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竜の子と継がれる呪い  作者: よし
4/9

04.湖

続きです。

「とにかく南だ。あの山を目指せ」

ルネサスが示す山は青くくすんでいた。

「遠いな…」

焦るエシャロンの顔を見ながら、ルネサスは首をかしげる。

俺は、あの山の麓に湖があると知ってた?

目を瞑ると空が見えた。

雲の冷たさと風の気持ち良さを思い出す。

ああ。飛んでいた時に見たんだ。

禍々しい光が沈む湖を。

「ルネサス…?」

目を瞑って黙り込むルネサスが、ほんの少し笑ったのを見た。

エシャロンの声で我に返ったように、無表情に戻って目を開ける。

太陽は西へ傾いて地上を赤く染め始めている。

「そろそろ休もう。話したい事がある」

ルネサスが呟き、エシャロンが眉をしかめた。

早く前に進まなければ…

迷いで力がこもる手をルネサスが抑えた。

「馬が倒れるぞ」

エシャロンは顔を歪めて、諦めたように馬を止めた。

野宿をするのにちょうど良い木の下を見つけて座り込む。

目を瞑ると、今日1日で色々あった事を思い出し、長いため息をついた。

そんなエシャロンには構わず、ルネサスは手慣れたように小枝を集めて焚き火の用意をする。

ルネサスが何かを呟くと、小枝が小さく燃え上がった。

「さすが…竜の子だな」

初めて見る、自分とは違う力に息を飲むエシャロンに、ルネサスは呆れた顔を向けた。

「精霊の力だ。お前の国の魔術師も似たような事をしてるだろ?」

そういえば、とエシャロンは腕を組む。

「魔術師が魔法を使うところ、近くで見たことなかったなぁ」

…そうだっけ?

僅かに首をかしげるエシャロンを横目に、ルネサスは立ち上がった。

「待ってろ」

そのまま近くの林に入り込んで行く背中を、エシャロンは呆然と見送った。

ルネサスの唐突な行動には、何も言わずに従うのが一番良い。

ここ数ヶ月で学んだことだ。

ルネサスが入隊してから、半年か。

温かい炎を見つめながら、エシャロンは膝を抱えた。

いろいろ、あったな。

アイシアスの軽さと、儚い笑顔を思い出す。

ラックの笑顔を思い出す。

夢じゃ、ないんだよなぁ。

涙が滲み、俯いて膝を抱える手に力を込めた。


暖かい日差しの中、柔らかい腕に抱かれていた。

目を開けると、女性が笑顔で自分を見ている。

母様…

手を伸ばすと、とてもとても小さな自分の手が見えた。

母の指を掴むと、とても嬉しそうに笑って隣に顔を向ける。

父様?

逆光で顔は見えないが、面影は父のそれだった。

伸びてきた手は、細長い華奢な指。肌の色は燻んだ茶色。

剣士の手ではない。

誰?

