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竜の子と継がれる呪い  作者: よし
7/9

07.決断

続きです。

太陽は真上に昇って一番強い日差しを降り注いでいたが、空の上は寒いくらいだった。

竜に変化したルネサスの背中から、エシャロンは下を見下ろす。

ロングフォード国が一望できる高さに来るとルネサスは止まった。

「どうだ?意外と小さい国だろう?」

「すごい…自由に飛べるって、どんな感じだ?」

直接頭に響く声に、エシャロンは全く別の感想を漏らした。

ルネサスが軽く笑うのが伝わってくる。

「気持ちいいぞ。人間は不便だな」

エシャロンは笑って、オモチャのような建物を見渡す。

小さく、人が何人も歩いているのが見える。

遠くまで視線を向けると、ロングフォードに向かって水たまりのようなものが移動しているのが見えた。

「あれ…湖が動いてるのか?」

呆れた声を出すエシャロンに、ルネサスは不機嫌な声を返した。

「水というより、スライムに近いな。魔術師の恨みは、相当大きいようだ」

魔物は、ゆっくりと警備団の公舎へたどり着くところだった。

見張りに使っていた塔が飲み込まれると、まるでオモチャのように崩れて行く。

火薬に火がついたのか、小さな爆発が何回か響いていた。

魔物が止まる様子はない。

ゆっくり、ゆっくりと公舎へ向かって移動している。

「なあ、ルネサス…」

エシャロンが魔物を見ながら呟く。

「街の中に降りれないかな?まだ生きている人がいるかも」

「いたからといって、どうする?俺は大人数を運べない」

まだ子供の竜の背中は、ギリギリ大人2人が乗れるほどの大きさしかない。

ルネサスの言葉に、エシャロンは背中をつかむ手に力を込めた。

「せめて、数人でも助けよう…」

自分が、あの魔物を呼び寄せているのだ。

それに、ラックがこれ以上人を傷つけるのを考えたくない。

自分たちは人を守るために警備団へ入ったはずだ。

ルネサスは少し考えた後、ゆっくりと街へ下り始めた。

「地上へは下りない。低空から見つけられる人間がいたら、助けてやる」

地上に降りたら、再びエシャロンが連れ去られるのではないかと、ルネサスは恐れていた。

「頼むよ」

数人でも、助けられる人がいないだろうか。

エシャロンは小さな影を逃さないように、ルネサスの背中から建物の中を睨むように進んだ。

ルネサスも、可能な限りゆっくりと進む。

「あそこ!」

屋根裏だろう窓から、子供が見えた。

ルネサスがゆっくりと屋根の上に降り立つ。

「早くしろ」

エシャロンが窓を叩くと、小さな兄弟が現れた。

泣き腫らした目に、疲れが見えている。

「お父さんが…」

再び泣き出す2人の頭を撫でて、手を引く。

「行こう。逃げるんだ」

2人を屋根の上に乗せると、後ろから女性が青い顔で現れた。

「早く」

エシャロンが手を伸ばすと、後ろを振り向きながら屋根に上がる。

「子供達がいるんだ。しっかりして」

3人をルネサスの上に乗せると、エシャロンは頭を撫でた。

「僕はここで待ってるよ。近くの村まで送ってあげて」

「5分で戻る。動くなよ!」

ルネサスは頭をあげると、勢いよく飛び立った。

エシャロンは小さく笑って、屋根の上から街を見下ろす。

他にも無事な人はいないだろうか…

通りには、死人達が何人も歩いていた。あまりにも多い死人達に、ゆらゆらとした動きが普通なのかと勘違いしてしまいそうだ。

「…っ!」

矢が左手を掠った。

死人達に見つかったのだ。

慌てて建物の中へ逃げ込もうとすると、ルネサスが戻ってきた。

翼でエシャロンを守るように囲う。

「ダメだ。国から出すことはできない」

その背中には、ぐったりとした子供達と女性が乗っていた。

姿勢を立てて3人を振り落とすと、エシャロンを掴んで飛び上がった。

「国境を越えようとした途端、母親が子供達を殺して、自分も死んだ」

エシャロンが青い顔でルネサスを見上げると、背中に乗るよう押し上げられた。

