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竜の子と継がれる呪い  作者: よし
2/9

02.練習試合

続きです。

「大丈夫か?エシャロン…」

「うう…」

公舎にたどり着いた頃には、エシャロンの背中に広く火傷が広がっていた。

ラックが心配そうに、そっと薬を塗っていく。

薬がついた手が触れるたびに、エシャロンは眉をしかめた。

戦いから離脱するまで、ルネサスを庇う姿勢で炎を抜けて来た。

魔術師が放つ炎は普通の火と違って消えるまでに時間がかかる。

火傷を負うには十分な距離を走った。

「竜の子は?」

ラックが不安げに辺りを伺うのを感じつつ、エシャロンは首を振った。

「ここに着いたら、すぐに居なくなったよ」

ため息をついて、背中が熱いまま服を着た。

薬が効いている感じはなく、熱を持ったまま定期的な痛みが疼いている。

「ありがと、ラック」

疲れた笑顔を向けるエシャロンに、ラックは心配そうに何かを言おうと口を開きかける。

「何をしている?」

ルネサスが通りかかり、部屋を覗き込んだ。

ラックがエシャロンの前に出て、ルネサスを睨みつけた。

「お前のせいで、エシャロンは死にかけたぞ」

予想外の態度に、エシャロンは言葉が出ない。ラックの拳が震えていた。顔色も青い。

「なぜ?」

無表情に首をかしげるルネサスに、さらに拳を握りしめるラックの手をエシャロンが抑える。

「人は大きな火傷をすると、死んでしまうんだ」

「あんな炎でも火傷をするのか」

困った顔で答えるエシャロンに、ルネサスは腕を組んで本気で考え込んた。

「守ってもらったくせに…」

震えながら俯くラックの肩を、エシャロンは優しく叩いた。

「ルネサスも、今は人間の身体だろ?気をつけろよ」

エシャロンの瞳を正面からじっと見て、ルネサスは頷いた。

その素直な態度に、ラックは唖然と表情を向ける。

「後で、お前の部屋に行く」

そう言って急ぎ足で去っていくルネサスを、ラックはポカンと見送った。

「な?大丈夫だろ?」

ルネサスの姿が見えなくなっても呆然としているラックに背中を叩いて笑いかける。

「小さな子供かよ…」

「そうだな」

息を飲んで呟くラックの言葉に、エシャロンは笑って頷いた。


ラックと少し話をした後、部屋に戻ると先にルネサスが待っていた。

赤く小さな傷がある手には袋が握られている。

「火傷を見せろ」

「あっ!痛ててて…」

近くの椅子に座らされ、エシャロンは背中の痛みに泣きそうな声を上げた。

ルネサスは構わずに背中へ手を入れる。

「っ!痛っ!冷てぇぇ」

急に冷たい何かが背中に貼られ、エシャロンは悲鳴のような声を出した。

「黙れ」

「うう…」

不機嫌なルネサスの声に、頭を抱えて口を閉じる。

落ち着いてみると火傷の火照った背中に、気持ちいい冷たさが広がっていた。

一通り貼り終わると、ルネサスはエシャロンの前に移動した。

「悪かったな」

相変わらずの無表情でぶっきらぼうな言葉に、エシャロンは苦笑いする。

「ありがとう」

無言のまま、持ってきた麻袋を折りたたむルネサスを、エシャロンはボンヤリと見る。

「ルネサスは何で、この国にいるんだ?」

何となく漏らしてしまった言葉に、ルネサスは目を細めてエシャロンを睨みつけた。

「知らん」

間を空けて呟く答えに違和感を覚え、エシャロンは正面からルネサスを見た。

「お前こそ、どうしてこの国を守るんだ?」

「そりゃ、家族がいるから」

当然のように答えたエシャロンに、ルネサスは冷たい目を向ける。

「お前が守りたいのは、国か?家族か?」

質問の意図を読めず、エシャロンは迷った視線を送った。

国を守れば、家族を守ることに繋がる…んじゃ?

腕を組んで視線を落とすエシャロンに、ルネサスはため息をついた。

「この国は衰退し始めている。よく考えるんだな」

無表情なルネサスの言葉に、エシャロンは驚いて目を見張った。

「衰退って…」

平和そのものだと、穏やかな日々が続くと思っていた。

動きが止まるエシャロンを、ルネサスは興味深く覗き込む。

自分の国について何も知らない人間。

毎日の繰り返しで麻痺してしまう、弱い感覚。

日常にある当然のことも、見落としてしまう盲目さ。

人間って馬鹿だ。

ルネサスは、困った顔で考え込むエシャロンを見て、目をつむった。

ここは多くの人が住む街から離れた場所にある。情報が入りにくいのは確かだが、それを理由に何も知らないことは間違いだ。

知る術は、いくらでもある。

今は、魔物に襲われる以外は、戦争も何もない。

しかし、ロングフォード城から流れる不穏な空気は…

部屋に沈黙が流れ、エシャロンは一緒に考え込むルネサスに気付いた。

水色の髪に赤い瞳。

明らかに人間とは違う主張をしているのに、幼い顔は人間の顔そのものだ。

似た人を知っている気がする。

ぼんやりとルネサスを見ていたら、ある事に気付いて思わず息を呑んだ。

魔物の数が増えたのは、ルネサスが入隊してから…?

