た時に、過去の俺がどういう行動をとるのか自分にも分からなかった。


「そっちは、上手くいきそう?」


「うーん……、感じのいい子だとは思うけど、俺とはちょっと合わないタイプかな……」


「そう? あの子割と男子に人気あるんだけどなー。まあ、君がそういうのなら仕方ない。また君に気がありそうな子を見つけてくるよ」


 過去の自分から相談を持ち掛けられたのは、夏休みに入ってからのことだった。これまでは俺がいないと会話もままならなかったのに、彼女に二人で一緒に行かないかと誘われたらしく、どう返事をしたらいいのか俺に訊いてきた。


 急展開に理解が追い付かなかったが、いいじゃん、行ってこればと背中を押してあげた。


「告んの?」


「そ、そんなわけないだろ」


 さすがにまだそんな勇気はないか。しかし、俺と彼女が絶えず近くにいるおかげか、人として大分自信がついてきたみたいだ。


「なあ、お前から見てどう思う……?」


「どうって二人きりを嫌がってないのなら、悪い気はしてないってことなんじゃないの?」


 だよなと過去の俺は無理に納得しようとする。


「お前は? 行く相手いないの?」


「俺? さあ……、当日になってみないと」


 あれから何人もの女子を紹介してもらったが、結局誰とも上手くいかなかった。自分の身体じゃないのだから妙な罪悪感なんて抱かず、もっと欲に忠実になればいいのに、俺はとうの昔に終わった初恋を引きずって捨てられるはずの童貞を卒業できずにいた。


 彼女と過去の俺が無事に付き合ったとして、別れずに将来結婚しているとは限らないのに。


 夏祭り当日、俺は一人寂しく家でゲームをしていた。元々人ごみの多いところは好きじゃないし、これが俺の夏休みの過ごし方ではあるのだけど、大人になってずっとほしかった夏休みは子どもの時より苦い思い出になるのだった。


 彼女にとって俺がそうだったように、俺の彼女に対する想いは過去のものであって、もやもやする理由はどこにもないのだが、二人が上手くいけばいくほど不安になった。


 はたして俺は元の自分に戻れるのだろうか。


 十年前の記憶を思い出しながら、今やると粗の目立つゲームのレベル上げをする。かすかに聞こえる花火の音を無視して、しばらく現実逃避に勤しむ俺だったが、LINEの着信音とともに現実に引き戻された。


 コントローラーを置いて玄関の扉を開けると、目の前に浴衣姿の岩田さんが立っていた。十年前には見ることのできなかった姿に感動し、固まったまま動かなくなった俺に彼女はせんべつと言って焼きそばの入ったフードパックをくれた。


「このためにわざわざ来たの……?」


「靴擦れしてまで来てやったのに何その言い方。どう、結構いけるでしょ?」


「まだ口に入れてないから何とも……」


 焼きそばのことじゃなくてと彼女は頬を膨らませた。このように、顔は違っても中身は恋愛初心者のままなので、あまり進展は望めなさそうだ。


「それがね、不思議なことにあったんだよね」


「え! そうなの……」


「彼が恋愛に積極的なのがそんなに意外? 岸辺くんって自ら仲人役を買って出た割に、彼に対する人間的評価はかなり低いよね。見下しているというか、同情しているというか、何か彼と通じるものがあるのかな?」


 それは、と俺は思わず言い淀んでしまった。


 交換条件あってこその協力関係なのに、自分の恋愛にそこまで積極的ではないこと、快く思わない相手をあてがおうとしていること、彼女に何かあると思われても仕方ない。


「まあいいや、約束忘れないでよね」


 彼女は既に勝ちを確信したかのような口ぶりで言った。

 

 二人が付き合いだしたのは二年生になってからだった。


 女子は彼氏ができると友達付き合いが悪くなるらしいが、二人が付き合いだしてから、過去の自分と話す機会はめっきり減ってしまった。


 のろけ話をする自分の姿なんて見たくないので、特に気にしてなかったのだけど、浮かれているというよりも完全に調子に乗っており、自分が非モテのコミュ障だということを忘れ、彼女以外の女子とも仲良くなり始めた。