悪寒がして、体がビクッと動いた。

「目が覚めたか?」

現実に戻された感覚に、エシャロンは頭を抑えた。

「寝ちゃってたのか…」

周りを見るとすっかり暗くなっている。暖かい火が目の前で揺らめいていた。

「食べろ」

ルネサスが無造作に器を差し出す。

「あ、ありがとう」

驚きつつ受け取って器を覗き込むと、肉や野菜が入ったスープが入っていた。

「これ、今作ったのか?」

「当たり前だ」

自分の分を口に入れながら、ルネサスは呆れたように答える。

「すごいな、お前」

心から感動して口に入れると、見た目とは違って刺激的な味がした。

「…目が醒める味だな」

呟くエシャロンに向かって、ルネサスはため息をついた。

「疲れを取るには、この薬草が一番だ。我慢しろ」

「う、うん。…美味しいよ」

刺激的だが、嫌いじゃない。

暖かくなる体に安心して、食べながら小さくため息をついた。

表情が緩むエシャロンを見ながら、ルネサスは食べ続ける。

一息つくと、立ち上がった。

「話しておきたい事がある」

エシャロンの隣に座り込んで、焚き火に小枝を入れた。

「お前の妹…アイシアスは、次に力を使ったら命はなくなる」

エシャロンは俯いた。

薄々感じていた。折れそうな体は、前よりも軽かった。

もう歩くことすら難しいだろうに。

「僕は、彼女に何もできなかったんだ…」

占いを止めさせることも、助けることも。

ルネサスは黙って炎を見ていた。

沈黙が流れる。

「ロングフォードは魔物に飲まれて滅ぶだろう。同じような国を見た事がある…」

気がする、とルネサスはとても小さな声で付け足した。

エシャロンは少し笑って、黙り込む。

「このまま、旅に出ても許されるぞ?」

確かめるように視線を送るルネサスに、エシャロンは迷わず頭を振った。

「父様もアイシアスもロングフォードにいる。旅に出るなら、あの2人も一緒がいい…」

自分だけ逃げ出すなんてできない。

だけどもう、ラックはいないのか…

膝を握る手が震えた。

「わかった。寝るぞ」

ルネサスは立ち上がり、離れた場所に寝転んだ。

「見張りはいらない。結界を張ってある」

そう言って背を向けたまま、何も言わなくなった。

しばらくルネサスの背中を見てから、エシャロンもゆっくりと横になる。

ラックの虚ろな目を思い出した。

ふらふらと歩いて行く後ろ姿。

「僕は…」

エシャロンは胸元を抱きかかえるよう、体を小さくして目を閉じた。


あれは15歳の誕生日だった。

警備団の建物を見上げて、エシャロンは緊張を飲みこんだ。

初めて踏み入れる公舎に、キョロキョロと周りを伺って歩く。

「お前も、今日から入ったのか?」

同じ年頃で、癖のある黄色い髪が印象的だった。

後ろから声をかけられ、慌てて頷くエシャロンに、笑顔で手を差し伸べてくれた。

「ラックだ。今日からよろしくな」

「僕は、エシャロン。よろしく…」

おずおずと握り返すエシャロンに、ラックは強く握り返した。

その後、年が近いせいか一緒に過ごすことが多くなっていった。

ラックは孤児だった。

顔の傷は孤児院で付いたものだと、孤児院を出るためには警備団に入るのが一番早い手段だったと笑顔で話してくれた。

エシャロンは、それ以上は聞かなかった。

実践経験を積むため、警備団へ入った自分とは違う。

家族がいる自分は、幸せなのだ。

笑顔のラックに、ずっと後ろめたさを感じていた。

だけど。

「俺、今が一番幸せだな」

ラックが漏らしたことがあった。

ああ、初めて酒を飲んだ日だ。

その時の笑顔が印象的で、ずっと記憶に焼き付いている。

「エシャロン…」

声が聞こえて、背中が緊張する。

「どこにいるんだよ…」

虚ろな目のラックが、胸から血を流しながら歩いて来る。

その手には、いつの日かエシャロンが贈った剣が握られていた。

「あああああ!!」

エシャロンは頭を抱えて座り込む。

引きずるような足音が聞こえる。血の臭いが近づいてくる。

暗闇の中、動けなくなった。

足音が、近づいてくる。

「…おい!」

体が揺すられ、目を開けた。

「あ、あれ…?」

ラックの代わりに、不機嫌な顔のルネサスが立っていた。

「いい加減に起きろ。食べたら出発するぞ」

まだ夜明け前の、薄暗い闇が広がっている。

焚き火は昨夜のまま燃え続けている。

エシャロンの前には、またスープが置かれていた。

「ご、ごめん」

寝ぼけた目を擦ると、涙が流れていた。

慌てて拭き取るが、ルネサスはそっぽを向いてスープを食べている。

エシャロンはその姿に感謝して、スープを飲んだ。

昨夜とは違って、優しい味が口の中に広がる。

唐突にラックの笑顔を思い出して目の前が滲み、それを隠すように一気に食べきった。

「行くぞ」

ルネサスは火を消して荷物をまとめる。

そのテキパキとした動きに、旅慣れしていないエシャロンは呆然と見守るばかりだった。

馬にまたがると、すぐに走り出す。

「ルネサスは、旅に慣れてるのか?」

走りながら目の前の小さな体に声をかけると、少し首を傾げながら答えた。

「竜だからか?一箇所に落ち着かない暮らしをしていた」

確かに、竜の国があると聞いたことはなかった。竜達は常に移動を繰り返している気がする。

噂では、自分達の国を作る場所を、数百年探し続けているとか。

エシャロンは前を見ながら黙っていた。

故郷がないというのは、どんな気持ちなのだろう?

