09.エピローグ
続きです。
「どうした?ラシャ」
ビクッと、声がした方を振り向いた。
ラシャは照れを隠すように、黒みがかかった青い目を細める。
竜の石像を見てボンヤリしてしまっていた。
短い黒髪が風に揺れる。伸びた前髪を押さえるために巻かれたバンダナを、邪魔そうに少し上げた。
「セージ、見つけたのか?」
たくさんの花を抱えたセージは、嬉しそうに頷いた。
茶色の長い髪を後ろで無造作に縛った少し幼い顔は、右目が閉じたままになっている。
右目の上には、大きな傷跡が残っていた。
「これで合ってると思う」
2人はアルスター国にある魔術研究所から依頼を受けて、遠く離れた場所へ花を取りに来たのだ。
大昔、ロングフォードと呼ばれた国があった場所にしか、咲かない花を。
そこは遺跡が転がる森の中にあった。その中心に竜の石像がポツンと置かれている。
「何をボンヤリ見てたんだ?」
セージの不思議そうな声に、ラシャはうまく説明できずに黙り込んだ。
さっきのは、夢か?
体を丸くして、何かを守っているような竜の石像を見つけ触れた途端、頭の中に映像が流れてきた。
遠い昔の記憶。
セージが持っている花は、その中で黄色い髪の女の子が持っていた。
女の子と、その兄の優しい笑顔が浮かぶ。
「エシャロン…」
自然に名前を呟くと、胸が締め付けられる思いがした。
眉をしかめるラシャを不思議そうに見て、セージも竜の石像を見上げる。
「大昔、呪いでロングフォードを破壊した竜かぁ。止めようとした人々を、次々に飲み込んだって?」
近くの村で聞いた昔話を、セージが呟いた。
竜を見上げながら、全く違う記憶に困って黙り込むラシャの横で、セージは石像をじっと見つめてハッキリと言う。
「言い伝えなんて嘘だろ。コイツ、すごく悲しそうだもん」
驚いて、思わずセージの方を見た。
「レイが言ってた。昔話なんて当てにならない。自分が見たものを信じるのが良いって」
セージは、アルスター国の魔術研究所所長を呼び捨てにして、いつもの笑顔を向けた。
「すごいな…お前」
うずくまる竜を見て、悲しそうだなんて思わない。
さっきの記憶がなければ、自分は昔話をそのまま信じていただろう。
「ほら、早く花を届けなきゃ」
興味なさそうに後ろを向くセージに、ラシャは少し笑って後を追いかけた。
あれは竜に残っていた記憶だろうか?
傾く太陽を見ながら、ラシャは何処か自分に似た男の子を思い出した。
俺も他人に興味ないなぁ。
自嘲気味に笑って、もう一度、石像を振り向く。
胸に手を当てて目を瞑った。
温かいエシャロンの魂は、ずっと一緒にいる。
消えかけていた魂が元に戻るには時間がかかるから。
だけど、これで…
離れた場所から声が聞こえて、ハッと我に返る。
今、何を考えていた?
ラシャはキョロキョロと辺りを見渡し、首を捻った。
もう一度自分を呼ぶ茶色の髪を見ると、手をあげて返事をする。
これで、良かったんだ。
ラシャは竜に笑顔を向けると、セージが待っている方へ走り出した。
これで、このお話は終わりです。
呪いは受け継がれてしまいました…