 それだけなら女子の前でも緊張せず話せるようになったとプラスの解釈もできるが、次第に悪い噂のほうが目立つようになった。


 十年前は女子と手も繋いだことすらなかった自分が彼女をほったらかして女遊びをすることになろうとは誰が予想できただろう。


 人は見かけによらないというが、まさか自分がこんな軽薄な男だとは思わなかった。イケメンに生まれ変わった俺は彼女も作らず。好きな子の恋愛背相談に乗ってあげているのに、過去の俺は彼女をほったらかして好き放題。


 これが若気の至りというやつなのだろうか。


 初恋が実って浮かれているだけだろうと、初めはフォローしようかと思ったのだけど、自分がやっていると思うと余計にムカついてきて、放課後二人きりになる機会を作った。


 最初から突っ込んだ質問をするのは良くないが、友人とは思えない彼の反抗的な態度に我慢が出来ず、俺は噂が本当かどうか尋ねた。


「そっちだって俺抜きで会ったりしてるじゃん」


「相談に乗ってただけで、やましいことは何も……」


「それなら俺だってそうだ。悪いんだけどさ、負け組の嫉妬にかまっている暇ないから。こんなまどろっこしいやり方してないで、好きなら俺から奪い取ってみせれば、出来るもんならさ」


 いや、誰だよコイツ――。


 俺は自分を真っ当な人間だと思ったことは一度もないが、まるで自分ではない誰か別の人間と話しているようで気味が悪かった。


 結局この二人は一年も持たずに別れた。


 別れを切り出したのは彼女のほうからで、昔の俺は今更ながら後悔しているようだが、もはや修復不可能なくらいボロボロに。過去の自分の行動に失望したところで、自分の本性はこういう人間だったと納得するしかない。


 豹変した過去の自分に仲を取り持ってくれないかと無責任なお願いをされたが、今の俺に出来るのは傷つけた彼女の心を少しでも癒すことだ。


「どうして君が謝るのさ。私は別に後悔してないよ。いろいろな経験をして今はたくましくなった気分。周りは結果だけ見て判断しようとするけど、私は君に彼のことを紹介してもらって感謝あれど恨みみたいなものはないよ」


 誰もこういう結果を望んでいたわけではなかったけどと、彼女はボソッと付け足した。


「私の心配をする前に自分の心配をしたら? 君に気があって尚且つ可愛い子を紹介してあげてるのに、いったい何が不満なのかな?  ひょっとして、誰か好きな人でもいるの? 私の勘違いだったら恥ずかしいんだけど、君が特定の誰かを作ろうとしないのは、最初から引き分け狙いだったんじゃないかって。つまり、君は私のことを――」


 フリーになった今なら彼女と付き合えるかもだけど、その資格が俺にあるのだろうか。同じ結末になるだけではないかと躊躇してしまう。


 自分が傷つくのを恐れてこれまでの人生女の子との交流を避けてきた俺だったけど、今は自分が女の子を傷つけるほうが怖くなっていた。


 本当のことを言うわけにはいかないので、俺は最近見た夢の話と言って誤魔化した。


「その世界の俺は彼女いない歴=年齢のぼっちで、十年ぶりに会った君に名前を憶えられていたくらいで喜ぶ人生の負け組さ。どうしてこうなったんだろうっていつも思ってたけど、夢から覚めた今思うことは、そっちの現実のほうが身の丈に合ってたのかなって……」


「モテモテの君が売れ残る未来なんて、私にはちょっと想像できないけどなー」


 俺には今の自分の姿のほうが想像できなかったが、彼女に言っても信じてもらえないだろう。君のことが好きで過去をやり直していたなんて。


「十年後かー。長いようであっという間なんだろうな。けど、十年経って見た目が変わっても君のことを覚えているとなると、よほど君のことが忘れられなかったんだろうな。夢の中の私は君に好意を寄せてたのかもね」