背中を向けているルネサスは、それ以上何も言わない。

2人は無言のまま、馬を急がせた。


夕方に差し掛かり、太陽が西に傾いてくる頃、丘の上についた。

「これが…」

丘を降りた場所に湖が見えた。

大きく波打っている水面を伝って、冷たい風が吹いてくる。

禍々しい気配を含んだ風を受けて、ルネサスは眉をしかめた。

「もう暗くなる。ここまでにしよう」

エシャロンはため息をついた。

目の前に目的地があるのに、暗くなっては何もできない。

だけど…僕に何ができるのだろうか。

目の前の湖は、国を一つ飲み込めるくらい広い。

馬を降りると足が震えていた。

長時間乗った疲れなのか、恐怖なのかわからない。

ルネサスを降ろした後、力なく地面へ座り込んでしまった。

「ごめん…」

ルネサスは青い顔のエシャロンを一瞥して、疲れが見えている馬を近くの木に繋いだ。

「待ってろ」

ヘタリ込むエシャロンを置いて、近くの林へ消えていく。

情けない…

エシャロンは膝を抱え込んで俯いた。

足が震えて動かない。

怖い。

湖から吹いてくる風に当てられ、恐怖が身体中を巡っていた。

あの時、ラックの剣を受けて一緒に死んでいたら楽だったのだろうか。

そんな考えがよぎる。

自分の槍がアイシアスを貫くのを想像して、頭を上げた。

それは、ダメだ。

茂みからカサカサと物音が聞こえて、静かになる。

「ルネサス…?」

物音だけで出てこない影に、エシャロンは背中の槍に手をかけ、ヨロヨロと立ち上がった。

今度は、後ろから物音がした。

ルネサスではない。

槍を抜いて構える。

静寂が流れる。遠くで鳥の甲高い声がした。

ルネサスが鳥を仕留めたな…

頭の隅でぼんやりと考え、ため息をついて構えた槍を下ろそうとした。

足が動かない。

「しまっ…た!?」

足元に何重も蔦が絡み付いていた。

気がつくと、エシャロンを囲むように、見たことのない花が並んでいる。

花の下には小さな目が並んでいた。

「ひっ!」

その姿に悪寒がして、エシャロンは槍を無造作に振り下ろすが、何かに当たるように空中で止められた。

「わわ…っ!」

止められた槍を引かれてバランスを崩し、膝をついてしまった。

低い姿勢になったエシャロンを、何十もの蔦が襲う。

「うぐっ!!」

そのまま地面に倒される。口を抑えられ、声が出ない。

このままじゃ…

身体が拘束される感覚の後、急速に意識が遠のいていった。



ルネサスは焦っていた。

結界を張っていたはずた。なぜ、魔物が入り込んだ?

エシャロンを連れて行った理由は何だ!?

嫌な予感しかしない。

狩りを終えて馬がいる場所まで戻ると、エシャロンの代わりに槍と魔物の気配が残っていた。

血の跡がなかったのは幸いかもしれない。

血の臭いは他の魔物を呼び寄せる。

何かが移動したような、引きずられた跡が続いていた。

ルネサスは、それを辿って走り続ける。

森の中はすっかり闇に飲まれていた。

竜の姿に戻れないが、目は竜の時と同じく、夜でも普通に見ることができていた。

その能力が残っていたことに、初めて感謝する。

「ちっ」

風が、微かな血の臭いを運んできた。

その方向へ向かって走り出すと、視界が開けて湖に出る。

「エシャロン…!」

背筋が冷たくなる。

エシャロンがぐったりと、湖にかかる木に吊り下げられていた。

身体から血が滴り落ちて、ゆっくりと足元の湖に吸い込まれている。

その木の周辺には、見たことのない花が敷き詰められていた。

集まって、風もないのに揺れている花。

禍々しい力の集まりを、ルネサスは唇を噛んで睨みつけ、剣を抜きながら走り出す。

地面から蔦が伸びて、小さな体を捉えようとする。

剣から炎がほとばしった。

蔦が小さく縮んで消えていく。

「どけ!!」

残っている蔦も、炎の剣で次々と斬られ、いつのまにか花は一つ残らず消えていた。

ルネサスは肩で息をしながら、風に向かって話しかける。

あの人間を、ここに連れてきて。

風がルネサスの頬を優しく撫でると、エシャロンが流れるようにルネサスの足元へ下された。

拘束している蔦を切り、エシャロンの頬を叩く。

「おい!生きてるか?」

青い顔が、ピクリと動いた。

「あ…」

弱々しく目を開けてルネサスを見た後、少し笑って再び目を閉じる。

「おい…!」

ルネサスは慌てて、血が流れている場所を確認する。

胸に大きな棘のような物が刺さっていた。

ギリギリ急所は外れているが、引き抜いた途端、血が吹き出して致命傷になるのは明らかだ。

生きたまま、血を捧げる為の…

ルネサスは唇を噛んで湖を睨んだ。

湖から流れる暗い力は、丘から見た時よりも強くなっている気がする。

エシャロンの血が効いているのだ。

湖が、更に血を得ようと手を伸ばしてくるように、足元まで水が寄せてくる。

冷たい体のエシャロンを抱きかかえると、ルネサスは湖から離れた。

人間の医者に診せなければ死んでしまう。

俺のせいだ。結界に頼って、離れてしまったから。

ルネサスは声にならない声で叫んだ。

どうして竜に戻れない!!!

エシャロンを死なせたくない。

頭の隅で、そう考えている自分に驚きながら、とにかく走る。

エシャロンから血が滴り落ちる。

このままでは間に合わない。

目の前が滲んで、落ちていった物がエシャロンの血と混じる。

風の音が聞こえた。

暗い話になってきましたが、まだ暗く続きます。

もっと怖さが伝わる書き方を学びたいです。

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