「イーリアスとアイシアスは大丈夫だと思う。ラッシュネストが守るからな」

ルネサスはため息をつくように、疲れた声を出した。

「俺じゃ力不足だ。呪いを跳ね返せなかった」

国を一周するように、ゆっくりと青い竜は飛び続ける。

街の入り口まで、魔物がたどり着こうとしているのが見えた。

「あの中心…光ってる」

ルネサスにも見えるように指し示した。

「弱点かな?」

目を細めて、その禍々しい光を見た。

「さあな」

ルネサスは興味なさそうに答えた。あの光に触れたら、エシャロンの魂が連れて行かれるのは間違いない。

弱点だろうが、そうじゃなかろうが関係ない。

魔物の上は避けて飛び続ける。

「なあ、あの中心の光を…よく見たいんだけど」

「ダメだ」

エシャロンの言葉に違和感を感じながら、ルネサスは警戒するように魔物へ近づかなかった。

2人は何もできないまま、魔物が街の建物を壊して進むのを、ただ見守っていた。

「ルネサス…」

エシャロンが槍を握る音が聞こえた。

「僕、やっぱり行くよ」

「おい!」

呟くと、エシャロンは近くの屋根へ飛び移った。

突然の行動に、ルネサスが慌てて止まろうとするが、流れに乗っていた体は急に止まらない。

屋根を伝って魔物に近づいて行くエシャロンを横目に、一度その場から離れる。

旋回して戻ると、魔物はすぐ近くまで迫ってきていた。

ひときわ高い屋根の上から見ているエシャロンに向かい、真っ直ぐに進んでくる。

「エシャロン!」

魔物から液体のような手が伸びてきた。

槍を構えて動こうとしないエシャロンを、ルネサスが勢いよく連れ去った。

間に合わず、口でエシャロンの体を掴んでいる。

「何してんだ!バカ!!」

「いっ…?!痛たいよ!!死んじゃうって!!!」

思わず牙が食い込むように力を加えてしまい、エシャロンが慌てて暴れる。

もがくエシャロンを手で捕まえて、魔物から離れるように、建物に飛びうつれないように、高く飛ぶ。

「お前が死んだら、俺も爆発に巻き込まれるんだ」

怒りに満ちたルネサスの声に、エシャロンは優しく笑った。

巻き込まれるわけない。あのスピードで飛べるのだから。

ルネサスの優しさが、今は辛かった。

「ルネサスは、この国に関係ないだろ?僕を置いて逃げてよ…」

最後は泣きそうな声で呟く。嗚咽が漏れそうになって、唇を噛んだ。

ルネサスは答えず、黙って飛び続ける。

もう背中には乗せなかった。また飛び降りられたら困る。

「なあ、もう下ろしてよ」

「ダメだ」

そろそろ1時間が経つ。

姿を現さないラッシュネストに、ルネサスは不安を感じていた。

呪いを跳ね返すことができなかったのだろうか?

3人の親子を乗せて飛んだとき、自分にも呪いは襲いかかってきた。

ロングフォード国民ではないのに。

身体中に刺さるような感覚が襲い、中に黒いものが入ってくる感覚…

危うく、飛ぶのを止めるところだった。

真っ直ぐ前を見て飛ぶ。

自分では、この国を出ることができない。どうしようもない。

だが、このままでは、いつか力尽きて落ちてしまう。

無意識に竜の咆哮をあげた。

「泣くな」

後ろからラッシュネストの声が聞こえて、振り向いた。

自分よりも倍以上大きな竜の姿に、ルネサスは不機嫌に睨んだ。

「俺の兄…だと?」

その言葉にエシャロンが驚き、目の前の竜を見た。

ルネサスと同じ青い竜の目は、どこかで見たことのある優しい目をしている。

「すまん、父だよ。人間としては若く見えただろ?」

いたずらっ子のように、大きな竜が笑う。

「ルネサスの…お父さん?」

呆れた顔を向けるルネサスに、エシャロンが小声で尋ねた。

大きな竜が、再び笑う。

「私はラッシュネストだよ。この姿は初めて見せるかな?」

「ラッシュネスト…!?」

エシャロンが驚きの表情を向けると、ルネサスがため息をついた。

「俺では、この国を出ることができない。貴方は自由に出られるのか?」

出ることができない…!?