「いや、それはないんじゃないかな……。その未来では君は別の男と一緒にいたし……」


 実際どういう関係か知らないけど。少なくとも、不幸せそうには見えなかったし、あのまま俺が関わらずに生きていたほうが、彼女にとって幸せだったのかもしれない。


「じゃあさ、十年後私に決まった人がいなかったら、君が私のことをもらってくれるかな? 正夢になったらの話だけど。さすがにその頃には私の傷も癒えているだろうし」


「いや、いくらなんでも十年は……」


「そんなには待てないって?」


「その頃には忘れているだろって話」


 この奇妙な関係は卒業まで続いた。


 以前よりも二人で会う機会が増え、休日にはデートをするようになったが、恋人のように一線を超えるようなことはなかった。そういう雰囲気になるのを避けていたのもあるが、一番は彼女がそれを望んでないように見えた。


 この期に及んで彼女とどうこうなりたいとかそういった下心は持っていないので、友達以上恋人未満のこの関係は理想的な展開だったが、距離が近くなればなるほど彼女をどんどん好きになっている自分に俺は気づいていた。


 自分の気持ちを優先できないまま時は過ぎ去り、人生二度目の卒業式を迎えた。

中身が入れ替わる前に本当のことを打ち明けるべきか迷ったが、彼女はこれっきりもう俺とは会わないつもりでいるようだ。


 とうとうこっちの姿でも嫌われたかと気落ちするも、そういうことではないみたいで。


「加賀くんって私に隠していることあるでしょ?」


「え……」


「隠しているっていう言い方は適切じゃないかな。線を引いてそこから出ないようにしているって言ったほうがこの場合正しいかもしれない。私は君のことが好きだし、君も私のこと好いているものだと勝手に思っていたけど、君といると別れた彼のことを思い出しちゃうし、君は君でデートを重ねれば重ねるほど気を許してくれるようになるかと思いきや、むしろ、ガードは固くなる一方だし、ここらで距離を取ったほうがお互いのためかなと思ってさ」


 そのほうがいいかもと思ってしまった。仮に、明日冴えない社会人に戻ったとしても、傷つくのは俺でなく、彼女のほうだ。


「最後に一つだけ教えてよ? 君は私のこと、実際のところどう思っているの?」


「他の子といてもそういう気持ちにならないのは、俺がもう君じゃなきゃ駄目なんだと思う。けど、君は俺じゃ駄目だと分かったから、前向きな言葉は俺の口からは言えないよ」


「どうして自分じゃ駄目だって思うの? 私は君となら上手くやっていけると思ったんだけど」


「あいつとはもうやり直す気ないの?」


「うーん……、彼はもう一度やり直さないかと言ってくるけど、そのつもりはないかな。――って、彼のことは今関係ないじゃない。私がもう君じゃなきゃ駄目になってるから」


「俺は人の本質は変わらないと思うんだよね。だから……、まあ、そういうことだよ」


「ふーん……、君がそういうんなら仕方ない。大人になってまたどこかで会えればいいけど、君は同窓会とかにも顔出さなそうだもんなー」


「ていうか、その頃にはお互い恋人くらいいるでしょ」


 俺は当たり前のように童貞だろうけど。いや、リアルなことを言うともう童貞ではないのか。


「男って昔にした約束とかすぐ忘れるもんね」


「女子は女子で何事もなかったように、知らない男と歩いているイメージあるけどね」


 そいつは否定できないなとゲラゲラと彼女は笑った。最後の最後は和やかな会話でお別れできたので悪くない結末だったと思うことにする。


 女子の連絡先でも増えていないか確認してみたが、女子どころか男子の連絡先もほとんどなく、俺が知る惨めで自分がそこにいた。


 ただ仕事をして寝るだけの人生がまた始まった。世の中では結婚している人間を勝ち組、結婚していない人間を負け組と認定する。


 結婚したところで不自由さが増すだけで、恥ずかしいだとか、惨めだとか、マイナス感情は持ったことがなかったのだけど、元の生活に戻った今、一日一日が長く退屈に感じた。


 遠回りになるのに彼女と再会したスーパーに来ては、大人の姿になった彼女を探した。彼女の隣に目ぼしい相手がいなかったとしても、十年前彼女と約束を交わしたのは俺ではないので再会したところで何も生まれやしないが、彼女の顔が見られればそれでよかった。笑ってさえいてくれればそれでよかった。