2年前、エシャロンが入隊した頃は、1ヶ月に1度、数匹の魔物が出るくらいだった筈だ。

昨日は10匹、今日は…

真面目に向けられるエシャロンの視線に気付き、ルネサスは眉をしかめる。

「お前の父は、何をしている?」

「城で剣士を…」

不審な目で見続けるエシャロンに、ルネサスは不思議そうに首を傾げた。

「魔術師じゃないのか?」

驚いてエシャロンが首を振る。

そうか、と言いつつ、ルネサスは考え込むように部屋を出て行ってしまった。


次の日から、エシャロンは警備団を休むことになった。

背中の火傷が酷いため、1週間の自宅療養を命じられている。

「うう、痛い…」

父に殴られた頬を冷やしながら、エシャロンは疲れたため息をはいた。

昨日の戦闘で負傷者したのは、エシャロン1人。

しかも休養を必要とする大怪我だ。

腑抜けていると、父に怒られた。

「兄様、大丈夫…?」

心配そうに覗き込むアイシアスに、エシャロンは頬と背中の痛みで引きつりながら笑った。

「体は大丈夫なのか?」

アイシアスは優しい笑顔を向けた。

「今日は調子が良いの。だって、警備団の試合が観れるんですもの!」

エシャロンが慌てて口元に指を置いた。

静かにするよう合図をすると、アイシアスは小さく笑った。

「大きな声は、やめてくれ」

父にバレたら一回殴られるだけじゃ済まない。

エシャロンは探るように辺りを見回した。

「…父様には、絶対に内緒だからな」

小さな声で辺りを伺うエシャロンに、アイシアスは笑顔で頷いた。


2人は、警備団の武器が保管されている、塔の中へ忍び込んだ。

塔の一番上の部屋からは、離れているが試合場を見ることができる。

アイシアスは、その小さな窓から懸命に試合場を見ている。

珍しく紅潮した横顔を見ながら、エシャロンはそっとため息をついた。

「兄様の試合も見たかったな」

ニコニコと漏らす言葉に、エシャロンは苦笑いをした。

「僕は、あまり試合に出ないよ」

いつも1回戦で負けるのだ。妹に見せられるものではない。

試合場から、一際大きな歓声が聞こえた。

「あの子ね!」

試合場の真ん中に、水色の髪のとても小さな体が見えた。

その目の前には、明らかに大人の大きな男が立っている。

「あの小さいのが竜の子…ルネサスって言うんだ」

「翼はないのね。角や牙とかあるの?ウロコとか?」

アイシアスの言葉に、一瞬止まってから吹き出した。

そんなエシャロンの反応に、アイシアスはムッとした顔を向ける。

「ご、ごめん。僕は考えたこともなかったよ」

ルネサスは、あまりにも人間らしい。

翼だけではない。角や牙なんて見たことがなかった。

竜の子と言う割に、竜らしい部分は何一つないじゃないか。

笑い続けるエシャロンに、アイシアスは唇を尖らせながら再び試合場へ視線を向けた。

そんな仕草も愛おしい。

エシャロンは優しくアイシアスの頭を撫でて、さらに怒られるのだった。

「あっ」

試合が始まり、ルネサスが動いた。

小さな体が相手の大きな体に見えなくなったと思ったら、相手は倒れ込んでいる。

「もう…終わったの?」

驚いた顔で試合場から目を離さないアイシアスの横で、エシャロンは目を細めた。

一撃で終わらせたのか。

苦戦する演技すらないのは、アイツらしいけど…

アイシアスをチラリと伺うと、その表情は紅潮して嬉しそうだ。

それが恐怖の表情でないことに安心して、ため息をつく。

次の試合も、ルネサスは一撃で相手を倒していた。

竜の力は使っていない。

圧倒的な力と速さで相手を仕留めている。

瞳を輝かせて見ているアイシアスに、エシャロンは複雑な表情を向けていた。

自分と同じ10歳の活躍を見て、嬉しくなっているのだろう。

だけど…

「ルネサス様に、会ってみたいな」

ため息のように漏れる言葉に、エシャロンは曖昧な笑顔を返した。

ルネサスは相当な人間嫌いだ。まともに会話ができると思えない。

夢を見るような瞳で話し続けるアイシアスに、エシャロンはそっとため息をついた。

この願いは、叶えてやれそうにないな…


その日の練習試合は、ルネサスの圧勝で終わった。

全ての相手を一撃で倒し、竜の子の実力を国中へ知らせた。

圧倒的な力に対する恐怖。

圧倒的な力で守られているという安心感。

憧れと不信感。

人々の中に、複雑な感情を植え付けた練習試合になった。

まだ続きます。

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