エシャロンは顔を青く、ルネサスを見上げた。

ラッシュネストは疲れた声で首を振る。

「私も何度も出入りはできない。あと一回が限度だ」

エシャロンは俯き、ルネサスが心配そうに手の中を見る。

「…バカなことを考えてるのか?」

掴む手に力を込めると、エシャロンが顔をしかめてルネサスを見上げた。

「バカな事じゃないよ。僕の魂を渡せば…君も国を出られる!」

「っあ!!」

そう言って、ルネサスの手に槍を突き立てた。

緩んだ手を押しのけて空中へ身を投げ出し、遠く離れた街の中の魔物へ向かって落ちていく。

「エシャロン!!」

悲痛なルネサスの声が聞こえた。

「ごめん…」

呟いて目を閉じる。

呪いさえ解ければ、アイシアスもルネサスも平和に暮らせる。

ラックもこれ以上、苦しまなくて済む。

ロングフォードは滅んでしまうけれど…

きっと、ラッシュネストがルネサスを守ってくれる。

魔物に僕の魂を渡せばいい。

エシャロンは、目を開けて笑った。

これで、全て解決するはずだ。

魔物の体が近づく。

透明な触手が、エシャロンを捕らえようと伸びてくる。

光っている中心が見えた。

それに向かって槍を構える。

弱点でありますように。

目を細めて狙いをつけると、力を込めて槍を投げた。

触手は槍など気にせず、エシャロンに向けて伸びていく。

エシャロンは目を瞑って、触手に体を預けようとした。

「ぐっ…!う?」

予想と違って硬い衝撃を受け、呻いて目を開けた。

青くゴツゴツした背中は、ルネサスよりも広い。

座り込んでぼんやりするエシャロンの手を、人間に変わったルネサスが強く握る。

「もう、やめてくれ…」

俯いてポロポロと涙を落とす姿に、エシャロンはハッと息を飲んだ。

さっき槍で刺した右手が、血で赤く染まっている。

「エシャロン」

頭の中に優しい声が響いた。

「短絡的に考えるな。呪いを解く方法を考えよう」

エシャロンは力なく俯く。

「時間はかかるかもしれないが、私もイーリアスもいる。ルネサスやアイシアスだって一緒だろう?」

赤い目で睨んでいるルネサスの視線に、エシャロンは唇を噛んだ。

目を瞑ると、父と母の姿が、ラックの姿が浮かぶ。

「もう、僕のせいで誰かが死ぬのは嫌なんだ…」

「俺は、お前が死ぬのは嫌だ」

はっきりと不機嫌な口調で言い放つルネサスに、エシャロンは苦笑いした。

「お前は、魂を捧げる意味をわかっているのか?闇の中を永遠に彷徨うということを」

ラッシュネストの低く響く声に、ルネサスは睨みながらエシャロンの手を強く握った。

エシャロンは首を傾げ、困った顔で握られた手を見つめる。

闇の中を彷徨うのは、どんな気分なんだろう?