そう都合よく彼女と会うことは出来なかったが、代わりと言っては何だけど、俺と同じかそれ以上に彼女と関係の深い人物と再会することが出来た。


「久しぶり、俺のこと覚えている?」


「誰、お前……」


 俺の知る岸辺本人がそこにいた。少し前まで鏡に映る自分の顔はこの顔だったので、自分がそこにいるかのような不思議な感覚があった。彼には俺がどう映っているのだろう。


「高校の時同じクラスだったんだけど、ほら、岩田さんと三人でよく行動してたでしょ」


 って、それは俺の中にある記憶か。俺のせいで高校時代の記憶が不安定になっているのか、彼は頭を押さえながら苦しみだした。


「岩田って、高校時代の彼女……」


「ええっと……、そういう時もあったね。ひょっとして、今も会ったりしてる? もし、連絡先を知っているんだったら……」


「二週間後にゲストハウスで行われる同窓会、会いたきゃ自分で会いに行けばいいだろ。俺はもう二度とあの女とは関わり合いたくないんだ。もちろんお前ともな」


 俺の知らない十年で何かあったのだろうか。俺には彼女の人生を変えた責任があるので、思い過ごしだとしても俺の知らないところで彼女が傷ついているのかもしれないと思うと、居ても立っても居られない気持ちになった。


 卒業後一か月経たずして同窓会に参加。こいつ誰だっけという事態は避けられると思ったが、女子はこの十年で別人のような変貌を遂げており、むしろ、顔と名前が一致しない人物のほうが多かったくらいだ。化粧でいろいろ誤魔化している女子が目立つ中、彼女の美しさは当時と変わらずそこにあった。


 スーパーで再会した時とは若干雰囲気が違っていたが、悩みなんてなさそうな屈託のない笑顔は以前のままだったので少しほっとした。しかし、彼女にとって俺は思い出したくない過去、向こうは俺に会いたくないじゃないかと躊躇していると、向こうから近づいてきた。


「久しぶり。加賀くん全然雰囲気変わっていないから、何か十年ぶりって感じしないな。しかし、加賀くんって同窓会に来るタイプだったんだ、意外」


 あれ、過去にもこんな会話をしたようなと彼女は続けた。俺も同じことを思ったけど、悲しいかな、そのやりとりをしたのは俺だけど俺ではない。


 さすがに入れ替わりの構造には気づいてないはずだが、とりあえず、探りを入れてみた。


「ええっと……、岸辺くんは一緒じゃないの?」


「さあ……、しばらく会っていないからな。今頃どこで何をしているのやら……。初めての彼女よりも旧友のほうが気になるってか。十年ぶりの再会だっていうのにつれないなー」


「いや、ちょっと話が出来ればと思っただけで……」


「私とは? 話しておくべきことないの? 私はあるよ、いっぱい。君に聞きたいこと、君に言いたいことがたくさん」


 十年間彼女の時は止まったままなのか分からないが、止まっていた俺の時は再び動き出したわけで、大事なのは今の自分の気持ちだ。


 過去の自分と同じ失敗を繰り返さない。そう思ったからこそ彼女に会いに来たんだ。どうしても諦めきれなかったからここにいるんだ。


「じゃあ、一番聞きたかったことを訊こうかな。今ってその……、決まった人いるの?」


「私はいないよ、君は? もちろんいないよね?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公くんが自らを客観的に捉えて、それでもなかなか踏み出せないところ。 折角ゲームで入れ替わったのに、つい元の自分(と思われる人)を応援してしまう展開が最高です。 [気になる点] 卒業した…
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