永遠なんて、全く想像がつかない。

「俺は嫌だ。行かせない」

行動を見張るように手を離そうとしないルネサスに、エシャロンは困った顔を上げようとして、何かに気づいた。

「後ろ!」

ルネサスに向かって、何かが飛んでくる。

エシャロンが投げた槍だ。

手を離さないルネサスは、避けきれず背中で受け止めてしまった。

「うぐ…っ」

空いている片手で背中の槍を掴むと、一気に抜き取る。

「ルネサス!」

背中が真っ赤に染まっていく。

それでもルネサスは手を離さない。

「大丈夫か!?もう、手を離せよ…」

半分泣いている声で叫ぶエシャロンに、ルネサスが疲れた顔で睨みつける。

「こんなもの大丈夫だ。それよりも、お前を信用できない」

槍が飛んできた方向を見ると、魔物の触手があった。

「ラッシュネスト?」

竜の飛ぶ高さが下がっている。

よく見ると、竜の至る所に透明な触手が巻き付いていた。

「すまない…逃げ切れなかった」

抵抗するように揺れる竜の背中で、エシャロンはルネサスの体を抑えるように庇う。

「僕から離れろ」

「嫌だ」

ルネサスは竜の姿に変化し、エシャロンを掴んで飛び立とうとした。

「くっ…」

背中の傷を掴まれてよろめくルネサスの手の上から、透明な触手がエシャロンを包み込む。

「う…ぅ」

息ができない。

エシャロンはルネサスの腕の中で、喉を抑えて悶えた。

何かが自分の中に入り込む感覚。

自由に呼吸ができず苦しいはずなのに、感覚が麻痺している。

意識が朦朧としてくる。

ルネサスの声が聞こえる。ラッシュネストの声が聞こえる。

何と言っているか、直接頭に響くのに理解できない。

目を開くと、ルネサスの青い体から血が流れているのが見えた。

綺麗な青なのに…

ぼんやりと考える。

赤と青がチカチカと交互にフラッシュして、意識が消えていく。

兄様!!

アイシアスの声が聞こえた気がして、ハッと我に返った。

目の前の小さな竜が、赤く染まっている。

複数の触手が、飲み込むように青い竜の体に絡んでいた。

ルネサスは息ができないまま、触手をもぎ取ろうと暴れている。

「ルネサス!!」

いつの間にかルネサスの手は離れ、呼吸もできる。

エシャロンは槍を掴んだ。

「やめろ!!」

ルネサスに絡む触手を斬り落とし、ラッシュネストに絡む触手も斬りながら尾の方に移動した。

「僕は、こっちだ!」

叫ぶと、触手は一斉にエシャロンに向かって移動を始めた。

体が解放されて、ルネサスは足りなかった息を吸い込む。

休む暇はない。

乱暴に翼を広げて飛び立った。よろめく体を無理矢理立て直しながら飛ぶ。

「エシャロン!」

中に飲み込まれていくエシャロンを追いかける。

こっちを向いた一瞬、エシャロンは笑った気がした。

バカを考えやがって!!

触手はそのまま、魔物の本体へ戻っていく。

ルネサスは決心していた。

エシャロンを救う方法は、もうそれしかない。

大きく咆哮を上げると、そのまま魔物の体の中へ飛び込んで、中心を目指した。

「ルネサス!」

頭の中にラッシュネストの声が響く。

「本気か!?今度は、お前の魂が呪いを受けるぞ!!」

ルネサスは笑った。

「エシャロンの魂は救える。それに、俺の…竜の魂なら闇に堕ちることはないはずだ」

ラッシュネストの舌打ちするような感覚が伝わってくる。

身体全体が、チリチリと痛む。傷口から、何かが入り込む感覚。

「だが、お前の魂に呪いは受ける。エシャロンと同じ人生を…大切な人を失う呪いを!!それは、永遠について回るぞ」

ルネサスは楽しそうに笑った。

「あいつが闇の中で永遠に苦しむより、ずっと良い」

奥へ奥へと潜っていくと、やがて魔物の中心が見えた。

禍々しい光の中に、漂う人影を見つける。

ルネサスは長い咆哮を上げながら、勢いよくエシャロンを飲み込んだ。

エシャロンの体は、既に半分なくなっていた。

消えかけている、闇に落ちる直前の魂を飲み込むと、身体の中に優しさが広がっていく。

エシャロンの持つ、温かい波長が流れてくる。

その中には、ルネサスがよく知っている記憶も、全く知らない記憶もあった。

短すぎる人生の記憶。

優しい笑顔が見えた気がした。

ルネサス、ごめん…

ありがとう。

声が聞こえた。

涙が溢れて胸を押さえる。

エシャロンの優しさを逃さないよう、体を小さく屈ませた。

魔物の光がルネサスを包み、膨らんでいく。

もうすぐ終わります。

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